迷いの竹林は永遠亭。日頃、永琳さんには薬の件で散々世話になっているので、今日は御礼の品(酒)を持ってきた。のはいいのだが、迷いの竹林の上を飛んでいると、いきなり勃発した輝夜と妹紅の殺し合いに巻き込まれあえなく死亡。 流石に悪いと思ったのか、永遠亭で介抱され……なぜか、そのまま開かれた酒宴へと誘われた。 「ほら、良也。私が酌してあげるんだから、ぐいっとやりなさい」 「……待て待て。そう一気に注ぐんじゃない」 そして僕は、やたら呑ませようとする輝夜からの攻勢を避けていたりするのだった。 「なに、私のお酒が呑めないって言うの?」 「また手垢の付きまくった絡み方しやがって……少しはつまみも味わわせてくれ」 まだあまり呑んでいないくせに、どこぞの酔っ払いみたいなことを言い出したなこいつ。永琳さんは遠巻きに笑ってるし、鈴仙も呆れ顔だ。てゐは、兎連中と呑んでてこっちは気にしてない。 しっかし、逃げる態度が面白いのかねえ。最近、こうやって絡まれる率が高い。 「こんな美女がいて、他につまみなんて必要ないでしょうに」 「……お前が美人なのは重々承知だが、それはそれとしてつまみは欲しいぞ」 「やれやれ、かつては貴族ですら私の酌は中々受けられなかったというのにねえ」 「今は平安じゃなくて平成だ。過去の栄誉にしがみつくってのは年食った証拠だぞ」 あまりに尊大な物言いに、ちょいと反撃してみる。が、直後にしまったと思った。なにせ輝夜の顔が『言ってくれるじゃない』と雄弁に物語っていたため。 ……口は災いの元、そんなこと、僕は嫌ってほど学んでいるはずなのに、なんでまたこの口はこう滑りまくるんだろう。 「ふーん……ほら」 「ぶぉほっ!?」 なんか輝夜の奴、服をはだけやがった! 眩いほど白い胸の谷間が目に焼き付いて、思わず目を逸らす。 「あらあら、千歳を超えるお婆ちゃんがちょっと肌を見せたくらいで、その反応は如何なものかしら。貴方、年増趣味?」 「いや、あのな」 なんか鈴仙が怖い目で見てる! ちげーよ、お前の主のせいだよっ、と心の中で訴えた。 現実逃避とも言う。別のこと考えでもしないと、所詮女性経験ゼロな僕ではこの誘惑に抗えないよっ。 ええい、落ち着け。輝夜のこの手のからかいも、もう慣れたもんだ。ふ、冷静に……冷静に、謝ろう。 「……ごめんなさい。っとーに申し訳有りませんでした。だからやめろ」 「やめろ? なに、命令してるの、私に」 「やめて下さいお願いします」 平身低頭謝る。ふう、と輝夜は面白くなさ気に溜息をついて、服を整えた。 ……よかった、男らしく謝ったお陰か、鈴仙の怒りも収まった模様。 「やれやれ、自信なくしちゃうわね。普通そこは我を忘れて襲ってくるところじゃない?」 「いや、一応僕にも理性というものが」 「つまんないわ」 「……つまるつまらないの問題じゃないだろ。大体……」 む、これは言わないほうがいいか。 「大体?」 「なんでもない」 このお姫様、自分の魅力について、分かってるようで全然分かっていないから困る。 輝夜と何度も話して、しかもからかい半分とは言え誘惑されて、それでもなんともならない男っているんだろうか。僕が普段、どれだけ神経すり減らして我慢してるか、きっと想像もつかないんだろうな。 ……しかしまあ、こんなのは表には出せない。今、曲がりなりにも友人として付き合えているのは、僕がその手の態度を出していないからだろう。仮にそんな態度をチラリとでも出したら、その時点で僕は過去、輝夜に求婚した諸々の男と同じになってしまう。 そんな男に認定されて、それでも今のように付き合えるとは思えない。 それなら、普通に友達でも構わない。……若干強がり入っているが。 「なに? 最後まで言いなさいよ」 「だから、なんもないっつーの。ほれ、輝夜も呑め呑め」 「はいはい。貴方もちゃんと呑むのよ」 輝夜に少々強引に酒を注いで、自分の分を一気に呑んでおかわりをもらう。 ……うん、輝夜に対する云々も、一緒に飲み干してしまおう。多少の酒じゃ足りないかも知れないが。 チュンチュン、という鳥の鳴き声で目が覚めた僕は、上半身を起こしたまま固まっていた。 だらだらと背中に汗が流れる。 ヤバい、なんで、色々とちょっと待て。 頭がかつてないほどに混乱している。端的に言って大ピンチだ。この危機に比べると、今まで死にかけたり実際に死んだりしたトラブルが全てなんでもないように思える。 落ち着いて状況の確認だ。場所は? 永遠亭の客間。時刻は? 朝、日の強さからして七時か八時くらい。 うん、ここまではよし。昨日、宴会が長引きそうだったので、輝夜が『泊まっていけば?』と申し出てくれたのを覚えている。実際、空飛ぼうとしたら地面に突っ込む位酔ってたので了承した。永遠亭の客間にいることは不自然ではない。 で、部屋には布団から身体を起こして固まっている僕と、 ――何故か隣には、裸でくぅくぅ寝息を立てている輝夜が。 そっかー、これが噂の朝チュンかー、なんて呑気な感想を抱いている場合じゃねえ。 「……なんで?」 待て待て落ち着け土樹良也。状況は確認できたんだ、次はどうしてこうなったか、だ。 ……そう、よく思い出すんだ。昨日、寝る前の出来事を。 「えー、と」 二日酔いでズキズキ痛む頭を抑えながら、昨日のことを辿る。途中、輝夜と話しながら呑んでいたことははっきり覚えてる。 んで、酒と料理をあらかた片付けた後、風呂をもらった。上がって客間に来てみると、何故か先に風呂を済ませた輝夜が酒とつまみ片手に待ち構えてて、二次会と称して軽く呑んで、 ……肌襦袢一つの出で立ちの輝夜にいつものようにからかわれて、とうとう僕の理性がぷっつんして押し倒し、何故か殺されなかったからこれ幸いにと、 「うおおおおおおっっっ!?」 ああ゛ーー! な、なんか薄らぼんやりとだが、コトの最中の記憶が蘇ってくぁwせdrftgyふじこlp; 「……うるさいわね」 「ぁ、輝夜……」 「朝っぱらからどうしたっていうのよ。まったく、もう少し寝かせなさい。貴方のせいで疲れているんだから」 いや、あの、輝夜さん? なんでそんな平然としているんでしょうか。 後、布団で隠れきれていない肩とかうなじとかが妙に艶かしくて、心臓がバクバク言い始めたんだけど。 い、いかん……僕の理性が、なんか揺らぎ始めている。 落ち着け、昨日の二の舞になる気か。 なんて、僕の内心を読んだのか、輝夜は目だけをこちらに向けて、 「なに、朝からやりたいの?」 「……いや、その輝夜さん? 念の為に聞くけど、昨日は、」 「蓬莱人って絶倫なのかしらね? 男の蓬莱人って貴方が初めてだからわかんないけど。ベロベロに酔ってたくせに何度も……まだ股が痛いんだけど」 キャー、もうちょっと恥じらえ―。 と、あまりにあけっぴろげな発言に顔を引き攣らせていると、誰かが廊下を歩く気配。 「ちょっと、良也。いつまで寝てるの? 早く起きてくれないかしら」 「れ、鈴仙さン!?」 声が裏返った。 「……なに、素っ頓狂な声上げて。起きてるならさっさと居間に来なさい。朝食の準備は出来てるから」 う、ウサミミ美少女が朝起こしに来てくれたという、超嬉しいシチュエーションのはずのに、危機感しか覚えないっ。何故かというと、隣の輝夜さんが身体を起こして、ニヤニヤこっちに笑いかけているんですよ、これが。 「イナバ、私の分もちゃんと用意している?」 輝夜ぁぁぁぁああーー!? 「え、あ!? 姫様? 今日は朝食をお食べになるんですか」 咄嗟に反応はできないのか、鈴仙がボケたことを聞き返す。 「たまにはね」 「ええと、量に余裕はあるので大丈夫だと――」 しん、と奇妙な静寂が落ちた。 ふふふ、嵐の前の静けさ、とはまさにこのことか。 待つことしばし。諦めの境地で、我ながら生気のない顔で待っていると、ようやく状況をつかめたのか鈴仙が勢い良く障子を開け放った。スパァンッッ! って感じで。 「なにしてるのよ!? って、〜〜〜!!!?!?!?」 一つの布団に、裸の男女が並んでる。そんな光景をバッチリ目撃した鈴仙は、怒りのためか羞恥のためか、顔を真っ赤にして声なき悲鳴を挙げた。多分、この部屋ってば臭いもこもってるだろうから誤魔化すのは流石に無理。 で、キッ、と僕に向けて紅い目と人差し指を向けてくる。 「ま、待て鈴仙! 話せばわかる!」 いかん、死亡フラグを立ててしまった。 「問答無用!」 「やっぱりフラグだったァーー!」 まあまあ、お腹が空いたから、早く朝ご飯を食べましょう……そんな風に、僕が瀕死になって痙攣してから仲裁に入った輝夜の言で、なんとか鈴仙は引き下がってくれた。 汗やらなにやら(内訳は聞くな)でベタベタだったので、ひとまず水浴びだけして、居間に向かう。そのまま逃げようと思ったのは内緒だ。流石にそれはどうかと思ってやめたし。 「えー、と」 茶碗に米粒一つ、味噌汁は一滴、川魚の焼き物はメダカサイズが一匹と、嫌がらせにしか思えない献立を前に、僕は訴えるような目でシャモジを手に輝夜の分を盛りつけている鈴仙を見る。 ギロリ、と睨み返されたので、僕はとても素直に視線を逸らした。ふふふ、問答無用で襲い掛かれないだけマシですよね。ていうか、この小さな魚はどっから持ってきたんだろう。 仕方がない。いつものブレザーの上にエプロンを付けた格好の鈴仙を見て、心の空腹を満たすことにしよう。 「……うむ」 これなら、ご飯三杯はイケる。ご飯もらえないけど。 「なにが、うむ、よ。うちのイナバをエロい目で見ないでくれる?」 「え、えええエロくないわ!」 ぼそっ、とツッコミを入れた輝夜に、我ながら動揺しすぎだろうという口調で返す。 「鈴仙! 輝夜は適当言ってるだけだから、お願いだから弾幕は勘弁して下さい」 勿論、鈴仙は聞く耳を持たず、指を向けてくる。あんな大きい耳を持っているくせに。 でも、鈴仙が弾を放つ前に輝夜が口を挟んだ。 「そうよ。ご飯をぶちまけるつもり?」 「……はい、姫様」 ……輝夜、お前は僕を殺したいのか、助けたいのか、一体どっちなんだ。助けるつもりがあるなら、是非僕の食事について一言言ってやって欲しい。そこで面白そうに観察している永琳さんやてゐでもいい。……どっちも僕に助け舟を出してくれるとは思えないが。 案の定、僕に出された膳に対するツッコミは一切無いまま、いただきます、という言葉が唱和する。 少し遅れて『いただきます』と僕も手を合わせ、米粒と味噌汁、メダカっぽい焼き魚を五秒で食べた。 「鈴仙、おかわり、を」 一縷の望みを賭けて茶碗を差し出してみるが、無視された。 ……ぐぅ〜、イジメカッコ悪い! イジメカッコ悪い! ぽつーん、と空の食器に目を落として、惨めさをアピール。ほれほれ、哀れになってきただろう。だからご飯を下さい。昨日運動したからか知らんが、すげぇ腹減ってるんで。 「食べる?」 「……いや、待て」 沢庵を摘まんで僕の方に向けてくる輝夜に引き攣った表情を返す。なに、このリアルあーんなシチュエーション。昨日の出来事でそこまで好感度上がったのか? むしろ、半分くらい無理矢理だったから、おもくそ下がった気がしないでもないんだが。 差し出されているのが沢庵な辺りにそれが現れている気がする。 「……罠か?」 「失敬ね」 「もがっ!?」 恥ずかしがる暇すらなく、口に突っ込まれた。勢いのまま喉奥を突かれて、がはっ、と咳き込む。沢庵はそのまま喉を通り、胃の中に入った。 「ごほっ、がはっ、〜〜! 無茶すんなっ」 ころころ笑ってる輝夜。昨夜の出来事が嘘であるかのようにいつも通りの笑い方だ。 こ、これはもしかして、昨日のことは忘れてあげるわ的な感じなのか? 嬉しいような、悲しいようなっ。 ……浅はかな考えだった。 「さて」 食事が終わると、食休みもそこそこに応接間に連れられた。 こんな部屋に通す以上、真面目な話のはずだ。『じゃ、ちょっと話しましょうか』と僕を連れてきた永琳さんが、僕を困ったような目で見つめる。 「……まさかこんなことになるなんてね」 「いや、その、すみません」 なんというか、本気で。かなり酔っていたとは言え、自分自身をあそこまで抑えられなくなるなんて、我が事ながら情けない。 「私に謝られても困るわ」 ……それもそうか。 僕が頭を下げるべきは、永琳さんの隣の輝夜だ。考えてみれば、起きてから驚くばかりでなにも言っていなかった。 「ええと、輝夜、」 「謝ったら怒るから」 ……えー。 頭を下げようとしたら、なにやらギロリと本気で睨まれた。 「私も流された面は否めないけど、抵抗しようと思えば出来たし」 「……そういえばそうだよな」 僕が五体満足で息をしている時点で、曲がりなりにも輝夜も同意していたと考えていいだろう。……いや、やっぱり謝りたい気持ちにかられるんだけど。でも、謝るなと言われた以上、我慢である。ここで頭を下げても、僕の自己満足にしかならない、多分。 「それで、貴方達、これからどうするつもり?」 永琳さんが尋ねてくる。……どうする、かあ。 ……腹をくくるか? 「そんなの、今まで通りでいいじゃない。永琳は難しく考えすぎよ」 「……いや、その、輝夜? 僕としては男らしく責任を」 なんでもないことのように言い捨てる輝夜なのだが、しかしそこは僕としてもストップをかけざるを得ない。成り行きとは言え、あんなことをしてしまったし。 「責任? そんなの、私がいいって言ってるんだからいいじゃない」 ……ええい、腹をくくったっていうのに、どうしてこう僕は迂遠に言うのか。もっとストレートに! 「いや! えっと、僕としては、積極的に責任を取らせて欲しい。あー、いや、これも逃げだな……その、なんだ、輝夜が嫌じゃないんだったら、出来れば一緒にいて欲しいというかなんというか」 がーっ! 小っ恥ずかしい! 人生初の告白、しかも永琳さんっていう第三者が見てるって、どんだけ難易度高いんだよっ。 って、あ。輝夜、今ちょっと驚いたな。で、すぐにからかうような表情になる。 「まさか、貴方の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ。なに、貴方、あんな態度取っといて、実は私に夢中だったわけね」 お、鬼の首を取ったかのように! 僕を弄り倒すつもりだこいつ!? 「ふーん、へえー。で、いつから?」 「……ノーコメントで」 「言いなさい」 「正直に言うと、覚えていない」 いや、言い訳ではなく本気でね? いや、まあ仕方ないと思う。むしろ、初対面のころ一発で落ちなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。美人ってことを差し引いても妙にウマが合うし、困らせられることも多いけど一緒にいると楽しいし……と、くれば、あまり三次元に興味のない僕だって、なあ? 「へえ」 「……全く信じてないな? お前」 「まあ、それについては後々聞かせてもらうとして」 信じれ。 「でも、貴方とねえ……。別に嫌いではないけど、私を手に入れたいと願うのなら……わかるわね」 「ええと、それはまさかとは思うけど」 「私の出す難題をクリアしてもらわないと、貴方のものになってあげるわけにはいかないわ。過去、私を求めた貴族たちの手前もあるしね」 うわーい、無茶振りが来るー。つーか、面白がっている雰囲気がひしひしと。 「……輝夜」 永琳さんが呆れたように輝夜の名前を呼ぶ。姫、と呼ばない辺り、割と真剣だ。 「なに、永琳。まさか文句でも?」 「あると言えばあるけど……まあ、基本的にはないわね。ただ、彼にどんな難題を出すつもり?」 「そうね。まあ、求婚してきた相手に出す難題だし、前のでいいんじゃないかと思っているわ。結局、当時は一つも本物を持ってきた奴、いなかったんだもの」 ええー、過去の権力者たちが必死こいて探して手に入らなかった、かの名高き五つの難題ですか? 「良也、念のため聞くけど、私が昔出した難題、知っている?」 「……仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の頸の玉、燕の子安貝」 どれもこれも、現代でも――っていうか、現代だからこそ探すのに苦労しそうな品ばかりである。外じゃ全部望み薄だな…… 「またすらすらと出てくるわね」 「そりゃ……まあ、一度調べたしな」 調べてどうなる、というものもないが、いや、その……なあ? 「ふぅん」 「……待て、ちょっと待て。輝夜、お前なにか誤解していないか?」 いや、気になるだろ!? 知り合いにかぐや姫なんていたら! 決して、宝物探して求婚しようなんて考えていたわけじゃないから、うん! 「期限は別に設けないから、頑張って探しなさい。特別に、五つのどれでもいいわ。……昨日、もう前払いしたんだから、必ず見つけるのよ?」 「ぐはっ」 そのことを出されたら、逆らうことなど出来ない僕であった。 そして、次の日から僕のお宝探しが始まった。 まず向かったのは衣玖さんのところだ。 龍の頸の玉……つまり、龍に会えれば良いわけで、衣玖さんは龍宮の使い。もしかして、なんとか取り次いでもらえるかも、と雷雲の中を雷に三回ほど打たれながら探して、やっと衣玖さんに会えたのだが、 「駄目です」 速攻で却下された。 「え……なんでですか?」 「世の中には、手を出してはいけない物もあります。龍神の持ち物を盗むなんてことをして、龍の怒りに触れたら幻想郷はただでは済みませんよ」 「い、いやいやっ、盗みませんよ! ただ、交渉して、譲ってもらえないかと……」 「龍と交渉とは……。面白いことを考えますが、やはり無理です。諦めなさい」 「そこをなんとか」 唯一、所在が明らかっぽいものなのだ。なんとかしてもらおうと食い下がるが、衣玖さんは冷めた目で見返してくる。 「忠告を無視されるのは嫌いです。人の身で、過ぎたことを望まないように」 「う……」 これ以上しつこくしたら、そのまま雷を落とされそうな気配がした。 いや、そのくらいで怯みはしない。だけど、実力行使に出るほど拒まれては、取り付く島もない。 「……どうしても駄目ですか」 「ええ。なんとかしてあげたいと思いますが、こればかりは」 きっぱりと衣玖さんは言い切った。 ……これ以上言っても無理か。 「わかりました。とりあえず引き下がりますけど……他のが見つからなかったら、また来るかもしれません」 「あまり人に雷を落としたくはないので、なるべく来ないように祈っておきます」 ぐう……よし、いよいよとなったら、尾行しよう。 まあ、気を取り直して次だ。 仏の御石の鉢。これは天竺にあると聞いたことがある。 そりゃあ平安の昔ならば、インドまでの旅行は大変だろうが……こちとら生粋の現代っ子。パスポート取って、飛行機で行けば、そこまでの距離は楽勝である。 が、闇雲に行って、簡単に見つかるとは思えない。どこかの美術館にでも置いてあるなら話は簡単だが、そんなもの見たことも聞いたこともないし。釈迦の鉢だっけ? つーわけで、僕は命蓮寺に来た。仏といえば、やはりお寺の人に聞くのが一番だろう。 で、聖さんに聞いてみたのだが、 「そこに座りなさい」 「はい?」 「喝! 早くしなさい!」 「は、はいいい!?」 またしても怒られた。 反射的に身体が正座の体勢を取る。 「あ、あの……聖さん、僕、なにか悪いことでもしましたか」 「ええ、勿論。仏の宝を欲しがるだけでなく、その目的が想い人への求婚とは。愛し愛されることに日々の糧以外のものが必要なのですか? まったく、人というのは変わらないな。誠に浅く、大欲非道であるっ」 ええ! そこまで!? というか、輝夜の難題を全面否定された! いや、僕も面倒くせえことするなとは思わないでもないけどっ。 「いざ、南無三――!」 そこから、弾幕ならぬ弾幕説教が僕を襲った。 ……まるで手がかりがない状態でインドに行ったところで旅費の無駄だと思うので、仏の御石の鉢は後回しにせざるを得なかった。とりあえず、他になにもなくなったら、ダメもとで行ってみることにしよう…… 次のお宝は火鼠の皮衣である。 現代では、その正体はアスベストだ―、などと言われているが、まさか本当に輝夜がアスベストを欲しがっているわけではないだろう。持って行っても突っ返されることは目に見えている。 でも一応聞いてみたんだけどね。……まあ、そんなお宝とも呼べないものは当然のように却下されましたよ。 つーわけで、火鼠っていう妖怪を探さないといけないわけだ。火蜥蜴(サラマンダー)ならともかく、火鼠というと心当たりがない。 妖怪のことなら、とりあえず霊夢に聞いとけばいいだろう、と思って聞いてみたんだが、 「幻想郷にいるわよ、火鼠。一回ぶちのめしたことがあるわ」 「マジか!?」 これはイケるんじゃないか!? 「しかし、良也さんが輝夜とねえ。意外って言ったら失礼かしら?」 「……どうせ僕と輝夜じゃあ到底釣り合いは取れねえよ」 んなことは分かっている。 「そういうわけじゃないわ。良也さん、女の知り合いが多いじゃない。なんで輝夜と、って思ってね」 「まだ決まったわけじゃないけどな。……大体、霊夢の予想では、僕は誰と付き合う予定だったんだよ」 「誰ともくっつかないと思ってた」 あれ? 言ってること矛盾してね? まあ、妙に納得は出来るけどさ。 「まあ、火鼠を探すなら、協力するに吝かではないけど……良也さん? 貴方、一つ失念していない?」 「ん? なにがだ?」 「なにって、そりゃあれよ。良也さんが欲しいのは火鼠の皮衣なんでしょ?」 「ああ。そうだけど――」 待て。 「あの、霊夢? それって皮衣だから、当然」 「うん。退治して、皮を剥ぐ必要があるわね。素材さえあれば、霖之助さんが作れると思うけど……」 「その、お約束だけど、鼠とか言いながら、姿は」 「私と同じくらいの女の姿をしているわね」 ……無理無理無理無理無理! いくらなんでも、女の子殺してその皮を剥ぎ取るって僕はどこの猟奇殺人犯だ!? いや、鼠の姿だったら良いってわけじゃないけど! 「まあ、良也さんの性格じゃ無理な相談ね」 「……そりゃそうだよ」 言うまでもなく、却下するしかないだろう。 「ぐう……」 「ま、頑張りなさいな。他のお宝は、生憎と私に心当たりはないわ」 本当に一銭にもならない声だけの応援だけして、霊夢は背を向けた。 く……どうすりゃいいんだ。 あれから一ヶ月。僕はひたすら燕の巣を覗き込む作業に没頭していた。 ……いや、蓬莱の玉の枝は、蓬莱山をまず探さないといけないのだが、手がかりすらまるでないのだ。結局、消去法で仕方なく、燕の子安貝をひたすら狙うことにした。 それはいいのだけれど、 「……ない」 迷いの竹林近く。打ち捨てられた廃屋に作られた巣を覗いてみるも、可愛らしい雛しかいない。 もう日も落ちたので、新たな燕の巣を探すのも骨だ。今日はここまでにしよう。 「しかし……」 幻想郷の燕の巣は、もう殆ど見て回った。もしかして幻想郷の燕ならあるいは子安貝の一つや二つ、と見込んだのだが、アテが外れた。 休日ごとに朝から晩まで燕を探し求めて幻想郷を東へ西へ飛び回っているものだから、いい加減気力も萎えてくる。 もう、海に行って適当な子安貝を拾って持っていくか、とそんな思考が頭を掠めた。 「……いやいや、駄目だろ」 それは竹取物語に登場する貴族たちの必敗パターンだ。偽物を持って行くと、見破られて失敗するってのは。 うーむ、そうするとどうしたものか。駄目元で蓬莱山を探してみるか? しかし、なんで輝夜の苗字……ん、輝夜の苗字ってことは月か? 月にあるのか、もしかして。 うわ、なんかありそうな感じ。 しまった。そういうことなら、前月に行ったとき貰ってくりゃよかった。 でも、自力で月に行くのは……。パチュリーを抱き込んでもっかい月ロケット作るか? いや、でも今パチュリーの奴月に興味なくしてるからな……手伝ってくれるとは思えない。 一回作るの手伝ったというノウハウがあれども、僕の独力じゃ何十年かかるやら。 ……まあ、仕方ないか。こうなったら、百年かけようとも奴の前に蓬莱の玉の枝を突きつけてやる。 「待ってろよ、輝夜ぁ!」 無駄に声を張り上げて、気合を入れ直した。 そうだ、この見た目も能力も家柄もなにもかも平々凡々な僕が、あんな女を手に入れようというのだ。武器になりそうなのは、そのお姫様からもらった不老不死の体だけ。幸いにして、時間はそれこそ無限にある。何年かけようとも―― なんて、僕が珍しく決意を新たにしていると、いきなり近くの竹林から火の弾が飛んできた。 「うおおぉおっっ!?」 慌てて躱した。 ゴロゴロと無様に転がってから、弾の来た方向を見ると……のっそりと、頭を掻きながら妹紅のやつが出てきた。 「な、なんだ、妹紅か。いきなりなにするんだよ」 「お前がいきなり不愉快な名前を出すのが悪い。なにを輝夜の名前を叫んでるんだ」 ……ただ名前を呼んだだけでそいつを攻撃って。ちょっとどうかと思うぞ。 「べ、別になんでもない」 「なんでもない? そんなことないだろ。お前さんまであいつにプロポーズしたと聞いたぞ」 「ぶっ!?」 だ、だだだ、誰がバラした!? 今まで事情を話した人間には、菓子と酒を握らせて、丁寧に『どうか喋らないでください』と頭を下げたというのに! 「その反応を見ると本当か……。輝夜の口から出たでまかせってわけじゃないんだな。ってことは、アイツを押し倒したってのもまさか本当か?」 「かぁぐやぁあああーーーーーー!?」 なにバラしてんのお前!? はあ、はあ、と肩で息をする。 ……オーケー、落ち着け、僕。あの出不精が、早々妹紅以外の奴と話しているとは思えない。つまり、妹紅さえ口をつぐんでくれれば万事問題ないわけだ。 「妹紅。どうか、みんなには内密にお願いします。土下座しようか、土下座。それとも袖の下渡した方が良い?」 羽毛より軽いと自負している僕のプライドは、勝手に飛んでいってしまった。 「いらんよ、そんなもん。こんなこと言い触らすほど悪趣味じゃない。……しかし、まさかお前がね。つまり、私と敵対する、と」 「って、いやいや、待てよ。いきなりなんだ?」 妹紅の口調に冷たいものが混じり、半ば強制的に冷静になる。なんか、妹紅が僕を見る目が、どうにも冷たい。 「私の父様もあいつに入れ込んだせいで、家族を滅茶苦茶にした。輝夜の奴が一番憎いが、でも実際に家庭を壊したのは父様さ。 ……要するに、男はあいつのためならなんだってするんだよ。輝夜に惚れたってことは、あいつと喧嘩している私はお前の敵。違うかい?」 「いや、違う違う」 ぶんぶんと手を振った。もう途中から馬鹿らしいことを話していると分かったので、反応は早い。違うかい、の「い」辺りでもう僕は否定した。 そりゃ、輝夜のことを……す、す、好きなのは、えー、確かですが、だからと言ってなにも僕はアイツを全肯定するわけでもない。妹紅との殺し合いはとっととやめて仲良くして欲しいし、この件に関しては両方に非があると思ってる。 当たり前じゃん? 「……は?」 だっていうのに。 たったそれだけのことが、妹紅にはずいぶんと意外だったらしい。 「い、いや、ちょっと待て。お前だって、輝夜に私を殺せって言われたら――」 「言わんて、んなこと」 僕じゃ妹紅を殺せるはずがないって輝夜もわかってるだろうし。 「それに、言われたって拒否するぞ。」 「随分と、断言するじゃないか」 「妹紅と喧嘩なんてぞっとしない。それに、わざわざ友達を減らすような真似はしたくないし。……ってわけで、以後も出来れば友好的な関係を前向きに検討していただければ良也感激、としか言いようがないわけなんですが返答やいかに」 おどけて聞いてみる。 「――はっ。まあ、いいけどさ」 くしゃくしゃと妹紅が自分の髪の毛を乱暴にかく。毒気が抜かれた、みたいな感じ。 「思うんだけど。妹紅のシリアスモードって、いつもどっか的外れだよな」 「そりゃお前、的の位置が悪い」 じっと睨まれた。え? 僕のせい? 「しかし……まあ、帝すら虜にした輝夜の魅力とやらも、千年も生きてりゃあ衰えるってものなのかな。こんな情けない男一人、落とせないってのは」 「……言うに事欠いてこいつ」 妹紅の突き刺さるような視線はなくなったが、今度はなんかこっちに呆れ返っている様子だった。しかし、酷い言われようだな、我ながら……あと、あれで衰えてるってないから。つーか、しっかり落とされちゃってるから。 「で? 良也はなにを探せって言われたんだ?」 誤解をなんとか解いたあと、妹紅はこんなことを尋ねてきた。特に含むものはなく、純粋な興味のようだった。 「いや、それがな。竹取物語の五つの難題、どれでも良いって言われてさあ。でも、全然見つからない。今度は蓬莱の玉の枝を探そうかなって思ってる」 とりあえずは、月かー。……目的が達成されるのはいつのことやら。 「なんでもって、気前いいなあいつ」 「どこが。一つとして簡単な物なんてないぞ」 「選択肢があるだけマシだろ。しかし、蓬莱の玉の枝か……私の父様の難題がそれだったな」 「え? ってことは、妹紅のお父さんって車持皇子なのか」 へえ、あの偽物を職人たちに作らせたって言う……いや、やめとくか。所詮、物語だし、実際にそうだったとは限らない。妹紅のお父さんだしな。 「ああ、そうだよ。父様は懸命に探してたな。職人たちに作らせたのは、本当に最後の最後の手段だったんだ。それほど父様は輝夜に入れ込んでいた。 だけど、よりによって輝夜の奴、その蓬莱の玉の枝を……」 と、妹紅が途中で言葉を区切った。 そして、ものすごく妙な顔で僕をまじまじと見る。 「な、なんだよ?」 なんかおかしなものを見るような視線だ。妙に居心地が悪い。 「……まさか、そういうことなのか?」 「いや、一人納得するな。説明をしろ」 たっぷり十秒は沈黙して、妹紅が口を開いた。なにか、苦々しいものを噛み潰したような、なんとも言えない表情だった。 「先月かな。輝夜の殺し合いの前の口上で聞いた話だ。あいつが言うにはだな、私の父様の探し方はてんで的外れだったそうだ」 「はあ?」 「蓬莱の玉の枝とは、優曇華が開花して実をつけた枝のこと。これは地上の穢れを吸って花咲く、月の植物なんだと」 うどんげ? ああ、いや。鈴仙じゃなくて植物のことか。 しかし、月の植物て……やっぱり月まで行く必要があるんじゃねえか!? 「しかも、あいつ今育てているとか抜かしやがってな。自分で手に入れられるんだったら、わざわざ父様に言うんじゃないっての」 「……育ててるの?」 「ああ。しかも、もうすぐ咲くらしいぞ。『つまり、あんたのお父さんは私のところに来ればよかったのよ』だとさ。どうせ父様には渡す気なんざなかっただろうがな」 えーと、輝夜はもうすぐ手に入れる……。これはもしかして僕が仮に月から持ち帰ったとしても却下されるってことだろうか? なんとなく時間はかかるが目処はつきそうだったのに。 「くっ、仕方ない。蓬莱の玉の枝は諦めるか」 「……いや、良也、お前な」 「ああ、妹紅、悪い。教えてくれてありがとう。一応、輝夜に確認しとくか。駄目って言われたら……やっぱ衣玖さんを尾行か?」 ガツン、と妹紅に殴られた。 「い、痛ぁ?」 全力とは程遠いが、何故殴られたのかがわからない。怒りより先に当惑が来た。 しかし、妹紅に聞こうにも、なんとなく口の挟める雰囲気ではない。 「……ちっ、なんで私がこんなこと。あいつ、もしかして私をダシにしてないか?」 「あのー、妹紅さん?」 「五月蝿い、お前はさっさと輝夜のところへ行け」 「いや、なんで僕は殴られたんだ」 「ここまで来てわからん馬鹿なら、話してもどうせわからん。とっと行け」 ……本当、なにを怒っているんだろうか? あと、僕が鈍いのは確かだが、この場合は妹紅のほうが訳がわからないだけだと思う。 でも、逆らうのは怖いので、とりあえず永遠亭に行くことにしよう。中間報告も兼ねて。 「っと、待て、良也。そういえば、一つ聞いておかないといけないことがあった」 「……なんだよ、行けっつったり、待てって言ったり」 「すぐ終わる。……なあ、お前、なんで私のところに最初に来なかったんだ?」 「へ?」 「だってそうだろ。私は、竹取物語の当時を知ってるんだぞ? ヒントになるとは思わなかったのか」 ……ぽん、と僕は手を打った。 「思いつきもしなかったって顔だな……」 「いや、それより有力な手がかりが割と多かったっていうか」 龍と聞いて真っ先に衣玖さん、仏=聖さん、火鼠って妖怪? なら霊夢だろJK。まあ、次の子安貝の前に妹紅に話を聞きに行くってのはアリだったかもしれない。 「……アイツの誤算は、コイツの交友関係か」 「はあ?」 「うっせ、さっさと行け」 なんだよもう、と僕は内心ブツクサ言いつつ、永遠亭に飛ぶのだった。 もうだいぶ遅い時間だったので、永遠亭につく頃にはもう日はとっぷりと暮れていた。 折しも、今日は満月。 輝夜の故郷がよく見える。 「うん?」 さて、玄関に、と思っていると、庭のところに人影が立っているのを見つけた。 月明かりで明るいため、じっと見るとなんとか顔が判別できる。あの異様に整った面構えと漆黒の長髪は輝夜だ。 あっちも僕に気付いたようで、手招きをしてきた。 「……まあいいか」 いつもは、流石に敷地内に直で降り立つのは失礼かと玄関からお邪魔するのだが、家主が呼んでいるのだからいいだろう。鈴仙辺りは文句を言うかもしれないけど。 ふわり、と音を立てないよう慎重に着地。 「よ、こんばんは、輝夜」 「ええ。いい夜ね」 そう言って笑う輝夜は、妙に綺麗だった。……ヤバい、ちょっと動悸、落ち着け。 「で、今日はなんの用かしら? お宝、見つけたの?」 「全然見つからん。とりあえず、心当たりは大体探してみたんだけどな」 「情けないこと」 心底面白そうに言いやがった。僕が右往左往している様子が楽しくて仕方ないんだろう。 ……ええい、なんで僕はこんな厄介なのに惚れたんだろう。 「で、次は蓬莱の玉の枝に挑戦しようと思ってだな。多分月にあると見込んで、月ロケットをもう一回作ろうかと考えてるんだが」 「ご苦労ねえ。でも、着眼点はいいわね。確かに、蓬莱の玉の枝は月にある優曇華という木から取れるわ。あ、しまったわ。ものすごいヒントを出しちゃった」 「それ、ヒントになるのか……」 人類の中でそんなヒントを出されたからってホイホイ取りに行ける人間なんていないぞ。NASAとかそこら辺の人だけじゃないか? いや、そこら辺の人でもほいほい月に行けるとは思えないな……プレジデントとか? 僕にしたところで、行く道筋をつけられるだけ他の人に比べれば恵まれているが、時間を考えると僕が月ロケットを完成させるのが先か月旅行が一般的になるのが先かというレベルだ。 「いやいや、それは置いておいてだな。輝夜、お前、その優曇華とやら育てているらしいじゃないか」 「ええ、まあね。妹紅に聞いたのかしら?」 「そうだ。ついさっき、たまたま会ってな。僕が難題に挑戦してるって言ったら教えてくれた」 「そう。ちなみに、優曇華ってこれよ」 と、輝夜が指さしたのは、以前見せてもらった盆栽。確かに蕾をつけて、今にも咲きそうな雰囲気だ。 「へえ、これが。……で、聞きたいんだが、もし僕が蓬莱の玉の枝持ってきたとしてだ、お前がもう自分で手に入れているから却下、とかないか?」 さあ、どうだ。もしオッケーなら、僕は月まで飛ぶぞ。 「なにを言っているの?」 「は? いや、お前はもう蓬莱の玉の枝を手に入れるから」 「あのね。私はもう既に蓬莱の玉の枝は持ってるの。これ以外にね」 え? 「ああ、普段はしまってるから知らないかしら。ほら、この前私たちが偽の満月を作ったとき、私が使ってたやつよ」 「……そういえばなんか光る枝みたいなの持ってたな」 あれがそうなのか! っていうか、重複してるじゃん。さ、さすがに三つは……いらないかな? 「だからと言って、前言を翻すつもりはないわ。一度約束したことだもの。二つ目だろうが、三つ目だろうが、ちゃんと受け入れてあげる」 「そりゃ、なんともありがたい」 と、すると月ロケットの設計を開始するか。まあ、二つ目に間に合わせるのは無理だろうが。輝夜にとっては三つ目かあ……う、なんか情けない気がする。 「ええ、私は寛大だからね。でも、わざわざ同じ宝を二つも欲しいとは思わないけど」 「……そうか」 うーむ、輝夜を喜ばせるという意味なら、別の宝を持ってきたほうがいいか? ……無理かなー、難しいかなー。 なんて僕が悩んでいると、輝夜は優曇華の盆栽を取り上げた。 「と、言うわけで、これあげるわ。育てるのが私の仕事で、咲いた後のものなんて興味ないから」 「…………え?」 ええと、僕の手に持たされたのは、今にも咲きそうな優曇華の花のわけで。 「あら、流石地上の人間。よほど穢れているのかしら? 一気に開花が始まったわね。出来すぎね」 「ええ!? 輝夜、ちょっとお前、これってどういう事!?」 「どういう事って聞かれても。そうね、徒労、ご苦労様ってところかしら」 花を咲かせ、実をつける優曇華。まさに宝と言うに相応しい輝きを放っており、うっかり魅入られるほど美しい。 ……なのだが、僕の方はというと、もっと綺麗なものは見飽きているわけなので、今更そんなチンケな枝っきれに心奪われるはずもない。呆然と輝夜を見ていた。 ええと、なにこれ? 「おめでとう、良也。とうとう私の難題を達成してみせたわね」 「あれ?」 ひょい、と蓬莱の玉の枝が取り上げられた。 「じゃ、とっとと結納といきましょうか」 「待て待て待て! なんだこれ、どういう事!? 何度も聞くけど!」 「五月蝿いわねえ。そういうことよ。飛んで喜びなさい」 いや、嬉しい気持ちもあるにはあるが、なんかすごいズルしたって感じで居心地が悪すぎる! はるか昔の貴族様――特に妹紅のお父さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだっ。 それに、それ以上に呆気に取られているっていうか……なんで輝夜、こんなこと? 「そこでなんで、とか聞いたら本気で潰すわよ。どこをとは言わないけど」 「どこを潰す気ですか!?」 慌てて輝夜から距離を取る。 「さて、永琳、イナバ。聞いていたわね? 今晩は宴会よ」 「はあ……了解。正式なお披露目はまたにして、今日は内輪で祝おうかしらね。彼の親族を呼べないのは残念だけど」 「あ、あの、お師匠様。本当にいいんですか、あれで」 「いいもなにも、輝夜の決めたことよ」 永琳さんに鈴仙んんーー!? 見てたの!? 「なんていうか、茶番だねえ」 ついでにてゐもいやがった。そして、笑いながら実に的確なツッコミを入れてくる。 「僕もてゐに同感……」 「あら、茶番結構じゃない。少なくとも、前の時よりは楽しめる茶番だったわ。鳩が豆鉄砲食らったような顔してたわよ、さっきの貴方。それに、幻想郷を駆けずり回ったんだって? 後で詳しく聞かせてもらうわよ」 と、実に失礼なことを言いながら、輝夜が僕の腕を引っ張ってくる。 なんていうか、僕の苦労が台無しにされたわけだが……腕を抱えられた感触だけで許してしまおうという気分になる辺り、やっぱり輝夜は魔性の女だ。 多分、これから先も、僕は散々輝夜に振り回されることだろう。それは予感ではなく確信だ。 ……まあ、今と変わらないか。 なんて、僕は輝夜と一緒にいる未来を想像して、げんなりしつつも、なんとなく口が綻んでくるのであった。 |
戻る? |