「ま、もう一杯どうぞ」
「あ、すみません、お雛さん。じゃ、ありがたく」

 里から妖怪の山に続く道の外れ。ひっそりと建っているお雛さんの家で、僕は酒をいただいていた。
 お雛さんのリサイクル人形を売る商売も軌道に乗り、本日ついに累計百体の売上となったお祝いである。

「疫病神である私が、お祝いっていうのもちょっと変だけど」
「まあそう言わず。あ、お雛さんも空いてるじゃないですか。どんどんやってください」
「はあ、じゃ、いただこうかしら」

 なお、この小さな祝宴を企画したのは勿論僕である。お雛さんは、自分が厄神だからって、お祝いごととかには積極的ではないのだ。
 しかし、この人も酒呑むのは好きだし、いつも一人だから知ってるのは僕だけかもしれないが、騒がしいのも嫌いではない。

 厄ってなに、おいしいの? っていう人外連中の集う宴会ですら、この人ちょっと離れた所でちびちびやってんだもの。そりゃ知ってる人は少ない。

「ん……おいし」
「そりゃなにより。お雛さんの作ったつまみも美味いですよ」

 いや、ホント。煮物も焼き魚もお浸しも天麩羅も、どれもお店で出しても問題ないくらいのクオリティである。

「基本、一人でなんでも出来ないといけなかったからね。料理も、まあそれなりには。美味しいもの食べたいじゃない?」
「へぇ」

 外の世界に比べると独立独歩の気風の強い幻想郷ではあるが、美味いものを食べたいときは基本的にお店に行く。
 そういうことが出来ないお雛さんは、自力で美味いものにありつくために料理上手になったようだった。

「でも、振る舞う相手がいるのも張り合いがあっていいわね」
「あ、じゃあまた今度こうやって呑みましょうよ。酒代と材料費は僕持ちますよ」
「物好きね。いいわよ、厄まみれの私なんかの料理で良ければ」
「むしろお雛さんの料理がいいです。本当に美味いし」

 酒にも合う。味付けも僕好みだし。
 もういやんなるほど酒が進む。

「そ、そお? なら、いつでもいらっしゃい。お酒を持ってきてくれるなら、歓迎するわ」
「是非に」

 と、少し恥ずかしがりながらもそう言ってくれるお雛さんに、僕は大きく頷いた。

 いやったぜ! お雛さんと次の約束できた!

 テンションが上がって、盃の残りを一気に飲み干す。いやー、今日は本当、呑み過ぎちゃうかも。

「ああもう、体に悪い飲み方して」
「このくらい平気ですよ、平気。で、そのぉ」
「はいはい。もう」

 そろーりと盃を差し出すと、お雛さんは苦笑しながらも酌をしてくれた。
 うん、酒が進むのも仕方ない。旨い肴に旨い酒、美女のお酌とくれば、潰れなきゃ嘘だ。

 そう僕は自分に言い訳をして、いつにないハイペースで飲み進めるのだった。




















 酒食に溺れ、体感では一時間ほどか。
 良い感じに酔いが回ったのでペースを落とし、今はお雛さんとのグダグダと話している。

「とまあこんな感じでして。里の方も、まあゴタゴタはありますが、平和です」
「噂には聞いていたけど、随分色んな宗教が入ってきたわねえ」

 昔ながらの幻想郷の神様であるお雛さん――実は妖怪らしいが、信仰を集めているんだから神様扱いでもいいだろう――は嘆息する。
 そうだよなあ。僕がここに来たときは、博麗神社の神道(ちゃんとしてないやつ)しかなかったのに、仏教に道教に神道(ちゃんとしたやつ)だろ。

 ……増えたなあ。増える過程で巻き起こった異変も、今じゃ良い思い出……良い、思い出……うん、とりあえずそういうことにしとけ。

「でも、私への供物は不思議と減ってないのよね。無理はしていないかしら?」
「いやー、お雛さんへの供物減らすとか、里の人は思いつきもしていませんよ」

 命蓮寺や守矢神社に参拝したり、仙人に弟子入りしたりする人はいるが、それはそれとして秋姉妹やお雛さんと言った、旧い神様への信仰は薄れてはいない。
 なにせ、豊穣の神様に厄祓いの神様、もう思い切り生活に密着しているため、あだやおろそかにできないのだ。僕も、お雛さんへお供え物を届ける役は未だ定期的に仰せつかっている。

「やっぱり、怖いのかしらね。別に供物がなくなっても厄は集めるし、祟ることなんてないのに」
「……あの、お雛さん?」

 流石にその物言いはどうなのか。
 以前、僕の小癪な思惑から、川に流す雛人形にお雛さんへの手紙を書くことは、割と定番となっている。

 お雛さんに面と向かってお礼なんか言うと、下手をしなくても死にかねない里の人達は、ただ雛人形の懐に忍ばせた手紙で思いを伝えているのだ。

 ……そんな訳で、お雛さんは立派に里の神様の役割を果たしているし、畏れられてはいるが、それは怖がられているということと決してイコールじゃない。だから、お雛さんにはそんな風に言ってほしくない。里の人達もそうだが、お雛さん自身がそんな風に後ろ向きなのは嫌だ。

 ちょっと抗議めいた視線を送ると、お雛さんは慌てて首を振った。

「ごめんなさい。そうね、少し、うん、少し酔っただけよ」
「そうですか……」

 口を挟むことも出来ず、僕は手酌して半分ほど一気に呑む。
 なにか、妙な沈黙が流れる。

 それを断ち切ったのはお雛さんだった。

「でも、実際ここまで受け入れられたのはここ最近の話なのよ。一世代前だと、本当に悪神扱いだったんだから」
「へえ」

 そう言えば、阿求ちゃんの刊行した本にも、ここ百年余りで人と人外の関係が随分変わった、とか書いてあったっけ。

「私の姿を見と、腰を抜かす人もいたし。最近の変化にはびっくりしているくらいよ。特に若い人は物怖じしなくって。
 この前みた男の子なんて、私の方に近付いてくるから警告したら、『声かけてもらったぜうひょー』とか言ってたし」

 そ、そうか。里の男連中がお雛さん萌え萌えなのはここ最近の傾向なのか。
 もしかして、現代日本のオタク文化が幻想郷にまで侵食を――いや、この予想はやめとこう。本当だったりしたら嫌だ。大体、外で幻想になったのがこっちに来るんだから、現役バリバリのその手のものが来るわけがない、うん。
 ……僕が持ち込んでいるだって? 酷い冤罪だ。

「で、もしかしたらもう一世代経ったら、また前に戻るかもしれないわね。……私との付き合い、控えるなら言って頂戴。会う人みんなにえんがちょ切られるようになっても知らないわよ」
「いや……僕の交友関係を考えるに、お雛さん以上にヤバい連中が多いですし」

 例えば地底の人とかね。

「それに、僕、お雛さんのことは好きですから。そんな事言われたって、付き合いやめませんよ」

 我ながらさらりと、酒の勢いも借りて、しかしヘタレなので友達として好きなんですよ? という含みも持たせて、そんなことを言ってみた。
 ここで『愛しています』とか言えない辺りが僕の限界である。言おうとすると『くっ! ガッツが足りない!』と警告が出る。

 盃に残っていた酒を一気して、お雛さんから視線を外す。
 ……や、ヤッベ。シクったかもしれん。いや、お雛さんが異様に寂しそうな雰囲気を醸し出していたから、こう、放っておけなくて!

 チラッ、とお雛さんの様子を観察してみると……あ、ちょっと呆気に取られてる。
 でも、すぐに微笑んだ――?

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「そ、そうですかね? はは……」
「ええ。白状するとね。友達付き合いするのって貴方が初めてだから、もし本当に来なくなったら泣いちゃってたかもね。私、こう見えて寂しがり屋なのよ」

 そう冗談めかして、お雛さんは笑う。
 ……う、なんだろ、普段は大人っぽい印象の人なんだけど、今はなんか異様に可愛いぞ。

 でも、きっとまるっきり冗談でもないんだろうな。疫病神って、人どころか妖怪からも不幸になるから敬遠されているらしいし。厄なんて関係ねえ! って連中も、わざわざ仲良くなろうって近づきゃしないだろうし。

「はは、お雛さんの泣き顔も一見の価値はありそうですけど。でも、わざわざ泣かすつもりはありませんよ」

 うん、僕はこの人に笑っていて欲しい。
 厄を司る神様。そんな物騒な肩書きに似合わず、明るく優しいこの人には、多分笑顔が似合う。

「あ、お雛さん、盃空いてるじゃないですか。次、行きます?」
「そうね。気分いいし、いただこうかしら」

 酌をすると、お雛さんにしては珍しく、くう〜、と一気飲み。
 ……なんか、はしゃいでる?

 もしかして――と、自分に都合のいい妄想をしそうになるのをストップして、僕ももう一杯酒注ぐのだった。

 ……また、近いうちに飲み会したいな。
































「うへあ」
「……土樹先生、大丈夫ですか。顔色悪いですよ」
「だ、大丈夫です。ちょっと寝不足なだけで」

 外の世界。僕の勤め先の学校の職員室。

 本日最後の授業をこなして帰ってきた僕は、自席に座るなりそんな妙な呻き声を上げ、後ろの席の江口先生に心配されてしまった。
 勤続三十年のベテラン先生は、生徒に人気なのも理解できる柔らかい笑顔と声で労ってくれた。

「そうですか。最近忙しそうでしたもんね。明日と明後日はお休みでしょう? ゆっくりされてください」
「そ、そうさせてもらいます」

 もしかして、僕が寝不足だと聞いて、どうせゲームでもやってんだろ、とか思った人がいるかもしれないが、甘い、甘すぎる。

 ここ二ヶ月の状況は酷いものだった。
 中間テストの問題作成に採点、三年生の進路の調査を手伝わされたり、委員会の会議が重なって仕事が遅れたり、PTAとの会議に朝の校門前の挨拶当番に職場の飲み会の幹事やらされてあまつさえ土日は研修とか同窓会とか残った仕事を片付けるために潰れた。

 うちはかなり裕福な私学なので、公立に行った連中よりは時間に余裕があったのだが、この二ヶ月はちょっと色々重なりすぎた。日付が変わってから帰宅し、朝はいつもどおりの時間。そして休みなし、とハードだった。
 でも来週からはそんな修羅場からは抜けられる。残業代や休日出勤の手当はしっかり出ているので、これはちょっといい酒を呑みに行こうか、とグルメサイトを職場のPCで立ち上げ、

「土樹先生、呑みに行くなら私もご一緒しても?」
「そうですね、ええと……」

 うむ、一人で呑んでも酒は美味いが、一緒に呑む人がいればもっと美味しい――む、

「あ、すみません、江口先生。僕、ちょっと先約が」

 ……そうだ、忘れていた。
 いや、正確には忘れていたわけじゃないのだが、一応社会人として仕事を優先せざるを得ない状況で……言い訳だな、こりゃ。

 お雛さんと、もう一度呑む約束をしていたんだ。
 こっちでとびきりの酒を買って、お邪魔しよう。

「ああ、成る程」
「? なんですか」

 妙に生暖かい視線になった江口先生に、僕は訝しむ。

「いえね。若いっていうのはいいなあ、と。彼女さんに会うんですか」

 ぶっ、と吹き出しそうになるのをこらえて、努めて冷静に答える。

「なにをいきなり言い出すんですか。大体、なにを根拠に」
「今の顔。一目瞭然ですよ」

 ……江口先生は、人生経験豊富な人だから、きっと洞察力に優れているに違いない。そんなに僕はわかりやすくはない……よな。

「はあ。そういう関係に慣れたら嬉しいですけど、今は違いますよ」
「そうですか、応援していますよ」
「はあ」

 困ったな。
 でも、応援されちゃ仕方ない。丸二ヶ月も会えなくて、今更だが僕も限界が近い。早くお雛さんに会いたい。

「じゃあ、急いで仕事を終わらせないといけませんね」
「……はい」

 しかし悲しいかな。仕事はまだ終わっちゃいないのだ。
 日報とか、細々とした奴が。

 僕は無心になって、書類を片していくのだった。
























 帰りにデパ地下のお店でいい酒を見繕い、ついでに野菜や肉も物色する。
 家に帰って軽くシャワーだけ浴びて着替え、急いで幻想郷に向かった。

 明日でも、とは思うが、今から向かえばまだ十分呑める。
 一旦お雛さんの顔が浮かんだ僕は、いても立ってもいられず、表の博麗神社へもう直で飛んでいった。もう日は落ちていたし、これでも認識阻害系はちょっと上達してるのだ。問題なく着いた。

 なお、博麗大結界を超えた所で、上等の酒や食料の匂いを嗅ぎつけた巫女や鬼がどこからともなくやって来た。いつもなら仕方ないなあ、と連中と宴会する流れだが、今日ばかりは僕も強硬に突っぱねた。
 僕はお雛さんと呑むのだ。

 んで、一路お雛さんちへ。

「ふう……」

 家の前に立って、軽くため息。
 首を振り、ちらっ、と腕時計を確認。

 二十一時十四分。

「……なにやってんだ、僕は」

 テンションの赴くままここまでやって来てしまったが、冷静に考えると、約束したわけでもないのにこんな時間に婦女子の家へ押しかけるなんて失礼過ぎる。
 もしかしなくても、夜の早い幻想郷のこと。もう寝ているかもしれない――ってのは、家に明かりが付いているからないとは思うんだが、寝る準備くらいはしていても不思議ではない。

「ど、どうしよ……」

 買い物袋が妙に重く感じてきた。

 進むべきか、進まざるべきか。いっそ、挨拶だけして帰るか。いや、そんなことしたらますます意味不明なことに……なんて、葛藤していると、

「なに、やってるの?」

 ガチャ、と唐突に玄関のドアが開き、いつもの衣装に身を包んだお雛さんが呆れ顔で出てきた。

「あいえ!? いや、その、こんばんはお雛さん!」
「はい、こんばんは。で、もう一度聞くけど、なにやっているのかしら」

 じとー、と見つめられ、思わず顔を逸らす。イカン、バツが悪いどころの話ではない。
 しかし、まだ見られてる、見られてるよ、オイ。す、スルーはしてくれないか。白状するしかないらしい。

「いやあの。ここ二ヶ月くらいずっと仕事で忙しくて」
「ふぅん、そう」

 あ、なんか今の『そう』はすっごい冷たい感じでしたよ。

「でも、やっと時間が出来たんで……そうすると、あの、笑わないで聞いて欲しいんですが、お雛さんに会いたいなー、と思いまして。そんで、仕事終わってから、酒だけ買って、急いで来ました。
 ただその、約束もしてないのにこんな時間に来ちゃっていいのかと、ついさっき我に返りまして」
「それで? 来たのはいいけど、家の前で突っ立ってたってわけ」
「……恥ずかしながら」

 いや、本当恥ずかしい。明日でもよかったろうに。
 会いたい、と思ったらもう冷静さなんてどこかへ言ってしまった。恋は盲目、なんて言葉をまさかこの僕が体現する羽目になるとは思わなんだ。

 ……しかし、今お雛さんに会いたいから来たとか、何気にとんでもないことを言って墓穴を掘った気がする。

「まあ、上がりなさいな。まさか朝までここまで立っているわけにはいかないでしょ」
「……いいんですか?」
「前にも言わなかったかしら。私はけっこう寂しがり屋なの。こんな時間でも、人が訪ねて来てくれるのは嬉しいわ」

 お酒付きだしね、と最後に悪戯っぽく付け加えて、お雛さんがくるりと踵を返す。

「さ、上がって。そうそう、そっちの食材は預かるわよ」
「あ、はい」

 言われたまま、ビニール袋を渡す。ちょっと奮発してブランド牛が入ってたりする。まあ、お雛さんならうまいこと調理してくれるだろう。

「もう、こんな時間から呑んだり食べたりしたら太っちゃうわ」

 なんて言いながらも、お雛さんは鼻歌を歌わんばかりにご機嫌だった。

 ええと、本人も言う通り、こんな時間でも人が来たのが嬉しいの……かな。

「あ、そうそう。さっきの、一つ追加するわ」
「はい?」
「来てくれて嬉しいのは確かだけど、別に誰でもってわけじゃないのよ」
「うぇ?」

 ふんふーん、と今度こそ本当に鼻歌を歌い出して、お雛さんが台所に向かう。居間に残された僕は呆然と突っ立つだけだ。

 ……はて。

 お雛さんの言葉の真意を測りかね、僕は首をひねり、

「ああ、そっか。そりゃ会うたびに退治しようとする霊夢なんかが来ても、嬉しくないっすよね」

 返事は、ぐい呑みだった。台所から割と勢い良く投げられたぐい呑みを、ギリギリでキャッチする。

「ちょ、危ないじゃないですか」

 投げてきたお雛さんに文句を言うと、それは完全に無視された。
 お雛さんはトコトコと歩いてくると、

「二十分くらいでぱぱっと料理は作っちゃうから、先に呑んでてね」

 どん、と包装を剥がした一升瓶を机に置き、先ほどの暴挙についてはなんら言及することはなく台所に戻る。

 な、なんなんだろう。僕、なんかしたんだろうか。
 ……しかし、怒っている姿すら、なんか楽しそうだ。

 ま、まあ、ちょいと釈然とはしないが、お雛さんが楽しそうでなにより。
 僕は奮発して買ってきた日本酒を開け、ぐい呑みに注ぐのだった。


























「っと、もうこんな時間か」

 時計を見ると、もう日が変わる直前だった。
 お雛さんがガッツリ作ってくれたつまみももうなくなるし、酒も九割方空けた。そろそろお暇しようかな。

「お雛さん? 僕、そろそろ帰ろうかと思うんですけど」
「え〜、いいじゃない。もう少し呑みましょうよ。秘蔵の厄酒出すから」
「……薬酒の発音、なんかおかしくありませんでした?」

 もしや、いつかも作ってた厄を集めたやつか。あんなん呑んだら、流石の僕でも厄いことになりそうなんだけど。

 し、しかしお雛さん、べろんべろんに酔ってるな。ふらつきながら立ち上がって、台所に恐らくはお酒を取りに行こうとするお雛さんは、すげぇ危なっかしい。
 どうも、話によると僕が来る前、ちょっと呑んでいたんだとか。

 って、それはそれとして、おかわりはいらないんだってば。このままだと日を跨いじまう。

「お雛さんってば。僕、本当に帰りますから」
「……それで、どこに帰るの?」
「え、それは……博麗神社、ですけど……?」

 もう霊夢は眠ってるだろうが、それも別に珍しいことではない。里で呑んだりすると、霊夢が寝静まった後に博麗神社にある僕の部屋に潜ることはしょっちゅうだ。
 まあ、あいつんちは一人暮らしの癖に広いからな……

「なら、うちでもいいじゃない。私、まだ呑みたいし……」
「ああもう、本当にふらふらじゃないですか。これ以上は明日に響きますよ」

 お雛さんは立ち姿も安定せず、壁に手を付いていた。

 僕は、お雛さんに近付いて宥めるように座らせる。
 っかしいなあ。お雛さん、こういう酔い方する人じゃないんだけど。

「はあ、片付けは僕がやっときますから、もう寝ちゃってください」
「良也、片付けたらそのまま帰る気でしょう」
「そりゃ……そうですよ」

 ええい、どうしろというのだ、僕に。

「だったら嫌、寝ない」
「……ええと、もしかして、一晩中飲み明かす気ですか」
「そうよ」

 うわぁい、僕、ここ最近の修羅場で疲れてるんですけど。

「ちょ、ちょっときついかな―、って」
「じゃ、泊まって行きなさい。だったらいいわ」
「……意味がわからんのですが」

 この人、僕にどうして欲しいんだ。

「今日帰ったら、次いつ会えるの?」
「え? そりゃぁ」

 もう仕事も落ち着いたから、来週にでも、と思っているですけど。
 と、言う前に、お雛さんは先を続けた。

「また何ヶ月も会えないんでしょ。なら、帰るまでくらい私に付き合ってくれてもいいじゃない」

 ……それは誤解なのだけど、もしかしたら、そういう誤解をするような言い方をしてしまったかもしれん。現在進行形で修羅場ってる中、なんとか時間を作った、みたいな。
 にしても、冗談めかして言ってた寂しがり屋だって言葉、本当だったようだ。悪い酔い方をしてるからって、お雛さんちょっと涙目なんだもん。

 ええい、ままよ!

「ああもう!」

 躊躇ったのも数秒。僕はお雛さんを抱き締める。
 ――くそ、やらかい。しかし、そんな煩悩はとりあえず脇にどけておく。

「え、あの、良也?」
「もー、そんな風に言われたら、僕だって勘違いしますよ」

 ……こんな真似をして、明日になって酔いから覚めたらフルボッコにされるかもしれない。だけど、本気で今のお雛さんは放っておけなかった。とりあえず今は僕も酔ってるってことで押し通す。

「お雛さんが来いっつーなら、来週は万難を排してでも来ます。後、今日は朝まで付き合いますよ」
「本当?」
「はい。っていうか、今回二ヶ月空いたのは本当にイレギュラーなことですから」

 きゅ、と腕の中にいるお雛さんが、僕の服を握る。
 しばらくそのままでいて、

「それなら、よかったわ」
「はい」

 お雛さんの悲しそうな気配はなくなった。

 うん、よかった。くっそ恥ずかしい真似をした甲斐はあった。……それは、いいんだが、

「………………」
「………………」

 この状況、どうしたもんだろう。

 勢いのまま抱き締めちゃったが、とっとと離れたほうが……いや、しかし、お雛さん僕の服掴んだままで、離れられない……いや、このままでいて良いっつーなら、どんと来いですけどねっ!?
 いや、どうしようどうしようどうしよう、恋愛経験値皆無なぼっくんには難易度高すぎるぞこの状況!
 え、あれ、恋愛的なナニカでいいんですよね、お雛さん顔赤いしってアルコールはいってるからそりゃそうか。でも、あれ、うん? わーーーー!

 ……などと、全力で思考を空回りさせて固まっている僕のことを知ってか知らずか。

 お雛さんは、今度は服の襟元を掴み、思い切り自分の方に引き寄せ……必然的に、僕の頭もお雛さんの方に行き、

「んぐっ!?」

 唇を塞がれた。

 咄嗟に離れちゃいそうになるが、お雛さんががっちり固定してきて無理。……いや、冷静に考えると、ここまでおいしいシチュで逃げるなんてありえへんけど。
 いかんね、パニックになってて!

 ていうか、一体なにこれ! もしかして、僕実は眠っていて、滅茶苦茶都合の良い夢見てるだけじゃなかろうな!
 全く理解が現実に追いつかず、たっぷり一分は口内を蹂躙され、お雛さんはようやく僕を開放した。

 んで、お雛さんはウィンクして、

「……しちゃった」

 やばい、可愛い。

「良也? 一応聞きたいんだけど。……やっちゃって良かった?」
「良くない理由が思い当たりません」

 ああ、やっぱり僕はこの人のことが凄い好きなんだな、と。改めて、自覚した。
 そして、どうやら僕の気持ちは、とても幸運なことに一方通行ではなかったようだ。

 それも勿論嬉しいけど。お雛さんが、調子を戻して……いや、今まで見た中で一番明るい雰囲気なのが、嬉しい。
 やっぱこの人には笑っている姿をしていて欲しい。

「そう。良かった。……じゃ、続きね」
「へ?」

 あれ、僕、今日はこれで終わりで、後は片付けて寝るだけだと思ってたんだけど。……あれ? 続き?

 ちょっと、お雛さん? アンタ僕の腕引いてどこに……はあ、寝室。片付けは明日にしてもう寝るんですか? まあそれも――え? ウブなネンネじゃあるまいしって言い回し古……






























































 ……おひなさんはえろかったです。



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