「よう、アリス。こんにちは」
「……あら、今日も来たのね。こんにちは」

 もう、幻想郷に来た日はアリスの家に来るのが習慣になりつつある。
 いつもの様に上海人形に出迎えられ、案内された作業部屋に入ると、アリスも慣れた様子で挨拶をしてきた。作業中らしく、挨拶の時もちらっとこちらを横目で見るだけだったが、これで結構歓迎してくれている。

「……ん? 良也、なにか持ってきた? いい匂い」
「鼻いいなあ」

 鞄に入れて、包装までしているのに、と僕は感心しながら、それを取り出す。

「綺麗な包装ね。外で買ってきたもの?」

 本格的に興味を惹かれたのか、アリスが作業の手を止め僕の取り出した品に見入ってきた。

「まあ、うん。お土産。こういうの、好きそうだなあって思って」

 包装を丁寧に捲ると、中から出てきたのは乾燥させた花やハーブを袋詰めにしたもの。

「あら。ポプリね」
「あー、そう」

 ……気になる女の子にプレゼントを、と考えのたのが先週だ。アリスには、この部屋に椅子を用意してもらったし、お返しの意味もある。
 しかし、何をプレゼントしようか、と悩みに悩んだ。
 アクセサリーなんかだとアリスは自分で作るし、魔術的にも意味のあるものが多いからボツ。アリスが最も興味のある人形関係は、だいたいいつも持ってきてるしプレゼントしても仕方がない。紅茶の茶葉とお菓子ってのも考えたし、間違いなく無難なセンだが、もうちょいなんかないか……と、ネットで検索してみた結果、
 たまたま見かけてピンときたこいつを買ってみたってわけだ。

 なんとなくアリスにはこういうアイテムが似合いそうだし。

「ふふ、ありがとう。ありがたく使わせてもらうわ」
「そうしてもらえると嬉しい」

 と、プレゼントを見てからすぐに指示していたのか、陶器製の器を持って上海人形がやって来た。
 僕はその器を受け取り、そっと袋を開けて中のドライハーブを移す。

 少し甘く、清涼感のある香りがぱぁ、と部屋に広がる。……全部開けると匂いがキツ過ぎるので、袋から移すのは四半分だけにしておいた。

「香りは僕の趣味で選んだけど、どうだ?」
「ええ、悪くないわね。寝室の方にも使わせてもらおうかしら」

 ……し、寝室。

 い、いや、入ったことないよ!? 後、別に妙なことを考えもしていません。誓って。
 ……誰に言い訳してんだろう。

「さて、と。じゃあ、私はもうひと頑張りするわ。良也は今日はどうするの?」
「持ってきた本でも読んでるよ。……あ、昼はどうする? なんなら僕が作ろうか」

 今の時刻は、十一時前。家で食べるなら、そろそろ準備しないといけない時間だ。
 アリスの家の台所は、たいてい人形が仕切っているが、二、三度くらいは僕が腕を振るったこともある。

「そうね、それも悪くないけど」

 ちら、とアリスが窓を見る。

「……天気も良いし、私がお弁当を作るから、外でどう?」

 僕はその提案に、一も二もなく賛同するのだった。























 バスケットにサンドイッチを詰め、水筒に紅茶を入れ、魔女のお家を出て魔法の森へピクニックに向かう。
 ……字面がなんともメルヒェンだ。

 とは言え、魔法の森はピクニックは甚だしく向かない。
 耐性のない普通の人間だと、小一時間で体調を崩す瘴気。妖怪も、好き好んで近付かないという土地柄なのだ。

 とは言え、そこはこの森を根城にしている魔女アリス。ちゃんと、都合の良い場所は知っているらしく、迷いのない足取り(飛んでいたが)でやってきた場所は、なんともいい場所だった。

「うわ、こんなとこあったんだな」

 樹木にもキノコにも埋められていない、ぽっかりと開けた広場。柔らかく草が生い茂り、ところどころにカラフルな花が咲いている。
 奇天烈な生態系を持つ魔法の森にしては、奇跡的な場所だった。瘴気も、この広場には広がっていない。

「たまに日光浴をしたくなった時用にね。確保してあるの」
「確保……あ」

 見ると、この広場と森との境界の数カ所に、石が積み上げられている。……アリスが、この場所を結界的なもので『作って』いるらしい。
 まあ、自然を壊すような無茶な術式でもないようだけれども。

「ほら、良也。シーツ広げて」
「はいはい」

 持参したシーツを広場の真ん中に広げ、靴を脱いでその上に座る。アリスも向かいに座り、バスケットを開けた。

 香ばしい焼いたパンと具材の入り混じった、なんとも食欲をそそる香りが漂う。

「お、美味そう」
「サンドウィッチは変な具さえ挟まなければ大抵美味しいわよ」

 謙遜なのか知らんが、そんなことを言うアリス。
 まあ、間違っているとは言わないが、しかし本当に美味しそうなんだけどなあ。

 具材は卵、ハム、レタス、トマトなんかの定番に加えて、照り焼きなんかもある。全体的にボリュームがあり、多分これは結構大食いな方の僕に気を使ってくれたんだろう。

「いやいや、本当美味しそうだって。……いただきます」
「どうぞ」

 んじゃあ、このタマゴサンドから。

「ん〜〜」

 アリスのオリジナルなのか、味付けは塩以外にもなんかのハーブっぽいのが混ぜられていて、滅茶苦茶美味い。
 ……普段人形に家事させているから、実はあんまり料理得意じゃないんじゃないかとも勘ぐっていたが、とんでもない勘違いだった。

「いや、すごい美味しい。料理上手いんだな、アリス」
「そ」

 持て囃してみると、アリスは素っ気ない返事をして、自分もサンドイッチに手を伸ばす。
 ……しかし、これは照れているだけと見た。白磁のように白い頬が、うっすらと赤く染まっている。

「ほら、たくさん作ってきたんだから、どんどん食べなさいな。私一人じゃ到底食べ切れないわ」
「っと、それもそうだな。んじゃ、改めていただきます」

 タマゴ以外もどれも美味しく、バクバクと僕は旺盛な食欲を発揮する。
 かなりの量があったが、アリスの分まで食べてしまいそうな勢いだ。ちなみに、そのアリスはというと、三切れくらい食べて、それ以降は紅茶ばかり飲んでいた。

 一応、半分食った時点でお伺いを立てたのだが、もうアリス自身は食べないらしく、残りはどうぞと言われた。
 んで、これ幸いにと、僕は残りの攻略にかかり、

「呆れた。二斤分の食パン使ったのに、まさか全部食べるなんて」
「いや、流石に腹いっぱいだけどな」

 パンパンに膨らんだお腹を叩く。

「まったく、余ったら夕飯にするつもりだったのに。太っても知らないわよ」
「なんでも、蓬莱人は極端に体型が変わったりしないそうだぞ」
「便利ねえ」

 はい、とアリスの差し出してくれた紅茶を受け取り、啜る。
 少しぬるくなったお茶が、今はありがたい。

「ふう〜」

 紅茶を全部飲んで、ゴロンと寝転がる。

「あ、こら。食べてすぐ寝ると牛になるわよ」

 ……また、古い窘められ方をしてしまった。

「腹が膨れたから眠くなったんだよ。ちょっとだけだって」
「まったく。行儀が悪いんだから」
「んー」

 いや、アリスはそう言うが、この心地良さからはどうにも逃れがたい。
 そよそよとそよぐ風、優しく降り注ぐ日差し、森の良い香り。んで、腹はいっぱい、と、もうこれは僕に昼寝する以外の選択肢などない。

 まあ、難を言えば、多少地面が硬いことか。腕を枕代わりにしても、どうにもね。

「……なに? その期待するような目は」
「な、なんでもない」

 いや、うん。膝枕とかね、ちょっと憧れてもいいじゃん? そんなことをアリスに言い出せるほど、僕は勇気はないんだけれども。

「そ、それより、アリスも横になってみたらどうだ? 気持ちいいぞ」
「……ま、そうね」

 さっきの誤魔化しのために適当なことを言うと、予想外にもアリスはも頷いて、僕の隣に横たわった。

 ビキーン、と僕は固まる。や、やべぇ。距離三十センチのところに、アリスの横顔がっ!
 うっわ、ヤッベ。横になってて、こんなに近いと、ハンパなく緊張するんスけど!

「確かにいい気持ちね」

 アリスの方は、なんでもない様子でそんなことを呟いている。
 う、うぐぐ、心臓がありえないほど早鐘を打っている僕が、馬鹿みたいじゃないか。

「? どうしたの」
「どうもしないって。おやすみ」

 いきなり黙った僕を不審に思ったらしいアリスが聞いてくるが、僕は目を瞑ってそう答える。
 すぐ隣の気配に緊張はするが、しかしここで動揺しているのを知られるのも悔しい。無心になれ、無心になるんだ。
 そう考えていると、ふと、右手が何かに触れた。

「ん?」

 ……なにかっつーか、普通にアリスの手だな、これ。並んで寝てるから、偶然触れてしまったんだろう。

 思わず腕を引っ込めかけるが、なんとなく離れがたくてそのままにする。
 アリスも気付いているはずなのに、手を避ける様子がない。

「………………」
「………………」

 うぉーい、アリス、まだ寝入ってないよね? なんで手、どけないの?

 ……これ、これ、ど、どど、どうすれば?
 いや! 自分からどければいいだろという話ではあるがっ! しかし、こう、繋がってる感じがですね、いい感じで!

「………………」

 そして、どちらともなく、指を絡ませる。
 うお、手、すべすべだ。

 こっそり、アリスの様子を見ようと頭を傾けて薄めを開け――

「!?」

 ばっ、と頭を元に戻す。
 し……視線が合った。

 身悶えしたくなるほど恥ずかしい。
 しかし、ここで身動きをしたらなんか負けな気がする。

 我慢して、努めて表面上は平静を装い、時間が過ぎるのを待つ。

 ……少し、落ち着いてきた。いや、緊張はしてるが、どうやら慣れた。
 そうすると、さっきまでの自分が少し滑稽に思えてきたりして、なんか笑いがこみ上げてくる。

「……どうしたの」
「なんも」

 含み笑いを漏らした僕に、アリスが何事かと尋ねてくるが、誤魔化した。
 ……ふう、ああ、ようやく睡魔もやって来たな。

 繋がった手から伝わってくる、アリスの低めの体温に、気恥ずかしさと安らぎが入り混じった妙な感慨を抱きつつ、
 僕の意識は、眠りに落ちていった。

























「起きなさい」
「んが!」

 頭に強い衝撃が走り、目が覚める。
 目を開けると、上の方にアリスの顔が。

 ……ええと?

「あ、昼寝してたんだっけ」
「そうよ。もう三時過ぎ。……まったく、午後の研究の予定がパーになったわ」
「そりゃ悪い。でも、もう少し優しく起こしてくれてもよかったんじゃないか」

 今、キックしただろ、キック。僕の頭をサッカーボールに見立てて、つま先で。

「何度も声かけたのに、全然起きないんだもの。爆破しなかっただけ、ありがたく思いなさい」
「……寝坊したら爆破されんのか」

 もちろん冗談だとは思うが、おっかないなあ。

 しかし、なにかね。寝る前にアリスと手を繋いでいた記憶があるんだが、まだ手にその感触が残ってる。もしかして、寝てる間ずっと繋ぎっぱなしだったのだろうか。

 ……あれ? 手に感触が残っているってことは、アリスも起きたのはついさっきだったんじゃないか?

「なに?」
「いやいや、なんでもない。さっさと帰るか」

 アリスの寝坊を指摘しても、ロクなことになりそうにないので、賢明な僕はさっさと立ち上がることにする。
 起き上がり、シーツを片付け、テキパキと帰りの準備。

「帰ったらどうする?」
「今から今日の分の研究を進めても中途半端になりそうだし。大人しく本でも読むわ」
「そっか。んじゃ、僕も付き合うかな」
「ええ。お好きに」

 帰り道も、当たり障りの無い会話をしながら飛ぶ。さっきの手を繋いだ件については、お互い触れない方向で結論づけたらしい。まあ、恥ずいし。
 とりあえず、アリスの方が嫌がっていなかったらしい、ということが判明したので良しとしよう。いつもより機嫌良さそうだし。

 今日は、少しアリスとの仲が進展した気がする。よしよし、この調子で距離を縮めていけば、もしかすれば告白してオーケーがもらえるようになるやもしれん。

「なによ、嬉しそうな顔して」
「ん? そんな顔してる?」
「してる。変なの」

 そっかー。うん、そうかもしれん。
 でも、自惚れじゃなければ、アリスも結構嬉しそうな顔してるよね。

 どうも、こう、僕もアリスも、手探りでお互いの距離感を計っているところがあるよなあ。まあ、それもまた楽しいし、このくらいのペースが僕達には合っているようなので、しばらくはこのままだろう。

 そんな風に考えていると、アリスの家に到着した。

「ん、あれ?」
「どうした?」
「なんか、鍵開いてる」

 おいおい、戸締り忘れてたのか。こんな所に泥棒が来るとはおもえないが不用心――泥棒?

「おい、まさか」
「多分、そのまさかね。まったく」

 ずんずんと肩を怒らせて家に入るアリス。僕もその後に続き……予想通り、リビングに見慣れた白黒の魔法使いを見つけて、がくっと肩を落とした。

「おい、魔理沙。なにやってんだ」
「んお? アリス……と、良也か。おかえり」
「おかえりじゃないでしょう。なに勝手に人の家に侵入した挙句、紅茶を飲んでるのかしら」

 どうやら、勝手に紅茶を淹れて家主顔負けの堂々たる態度でティータイムと洒落こんでいたらしい。いっそ清々しいまでの傍若無人だ。
 あ、部屋の隅に留守番役だった上海人形が簀巻きにされて放り出されている。可哀想に。

「いや、遊びに来たんだが留守だって言うからさ。そんじゃあ、帰ってくるまで待たせてもらおうって上がらせてもらったんだよ」
「……うちの上海は、留守だから帰れとは言わなかったのかしら? 予期せぬお客様には丁重にお引取り願うように言い聞かせてあるのだけど?」
「はて、そんなことを言っていたかな?」

 すっとぼける魔理沙。
 ……まあ、こいつのことだから、作業部屋を荒らしたりみたいな、アリスが本気で怒ることはやっていないんだろうが。

「まったく……。上海」

 アリスがつい、と指を動かすと、主の魔力を得て、簀巻き上海が自らを拘束する座布団を引き千切る。
 続いて、どこからともなく数十を超える人形が集まってきた。

「お? なんだなんだ。なにする気だ?」
「もちろん、不法侵入した輩を叩き出すつもりよ」
「つまり、弾幕ごっこか」
「表に出なさい、魔理沙」
「いいぜ!」

 うわー、あっさり弾幕ごっこをすることに決まっちゃった。

「しかしアリス。その前に一つ興味本位で聞きたいんだが」
「なに? 人の家で好き勝手して、言い訳でもあるの?」
「いや、好き勝手したわけじゃない。待たせてもらう間、お茶を飲むくらい普通だろ。そうじゃなくて」

 ふっと、魔理沙は僕に視線を向けた。

「……デートだったのか?」
「――少し、外でご飯を食べてただけよ」
「それをデートって言うと思うんだが……待て、ご飯だけって、帰る時間遅くないか?」

 既に三時半、確かにこの言い訳を通すには少々厳しい時間帯だ。
 魔理沙の疑問に、アリスは視線を逸らす。そりゃ一緒に昼寝してましたー、なんて答えたくはないが、そんな反応しちゃうと、

「ほー、ほー」
「〜〜っ、なによ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「いんや別に。野暮なことは言わんよ、私ゃ。おい、良也、うまいことやったみたいじゃないか」
「僕に振るな」

 ここで肯定しても否定しても、後でアリスとギクシャクするのが目に見えている。
 大体、本当にうまくいっているかどうか、結果が出るのはまだまだ先だぞ、常識的に考えて。

「魔理沙、よほど私に喧嘩を売りたいみたいね……」
「素直に祝福しているつもりなんだが」
「そんなのはまだ早いわよっ!」

 多分、とっさに出てしまった台詞なんだろう。うん、それ以外説明のしようがない。
 しかし、魔理沙は一瞬呆気に取られたかと思うと、また意地悪な笑顔を浮かべ、

「へえ、そっか。そりゃ私が悪かった」
「わかればいいの」

 あ〜、アリスさん? いかん、多分さっきの台詞、完全に無意識にしてしまったから気付いていない。

 "まだ"、"早い"……もしかしてこれは、将来的にはオッケーと、そういう意味であろうか。

「まったく……良也、すぐノしてくるから、紅茶の準備しておいてくれる?」
「はいよ、了解」
「良也、三人分な。茶菓子も添えて」

 図々しくも要求してくる魔理沙。

「良也、もちろん魔理沙の分はいらないからね」
「あー、了解」

 ……ま、弾幕ごっこをすればアリスの機嫌も治って、魔理沙に茶を出しても文句は言わなくなるだろう。アリスには悪いが、僕的には魔理沙のお陰でアリスの本音が聞けたので、供するに吝かではないのだ。

「ま、怪我はしないようになー」

 そう言って、二人を送り出す。

 すぐにどっかんどっかんと始まった弾幕ごっこをBGMに、僕は湯を沸かし始めるのだった。














 なお、その後、どういうわけか魔理沙の持ってきた茸で一杯、という話になり。
 いつになく酔い潰れたアリスをベッドに運ぶ、なんて嬉し恥ずかしなイベントもあったりして。

 ……くそう、なんか魔理沙に借りがかなりできちゃった気がするぞ。



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