……さて、どうするか。 表の博麗神社。博麗大結界に触れつつ、僕はその境界を越えるべきか越えないべきか悩んでいた。 理由はアレだ、ほら、この前の白玉楼の一件。 何故か幽々子が僕に性的な意味で襲いかかってきやがって、まー、流されるまま初体験を済ませてしまったという……う、いかん、思い出すだけで顔が赤くなる。 「はあ〜〜」 思い切り溜息をつく。 ……さて、ここで問題。今日、僕は白玉楼に行くべきか行かざるべきか? この前は遊びにいくと強がり半分で幽々子に言ったが、しかして今会うのは色々と危険な気がする。 うん、そうだ。今日は行かないでおこう。里で菓子を捌いたら、久々にパチュリーんとこで勉強に精でも出して邪念を追い払おう。 幽々子に会うのは……もうちょっと時間を置いてからでっ! ここに来る直前までもやもや悩んでいたのだが、僕はそう男らしく予定を大決定して、博麗大結界への一歩を踏み出す。 ふっ、と見えない壁を突き抜ける感触があって、景色が一変。荒れ果てた神社が、それなり(あくまでそれなり)に手入れされた姿に変わり、 「あら、良也。偶然ね」 境内に当たり前のように立っていた西行寺さんところの幽々子さんが、あっけらかんと挨拶をしてきた。 「どうしたの、膝をついて? こんな過酷な運命を相手に立ったままでいられるほど、僕は強靭に出来ていないんだよっ。 くっそ、と気合を込めて僕は立ち上がる。 「あー、幽々子?」 「というか、会ったら挨拶くらいなさいな」 「……こんにちは」 「はい、こんにちは」 なんとも間抜けな挨拶だった。幽々子は相変わらずこちらをからかうような笑顔を絶やさない。……美人ではあるんだがなあ。 「なあ、なんで博麗神社にいんの?」 「私がここにいちゃいけないかしら? ああ、いけないのだったわね。また閻魔様に怒られそう」 「……まあ、冥界の管理をほっぽり出してたら、そりゃ映姫だって怒るだろ」 というか、幽霊がクーデターとか起こしたりしないんだろうか? ……なんか、幽々子、仕事が減るとか言って嬉々としてクーデターの首魁に主の座を譲りそう。 「まあ、本当のところを言うと。そろそろ貴方がこっちに来る頃だなあ、と思って。今日来るか来ないか、紫と賭けをしていたんだけど、私の勝ちね」 「スキマ?」 ……なぜそこでスキマが出てくる。いや、幽々子とスキマは友人同士だから別に変じゃないんだが、この話の流れでスキマが出てくるとか不吉過ぎる。主に僕にとって。 視線だけでスキマが近くにいないかを探す。……どうやら、いないようだ―― 「と、見せかけてっ!」 ぐわっ、と勢い良く後ろに振り返る。 ……空中にうすーい亀裂が入ってて、そこからなんか見覚えのある目が覗いていた。 「あら、私のことなら気にせずに。ほらほら、抱き合うなり接吻するなり、なんなら青姦でも私は一向に構わないわよ」 「真昼間から変なことを言うなっ」 ぐ、と上半身を乗り出してワクワクした感じの表情でそんなことをほざくスキマ。 つーか、知っているんだよな、やっぱり…… 「あら、紫はそんなに見せつけられたいのかしら」 「そりゃぁね。他人の恋路程、面白い見世物はないわ」 ……恋か? 「それにしても、中々勘が鋭くなったわね。貴方の能力の範囲からは外れていたのに」 勘とかじゃない。単なる経験だ。この流れで、スキマが実はいませんでしたー、なんてこと有り得るわけがねえ。そんな自分に都合の良い想像は出来ないっつーの。 「それにしても……幽々子がねぇ。これのどこが気に入ったのかしら?」 スキマが僕を横目で見ながら言う。……これ扱いすんな、なんて無駄なツッコミは入れない。 「さあ、そんなの私にもわからないわ」 「いや、そこはわかっとけよ」 「ん? なら、良也は私のどこが好きなのかしら」 「……好きだってこと前提ですか」 「嫌いなの?」 上目遣いかつ弱々しい態度で尋ねてくる幽々子。演技をしたいなら、もう少しリアリティをだな…… 「お前、無理矢理襲ってきた奴の言う台詞じゃないだろ」 「あら、貴方も途中からノリノリだったじゃない」 「ひ、否定はしないがっ!」 男とは悲しい生き物なのである。そりゃあ、見た目美人のお姉さん風味な幽々子に迫られて、ノらない男はゲイか不能か特殊性癖の持ち主に違いない。 ……まー、無論、嫌いなわけじゃないが。かと言って、女性として好きかどうかと聞かれると、僕も割と揺れている真っ最中なので答えられん。というか、口に出したらその時点で僕の気持ちも固まってしまいそうな予感が。 なんて悩んでいると、 「まあ、私としては別に友人のままでも結構よ。前も言ったでしょう?」 なんて、見透かされたかのようにフォローされてしまった。 ……これはどう解釈したらいいんだろう。 「良也、貴方、女にこんなこと言わせていいのかしら」 「……黙ってろ、スキマ」 「黙れ? 私に言ったの? ん?」 「だ、黙っててください。あと、出来れば席を外していただけると……」 ちょーっと強気に言ったら、妖怪の気配を漂わせながら凄まれた。 怖いので、平身低頭お願いすることにする。余り横から茶々を入れられると、考えるものも考えられないのだ。 「……まあ、いいわ。今日はこれで退散するとしましょう」 「え? マジで?」 自分で言っておきながら、スキマが僕の言う事を聞いてくれるとは思わなかった。 「ええ。馬に蹴られる趣味はないからね。ふふ……うまくいくことを祈っているわ」 ニヤ〜、という擬音が似合いそうな笑顔を浮かべて、スキマは空中の亀裂の中に身を引っ込めて消えた。 ……やたら疲れた。 「……とりあえず、博麗神社で荷物置いてくる」 「そうね。私も良也の出迎えが済んだことだし、お茶とお菓子でもご馳走になろうかしら」 「菓子の在庫が無くなりそうだな」 「ま、酷い。持参しているから問題ないわ」 なんてくだらない会話をしながら、母屋の方に足を向けると、 「あれ? 良也さん、いらっしゃい」 「――っ! こ、こんにちは、良也さん」 丁度出てきた霊夢と妖夢に出くわした。 そんで、霊夢は僕と幽々子をいや〜〜な目で見比べると、 「……仲が良いのは構わないけど、神社で盛るのはやめてよね」 「盛るか!? っていうか、なんで霊夢が知っている!?」 あ゛、なんか妖夢も顔を赤くしてチラチラこっち見てやがる。 ガッデム、幽々子はこいつら(見た目)年少組にまで知らせたのか? 一体どーゆー会話の流れでそうなった。 「なんでとか言われても……ちょっと待ってなさい」 ふう、と霊夢は溜息をついて母屋に取って返した。……と、思ったらすぐに戻ってくる。 「中々面白かったから、火付けに使わずに取っておいて正解だったわ」 「霊……夢? なんだ、それ」 「なんだって……毎度お馴染みのうちの火種、天狗のところの新聞紙だけど?」 それはよーく知っている。毎度台所の火付けに大活躍の新聞紙だ。特に頼んでもいないのに毎回届けられる文々。新聞。それが、僕の目の錯覚か、妙な邪気を発しているように見えた。 渡されたその新聞の一面を目を背けたい気持ちにかられながら見る。 と、そこには、 『冥界の姫君の恋――』 まで読んで、僕は色々と諦めちゃいけないものを諦めて瞑目した。現実逃避とも言う。 「あら、この前私がリークした記事じゃない」 「おいぃぃぃぃぃーー!?」 隣からひょいと覗き込んできた幽々子があっさりと言い放った。『新聞に写真が載るのは嬉しいわね』なんてのんびりしたこと言ってんじゃねー! 「なんでバラすの!?」 「だって、隠してて横から掻っ攫われるのは嫌じゃない」 「どこの誰が僕を掻っ攫うんだ!?」 ていうか、さっき言ってたことと矛盾してるような。友人がどうとか言ってたよな? よね? ……なーんか、この前の夜と同じように、逃げ場を少しずつ削っていかれているような嫌な感じが。 「そうねえ。例えば……妖夢? もしかして、主人の男を寝取る算段なんて立てていないわよね?」 はいぃ!? 僕に寝取られ属性はないぞ! ゲームでも欝になるから嫌なのに、自分が寝取られる対象とか、勘弁してくれ! 「はっ!? あ、いえ、幽々子様、とんでもございません」 「本当に?」 「本当ですっ」 大体、何故そこで妖夢に話を振る? いや、まあ確かに友達としては仲の良い方だと思うが、妖夢が性格的に出来るかなんて幽々子はよくわかって――ああ、単にからかっているだけか。 「それに、良也さんにも失礼でしょう」 って、妖夢。多分それは違う。 「あ、いや、僕は別に嫌だというわけじゃ――」 と、言いかけると後頭部にすげぇ衝撃が走ってつんのめった。危うく顔面から地面に突っ込みそうになるのを慌ててこらえて、後ろを見る。 ……隣に立っていた幽々子が、僕の背後の死角から振り切った扇子を口元に持って行くところだった。 フフ、と顔は笑ってるが、目が全然笑ってない…… 「あの、幽々子?」 「さて、気を取り直して。じゃあ、霊夢はどうかしら?」 なに、この有無を言わせぬ雰囲気。ここは……亀のように黙して語らぬが賢明だろう。 「良也さんは私の趣味じゃないわねえ」 「あら、からかい甲斐のない。貴方もまだ若いんだから、もう少し娘らしい反応を見せてくれてもいいじゃない」 「生憎、亡霊を喜ばせる趣味はないわ」 んで、霊夢の方は大体予想通りの反応、と。 大体、霊夢に関しては、ここんちで何度も寝泊まりしても一切そんなことはなかったあたりで察してもらいたい。 気安い奴ではあるんだが、異性を感じさせないんだよなあ。いや、まったくというわけではなく、風呂上りなんかはたま〜にドギマギすることがあったりなかったりしなくもない気がするんだが。 ……ん? 「じー」 「な、なんだよ」 口で擬音まで漏らしながら、幽々子がこっちを見ていた。な、なんだろう。この、こっちの心の底まで見透かすような嫌な視線は。 んで、幽々子は少し考え込んだ後、 「突然だけど、良也」 「な、なんだ?」 「今日は宴会と行きましょう」 は? 昼間、いきなり決まった宴会だというのに、その日の夜にはほとんどの知り合いが集まってくるのが幻想郷のいいところだ。 暇人ばかりだと言い換えることも出来るが……まあいい。 ここの宴会は、基本的に持ち寄った料理と酒でワイワイやるのだが……人数が多いので大抵知り合い同士や同じ勢力同士で小さく集まって飲んでる。 んで、どこの連中ともそこそこ繋がりのある僕は、いつもならそこら辺を歩きまわってたり、もしくは料理の追加を手伝ったりしているんだが、 「ほら、良也。これ、妖夢の作った天婦羅なんだけど、中々美味しいわよ」 「あ、ああ」 「おっと。お酒も切れてるじゃない。どうぞ」 ……何故か、今日に限って幽々子のやつが僕の隣に陣取り、あれこれと世話をしてくるのだった。 立ち上がって別のところに行こうとすると、妙なプレッシャーをかけられて動くに動けんし……なんなんだろう? というか、幽々子、いつもは世話される側のくせに……妖夢が『今日は好きにしなさい』なんて言われてオロオロしてるぞ。あ、魔理沙に絡まれてら。 酒の入った魔理沙に無理矢理呑まされている妖夢を眺めていると、耳に痛みが走った。 「……なにをする」 「こんな美人の酌を受けておきながら余所見は良くないわ」 見ると、幽々子が笑顔のまま僕の耳を引っ張っていた。 「自分で言うことじゃないだろ」 「違うとでも言うつもりかしら」 ……違いませんけどね。 しかし、なんかこう、この耳を引っ張るってのも、なんか仕組まれているというか、演技っぽいというか。 いつもと違う光景に、宴会に集った面々が揃ってこちらを盗み見してるし。あれは面白いものを見つけた目だ。 幽々子の酌を受けながら、ちょっと耳を済ませてみると、 「良也の奴、いつの間に亡霊と懇ろになったのかしら?」 「ほら、お嬢様。この前の文々。新聞に載っていたではないですか」 「ああ、そういえば。天狗が脚色して別な話になった、というわけではないのね」 と、紅魔館組。 「面白く無いわねえ。鼻の下伸ばして。私が遊びとは言え誘惑したっていうのに。私の魅力が死者ごときに負けるとでも? ……胸か?」 「姫様。別に勝ち負けの問題ではないのと思いますが。それともまさか、本気だったわけでもないでしょう」 「ふん。本気だったらとっくにあいつは奴隷にしてくださいお姫様、って土下座してるわ」 ……輝夜。それ、姫やない、女王様や。 「ほほう、良也の相手は亡霊か」 「勿体無いねえ。数少ない早苗の男の知り合いなのに」 「さて、そうすると……風祝の血を途絶えさせるわけにはいかないし。まずは見合いでもさせるか。抵抗するだろうけど」 ……なんかすごくもったいないことをした気がする。 「って、痛い痛い痛い! ほっぺた引っ張るな」 「ああ、ごめんなさいね。蚊が止まっていたものだから」 「蚊が止まっててつねるのかよ!?」 嘘でももう少しまともな嘘をつけ。 「張り手のほうが良かった? それはさぞ注目を浴びるでしょうねえ。まるで痴話喧嘩みたい」 ……そもそも、蚊なんていなかっただろう。 「それとも弾幕のほうが好み?」 「もういいから」 しかし……幽々子は一体なんのつもりなんだろう。 聞きたいけど、口に出して聞くと色々と決定的なものが決まってしまう、そんな悪い予感が。 いや、別に悪い気がするわけじゃないんだが…… 「なあ、幽々子。その、聞いてもいいか?」 「ん? なにかしら」 「……なんで?」 幽々子なら察してくれるだろうと、短い言葉で聞く。 いや、うん、まあ、これが大きな理由というか。どう考えても僕に幽々子から好意を寄せられるような魅力があるとも思えない。からかっているだけ、だったら大変わかり易いのだが、この前の夜のこともあるしねえ。 だから、ちょいと戸惑い気味なのだ。 「理由ねえ……必要かしら?」 「僕の精神安定的にあったほうが助かる」 「じゃあ、よく美味しいお菓子を持ってきてくれるから、でどう?」 どう? じゃねえ。 「幽々子?」 「理由なんて、そんなもので充分よ。いちいち物事に理屈を求めるところは若いわねえ」 ……そりゃ、お前と比べりゃな。 「こういうのに大事なのは理屈より感情。私、貴方の事好きよ。それだけじゃ駄目かしら」 こう、ストレートに言われると、また困る。照れて自分の顔が赤くなっていることがよくわかった。 そして、今の会話を聞き耳立ててた連中がヒソヒソ話し始めるのが心底ウザい。 ……って、あ。もしや、これも幽々子の奸計か。ここで僕が逃げたら、ヘタレ野郎として一生からかわれるだろう。不死の僕はイコール永遠に、だ。 案の定、幽々子のやつはニヤニヤしてる。 ……くっそ、え? ここで言えって? ええ? 「いや、あのさ……せめて場所を変え――」 ブーブー! と周りからブーイングが飛んできた。 なにこれ、公開処刑ですか? ていうか、もはや盗み聞きしてることを隠す気もないなっ!? アカン……引いても進んでもこれからからかわれ倒されることは決定した。 頭を抱えて、僕は軽く絶望する。僕をそんな状況にたたき落とした張本人様は、めっさいい笑顔だ。あー、これは僕が断ることをまるで考えていない顔ですねえ。 ……まあ事実なんだけどな。 「僕は――」 その後、宴会がめちゃくちゃ盛り上がったことだけは追記しておく。 |
戻る? |