さて、栞ちゃんとあれこれはあったものの、日常は続いていく。
 そうなると、一新任教師である僕は、毎日を必死でこなしていたため、栞ちゃんとの仲を進展させる余裕なぞあろうはずもない。ていうか、進展させたら不味い。

 あくまで教師と生徒の関係。栞ちゃんにも言った通り、全ては彼女が卒業してからの話だ。そこまで割り切れるかどうかはともかくとして。
 そんなわけで、僕の日常生活は表面上は何一つ変わっていない。何一つ変わっていないはずなのに、

「土樹先生。貴方がとある生徒と不適切な関係にある、という噂が広がっていますが、これは本当ですか?」

 ――なんで教頭先生に呼び出されて詰問されているんですかねっ!?

「いや、その……寝耳に水な話なんですけれど」
「そうですか。しかし、そのような噂が生徒たちの間で囁かれているのは事実です。火のないところに煙は立たない、とも言いますが、本当に心当たりは?」

 僕の三倍以上生きている教頭先生の目が僕を射抜く。僕はその威圧に怯んだ様子を見せそうになるものの、努めて冷静さを装い、

「勿論、事実無根です。心当たりはありません」

 嘘を吐いた。我ながら、ここまで自然に虚言を弄せることに驚きである。色々と……そう、本当に色々な経験を積んできたおかげかもしれない。

「――そうですか」

 しばらく探るような目でこちらの様子を伺っていた教頭先生だが、やがてそう呟いた。
 同時に、僕に対する威圧感も緩んだので、どうやら疑いは晴れたようだ。

 ふう、と内心溜息を付く。

「はは、勿論ですよ。僕は、そんなことをしません」
「成る程、それは失礼しました。では、噂の高宮栞さんとはなんの関係もないということですね?」
「噂の相手は高宮ですか。彼女の部活の顧問をしていますから、そりゃ他の生徒よりは親しいですけれど、誓ってそれ以上の関係ではありません」

 うわ、すげえ。僕ってこんなにホンネとタテマエを分けられる人間だったんだ。

「ええ、安心しました。では、退室していただいて結構ですよ。仕事を中断させて申し訳ありませんでした」
「いえ。それでは失礼します」

 二人きりで話をしたい、と呼び出された生徒指導室から出る。
 ドアを閉めた途端、ふう〜、と安堵の溜息が漏れた。

 とりあえず、放課後となって結構時間が経っている。早いところ部活に向かわないといけない。

 しかし、と思う。
 どこだ? どこで漏れた?

 はっきり言って、バレるような言動をした覚えはない。栞ちゃんも、その辺はちゃんと弁えていて、学校では以前と変わらない態度のはずだ。
 首を傾げながら、英文学部のドアをくぐる。

「あれ? つっちーせんせ、今日は遅かったね」
「ああ。ちょっとな」

 ペラペラと海外の占い本に目を通していた藤崎が一番に気付いて手をひらひらさせて挨拶をしてくる。

「土樹先生、こんにちは」

 こっちは、相変わらずカッコつけでラテン語の魔術書(ちなみに粗悪な偽書)を読んでいる天海だ。

 んで、最後に、隅のほうで英語の小説を読んでいる栞ちゃんに目を向け、

「あ、っと。……高宮、こんにちは。なに読んでいるんだ?」
「え、あ、はい。土樹先生、こんにちはです。ええとですね、今で読んでいるのはハリー・ポッターの原書で。あ、ここの訳教えてくれませんか」
「へ、へえ……どこだ? 見せてみ」

 訳がわからないというのなら仕方ない。うん、生徒に英語のことを教えるのは、教師らしい行動だろう。
 僕は栞ちゃんの後ろから本を覗きこみ、彼女の指先が示す英文を訳すことにする。

 と、その時ふわりと彼女から甘い香りが漂ってきて、一瞬クラっとした。
 ヤバイ。意識しすぎだ、僕。

 冷静に、冷静に、普段の自分を装うために心の中で深呼吸。

「先生?」
「いや、悪い。ええと、そこだはな……」

 機械的に訳す傍ら、頭の中は微妙に触れた髪の毛とかに夢中である。……アカン、このままだと藤崎辺りに勘繰られる危険性がある。
 一息に長文を訳すと、僕は急いで離れた。

「さ、さてと、今日は僕も、なんか本でも読むかなー」

 このピンク色の思考を冷静にするには、難しいやつを読むべきだろう。偽書や誤訳だらけの魔術書が大半を占めるこの英文学部の蔵書だが、中には『本物』もある。
 危ないから撤去しようかとも思ったが、内容的にそれほど危険性のある内容ではないし、そもそも古代ギリシャ語を読み解ける高校生がそうそういるとは思えない。

 ひとまず、僕が顧問をしている間は大丈夫かと、放置していた。

 そんな中の一冊を引き抜き、まず一ページ目に目を、

「あのさー、つっちーせんせ」
「ん? なんだ藤崎。お前もわからないところがあるのか?」

 見た感じ、タロットを使った占いの本だ。タロットを使った占いについては、ちょっと怪しいパチュリー式七曜占術も習得している僕だから、実演してやってもいいかもしれん。藤崎占い好きだしな。

 しかし、次に発せられた言葉は、僕の予想の斜め上の内容だった。

「そうじゃなくて。……つっちーせんせと高宮ちゃんって、やっぱ付き合い始めたの?」

 内心、ギクリと動揺する。
 しかし、表には出さない。……ふっ、先ほどの教頭先生の尋問すら余裕で突破した僕が、こんな小娘の詰問でボロを出すとでも思うたかっ!

「え、ふ、藤崎先輩! そ、そんなことありあせんぬょ!?」
「高宮ちゃん、噛んでる噛んでる」

 僕が動揺しなくても、栞ちゃんが駄目だぁ!?

「は、ははは。藤崎、いきなりそんなことを聞くから高宮も慌ててるぞ。なにを馬鹿なことを」

 実は僕って詐欺師の才能が有るのか? と疑問に思うほどスラスラと言い訳が出てくる。
 ま、それはともかくとして、栞ちゃんは元来恥ずかしがり屋な子。この言葉で、十分誤魔化すことはできる。

「いや、だってさぁ」
「そんな根も葉もない噂が流れてるのは先生も聞いてるさ。でも、憶測だけでそんなことを言うのは高宮に失礼だろう? はっは、僕と高宮は、ただの教師と生徒の関係であって」

 藤崎に妙な疑問を持たれる前に畳み掛けるように話す。しかしはて、なんだろう? 言葉を重ねるごとに後ろから変な気配が、

「せんせ、後ろ後ろ」
「後ろとな?」

 振り向くと……うわーい、栞ちゃん、超むくれてる。

「た、高宮……さ、ん? ええと、何故そんなに不機嫌なんでしょうか」
「なんでもありませんっ」

 ぷい、と視線をそらす栞ちゃん。
 ……いや、拗ねる姿は可愛いけど、それは、その誤解(じゃないんだけど)を助長するような。

「やっぱねー、最近怪しいと思ってたんだ」
「? 藤崎先輩、怪しいって?」
「天海ちゃんは気付いてなかった?」

 なんのことやら、という天海に対し、藤崎は出来の悪い生徒に対するように指を立てて説明を始める。

「高宮ちゃんの失踪事件からこっち、明らかに二人の雰囲気変わってるでしょ。そのせいだよ、せんせと高宮ちゃんが付き合ってるって噂流れたの」
「そうですか?」
「そうなの。うーん、なんていうか……」

 と、藤崎は少し悩んで、一つ一つ説明を始めた。

「二人が視線が合うと、しばらくジーっと見つめ合ってたり。二人が話している時は、妙に距離が近かったり。高宮ちゃんに話すときだけ、妙につっちーせんせの口調が優しかったり」

 挙げられるたび、もしかしたらそうだったかもしれないと、自分の誤魔化しスキルの限界を突き付けられるような気分になる。
 ……栞ちゃん本人を前にしない限りは平気なんだけどなあ。

「あ、そうそう。せんせってば、若い癖に女子高生に囲まれてちっとも変なこと考えないのに、高宮ちゃんといる時だけ欲情してるかなっ」
「ぶはぉ!?」
「ええ!?」

 よ、よよよ、浴場!? いや、違う欲情!? し、してねえーーーー!!!

「藤崎、お前いきなりなにを――!?」
「ふっふーん、せんせ。女の子は甘くないよー。男の子の変な視線なんて隠しても絶対気付くしー」

 おまっ、いやっ、そういう意識ゼロな他の生徒よりは見てるかもしれないけどっ。そんな、馬鹿な……

「え、ええと」

 そして栞ちゃん! 恥ずかしそうにスカート掴んでもじもじしないで欲しい!

「ふむ、総合すると、土樹先生はエロということでいいでしょうか?」

 そして、イマイチその辺を実感していないっぽい超能力厨二少女天海は、そんな不名誉な一言で内容をまとめた。

「ち、違うわ! 藤崎、人聞きの悪いことを言うんじゃない! 今のところ、僕は栞ちゃんにそんな――」
「うん、最後のはウッソー」

 あっけらかんと藤崎は否定する。
 ふ、ふう……驚かせやがって。

「で・もー。せんせ? へー、普段は『栞ちゃん』って呼んでるんだ?」

 し、しまったぁ!? 藤崎のやつ、『マヌケは見つかったようだな』って顔してる!




































 部室でのドタバタの末、ひとまず藤崎と天海には口止めが完了した。
 言い触らすつもりなどないようなので、一安心だ。後、藤崎は個人的に噂の沈静化に協力してくれるらしい。

 ……あれで顔が広いやつなので、任せておけばいくらか噂とやらも収まるだろう。

「で、それはいいんだけど」
「はい? なんでしょうか、先生」
「……あのさ、了解しといてなんだけど、これすっごいマズイ状況な気がするんだけど」

 学校も終わり、既に七時過ぎ。
 特に今日は残業もなく、部活が終わった後は普通に帰れたのだが、何故か栞ちゃんが僕の家に付いてきた。

 いや、一応校門のところでさよならをしたんだけど、どうやったのか僕のマンションの前で待ち伏せされていたのだ。私服に着替えて。

 誰かに見られる前に部屋に招待したのだが、エプロン付けて台所に立つ栞ちゃんに、僕はとても落ち着かない。

「そうですか?」
「そうだよ。生徒を一人暮らしの男の部屋に連れ込んで、しかもその相手が噂の当人だなんて。今度こそ教頭先生に言い訳効かないよ、これ」
「えっ。教頭先生に、なにか言われたんですか?」
「……まあ、その。栞ちゃんと付き合っているって噂について、少々」

 ふふ、この不況時にクビになって、次の就職先あるかなぁ。
 栞ちゃんのこともあるから、幻想郷引き篭もりの策は使えないし。いっそ、占い師か手品師辺りに……でも技術の世界だから参入難しそう。
 無職の身で付き合い始めるわけにはいかんしなあ。……やっべ、意外に綱渡りな気がしてきた。

「そうですか……すみません」
「いや、いいよ。元々、こういうのくらいは予想していたから」

 なにを言われようが、栞ちゃんの告白を曲がりなりにも受け入れた僕の責任である。卒業まで待って、と期限を切ったところで、生徒に対してそんな約束をした時点でアウトだ。
 ……んで、まあ、そんな約束をして、本当にただの教師と生徒の関係を保てるほど、僕も栞ちゃんも器用ではないわけで。それが噂に繋がった、と。

「そっちはいいんだけど……あの、なんで夕飯なんて作りに?」

 それが問題である。
 マンションの前に立っていた時点で、栞ちゃんはスーパーの買い物袋を持っていた。
 ご飯を作ってあげます、とか言われて、あれよあれよと部屋に上げてしまった。

「あの、ご迷惑でしたか?」
「いやいやいや! そういうわけじゃないよ、うん。嬉しいなあ」

 悲しそうにする栞ちゃんに慌ててフォローを入れる。
 よ、よかった……横着して牛丼辺りで済ませなくて。

「いや、それはいいんだけど。どうやって僕が帰ってくるまでに先回りして、買い物まで済ませたのかな? 着替えてるし、時間的に相当厳しいと思うんだけど」
「あ、それは車を回してもらいました」

 ……車とな?

「えっと、それはおうちの人に?」
「勿論」
「……僕んちに来るって、伝えた?」
「はい」
「な、なんで?」
「うち、門限が厳しくて。でも、土樹先生のところに行くんだったらって、おじいちゃんが許してもらいました」

 ……オーケー、落ち着け。
 うん、まずいくつか確認しないといけない。

「その、高宮さん……栞ちゃんのお爺ちゃんは、僕と栞ちゃんのこと、知ってるの?」
「? はい」

 いや、『はい』て。

「……なにか言ってなかった?」
「いえ、普通に応援してくれましたけど」

 高宮さぁぁぁん!?
 あ、あれー? 僕そんなにあの人からの評価高かったっけ? そりゃ、高宮さん経由で幾つか『仕事』回してもらったりもしたけど。

「お父さんとお母さんの説得もやってくれました」
「……ぉぅぃぇ」

 か、家族全員にバレとる。こ、これは……近々挨拶に伺う必要がある……のか?
 順調に外堀を埋められつつあるのは気のせいだろうか。

「???」
「いや、なんでもない。それより、そろそろいいんじゃない?」

 栞ちゃんは煮物を作っていたのだが、時間的にそろそろだ。
 炊飯器にセットしたご飯も、もう炊き上がるし。

「あ、そうですね」
「食器並べるの手伝うよ」
「……ええと、じゃあお願いします」

 まさか一人で全部やらせる訳にはいかない。僕は立ち上がって、栞ちゃんと一緒に台所で作業をする。
 ……うーむ、しかし、一人暮らしを始めて五年半。この部屋の台所に、女の子が立つ日が来るとは思わなんだ。

 食卓のテーブルに並べられたのは、和風のメニュー。
 白米、豆腐とわかめの味噌汁、筑前煮、浅漬け……メインはお刺身で、これは一匹丸々を買ってきて栞ちゃんが捌いた。

 ……料理スキル高いな。

「どうぞ、召し上がってください」
「あ、はい。いただきます」

 とりあえず、いい匂いでさっきから気になってた筑前煮を。

 ……栞ちゃんが箸に手も伸ばさず、じー、と見つめてくるんですが。
 ええい、いただきます!

「……美味しい」
「そ、それはよかった!」
「いや、本当に。お世辞抜きで美味いよ、これ」
「えへへー、実は、お母さんにコツを教わっててですね」

 ふーん。僕も、一人暮らしを始めるに当たって料理を教わったりもしたけど、ここまで上手にはなれなかったなあ。
 まあ、竈を使わせて貰えれば、なんか妙に美味しく作れるようになってるんだけど、竈なんてこっちにゃない。

「そりゃすごいなあ。僕、高校生の時は料理なんて全く出来なかったけど」
「小さい頃から、たまに台所に立ってましたから。本格的に習い始めたのは最近ですけど」
「最近? ええと、それってもしかしなくても」

 僕のため? と聞こうとしたところで、栞ちゃんは『はっ』と気付いて、真っ赤になった。
 慌てて箸を取り食べ始める栞ちゃんに、これ以上は突っ込まないほうがいいかと僕も食事を再開した。

 むう、味噌汁もいい味してる……。味噌はうちにあったものを使っているけど、ちゃんと出汁取ってたからなぁ。

 こういう時、『栞ちゃんはいいお嫁さんになるね』とか、そういう台詞を言うべきなんだろうか? ……いや、無理だな。こっ恥ずかし過ぎる。

「……おかわりください」
「はい!」

 なんで、とりあえず空になった茶碗を差し出すことにした。
































 さて。食事が終わり、洗い物を二人で行い、お茶を飲んで一息つくと八時半。
 もういい時間だ。流石にこれ以上遅くなると言い訳が効かない。

 その辺りで、お茶を空にした栞ちゃんは立ち上がった。

「それじゃあ、わたしはこの辺りで……」
「あ、うん。ご飯ありがとう。外まで送るよ」

 先程携帯でおうちに連絡していたから、車で迎えが来るはずだ。玄関まではお見送りしないと。

 僕も立ち上がると、栞ちゃんは玄関には向かわず、僕の前まで来た。

「?」

 はて、なんだろう。と、思っていると、栞ちゃんはしばらくためらってから、僕の手を取った。

「あ、ありがとうございます。じゃ、じゃあ、見送りお願いします」
「ぉ、う。了解」

 〜〜〜〜!?

 頭の中が真っ白になりながらも、なんとか靴を履き、マンションの外へ向かう。
 廊下やエレベーターの中で他の人と遭遇しなかったのは幸運だった。まあ、このマンションで知り合いってのは特にいないのだけれど。

 外に出ると、まだ迎えの車は来ていなかった。まあ、少し待てば来るだろうと、栞ちゃんと手を繋いだまま待つ。
 う……会話がないと、手の感触が気になって仕方ない。ど、どうしたものか……

 なにか会話をー、と話題を探していると、栞ちゃんの方から話しかけてきた。

「あの……。すみません、土樹先生。急に押しかけて」
「え? いや、それは別にいいんだけど」

 そうだ。そういえば、そのことを聞き忘れていた。

「あの、なんでいきなり来たのかな。いや、別に迷惑だっていうわけじゃなくて、ご飯美味しかったからむしろありがたかったんだけど」

 せめて前もって言ってくれれば、僕のノミの心臓ももう少し穏やかだったかもしれない。

「ええと、部活の後ですね、先生が職員室に帰った辺りで藤崎先輩が」
「あいつか……」
「はい。なんでも、男を落とすにはまず胃袋からとか言われまして……。あの、約束してからのほうがいいとは思ったんですが、気が逸っちゃって」

 要は、アドバイスを貰って心赴くままに実行してしまったと。
 ……うーむ、

「いや、うん。さっきも言った通り、ありがたいことはありがたかったからさ」
「じゃ、じゃあ。これからも、たまにこうしてご飯作りに来ても?」

 ぽろっと本音を漏らすと、ぐぐい、と栞ちゃんが詰め寄せて来た。
 う、うーむ。何度も、だとバレやすくなる気がする。いや、既にもう駄目駄目だが……

「へ、平日は帰る時間は不規則だから……休みの日、たまになら……」

 ……でも、一緒にいる時間を増やしたいのは僕も同じだったので、勝手に口が了承していた。

「あ、ありがとうございますっ」
「いやいや。別に全然いいよ。……うん、外に遊びに出たりってのは難しいから。このくらい」

 外だとなあ。普通に他の生徒とか先生とかと遭遇する危険があるしなあ。まだ家のほうがマシだ。ことがバレた時のインパクトはこっちが上だけど。

「そうですよね……。ごめんなさい、色々とご迷惑かけて。子供ですね、わたし……」

 きゅっ、と栞ちゃんが握る手に力が入り、僕の方に体重を預け……ぎゃああああ!? なんかやわっこい感触が、感触が!
 恋愛経験値ゼロの僕は、カチコチに固まるしかできまセン! 最近の高校生は進んでいるんですね――じゃねえ。どう見ても、栞ちゃんも顔真っ赤で緊張の極地だ。

 いかん……なにか、なにか話題の転換を。
 ――そうだ!

「そ、それにしてもなー。栞ちゃんが、休みの日来るってことは、あれだよね」
「な、なんでしょうか」

 栞ちゃんも、この沈黙には耐えられないものを感じていたのか、あっさり乗ってくれた。

「いや、僕ってさ、休みの日ごとに幻想郷行ってたんだよ。だから、ちょっと寂しい気もするなあ、って」

 まあ、連中と栞ちゃんを天秤にかけるなんて意味のないことをするつもりはないが、行けなきゃ行けないでちょっと寂しい。

「……そうですね、美人さんが多かったですもんね」
「あ、あれ!? そういう反応? いや、違うよ? 確かに見た目は綺麗でも、あいつら相手にどうこうなんて僕はちっとも考えてませんよ?」
「ええ、わかっています。東風谷さんに少し教えてもらいましたから」

 そ、そういえば、元現代っ子の東風谷は妙に栞ちゃんにかまっていたな。
 どうやら、僕がスキマとガチンコしていた間、僕の向こうでの評判を随分と聞いていたらしい。

「……でも、いままでなかったからって、これからそうなる可能性がないわけじゃないですよね?」
「い、いやいや! ないってば! 百パーセント有り得ません!」

 妙な迫力を放つ栞ちゃんに、僕は慌てて弁明する。逃げようにも、いつの間にかガッチリと腕を抱え込まれていて、逃げ出せない。
 び、微妙に感じる胸の膨らみの感触とか、まったく楽しむ隙がないほどの迫力なんですけどっ。

「先生……本当に、他の女の人のところに行ったりしませんよね?」
「だ、大丈夫。信じて欲しい」

 いや、どもってるけど本心だ。
 僕の視線を真っ向から受けて、しばらく。栞ちゃんは納得したのか、うん、と頷き、

「じゃ……信用させてください」

 と、目を瞑って軽く上を向いた。

 ……え? あれ? これって、あれですか。所謂、ベェェェゼってやつですか。

 ドッキドッキと心臓が早鐘を打ち始める。
 ええい、もう知らん。行ったれ――!













 ちなみに。コトに及んだ瞬間、角を曲がってきた車のライトに思い切り照らされ。
 迎えに来た人(なんと高宮さんが直々に来た)に、その光景をバッチリ目撃された。

 ……完全に逃げ道がなくなったな、これ。逃げる気は毛頭ないけどさ。















 ……よくよく考えてみると、タイミングが良すぎた気がしなくもない。
 迎えに来るってのは栞ちゃんも知ってたはずなのに……

 ……外堀を埋められつつある、という予感は、正しかったのかも知れん。



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