「よ、良也」
「ああ、神奈子さん。こんにちは。珍しいですね、博麗神社に来るなんて」

 博麗神社で霊夢と二人、掃除の合間の休憩に、のほほんとお茶を飲んでいると、守矢神社の神様である神奈子さんが尋ねてきた。
 宴会でも無いのに、神奈子さんが守矢神社を留守にするのは珍しい。いや、宴会だったら軽く神社を留守にするのもどうかと思うが。

「うん、まあ。ちょいと良也にいいものを持ってきたんだ」
「……嫌な予感しかしませんが」

 こーゆーとき、僕にとっていいことであった試しがない。若干引きながら、警戒する。

「どうせ逃げられないんだから、とっとと観念すればいいのに」
「……霊夢。僕だってたまには逃げられたことあるぞ」

 血も涙もないツッコミをいれる霊夢に言い返す。
 ええと、ほら、あれだ。すぐには思いつかないけど、なにかあったはず。

「あ、ひどいね。早苗傷つくよ」
「どうしてそこで東風谷が?」
「まあ、これを見てくれ」

 と、神奈子さんが渡してくれたのは、二つ折りの立派な和紙。やけに凝った総丁で、河童か天狗辺りに依頼して作ったものと思われる。

 ……なんだ?

「開いてみな」
「いや、びっくりするようなものが飛び出てきませんか?」

 パチュリーの図書館で、魔物が出てくる本とかがあったけど、あれの同類とか。

「びっくりはするかもしれないね。なに、そう警戒しなくても、いいびっくりだよ」
「……はあ」

 まあ、神奈子さんなら大丈夫だろう。落ち着いた大人の女性(あくまで他と比べた場合)だしな。悪戯など仕掛けないだろう。
 と、信頼して開いてみる。

「ええと、なになに?」

 中身は、普通に筆で文が書かれていた。
 達筆で読みにくいが、こっちでは大体こんな感じの字ばっかりなので、いい加減慣れている。

 ええっと、

『氏名:東風谷 早苗

 生年月日:平成××年○月△日

 身長・体重:黙秘

 住所・本籍:幻想郷

 最終学歴:×○高等学校中退

 趣味:妖怪退……』


 途中まで読んで、静かに閉じた。

「……なんですかこれは」

 僕も知ってる東風谷のプロフィールと顔写真が添えられた紙。もしやとは思うが、

「釣書を知らんのか。最近の若いもんは」

 知ってる。見合いの時に出す、いわゆる一つの自己紹介シートだ。僕には縁のない代物だが、しかし漫画で聞いたことがある。
 そして、重要なのは釣書ってのは見合いをする人が出すものであって、それになぜ東風谷の名前が書いてあるんかということで、

「なに、早苗、結婚するの? 引き出物はなにがいいかしら。あ、式は是非ウチの神社でやって頂戴。格安で承るわ」
「あのね、式はうちの神社でやるに決まってるじゃないか」
「気ぃ早いな! おい」

 霊夢が言うだけ言って、まったく興味がなさそうに茶を啜った。

「早いもんか。良也、お前さんは外の世界の出身だから毒されてんだろうが、人間なんて子供をちゃんと産める体になったらもう一人前なんだよ。最近は、一丁前の男や女が一人でふらふらと……。うちは早苗しかいないんだから、早いとこ跡継ぎを産んでくれないと困る」
「跡継ぎって……」

 東風谷には、相当早い話だと思うんだけど。

「そんなわけで、早苗もぐだぐだ言ってたけど、こっちじゃ今の早苗の年齢くらいが適齢期なんだってさ。だから、こうして見合いをさせようと」
「……あの、東風谷の自由意志は」
「ん? もちろんあの子が自分で選ぶならそれに越したことはないさ。でもねえ」

 ふう、と溜息をつく神奈子さん。
 あー、なんとなくわかる。

「早苗は男にあんまり興味なくてねえ。里の男衆に人気はあるんだけど……外の世界出身なのと強いのとで、アプローチする奴はなかなかいないんだよね」
「仕方ないわね。まったく」

 神奈子さんの言葉に、霊夢は呆れたように同意する……っていうか、お・前・が・言・う・な!

「まあ、そんなわけで。早苗と一番仲の良い男に、イの一番に話を持ってきたんだよ」
「……はあ」

 一番仲が良い? 僕が?
 そうなのかな……。確かに、東風谷と仲の良い里の男衆って聞かないが。

 そうかもしれないな。うん。……あー、ちょっと自惚れが過ぎるか? でも、そうだったらいいな。

「どう? うちの早苗は? 身内贔屓抜きにしても、器量よしで働き者で、いい嫁になると思うよ」

 それには同意なんだけど、最近は働く=妖怪退治になりつつあるんだよなあ……。まあ、確かに器量良しなのは認め……
 って、いやいや、それは置いておいてだ。

「っていうか、結婚なんて考えた事ないんですが」
「じゃあ、今考えればいいじゃないか」

 え? 考えてみる……いや、ないない。

「ありえないという結論ですが。別に東風谷がどうこういうわけではなく」

 大体、女と一度も付き合ったことのない僕が一足飛びに見合いとか結婚とか。ちょいとハードルが高すぎる。
 せめて、そーゆーのは後五、六年はしてから、ね? そのくらいしてから、考えさせて下さい。

「ヘタレてるねえ。……まあ、無理強いはしないさ。まだ候補はいるし」
「い、いるんですか?」

 マジで?

「まあ、早苗に秘めた思いを持ってそうなのは何人か。よく参拝に来るやつがね。……ちなみに、断って後悔しないね?」
「なんでですか……」

 万が一上手くいったとしたら後悔は……するんだろうなあ。

 でも、そうなったとしても僕に止める権利があるわけでもない。
 権利があるわけじゃないんだが……反射的に、反対の声を上げそうになったくらいは勘弁して欲しい。

「ん? やっぱり見合いするかい?」
「いえ」

 神奈子さんの再度の念押しに、笑って答えると、神奈子さんは『ちぇっ』と舌打ちして、去っていった。

 それを見送って、すっかりぬるくなったお茶を飲む。

「良也さん、いいの?」
「なんでだよ……ったく、お前といい、神奈子さんといい」
「良也さんは早苗のことお気に入りだと思っていたけど」

 いや、そりゃ否定しない。なんだかんだで良い子だし。
 誰か、知らない男と結婚して、まあ、良い気分じゃないかも知れないことは認める。

 ……いや、もう考えないでおこう。
 それに、名乗り出なかったのは結婚なんてまだ早い、と思っているからだけじゃない。東風谷の性格から考えて……というより、普通に考えれば、そんなの嫌がるに決まってる。わざわざ、自分から嫌われるようなことをするつもりはない。

「馬鹿なこと言ってないで、掃除の続きするぞー」
「……面倒ね」
「さり気なく逃げようとすんな。たまには手伝え」

 フェードアウトしようとする霊夢を、珍しく捕まえることが出来た。
























 その次の週。

 またしても博麗神社でまったりしていると、突風をまといながら人影が飛び込んできた。

「ぎゃぁ! しゃ、射命丸か!?」

 巻き上げられた砂埃に目を奪われ、折角集めた枯れ葉が飛び散るー! と嘆きつつ、目を擦ってなんとか視界を回復させてみると……

「せ、先生先生! すみません、匿って下さい!」
「こ、東風谷?」

 なぜか、そこにいたのは天狗ではなく山の巫女。
 ……そういえば、東風谷も風を操っていたな。しかし、スピードは射命丸ほどぶっ飛んでなかったはずだが、今飛び込んできた速さはかなりのモンだったぞ。

 しかし、匿って?

「……なあ、東風谷が逃げないといけないような妖怪が出てきたのか?」

 そうすると、一大事も一大事である。
 東風谷の実力は、幻想郷でも指折り。異変の解決に乗り出せるレベルだ。そんな東風谷が逃げの一手を打つような妖怪――霊夢の出撃だな。

「ち、違います。神奈子様と諏訪子様ですよ! ええい、とりあえず、神社の中へー!」
「は? って、おいぃぃーー!?」

 首根っこを掴まれて、博麗神社の中へと引っ張られて行く――のはいいけど、首締まってる締まってる! ついでに、引っ張りすぎて僕の身体が地面と平行になってんですけどー!?

 文句を言おうにも、声も上げられない。
 時間にしてほんの数秒。しかし、僕の首に多大な負荷をかけた数秒だった。

 神社の扉をがっちり閉めて、東風谷は数秒、息を潜ませる。なんとなく、僕も倣って静かにしていると……やがて、東風谷は大きく息をつき、肩の力を抜いた。

「どうやら、撒いたみたいですね」
「……時に、説明を要求してもいいだろうか」

 わけのわからない状況過ぎる。

「ええっと、神奈子さんと諏訪子がどうかしたのか?」
「ええ。それが、聞いてくださいよ、先生」

 なにやら頬を膨らませて怒りを表現しながら、東風谷が声を荒らげる。

「先週辺りから、神奈子様が見合いをしろ、見合いをしろ、と。諏訪子様も一緒になって、里の男性の釣書をどんどん持ってくるんですよ。断っても断っても聞く耳持たないし」
「……あー」

 そういえば、先週そんな話があった。

「私にはまだ早いですし、嫌だって言うのに……」
「そうだろうねー」

 東風谷はまだ未成年である。幻想郷では違うのかも知れないが、外の世界で十数年生きてきた東風谷が、そうそう結婚に踏み切れやしないだろう。
 まあ、先週話を聞いたときに、予想した通りではある。万が一がなくてよかった。

「で、今日は無理矢理見合いに連れていかれそうになったので逃げてきました」
「……そうか」

 東風谷もそうだが、相手方も気の毒に。多分、東風谷に気のある人間なんだろう。
 ……なにか、『ザマァ』と言いたくなったのは秘密である。こんなに僕、性格悪かったっけかな。

「でも、止められなかったのか?」

 あの二人が結託しているとなると、そうそう逃げられそうにないが。

「もちろん、お二方をぶっ飛ばして逃げてきたんですよ。でも、いつ追いつかれるかわからなかったから、急いで来たんです」
「……あ、っそう」

 東風谷もしたたかになったものである。したたか? ……そういうことにしておこう。

「まったく……この年でお見合いなんて。あの二人は、その辺の感覚が明治辺りで止まっているんですから。平成ライ○ーを見て育った私には付いて行けません」
「ま、まあ、神奈子さんたちも、悪気があるわけじゃ……。神社の跡継ぎが出来るか心配なんだよ、きっと」
「それにしたってお見合いなんて……。結婚って言うのはもっと、こう、ロマンチックな」

 意外や意外。東風谷はまだ乙女心らしきものを残していたらしい。
 ……良かった。Q.男に求めるものは? A.金、みたいな女の子じゃなかったらしい。東風谷、先生は信じていたぞー。

「……なんですか、先生」
「なんでもない」
「なにか、生暖かい目をしていませんでしたか? 妙なことを考えていません?」
「な、なにを言うかと思えば。誓って、変なことは考えていないぞ」

 多分。僕からすれば、至極真っ当な考えだ。……東風谷にとってどうかは知らんが。

「はあ、まあ、とりあえずいいです。しばらく、ここで匿って下さい」
「霊夢がいいって言えばいいけど……。でも、いつまで?」
「とりあえず、神奈子様たちがお見合いお見合い言わなくなるまで」

 ……どうだろうなあ。

 思いつきじゃなくて、ちゃんと考えてのことらしいし、ずっと言い続けると思うが。それを、東風谷はわかっているのかわかっていないのか。
 守矢神社的に、跡継ぎが必要なのは間違いないんだろうし。

 しかし、神奈子さんたちも良くない。東風谷が断ったんだから、潔く引けばいいのに。引けないとしても、お見合い写真を何枚も押し付けるような真似をしたら、頑なになるのは目に見えている。

 ふむぅ。

「……東風谷は本当に結婚する気ないのか?」
「む、先生まで。ありませんよ、もう」
「そっか。まあ、そうだろうな。でも、恋人とかはいてもいいんじゃないか? こっちに来て、もう結構経つだろ。そういう話は?」

 百パーないだろう、とは思っているが、それでも万が一ということもある。聞いてみると、東風谷はうーん、と唸った。

「……こっちに来てから出来た友人は、殆ど女性ばかりで」
「だろうな」

 と、言いつつも、どこかほっとしている自分がいた。

「里の男性とはあまり話しませんし。よく話すといえば、先生か、先生よりずっと頻度は少ないですけど香霖堂の店主さんとか……」

 神奈子さんの言った通り、こっちで一番仲の良い異性って僕なのか。
 やれやれ……その僕に一番に話を持ってきたのは、神奈子さんなりの気遣いなのか。殆ど知らない相手よりはまだしも僕の方が……

「…………」

 ……い、良いよな? 良いんだよな? 僕に比べたら、そこら辺のよく知らない人の方がいいわー、ってことないよな? そこまで嫌われていたら、ちょっとどころじゃなくショックなんだけど。

「……東風谷?」
「なんですか? ちょ、ちょっと顔怖いですよ」
「例えばの話だが……。その、里の良く知らない人と僕だと、どっちがいい?」

 かなり気になったので、聞いてみる。
 すると、東風谷はしばらくキョトンとして、質問の意味がわかったのか顔を真っ赤にした――って、しまった。これじゃ誤解を与えてしまう。

「い、いやちょっと待て東風谷。べ、別に僕が見合い候補に名乗り出ているわけじゃなくてだな」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう。……いや、誤解させて悪かった。実はだな、先週、神奈子さんに一番に見合いの話を持って来られたのは僕でな。……その、全然知らない人よりはマシなのかなー、って気になっただけ」

 い、言っていることが大して変わっていない気がするが、無視だ、無視。
 ええい、ちょっと口を滑らせただけなのに。

「え、ええと。そうですね。……ま、まあ、確かに……その、そりゃ話した事ない人よりは、先生の方が良いですけど」

 赤くなって困りながらも、東風谷はなんとか頷いてくれる。
 し、しかし、そうか。よかった。少なくとも、嫌われてはいないらし――

「話は聞かせてもらった!」

 安堵の溜息をつこうとすると、神社の入口がバァン! と、開け放たれた。

 慌ててそちらに目を向けてみると……なにやら、後ろに霊夢と諏訪子を伴った神奈子さんの姿が。

「え、ええ!? な、なんでここが!?」
「ふっ、早苗。お前を育てたのは誰だと思ってる。お前が拗ねて逃げ込みそうな場所なんて、大体見当が付くさ」
「す、拗ねてなんかいません!」
「いや、わかってるわかってる。良也じゃないことが不満だったんだろう?」

 はい!?

「ちょっ!? 今の話聞いてて、どっからそういう結論に!?」

 ツッコミを入れた。既に手遅れな気がするのは、気のせいか。

「ん? しっかりと聞いたぞ。『先生が良いです』って」
「抜けてる! 『〜より』とか、『〜の方が』って、重要なところが抜けてる!」

 あくまで、東風谷が言ったのは比較問題なのである。お見合いはゴメンだが、どうしてもしないといけないなら、まあ知らない人よりは僕の方がまだマシじゃね? ってレベルなのである。
 しかし、言質を取った(つもりの)神奈子さんたちは止まらない。

「いやー、こりゃ見合いもスキップして、まずは結納かな。早いとこ決まって、良かった良かった」
「す、諏訪子様! やめて下さい!」
「ん? 子供のを産むのが不安かい? なに、心配することはない。私が色々教えてやるし……それに案ずるより産むが易しって言うしね。おっと、そのまんまか」

 ニヤリ、と幼女に似合わぬ親父臭い笑顔を浮かべる諏訪子であった。
 くっ……この二人は駄目だ! この場で中立な霊夢に助けを求めよう!

「れ、霊夢! ちょっと二人を止めてくれ!」
「なんで?」
「なんで……って」

 くっ、確かに第三者の霊夢が介入する理由がねえ!
 ええと、ええと……あっ、

「そ、そうだ。どうだ、霊夢。このまま行くと、式は守矢で挙げることになるぞ? みすみす他の神社に仕事を取られていいのか!?」
「それは思ったけど、一応、神奈子とは式は守矢神社で、披露宴はこっちでやるってことで、話はついてるから」

 い、いつの間につけたそんな話!?
 いかん……僕の弁では、この場を切り抜けれそうにない。東風谷も弁が立つわけじゃないし……しかし!

「い、いい加減に――」

 やれ『式の日取りはいつがいい?』だの、『神式だけにこだわる必要はないよ。ウェディングドレスだって用意してやる』だの、明らかにフライングな言い分に我慢の限界を突破したのか、東風谷の周りに凄い風が集まる。

 いいゾー、やれやれー、と僕は半ば以上自暴自棄になってそんな東風谷を応援する。

「して、くだ、さーーーーいっ!」

 神奈子さん、諏訪子共々吹っ飛ばされながら(霊夢はちゃっかり神社を守っていた)、僕は『よかった、これで有耶無耶になる』と安堵するのだった。






















 ……甘かった。





















 次の週、幻想郷に入るなり、待ち構えていたように――っていうか、実際待ち構えていたんだろう――神奈子さんが現れた。

「よぉ、良也。いや、盲点だったね、そういやアンタの実家は外だった。ご両親に挨拶に行きたくても、行けやしない」
「……あの、神奈子さん? 一体、うちの親になんの用ですか」
「ん? そりゃ、あれだ。お見合いとなると、相手方の親御さんにも参加してもらった方がいいだろ?」

 いや、だろ? って。
 ……そもそも、僕はいつお見合いをすることになったんだろうか。

「ま、いいやね。さあ、里の料亭の部屋をとっている。行こうか」
「料亭、って」

 一応、里にも、ちょっと奮発して行くような料理屋がある。……あそこだろうとは思うが、結構高いのに。

「いや、まあそう固くならないでくれ。なにも、見合いをしたからって絶対に結婚をしろなんて言うつもりはない。早苗の練習に付き合うくらいの気持ちでいい」
「……先週と言っていることがえらい変わっていませんか」
「……早苗が臍を曲げて、飯抜きにされてね」

 そんなことで諦めるくらいなら最初からするなと言いたい。

「まあ、それでもなんとか説き伏せて『一応、やるだけやってみる』って了承させたんだよ。いや、苦労した苦労した。これがきっかけになりゃいいがね」

 東風谷も、なんだかんだで神様は尊重しているので断り切れなかったんだろうなあ……。その様子が、ありありと思い浮かぶ。

「やれやれ……なんでそんなに結婚をしたくないかねえ。若いもんの考えることはよくわかんないな」

 はあ、と溜息をつく神奈子さんは、これはこれで東風谷のことを保護者として心配しているんだろう。ただ、心配の仕方がちょっと東風谷にとって迷惑だっただけで。
 ちなみに、僕にとっても迷惑なんだが……まあ、仕方あるまい。

「はあ……わかりましたよ。見合いの真似事くらいなら付き合います」
「付き合う? ほほう、早苗と付き合いたいと申したか」
「申していません」

 チッ、と舌打ちする神奈子さんは、やっぱり懲りてないようだった。
 はあ……

「でも、僕服装は思い切り普段着ですが」
「あー、いいよいいよ。そっちの方が、早苗も緊張しなくて済むかもしれん」

 そう言うなら構わないが。
 さてはて……一体、どうなることやら。




























 神奈子さんに連れられて料亭にやってくると、立派な日本庭園に面した部屋に案内された。

「あ、先生。こんにちは」

 部屋には、既に東風谷と諏訪子が座っていた。
 会釈してくる東風谷に返しつつ、こちらも挨拶をする。

「……ああ、こんにちは。なんか妙な事になったな」
「本当に。まったく」

 東風谷はじとー、とした目で神様二柱を睨みつける。
 守矢神社の胃袋を握っている風祝の視線に、神は二人揃って顔を背けた。

 しかし……僕は普段着なのに、東風谷の方は普段の巫女服(なのか、あれ?)ではなく、立派な和服を着込んでいる。
 現代っ子のはずなのに、和服が異様に似合っていた。東風谷の清楚な雰囲気によく合っている。……しかし、あの蛙と蛇の髪飾りはそのままなのな。

「りょ、良也はこっちだっ。まあ座れ」

 無理矢理、東風谷の対面に座らされた。隣に、神奈子さんがいそいそと座る。
 和装の東風谷と視線が合うと、少しだけドキっとした。……うーむ、普段とは違う服装のせいかね。

「んっ、ごほん! それじゃあ、始めるか」
「そうだね。あ、仲居さん、料理もう持ってきて」

 やる気満々の神奈子さんと諏訪子に対し、モチベーションは低い僕と東風谷。
 ……うまくいくはずもないが、タダ飯を食えるって言うなら我慢しよう。

「それじゃ、まずは自己紹介からどうだ?」
「……あの、凄い茶番な気がしてきたんですが」

 自己紹介て。

「ええい、余計な茶々を入れるな。はい、良也から」

 なんだかなあ。

 微妙な表情になりつつある僕と東風谷を尻目に、どんどん進行させようとする神奈子さんたち。
 はあ……付き合うか、仕方ない。

「ええと、土樹良也です。幻想郷では、お菓子売りをしています。外の世界では大学生……もうすぐ卒業して、教師になる予定です」
「あれ? 先生、本当に先生になるんですか?」
「言ってなかったっけ? そう、高校の英語教師」
「先生は、塾でも教え方上手でしたから、いい先生になると思いますよ」

 ……教え方が上手とは言っても、僕の場合ちょっと偏ってる。
 元々成績の良い奴の成績を上げるのはイマイチなんだけど、余り成績の振るわない人間を平均に持っていく手腕は良く褒められた。まあ、どうしても駄目だった奴も、いるにはいるが。

「はいはい、良也。続きを。趣味とか言え」
「わかりましたよ。ええと、趣味は……」

 口ごもる。
 僕の趣味は漫画とかゲームとかだ。別にそれを恥ずかしいと思うような時期はとうに過ぎたが、しかし見合いの場で話すのも、それはそれでどうだろう?

「……ど、読書と、インターネットです」

 無難なところで纏めた。
 う、嘘は言ってないぞ。漫画だけじゃなく、魔導書とかも読んでるしっ。我ながら偏った読書だとは思うが。

 ネットは、まあ現代人の必須ツールなので。よく動画も見てるし、ブログなんかもチェックしているし。どういう動画やブログかはお察しである。

「はは……」

 ちなみに、僕の趣味を知っている東風谷は、微妙な表情。取り繕ったの、バレバレのようである。

 こほん、と東風谷は一つ咳払いをして、よく通る声で自己紹介を始める。

「東風谷早苗です。守矢神社の風祝……わかりやすく、巫女と思っていただいて構いません。普段は、信仰集めや神社の管理をしています。趣味は妖怪退治とロボットです」
「ワイルドな趣味ですね」

 今更ツッコんだりしない。

「そうですか? ……ていうか、先生。先生の趣味は妖怪と仲良くなることですよね」
「そんなものを趣味にした覚えはないが」
「にしては、知り合いに妖怪の女性が多すぎやしませんか」
「そういう文句は僕じゃなくて霊夢に言ってくれ……」

 雑談をしていると、料理が運ばれてきた。
 それに舌鼓を打ちつつ、けっこういい調子で話は弾んでいく。

「最近は押し花とかに凝ってるんですよ。こっちじゃ、することないので」
「……それをさっきの趣味に入れればよかったのに」
「趣味ってほどじゃないです。こっちでも出来る遊びを、色々試しているだけで。あ、そういう遊びって、先生は知っています?」
「こっちの遊びと言うと、弾幕ごっこしか思いつかない」
「あれは、気軽に誘える相手がいませんからねえ。あ、先生は――」
「断固断る」

 ……なんだかんだで、最初のお見合いと言う名目は、とっくにどこかに行ってしまった。
 普通ーに料理を食べながら話をしているだけだ。

 違いはと言えば、普段ならうるさいくらいに会話に入ってくる諏訪子と神奈子さんが、話を膨らませる程度にしか口を挟んで来ないことだけだ。

 やがて、デザートまで来てしまった。……え? このまま終わり?

「わ、美味しそう」
「……ふむ」

 出てきたデザートは氷菓……要するにアイスだった。
 冷蔵庫のない幻想郷では、それなりに珍しいお菓子。ただ、湖の方に行くと氷は手に入ったりするので(チルノが氷作ったまま放置してるから)、たま〜に見かける。

 しかし、珍しいのは確か……。僕も、クーラーボックス持ってないんで、アイスなんか持ってこないしな……

「ん、東風谷。良ければ僕のもどうぞ」
「え? いえ、いいですよ。悪いです」
「いいから。僕は、外でコンビニでも何でも買えるからさ」

 すっ、と差し出す。
 東風谷は、そのアイスと僕の顔を交互に見ていたが、やがて『じゃ、じゃあいただきます』と、器を受け取った。

 さて、そういえば、こういう時に真っ先に口を挟んできそうな諏訪子は……

「……(グッ)」

 ……何故に思い切り親指を立てている? あと、そのニヤケ顔がムカつくので即刻やめて欲しい。あ、神奈子さんもだ。

「さて……デザートを食べ終わったら、二人で庭を散歩でもしてきたらどうだい? ここの庭園は立派なもんだよ」
「……いや、今更思い出したように見合いに戻らなくても」

 神奈子さんは、どうにもまだ諦めていないご様子。

「いやいや、あとは若いもんに任せて、うちらは退散するよ」
「……諏訪子、お前はもうちょっと外見を考えてからそういうことを」

 いやいや、と笑いながら、神二柱は立ち上がる。

「私らはお金払って、適当にブラついているから」
「二人はゆっくり……。ゆーーーっくりしていきな」

 ……こいつら。

 東風谷と目が合うと、お互い苦笑する。

「とりあえず、食べちゃいな」
「はい」

 スプーンを動かす手が止まっていたので、そう東風谷を促す。
 ……まあ、なんだかんだで料理は美味かったかな。



















 ……んで、何故か、僕と東風谷は二人して庭に出ていた。

「……このまま帰っても良かったと思うんだけど」
「こういう日本庭園ってちょっと見てみたかったんですよ」
「東風谷んちも、随分大きい神社だと思うんだけど」
「そうは言っても、こんな立派な松や鹿威しなんてありませんから」

 そんなもんかね。
 確かに、僕だってこういう庭は初めてだけどさ。

 一応、散歩することも考えられているのか、ちゃんと人が通る道は用意されている。
 しかし、それは人がギリギリすれ違うことが出来る程度の広さで……東風谷と並んで歩くと、どうにも距離が近過ぎていけない。先程まで、名目だけとは言えお見合いなんてしていたせいか、妙に意識してしまう。

 イカン、イカンですよ。

 ちょっとだけ早鐘を打ち始めた心臓を抑えようと、少し大きく呼吸する。……ちぃ、とも収まらなかった。

 ……くっ、こんなとき、女性経験が皆無な自分が情けない。
 確かに僕は、東風谷のことが少しは気になっていたが、ここまで動転するほどじゃなかったはずだ。はず、だ。

「あ、先生。鯉ですよ、鯉」
「あ、ああ。うん、立派な鯉だ」

 庭にあつらえられた小さな池に駆け寄る東風谷。しかし、普段慣れない和服のせいか小走りだ。
 少し離れたせいか、息も落ち着く。……あー、こうして見ると、意外と普通なんだよな。東風谷って。当たり前といえば当たり前なんだけど。妖怪を前にしたり酒を呑んだりしなければ、外にいた頃と変わらない優等生だ。

「美味しそうですねえ」
「待て」

 前言撤回!

「いや、あの東風谷? 飼ってる鯉を見て、その台詞は如何なものかと」
「鯉こくって、こっちに来てから初めて食べたんですけど、けっこう美味しいんですよ」

 知ってる。知ってるが、しかし池の鯉を見てそれはないだろう。

「外にいた頃は、鯉なんてスーパーに売ってませんでしたからね」
「ま、食べにくいよな……」

 なんか妙な話の流れだが、とりあえず相槌を打つ。

「外……そういえば、先生。外の世界は、なにか変わった事ありますか?」
「うん?」

 ……珍しいな。
 東風谷は、幻想郷でのことが新鮮なのか、あまり外の世界の情勢なんて聞くことはないのに。

「さあ……。そんなに大きなことはなかったと思うぞ」
「どうでしょうね。数年も経てば、世の中は色々変わっていると思いますよ? 先生は普段、そっちで生活してるから気がつかないだけで」

 そうかも知れない。たった数年で浦島太郎でもなかろうが、今の東風谷が外に帰ったとしたら、驚くことの一つや二つあるだろう。

「……なんだ、気になるのか?」
「そりゃ、気にならないって言ったら嘘になります。少し話してもらえませんか?」
「いいよ」

 二人で歩きながら、他愛もない話をする。
 最近出たゲームやニュース、変わった新製品……。こっちでこんな話が通じるのは、守矢神社の面々だけなので、ついつい饒舌に話してしまった。スキマ? あれはカウントしねえよ。

 東風谷も、いちいち頷いて聞いてくれるので、僕も調子に乗ってしまった。

「……って、あ。こういうこと聞くと、外に帰りたいなあ〜って思ったりとか?」
「鈍いですね先生。だから、今まで聞かなかったのに」

 鈍いとか言われた。

「でも、もう大丈夫だと思ったから聞いたんです。こっちの生活に不満はないので。……いえ、一部ありますが、外で信仰が集まらなかったことに比べれば大したことありません」

 そこで区切って、東風谷は少し寂しそうな顔になる。

「ただ、ちょっとこっちの人たちの考え方と、私の考え方って違うんですよね。なんかこう、根本のところで。神奈子様達は長生きされていますから、逆に話は合うみたいですけど」

 ……東風谷が言う事じゃない気もするが、口を挟んじゃいけないような気がした。

「今回の件だって、多少強引ですけど、里じゃ普通にあることだそうです」
「あー、ある程度年食ったら、所帯を持って子供をつくるのは、当然っていうか半分位義務だなあ。こっちだと」

 里で僕と同年代だと、既に半分くらいは結婚してて、子供がいるやつも少なくない。残り半分も、婚約者がいたりなんてのは当たり前だ。
 ちなみに、残り僅かな女っ気のない連中なのだが……妖怪を除くと、幻想郷の人口比は少し男子に偏ってるんだから仕方がない。僕と話が合うのはこの連中だし。

 だから、こっちの常識に染まった東風谷が、割と素直に結婚に踏み切るかも……なんて、最初は少し心配だった。

「ですから、神奈子様たちには悪いですけど、あまり結婚とかは……その、考えづらくて」
「はは……まあ、そりゃ仕方ないかもな」

 大体、外の世界だと、平均の結婚年齢は……女性だと確か、二十代後半だっけ? 出生率も年々下がっている。
 平均結婚年齢二十歳前後、出生率は第一次ベビーブーム並な幻想郷と比べるのが間違っている。

「どうしたらいいでしょうね?」
「……どうしたもんかねえ」

 いや、相談されるのは光栄だが、こんなことで僕に有効なアドバイスが出来るはずが無い。

「考え方が合わない人と一緒になっても、長続きしないと思いますし」
「だよねえ。もう少し時間かければなんとかなるかもしれないけど。それだと、今話が合うのは僕くらい?」
「そ、そうですけど……」

 すこーしだけ、ほんの少しだけ、悪戯心七割、ちょっとした期待三割で水を向けてみた。
 なんか、赤くなってる。ヤバイ、可愛い。

「は、ははは。もう、先生。冗談は止めてください」

 なんかどもってる。
 ……そりゃそうか。お見合いなんて場をセッティングされたんだ。妙に意識しているのが僕だけだってことはない。東風谷だって、普段とは違う状況に、少しくらいは気になっているんだろう。

 もしかして、イケたりするのか? しかし、これをきっかけにって、神奈子さんと諏訪子の術中にハマっている感があるんだけど。
 でも、なんか口が勝手に動き始めた。

「で、でもな、東風谷。今はいいけど、神奈子さんと諏訪子は、諦めないぞ、きっと」
「そうでしょうけど……えっと、なんですか、先生? ちょ……」

 なんか、知らないうちに肩を掴んでいた。
 ……うわー、なにを言おうとしてる、僕。ちょ、待ってー。

「そこでだ。今は、僕で妥協しておかないか? なに、神奈子さんたちにこれ以上結婚を強要されないためのお飾りってことで」
「え、ええと!?」

 見るからに、東風谷は混乱している。ぐるぐると、視点があっちこっちに行き、僕と目が合うとぼんっ、と擬音が聞こえそうな勢いで顔を真っ赤にした。

「ええ、えええーーーと! よ、よろしくお願いします、お飾りさん」

 ……自分から言い出しといてなんだが、地味に凹んだ。


















 その日。照れ照れと東風谷を守矢神社の母屋まで送っていくと……待ち構えていた神様達に、すげぇいい笑顔で、一つの布団に二つの枕を用意した部屋に案内された。

 東風谷が、神奈子さんと諏訪子、ついでにちょっと期待を込めた目で東風谷を見た僕を、部屋ごと吹っ飛ばした。
 照れ隠しにしても、あれはないと思う。



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