「妖夢も精が出るなあ……」

 などと、僕は感心しながら、白玉楼の縁側で寝転がって、庭で修業をする剣士を見る。

 ちなみに、寝ているのは別に横着をしているわけではない。つい数十分前まで、妖夢の稽古に付き合わされたせいでヘトヘトなのだ。
 ちょっとでも手を抜けば即ぶっ叩かれるが、全力で頑張っているうちはきっちり寸止めにするからタチが悪い。嫌でも全身全霊で特訓する羽目になる。

 白玉楼に遊びに来ると、昔は三回に一回だったのが、最近は毎回、思い切り稽古をつけられるんだよなあ。僕も懲りないと言うか、ここに来るのを止めればいいのに。と、毎回思う。
 でもねえ、そうも出来ないんだよな。ったく、伝える勇気もないくせに、我ながら女々しい。

「ええ。よくやっているわね」

 僕の独り言に、縁側に座って同じく妖夢の様子を観察していた幽々子が答える。

「幽々子が妖夢を褒めるなんて、珍しい」
「あの子に言っちゃ駄目よ」

 ふふ、と笑うその表情は、従者に対すると言うよりはどっちかって言うと妹に対するそれに近い感じがする。いや、勝手な想像だけど。

「言わないけどさ……。いい加減、半人前扱いはやめてあげたらどうなんだ?」

 前々から思っていたことを忠告してみる。
 妖夢は、強い。そりゃ、主人である幽々子とか、スキマとか、他各勢力の親玉クラスとなると一歩譲るかも知れないが、充分に勝機を見出せる程度には強い。

 毎回毎回、幽々子が半人前扱いするのに、内心どうなんだと思ってはいたのだ。

「それは無理な相談よ。あの子は半人半霊だもの。人間は半人前分だけ」
「あのね」
「冗談」

 混ぜっ返そうとした幽々子に、身体を起こしてなにかを言おうとすると、茶目っ気たっぷりに返されてしまった。
 ……ったく。

「確かに、あの子の剣技は大したものだけど……。別に、私が半人前って言っているのはそのことじゃないのよ」
「へ?」
「やっぱり勘違いしてたわね」

 笑う幽々子。
 ええい、相変わらず回りっくどい喋り方をしてからに。

「あの子は視野が狭い。経験が足りない。頭の回転が遅い。理解力に乏しい。知識も少ない……だから半人前なの」
「……えらい言いようだな」
「一途というか、単純というか。あの年であれだけ『使える』ようになったのは、そのおかげとも言えるけどね。最近は、余り考えたくないことでもあるのか、特に打ち込んでいるし」

 うーん……すまん、妖夢。反論する言葉が思い浮かばない。

「そこは、妖夢のいいところじゃあ」

 でも、一応擁護してみる。

「かもしれないわね。でも、いつまでもそのままというのも困るのよ」
「はあ」
「冥界は、半人半霊が育つにはいい環境じゃないのかもね。ここは『終わった』人たちの集う場所。変化は起きにくいし、起こすべきものじゃない。あの子の人としての部分を鍛えるには」

 ふむ、と幽々子がこめかみに指を当てながら考える仕草をする。

「いっそ、人里の大店に奉公にでも出そうかしら。人の一生分くらい」
「……お前、それでどうやって生活するつもりだ」
「あら、妖夢が生まれるまで、私はここで妖夢の祖父や亡霊たちに世話されて生きてきたのよ?」
「生きて……?」
「死んでいたのよ?」
「それもどうなんだ……」

 ジョークの効いているような、効いていないような会話に呆れていると、妖夢の訓練も締めに入ったようだった。身体を充分にほぐしながら、こちらに歩いてくる。

「お疲れ様」
「はい。良也さんもお疲れ様です」

 はは、まったくだ。ちなみに、まだ立って歩くことすらしんどいからねー

「妖夢。お茶菓子はないかしら?」
「もう……幽々子様? お饅頭をお出ししたでしょう」
「全部食べちゃったわ」
「お茶のお代わりは淹れてきます。お菓子は我慢して下さい」

 ぶー、と文句を言う幽々子は、さっきまで妖夢の成長を案じていた人物と本当に同一人物なのか疑わしい。
 やれやれ……

 妖夢が急須とお盆を持って台所に向かうのを確認してから、幽々子はなにやら深刻な顔で口を開いた。

「良也、とんでもないことに気付いたわ」
「……言ってみろ」
「妖夢がいなくなったら、あの子手製のお菓子が食べられなくなる。美味しいのよねえ」
「知るか」

 予想通り、下らない話であった。

「知っているでしょう? 貴方、ここに来るたびよばれているじゃない」
「いや、確かに美味しいけどさ」
「ふむ……とすると」

 幽々子が視線をさ迷わせ、ふとその視線が僕を捉えた。

 ……嫌な予感がする。

「そうだ。ここには死んだ人間だけじゃなくて、不老不死なのにのうのうと遊びに来る人間がいたじゃない。本当、死なない人間のくせに図々しい」
「……お前が蓬莱人が嫌いなのはわかったから」
「嫌いじゃないわね。苦手なのよ。能力が通じないから。……ま、貴方の場合、能力を使うまでもないからいいんだけど」

 はいはい……

「それで、僕になにをさせようって?」
「別に、なにも? 今まで通り、たまに遊びに来てくれたらそれでいいわ。それが変化であり、刺激になる。考えてみれば、貴方と会ってからこっち、妖夢もちょっとずつだけど成長しているしね」
「そうは見えないが」
「いーえ、しているわよ。色々と。ええ、本当に色々」

 なんか、ゾクッ、と背筋に悪寒が走った。これはあれだ……僕にとって都合の悪い展開だ。

「……それは僕の影響というより、むしろ霊夢とか魔理沙とか、あの辺の影響が大きくないか?」
「わかっていないわね。……いえ、わかっていてはぐらかしたわね?」

 なんだろう、すごい見透かされた感が否めない。で、でも言ったことは本気だもんねー。

「……大体さ、遊びに来るって、僕はそろそろ、来ると高確率で地獄のような訓練に付き合わされるから、ここに来るのはやめようかなあ、って思い始めているんだが」

 実際はそんなことは有り得ないが、いつもちょっとは考えていることだ。

「でも、なんだかんだで来るんでしょう?」
「いーや、何度となく考えたが、今回は本気だ。まあ、宴会では会えるし、気にすることはな――」
「でも、妖夢目当てで来るんでしょう?」

 ……………………は?

「な、にゃにを言ってるれ?」
「舌が回っていないわよ」

 あ、ああああ、当たり前だ! んな変なことを突然言われて、平然と出来るか! っていうか、バレてた!?

「な、何の話だ?」
「貴方が、妖夢が好きだから毎回ここに来るって話。私じゃないのは女として負けているようで悔しいけど」
「そ、そんなわけあるかっ」
「その辺、貴方も充分子供ねえ。貴方、最近幻想郷に来ると、絶対ここに寄るじゃない」
「そ、そりゃ、白玉楼に来る回数は、我ながら多いけど。でもそれは、あくまで……あくまで、その、なんだ。ここに来たいだけだから」

 ……語るに落ちている気がする。

「〜〜〜〜!」
「真っ赤よ。顔。私は構わないけど、もうすぐ妖夢が帰ってくるんじゃないかしら」

 そりゃマズい!

 ええと、ええと、冷やせばいいのか? 氷符、氷符! って、温度下げりゃいいだけの話だろ、落ち着け僕。

「ただいまお持ちしました。……? どうしました、良也さん」
「な、なんでもない!」

 って、言っているうちに帰ってきたー! 僕の不審な様子は、当然のように見咎られ、追求される。
 ……わ、我ながら下手な誤魔化し方だったが、妖夢は不思議そうにしながらも、お茶を三つの湯呑みに注ぐ。

「? 幽々子様も、なにか楽しそうですね」
「ええ。ちょっとね」

 くっ、バレたのは仕方ないにしろ、話すなよ〜〜話すなよ〜〜! と、念を送りまくった。亡霊なんだから、受け止めてくれ、この怨念!

「どうしたんですか、本当に」
「いえいえ、なんでもないわ。さ、妖夢はそこに座りなさい」

 わざわざ席をどけて、妖夢に僕のすぐ傍を譲る幽々子。……こ、魂胆が見えすぎて嫌だ。

「ええと、わざわざ幽々子様に席を空けてもらわなくても」

 主人に遠慮されたからか、躊躇する妖夢。……ってーか、あからさまに不自然だ。バレ、バレないよな?

「いいからいいから。遠慮しなくていいわ」
「え、遠慮なんてしていません! っていうか、なんですか遠慮って!」

 ぶすっ、とした声を出して、妖夢がやや荒々しく腰を下ろした。

 って、尻が近い尻が近い。寝転がっている僕の目の前に、なんだ。そのー。
 ……くっ、更に顔が赤くなってきやがったっ。

「ほ、ほら! 良也さんも。お茶、淹れましたから、いい加減寝るのはやめて下さい」
「お、おう」

 とりあえず、お茶でも飲んで気を落ち着けよう。

 ……あ、湯呑みを受け取るとき、ちょっとだけ妖夢の冷たい指が触れた。

「!」

 若干、乱暴に湯呑みを取ってしまった。

 ヤベェ、我ながら幽々子にバレただけでここまで動揺するとは、予想外にも程がある。はは……僕ってば、自分の心すらままならない男なのねー。

「はあ」

 当然のことだが、お茶の味はイマイチよくわからなかった。































「どーしたもんか」

 恋の悩みである。
 ……言って恥ずかしさに身悶しそうになったんだが、我ながらちょっと初心過ぎやしないか。

 事の起こりを考えてみる。

 僕が妖夢を好きになったのは……いつからか覚えていない。
 いつの間にか、宴会のたび、妖夢の顔を探すようになってて、月一、二回程度の宴会(僕のいない時にも開催される)だけじゃ足りなくなって白玉楼毎週遊びにいくようになったのが三ヶ月くらい前から。

 ……うむ、考えてみれば、こうも不自然に通う回数を増やせば、バレるのも道理だった。逆に、妖夢はなにも気付いていないのか、本当に?

「どうしたの、良也さん」
「んー、いや、霊夢は悩み事がなくていいなー、と」

 こっちに来るなり、ぼけーっと中空を見ているだけの僕を流石に変に思ったのか、霊夢が聞いてくるが、僕は適当に返した。

「失礼ね。私にだって悩み事くらいあるわよ」
「賽銭か?」
「勿論」

 ……冗談のつもりだったのに、勿論と返されてしまった。
 いいなー、そんな悩みでー。なんて考えていることがバレたら、霊夢にぶっ飛ばされるだろうか。

「それはそうと、今日は白玉楼に行かなくていいの? ここのところ、ずっと行っていたのに」
「……どーすっかね」

 正直、今でも悩み中である。この状態で向かうのは、自殺行為な気がする。絶対にボロを出す自信がある。というか、幽々子がどう行動するのかが読めなくて怖い。

「いいの? 妖夢に会いに行くんじゃなかったかしら」
「ぐほっ!?

 むせた。唾が気道に入って、思い切り咳き込む。

「がはっ……〜〜! な、何の話だっ」
「何の話って……良也さんが、妖夢にお熱って話じゃなかったっけ?」

 こ、こいつは……。

「い、いつから気付いていた?」
「いつから……って、いつからかしら? でも、宴会になるごとに冥界の連中のところに行くし、やけに甲斐甲斐しく酔った妖夢の世話してたし、視線は固定だし。みんな、あー、なるほどねって見ていたわよ? ついでに、ここんところ白玉楼に入り浸りだったしねえ」

 ギャーーー!

 ずず、と平然としている霊夢は『ま、幽々子はないと思ったし。あったら、とっくに喰われてるだろうし』と、恐ろしげなことを言う。

「ち、ちなみに……みんなって、みんな?」
「まあ、ちびっ子連中以外は、大体」
「妖夢本人……は?」
「……別に。知らないけど? そっちは良也さんの方がわかるんじゃない?」

 ……気付いていない。間違いなく。断言出来る。絶対ありえない。
 あの妖夢が、もし少しでも気付いていて、その片鱗すら表に出さないなんて有り得ない。多分、いや、きっと。

 少しだけ気が楽になったが、しかし少しだけだ。みんな――ってことは、知られたくない奴筆頭のスキマは勿論のこと、あいつにもあいつにもあいつにも!
 ……頭が痛い。まだからかわれていないのがせめてもの救いか。

 多分、一番いいタイミングを見計らっているものと考えられる。幽々子が先制したが、あれだけで済みやしないだろう。

「欝だ……」
「なんでよ。……そういえば、まだなにも言っていないのね、その様子だと」
「たりめーだろー。僕は自他共に認めるヘタレですよー」

 ふふふ、自虐だと笑わば笑え。

「奥手ねえ。いっそのこと、押し倒しちゃえば?」
「阿呆か。多分、反射的に胴から真っ二つにされる」
「そんなことないと思うけど……」

 そ、そうかなあ。いやいや、でも駄目だって。

「な、なあ霊夢? バレてるんだったら、もう開き直って聞くが……どうしたらいいと思う?」
「私も色恋沙汰は専門外よ。大体、私には関係ないことだし。良也さんの好きにすれば? 私は参加していないし」

 冷たい。僕だって、年下の女の子にこんなこと相談するのなんて、どうよ? って思わなくも無いのに、そこを恥を忍んで聞いているのに!
 うう、こういう時、どうすればいいのかさっぱり分からない自分の経験のなさが憎い!

 ……って、参加? 参加って何?

「……と、とりあえず、今日は白玉楼に行くのはやめにしとく。さて、少し神社の掃除でもしようかなー」

 自分でも分かる逃げだったが、とりあえず僕は全力で境内の掃除に精を出すことに決めた。

 ……よしっ、今日は箒一本で落ち葉を全部集めてやるぜっ。


























 決意を込めて、逃避するために箒を全力で振るっていると、空から見覚えのありすぎる二人組がやって来た。
 それを見つけたとき、僕の顔は傍目にもわかるほど引き攣っていたと思う。

「こんにちは」
「あら、幽々子に妖夢。いらっしゃい。お賽銭を入れに来たなら、あちらへ」
「そんなわけでしょう。まったく」

 あ、妖夢妖夢。今の発言に、霊夢が一瞬こめかみに血管浮かばせたぞ。気をつけろよ、口は災いの元口は災いの元。

「それじゃあ、何しに来たの? 言っとくけど、当神社は酒もお賽銭も持ってきていない幽霊はお断りしているんだけど」
「ああ、そうだ。良也さんは今日来ているか? 待っていたんだが、来なくて」
「来てるもなにも、ほら、あそこあそこ」

 ついつい、と、思わず木の影に隠れてしまっていた僕を、霊夢が指差す。
 隠れる暇も、理由もあるわけがなく、僕は、乾いた笑いを浮かべながら三人のところへ歩いていった。

「あ、良也さん。こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは。どうした、妖夢? なんか用か?」
「用事というか……。最近、白玉楼によく来ているのに、今日は来なかったので。もしや途中で妖怪にでも襲われたのかと、心配を」

 うえーい。まだそんな心配をされていたとは……。心配性と言うのか? これ。単に、僕が侮られているだけじゃないか、もしかして。

 いや、気にかけてくれたのは純粋に嬉しいんだけどね。
 妖夢にとって、僕はまだ『手のかかる生霊』から一歩も進んでやしないのかと、心配になってきだぞ。

 とかなんとか複雑な思いを抱いていると、幽々子がクスクスと含み笑いを漏らした。

「だから言ったでしょう? 考えすぎだって。なのに、妖夢は遅い、遅いって庭をうろうろと」
「そ、そんなことはありません。あれは、少し庭の並木が気になっただけです」

 うん、いくら僕でも嘘だって分かるぞそれ。

「はあ……。で? 良也さんに用事なら、とっとと連れて行ったら? 幽霊の出る縁起の悪い神社だなんて噂されたら大変だから」
「あのな、霊夢。噂ってのは、誰かに目撃されるから噂になるんだ――」

 霊夢は野球のボールのように陰陽玉を振りかぶって、思い切りブン投げてきた。

 ガキン! と、丁度傍にいた妖夢が、楼観剣で切り払ってくれる。

「さ、サンキュ、妖夢」

 危うく、大リーグも真っ青の豪速球を顔面に受けるところだった。

「……霊夢も短気ですけど、今のは良也さんが悪いです」
「そうよ。今度言ったら、針刺すからね。目に」

 怖っ!? 脅しだとわかってても怖っ!

「こういう風に、わかってるくせにすぐ地雷を踏むから心配なんです」
「……は、はは」

 反論出来ねえ。いつも余計な一言がついちゃうんだよなあ、僕ってば。なんだろう、マゾじゃないと思うんだけど。

「やれやれ……。でも、本気で逆鱗を踏むとは妖夢も思っていないでしょうに。どうしてそんなに良也ばかり過保護にするのかしら」
「それは……」

 幽々子がおかしそうに妖夢に問いかけるが、妖夢の方は口ごもる。

 な、なんだ? そんなに言いにくい理由なのか? こちらをちらちらと見て……もしや、僕の耳にすごく痛い理由? いかん、いくつでも思い浮かぶ。

「な、なんだ? 妖夢。もし僕に悪いところがあるなら、言って欲しいぞ。あ、単純に弱いってのは勘弁で。わかってるから」
「そうではないんですが……。いえ、すみません。私の落ち度でした。今後、過度に心配をするのはやめます。良也さんにも失礼でした」

 いやいや、だから……。そんなにショボーンとされたら、なんも言えなくなるからー

「……うっとおしいわね。幽々子、私もう見てらんないんだけど。最近、良也さんもアレだし」
「私としては、まだ楽しめるから、このままがいいんだけど。もうちょっとチクチク弄って楽しまない?」
「私は別に楽しくない」

 ……なんか、よく聞こえないが、後ろでなにやらよからぬことを話している予感。

「なんだよ、お前ら。こそこそと」

 やけにしょんぼりしている妖夢の気を逸らすために、後ろの二人に大きめの声で話しかける。

「はあ……。あのねえ、良也さん、妖夢? アンタら二人――モガッ!?」

 僕たちに何かを言おうとした霊夢が、後ろから幽々子に口を抑えられて、もう片方の手で見事なまでに拘束される。
 な……なんだ?

「お、おい?」
「いえいえ、なんでもないわ。私と霊夢は、ちょっと散歩でもしてくるから」
「え? あの、幽々子様?」
「それじゃ、二人ともゆっくりねー。一刻ほどで戻るからー」

 もがーっ! と珍しい霊夢の悲鳴(?)が遠吠えのように響き、二人は何処かへと去っていった。

 な、なんなんだ、一体。わけがわからん。
 まさかとは思うが、僕の気持ちに気付いていたことからして……幽々子は気を利かせたつもりか?

 あ、やべ。ドタバタで少し落ち着いてたのに、また動悸が激しくなってきた。

「と、とりあえず……。まあ、上がってお茶でも飲んでいけば?」
「あ、はい……」

 そういうことになった。

































「……まあ、どうぞ」
「いただきます」

 お湯を沸かす間になんとか気を落ち着けて、妖夢にお茶を差し出した。

 自分の分も急須に注いで、ずっ、と啜る。

 あ〜〜、落ち着……かねえ。全然落ち着かねえ。

「…………」
「…………」

 なぜか、牽制しあうように、僕と妖夢はチラチラと視線を交差させる。
 これは、あれだ。どっちもが、なんか話題を振ってくれないかなーって思っているに違いない。少なくとも、僕はそう。

「あ、ああ。そういえば、お茶菓子を出していなかったっけ」
「あ、いえ。気を使ってくれなくても」
「いやいや、お客さんにそんなことは――っと、そういえば、茶菓子の類は切らしているんだった」

 なぜ僕が博麗神社の台所事情を知っているのかは聞かないで欲しい。

「だから、気にしなくても良いと」
「はは。そうだったな。悪い」
「い、いえ、謝ってもらうことでもないですけど」

 ………………

 って、一瞬で会話の糸口が途切れたぁー!

 なんだろう、なんだろう。これは僕が気にしすぎているだけか? 沈黙が妙に居心地悪いのは。もしや妖夢も僕の気持ちに気付いているとか考えてしまっている僕が悪いだけか、これは!

 あー、ウジウジウジと、自分が情けなくなってくる。

「でも、そうですね。お菓子でも作って持ってくればよかったです」
「あ、そうだな。それなら、前もらったおはぎは美味しかったから、また作ってくれよ」
「いいですよ。幽々子様も好物ですし。私も好きなので」

 おー、そりゃかなり本気で楽しみ。おはぎは小さい頃から大好きなんだよなあ。しかも、妖夢の味付けは僕の味覚にベストマッチですし。

「でも、妖夢って料理上手いよな。それも誰かに習ったの?」

 確か、剣の方はお爺さんに習ったと言っていたが。

「いえ、これは独学です。剣の師匠の方は、最低限は出来ましたが、この辺りは不精な人でしたから」
「へえ」
「幽々子様が食べることが好きなので……。お仕えを始めたばかりのころの私は今よりもっと未熟者で、せめて料理くらいは、と」
「それはそれでいいことじゃないか。普段の食事も美味かったし。あ、妖夢の味噌汁が久々に飲みたくなった」
「それくらいで良ければいつでも」

 うん、物凄い美味いってわけじゃなかったけど、毎日飲みたい感じのほっとする味だった。

 ふむ……

「妖夢を嫁に貰う人は幸せだよな」
「はい?」

 ……と、言ってから、僕はしまったぁ! と心で叫んだ。
 ――これ、この前やったギャルゲーの主人公の台詞じゃねえか! しかもベッタベタの台詞だし!

 あああああああ〜〜〜、そういう話に態勢のない妖夢は案の定固まってるし! 言った僕も、固まって二の句が継げないしっ!

 いや、待て僕。落ち着けー、落ち着けー。

「た、単なる例え話な。いや、料理が上手いのは世辞じゃないけど」
「は、はい」

 ふう。

 ……またしても、沈黙になってしまった。

 静かな部屋に、茶を啜る音だけが鳴る。

 も、もう少しで急須のお茶がなくなる。そうすれば、合法的に台所へ向かうことが出来る。
 もうちょっとー、もうちょっとー。

「良也さんは」

 フライングでもういいかな? と、急須に手を伸ばそうとした瞬間に話しかけられ、ビクッ、となってしまった。

「な、なんだ?」

 内心の動揺を押さえ、極力普通に聞き返す。
 ……ってか、多分僕の方だけだ、こんなに慌ててんの。

「死なないんですよね」
「はい? ああ、まあ」

 今更の話である。何度も嫌々ながらこの身を持って実証したため、疑おうとも思えない。

「どうした?」
「ああ、いえ。料理の話が出て……思えば、良也さんが生霊で、うちで暮らしていた頃は楽しかったなあ、と。考えてみれば、良也さんはもう死なないんだから、ああいったことはもうないんだな、と思っただけです」

 ……いやいやいや。そんな僕の願望を真っ向から否定するようなこと言わなくても。

「あのな、妖夢。なんなら、今度から霊夢んところじゃなくて、白玉楼に泊めてもらってもいいか? いや、僕も霊夢のところだけってのは、たまにいいのかなって思うし」
「でも、あまり冥界に生者がいるのはよくありませんし」
「はっはっは……何を今更。幽々子だってなにも言ってないだろ」
「そうですけど」

 五月蝿いのは閻魔である映姫だが……なに、小町直伝の必殺『聞いた振りだけー』を炸裂させれば問題はない。

「うんうん、問題なしなし。だから、今度泊まりに行っていいか」
「はい。幽々子様次第ですが……嫌とは言わないでしょうし。その、私も、嬉しいですから」

 女の子の家に泊まりに行くー、なんて言うとピンク色の話だが、あそこはそういう場所ではない。
 しかし、好きな子と一つ屋根の下ー、なんて特にイベントが無くても嬉しいもんだ。それ以上に恥ずかしい気持ちでいっぱいだが、なにもうここまで来たら毒を食らわば皿までの心境で!

 はは、緊張を強いられ続けてきたせいか、なんかもー色んなことがどうでも良くなりつつある予感。

「それじゃ、美味しいお味噌汁を用意して待っていますね」
「はははー、そりゃ楽しみだ――」

 と、そこで、ばぁん! と部屋の襖が開け放たれた。

 ……なんだなんだ、霊夢? いや、全然帰ってきた気配を感じなかったんだが。

「あんたら、かゆいのよ! 全般的に!」
「は? なに言ってんだお前」

 あれ、後ろでは幽々子がひらひら手を振ってる? つーか、本当にいつ帰ってきたんだ。

「あ〜、もう。うっとおしいわっ!」
「……珍しいな。お前がそんな激昂してるなんて。落ち着け。茶、ぬるくなったけどあるぞ」

 霊夢め。もしかして、あの日か。口に出したら多分殺されるが、しかし今日くらいは優しくしてやるか。

「あのね、霊夢。もうちょっと観察……もとい、見守ったほうがいいって言ったじゃない。貴方は参加していないけど、私はあと一ヶ月先なのよ」
「でもね。あんたよく我慢できてたわね、このやりとり」
「そりゃもう、面白い見世物だもの」

 なんだなんだ。霊夢と幽々子の間では通じ合ってるみたいだが、僕と妖夢にはさっぱりわからん。

「ま、いい頃合かしら」
「……なにがですか、幽々子様? というか、霊夢はどうしたんです?」

 ふふふ、と充分に熟した果実を摘みとるかのような、満足気な微笑で、幽々子は言った

「霊夢はね。お互い好き合ってる連中が、相手の気持ちに気付きもせずイチャイチャしてるのがヤキモキするそうよ」

 ……はい?

 たっぷり十秒ほどかけて、その意味が頭に浸透して行き、


「は、えええええ!?」


 妖夢の叫び声が、博麗神社に響いた。

 僕の方は、叫ぶ気力もなかったと言う。

























 その日の夜は、宴会だった。

 ……ちなみに、霊夢は僕のことしか言っていなかったが、妖夢→僕も傍から見れば明らかだったそうで、いつくっつくかみんなで賭けまでしていたそうな。参加云々、ってこの話かよ。

 ……はあ。人の恋路を、なんだと思ってんだこいつら。

 答え:酒の肴。きゅーいーでー。

「ど、どうぞ」
「おう」

 なぜか中心に櫓のように据えられた僕と妖夢は、なんか妙な空気で盃を交し合っている。

 ……なんだかねえ。

 聞いた話によると、妖夢は幽々子から僕よりずっと前から煽られていたらしい。
 ここ最近、毎回つけられた稽古は、照れ隠しだったとかなんとか。

 やれやれ……

 ちら、と妖夢の横顔を見る。
 ……なんだか、向こうも見ていたようで、思い切り視線が合った。

 そのまま逸らすのも、なんだか憚られて、うにゃうにゃと口篭り、

「ま、まあ。よろしく」
「あ、はい。不束者ですが」

 なんだか、そーゆことになったらしい。



 ……直後、聞き耳立てていた周りがわっ、と沸いたのがうっとおしかった。



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