地底から噴出する間欠泉。
 博麗神社では、それを利用して露天風呂を作っている。

 源泉かけ流しの豪勢な湯船。
 しかし、それは女湯だけで、男湯の方は僕が地面に穴開けて石を敷き詰めて、申し訳程度に塀を作った露天風呂(笑)しかない。

 ……まあ、あの神社に集うメンバーの男女比を考えれば、こんなものだろうけど。
 拡張工事をしようかと思わなくもなかったが、別にそんなに不便はないのでほかっていた。

 時に、地底から湧き出る湯を使った温泉は、もう一箇所ある。

 妖怪の山の、間欠泉地下センター付近にある温泉がそれだ。
 こちらは、神奈子さんが地下センターのついでに地底との交渉をし、湧き出るようにした温泉で……諏訪子の手により、まるで観光地の公衆浴場のような形で整えられていた。

 妖怪の山の少し登ったところにあるこの温泉からの眺めは絶景で、家に立派な温泉のある霊夢だってたまに入りに来る。

 ……まあ、なぜこんなものを作ったのか、というと、

「……商売上手なもんだねえ」

 妖怪の山の温泉に浸かりながら、僕は思わず呟いた。

 広い湯船には、十人前後の里の人間が、思い思いに湯を楽しんでいる。
 彼らは、東風谷が先導する定例の『守矢神社参拝ツアー』の客たちだ。

 いくら外とは比べものにならないほど信心深い里の人たちとは言え、それだけで頻繁に足を運ぶのは期待できない。ならば、途中に温泉を作っちゃえば、こっちを目当てに参加する者も出るだろう。
 以前、神奈子さんはそんなことを言っていた。

 その予想はピタリと当たり、人里の近所に出来たアクセスのいい命蓮寺に、参拝客を全部は取られなかったのは、この温泉の存在も少なからずあるだろう。
 ちなみに、僕も今回から東風谷と共にツアーの先導をすることにした。一緒なのはそのためである。

 ……なんで付いてくるんだ? とツアーの参加者の皆さんに聞かれたが、適当に誤魔化しておいた。東風谷が恥ずかしがって、僕たちが付き合っているのは秘密にしているので。

「土樹、土樹!」
「……なんだ?」

 人が折角のんびりとしていたのに、同じく温泉に浸かっている里の顔見知り……まだ二十歳の若い男で、名を清四郎という……が、話しかけてきた。

「お前、空飛べるんだよな?」
「なにを今更」
「なら頼む! 一生のお願いだ……」

 なんとなく先の展開が読めつつ、僕は先を促した。

「頼む! 後生だから、俺を担いで飛んで、あの塀の向こうを見させてくれっ!」

 パンッ、と両手を合わせて頼んできた清四郎が指さしたのは……勿論、男湯と女湯を隔てる塀だ。
 はあ、と僕は頭が痛くなりつつ、清四郎に言った。

「あのな……。気持ちはわかるけど、バレたらどうするつもりだ?」

 幻想郷における人のコミュニティは狭い。悪い噂はすぐに広まる。
 まあ、まさか女湯の覗きくらいで村八分にされることもなかろうが……肩身の狭い思いをすることは確かだ。

 ちなみに、男湯に浸かっている他の男衆は、むしろ清四郎を勇者を見る目でみている。肩身を狭くするのは女性の役目だ。
 幻想郷では、女が強い。

「どうするもこうするも……わかっていないな、土樹」
「……なにを」
「覗いてから考えろ!」

 駄目だ、こいつ。

「バレたら、絶対後悔するから……今、向こうには東風谷もいるんだぞ?」

 ツアーの先導者である東風谷は、当然のように女性の参拝客らと一緒に女湯に入っている。もし彼女にバレたら、その奇跡の御業で想像を絶するお仕置きをされることは間違いない。

「だからやるんじゃないか! 俺の予想では、早苗さんは着痩せするタイプと見た」

 ふん、ふん! と鼻息荒くなる清四郎。
 ……ふーん。

「……予想すんなよ。ぶっ飛ばすぞ」
「な、なんだ、土樹? ちょ、ちょっと怖いぞ?」

 人の彼女で妄想なんかするな。流石の僕もちょっと怒りますよ?

「なんでもない。とにかく、覗きはやめとけ」
「そ、そうか? しかし、土樹。お前、いい年した男のくせに、ちょっと枯れてないか? この薄い塀の向こうに、美人の裸があるんだ。そりゃ、男なら覗くしかないだろう」

 そりゃ、僕だって気にならないとは言わない。だけど、バレた後の未来が容易に想像が付く生活を送っているので、二の足を踏んでいるのだ。
 多分、東風谷にボコボコにされた後、東風谷から神様経由でいつもの宴会のメンバーに知れ渡り、思う存分からかわれ倒すことになるだろう。

「……やっぱ僕はいい」
「ふん、もういい。俺一人でもやってのけるさ!」

 煮え切れない僕に清四郎は見切りをつけ、一人で塀に向かって歩き出す。
 その当たりに沢山転がっている桶を集め、足場を作り……

 男湯の全員が固唾を飲んで見守る中、そっ、と塀の上に顔を上げる。僕がその後頭部を霊弾で撃ち抜くべきか、と悩んでいると、

「パシャリ、と」

 ……いきなり向こうから顔を表した天狗が、カメラのシャッターを切った。しっかりバスタオルで身体を隠している。

 妙な沈黙が男湯に流れた。
 って、いうか。

「風呂で撮るなよ!?」
「大丈夫です。男湯の方はちゃんとアングルから外していますので」

 慣れているため、いち早く正気に戻った僕が射命丸にツッコミを入れる。無論、股間をタオルで隠しながら。
 ……しかし、そんなのどーでもよさそうだな、あいつ。

「さてー、『妖怪の山に覗き発生? 覗き魔撃退のため弾幕を覚えよう』って感じですかねー」
「あ、あの……」

 清四郎が顔を引き攣らせながら――っていうか怯えながら射命丸に声をかける。

「いやいや、人間にも面白いことをするのがいますね。あ、でも大丈夫です。記事にするときはちゃんと目線は入れます。被写体の肖像権を大切にする文々。新聞、文々。新聞をよろしくお願いします」

 どの口が言うのか。

 ……ちなみに、射命丸がここにいるのは多分偶然だろう。この温泉は妖怪の山にあるため、天狗もたまに入りに来る。
 猿の入る温泉ならぬ、天狗の入る温泉だ。霊験あらたかそうだが、別にそんなことはないらしい。

 ……でも、風呂にはいるときもカメラを手放さないのか、あいつ。壊れるぞ。

「ぐあっ!?」

 なんて射命丸の取材について考えていると、女湯の方から桶が飛来して、清四郎の顔面を強かに打った。
 たまらず、重ねた桶の階段から落下する清四郎。

「さて……清四郎さん、それに男湯の、彼を止めなかったみなさーん? 私たち、怒ってるんで。上がったら覚悟しといてください」

 そんな東風谷の声が向こうから聞こえ……
 男湯の面々は、揃って顔を青くするのだった。


























 妖怪の山のあの温泉(守矢の湯、というらしい)を出れば、守矢神社まであとちょっとだ。
 僕と東風谷は、人間の皆さんの最後尾に付き、山を登る。山に入れば、妖怪が襲ってくることはまずありえないので、むしろ転んだりはぐれたりする人を見逃さない方が重要だからだ。

「まったく……。先生が止めてくれると思っていたのに」

 ぷりぷりと怒っている東風谷に、苦笑いで返す。
 だって、自分はやりたくないが、男として清四郎の気持ちはわかるし、彼の勇気には思うところもあったのだ。……でも、それを正直に言うと、きっともっと機嫌が悪くなるだろうなあ。

 ちなみに、件の清四郎は、女性陣代表のおばちゃんから平手打ち一発で手打ちとなった。まあでも、これからしばらくは女性に頭が上がらないだろう。
 ……他の男衆も、手は上げられなかったものの説教を受けながら歩いている。

 僕は東風谷の説教を聞き流しながら、ふと足元を見た。

 何度も人が通り、踏み固められた道。普段は守矢神社に行くときは空を飛んで向かっているので気付かなかったが、これだけ地面が固まるほど、参拝客が通っているらしい。
 この道には手摺と、『守矢神社まで後何m』みたいな看板もところどころにあり、そのどれもがそれなりに薄汚れている。

 これらは、そのまま守矢の面々が幻想郷に来てからの時間そのものだった。

 とっくに幻想郷に馴染んでいると理解していたつもりだったけど、こういうのを見ると、実感として東風谷が無事幻想郷に溶け込んだということが分かる。
 ……弾幕とかあれやこれやは、この際置いておこう。あれは慣れるとか慣れないとかいう問題じゃないし。実際、僕は一向に慣れないし。

 うん、まあ、いいことだ。
 もうちょっと彼氏彼女らしいことが出来れば、もっといいのに。

「ふーん」
「なんですか先生。話、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」

 じ、と前を見る。
 現人神の東風谷や、何気に霊力で身体能力を水増ししている僕とは違って、他のみんなは登ることで精一杯な様子。これなら、気付かれないかな?

 なんて考えながら、こそっと東風谷の手を握る。

「ちょっ!? 先生――」
「喋ると気付かれるぞー」

 あー、手がやわっこい。
 街でたまにカップルが手を繋いで歩いてるのを見て、あれ歩きにくいだけじゃない? なんて思っていたが、これはなるほど、なかなかに離れがたい魅力がある。

 今まで試す機会もなかった……なにせ普段は僕も東風谷も飛んで移動するので、こういうシチュエーションがない……ため、ほんの興味本位でやってみただけなのだが、これは癖になるかもしれん。

「な、なんですか。恥ずかしいですよ」
「大丈夫大丈夫。ほら、もうすぐ神社に付くから。それまでそれまで」

 愛想笑いで誤魔化しながら、空いている方の手で前の方に見えてきた鳥居を指差す。

「う〜〜、わかりました。それまでですよ?」

 東風谷は、赤い顔になりながら、渋々と頷く。
 これで言いたいことははっきり言う方なので、嫌じゃないんだろう。うむ、ちょっと幸せ。

「……って、ん?」
「どうしました、先生?」
「いや、なんか……変な音しなかった?」

 カシャ、だかパシャ、だか、どこかで聞いたことある感じの、嫌な予感を感じさせる音。
 なんだっけ?

「聞こえませんでしたけど」
「……気のせいか?」

 しかし、今の東風谷はテンパってるから、あんまり信用できない。
 ……まあいいか。

 なんて考えながら最後の階段を登ると、平地となっている神社の敷地内に辿り着く。
 到着して、ツアーの参加者は疲れた身体を解しながら、到着したことを喜び合う。

 少し遅れて到着した僕と東風谷は、すでに手を離していた。……ちぇっ。

「みなさーん。少し休憩したら、お茶を振る舞いますので境内の方に来てくださいね」

 東風谷が呼びかけているのを見ながら、僕は伸びをする。
 ふと、鳥居の影になっているところに、紙の束が無造作に置かれていることに気がついた。

「?」

 新……聞? また、随分多いな……

「なあ、東風谷。あれ」
「あっ、また届けてくれたみたいですね」
「あんなに新聞取ってるの?」

 えー、見えるタイトルは、さっき温泉のところで別れた射命丸の『文々。新聞』に、『花果子念報』、その他種々の新聞が無造作に十部以上置いてある。

「取っているわけじゃなくて、報道部の天狗さんが『近所だから』って、置いていくんですよ。今じゃ、数少ない娯楽の一つです」
「へーえ」
「文さんなんて、刷り上がったら一番に持ってきてくれるんですよ」

 ……なんだ、射命丸? 随分気安い感じ。

「……もしかして東風谷、射命丸と仲良いの?」
「良いというか……。あの人の新聞が、一番面白いので。感想を言ってたら、自然と話す機会は増えました。この前は、うちで電化製品が使えるようになって、次の日には取材に来てましたし」

 東風谷の意外な交友関係が発覚。
 ……そっかー、しかし、文々。新聞が一番面白いとな? 僕、たまに記事にされちゃってるんだけど。

「もちろん、先生の記事も読ませてもらっていますよ」
「ぎゃーー! 忘れて忘れて!」
「どうしましょうねえ」

 クスクスと意地悪く笑う東風谷。
 ええい、文々。新聞に僕が載るパターンと言うと、十中八九碌でも無い記事じゃないか。あんなはしたない新聞を呼んじゃイケマセン!

「文さんに言って、バックナンバーも見させてもらいました。私がこっちに来る前の先生のことがわかりましたよ」
「……頼むから、あいつの記事を鵜呑みにはするなよ?」
「ええ。その辺りは分かっています」

 そっか。
 しかし、わざわざ昔の新聞まで見て僕のことを知ろうとしてくれているのは純粋に嬉しい。ソースが文々。新聞なところに一抹どころか十抹くらいの不安を感じるが。

 って、はっ!?

「……そういえば、文々。新聞に僕と東風谷が付き合った件、載ってた?」

 僕はたまにしか読まないから、見逃している可能性もある。

「え!? え、えーと……私が見合いをしたってことは、載っていましたけど。相手は伏せられていました」
「そうか……。じゃあ、もしかして本当にバレていないのかな」

 妖怪の中で一番耳聡い射命丸に知れていないなら、本当に隠し通せている可能性が高い。
 ……本当に? 東風谷が昔の新聞を見せてもらうなんてことしても気付かれていないのか?

 まあ、恋人らしいことあんまりしていないもんなあ。きっかけがほとんど勢いだったのと東風谷が恥ずかしがっているのとで、それっぽいことはあんまりない。この守矢神社参拝ツアーに参加したのだって、少しは一緒に過ごす時間を増やしたいなあ〜っていう苦肉の策だし。

 ……はあ。

「どうしました、先生? 溜息なんかついて」
「……僕が溜息をつくのなんていつものことだろ」
「それもそうでした」

 納得しないで欲しい、お願いだから。


























 東風谷が、参拝に来たみんなにお茶を配るのをぼーっと見ながら、僕は適当な岩に腰掛けていた。

「どーしたもんか」

 こう、東風谷との関係をステップアップするためには。
 今の僕と東風谷の関係は、恋人(?)程度である。成り行き上、東風谷も頷いてくれたが、冷静に考えるとあの告白はあんまりだし、東風谷の返事も受け入れたかどうかよくわかんない。

 事実、今までやったことって、今日手を繋いだくらいである。

 僕も成人男性。周りから散々助平と言われるが、そういうことに興味はもちろんある。

 そこまでとは言わないが、せめてキス……とまではいかないから、デート……位はどうだ?
 周りに知られたくないというなら、誰も近づかないような……魔法の森? アカン、普通の人妖はいないが、魔理沙がいる。広い魔法の森で出会う確率など知れたものだが、しかし魔理沙は会いたくないときに限って出てきそうだ。

「よう、良也。今日は良也も来たのか」
「……諏訪子」

 思い悩んでいると、いつの間に現れたのか、諏訪子が後ろから出てきた。
 いつも思うんだが、その蛙飛びの体勢は疲れやしないか?

「まーな。暇だったし」
「早苗と一緒にいたいからかい?」
「有り体に言えばそうだ」

 およ? と諏訪子が少し驚く。

「ありゃりゃ。あっさり認めるねえ。からかい甲斐のない」
「そういうのは東風谷にやってくれ」

 東風谷は実にいい反応を返してくれそうだ。間違いない。

「それも面白そうだけど、早苗は存分にからかい倒したからねえ。少し間を空けないと、慣れて反応しなくなってもつまらん」
「……こんな神に仕えている東風谷は偉いと思う」
「心外だね。これでも、私と神奈子は日本全国を見てもなかなかの神だよ」
「そんなもんは知らん」
「失敬な。世が世なら、祟ってるよ」

 本気で怒っている風でもない様子で、諏訪子が凄んで見せる。
 しかし、見た目が幼女なので迫力がないこと甚だしい。昔の人は、こいつをどうして神として崇めたんだろう……

 もしや、日本のロリコン趣味は、太古の昔から受け継がれているのだろうか……嫌だな、そんな古代日本人は。

「時に良也」
「ん?」
「もう早苗に種は仕込んだかい?」
「ぶほっ!?」

 な、なにも飲んでないのに吹いてしまったじゃないか!

「な、な、なにを!?」
「その様子じゃ、まだみたいだね……。ったく、しっかりしとくれよ。守矢の血の存続はあんたたちにかかっているんだから」

 くっ、いつもながら、こんなナリのやつに言われるととてつもない違和感がある!

「……あのなあ。まだ結婚もしてないのに、子供とか早過ぎるだろ」
「お、ちゃんと結婚まで行く気はあるんだね。良き哉良き哉。さ、日取りを決めようか」
「急ぎすぎだろ」

 なんでここの神様共は、そんなにせっかちなのか……

「善は急げと言うだろう」
「急がば回れとも言うぞ」
「巧遅は拙速に如かず。なに、段取りは私たちに任せときな」

 ああ言えばこう言う……。
 っていうか、それを東風谷が了承するかどうか。僕との関係を公にすることすら嫌がっているというのに、結婚なんて頷くとは思えない。ていうか、本当に付き合っているってことにしてもいいのかどうか。

「はあ……」
「んん? どうしたどうした。まさか、早苗に不満でもあるってのかい?」
「いや、そーゆーわけじゃなくてだな」

 さてはて……諏訪子に話してもいいものかどうか。思い切りからかわれそうな気がするが、しかし東風谷と普段一緒にいる人間(神)の助言はためになるかも知れない。
 それに、僕と東風谷の仲を強烈にプッシュしているのだ。もしや、大張り切りで実のあるアドバイスがもらえるかも。

「……その、だな」

 僕は、本当に話してもいいのか? と自問自答しながらも、諏訪子に事の次第を話す。
 東風谷との関係が、なかなか進展しないこと。もう少し恋人らしいことをしてみたいということ。というか、そもそも東風谷って本当に付き合っているって思っている? などなど……。

「ふむ……」
「す、諏訪子?」

 黙って最後まで聞いていた諏訪子だが、聞き終わると腕を組んで少し悩み……

「……ブッ!」

 吹きやがった。

「プッ……アハハハハハハ! な、なにそれ。ヘタレだ! ヘタレがいる! 好きな女に接吻の一つも出来ないとか、情けないにもほどがある!」

 言いたい放題であった。

「ぐっ……仕方ないだろ。東風谷がなんか嫌がりそうだし」
「挙句に女のせいにし始めたよ、この男はー、ククク、あんまり笑わせないでくれ」

 ぐあ……そう言われると、反論出来ない。

 諏訪子の馬鹿笑いに、参拝に来た人里の人達の目が集中するが、幸いにも少し離れているので多分会話の内容までは届いていない、はず。東風谷が顔を真赤にしてこっちに来ないのが良い証拠だ。

「っ、く、いやいや、早苗を大切にしているんだろ? そう解釈してあげるよ」
「……今、話してとても後悔している」
「なに言ってんだい。クク……。正解だよ。そんな調子じゃ、子供が出来るまで何年かかるやら」

 別に、あと五、六年くらい子供いなくても別に外の世界的には変じゃないんだがなあ。

「しかし、そうか。道理でねえ。素材が集まらないと……」
「ん? なんだって?」
「なんでもない。さて、そういうことならどうしたもんかな」

 なんか考え始めた。
 ……もー、どーにでもなれ。




























 さんざん悩んで諏訪子の出した結論は、『まあ、今日は夕飯でも食べていけば?』という、割と真っ当なものであった。
 ……なので、人里にみんなを送り届けた後、僕はもう一度守矢神社にやってきたわけだが、

「ど、どうぞ」
「ああ、うん」

 東風谷から、食後のお茶をいただく。

 ちなみに、諏訪子と神奈子さんは夕飯を速攻で片付けるなり『二人きりにしてやるからうまいことやれよー』とまこと反応に困ることを言って、どこかに行ってしまった。なんでも、天狗たちと呑んでくるらしい。
 つまり、この家に僕と東風谷二人きりである。

 ……魂胆が見え透いている。

「ったく。二人共、そんなに焦らなくてもいいのになあ」
「そ、そうですね」

 僕の言葉に、東風谷はちょっとどもりながら頷く。
 東風谷も、あの二人が僕たちを残して出かけた理由くらい分かっているんだろう。要するにとっとと子作りに精を出して私たちを安心させろということだ。

 ずず、とお茶を啜って、東風谷をちらりと見る。

 ……バッチリ目が合った。

「!」
「…………」

 視線を逸らす東風谷に、どうしたもんか、と悩む。

 ……あれから、落ち着いて話すこともなかったし、いい機会かもしれない。

「東風谷」
「ふぁい!」
「……とりあえず落ち着け」

 僕だって誰かと付き合った経験なんてなくて、若干緊張気味だが、東風谷のそれはちょっと行き過ぎだ。
 だから、もしかして――なんて思っているのだが、

「もし、僕と付き合ってる……なんてのが嫌なんだったら、早めに言ってな? いや、なんかこう、あの成り行きだったもんで、中々嫌だって言い出せないのかと思っててさ」
「へっ!?」

 わたわたと、東風谷が手を振る。

 ……妖怪相手の時は、あれだけのクソ度胸を発揮するのに、どうしてこっちの度胸はないのだろう。

 一分くらいだろうか。慌てていた東風谷がなんとか呼吸を整えて、言葉を返す。

「いっ、嫌というわけではっ! ただその、私ってこういうの初めてでですね! どうしたらいいか、わかんないっていうか!」
「……まあ、落ち着け」

 急須から、空になった東風谷の湯呑みに茶を注ぐ。

「ありがとうございます!」

 一気しやがった。多少淹れてから時間を置いたとは言え、まだまだ熱かったろうに。

「……普通に過ごすなら、別に大丈夫なんですけど。ちょっと意識したらすごく緊張しちゃって」
「ふーん」

 なんか、顔がニヤニヤしている。
 嫌だ! って否定されなかったのと、緊張する東風谷が妙に可愛く見えてきたので。

 そんな僕の様子に気付いたのか、東風谷が微妙に嫌そうにした。

「な、なんですか先生。ニヤニヤして」
「いやー、なんかさ、うん。ゆっくりいこうや」

 テーブルの上に置いてある東風谷の手の上に、自分の手を重ねる。
 ボンッ、と擬音が聞こえそうなほどの勢いで東風谷が真っ赤になる。

 妖怪相手にはあんなに強いくせに、なんでこう、こっちには弱いかねえ。
 僕も強くはないけれど、まあ東風谷と一緒にのんびりやっていこうと思う。

「……ん?」
「どうしました?」
「いや、またなんか変な音が」

 カシャ、だかパシャ、だか。
 なんだっけな、この音って。なーんかこう、どっかで聞いたことあるような、ないような。

 相変わらずテンパっている東風谷の耳には届いていない。そんな程度の小さな音。だから、僕も聞こえはすれども、何の音かはっきりとはわからない。

 はてな?

「まあ、どうでもいいか。そうだ、東風谷。明日は暇か? 暇だったらどっか行こう。そうしよう」
「で、デートですか」
「うん、まあ、そんな感じで。他の人に見られたくないってなら、どっか人のいないところ見繕うからさ」

 うーん、どこがいいだろうねえ。無縁塚あたりは、人も妖怪も滅多に来ないらしいが、デートに行く場所じゃない。
 まあ、東風谷と相談しながら、行けばいいか。なんだったら、ここんちでのんびりしても……いや駄目だ。二柱の神様のちょっかいがウザい。

 こんな想像も楽しい。

 しばらく、沈黙が流れる。

 重ねた手はまだ離れていないので、東風谷の体温が妙に熱く感じられる。
 ここんちのテーブルはそんなに広くない。少し身を乗り出せば東風谷の顔はすぐ近くだ。

「…………」

 なんとなく、見つめ合ったままで、お互いなにをしたいのかわかっちゃった。

 少しだけ手を引くようにする。別に引っ張られたわけでもないのに、東風谷が顔を近付けた。
 僕からも距離を縮め、やがてそのふっくらした唇に――

 というところで、またもや例の乾いた音が僕の耳に届いた。

「……東風谷」
「はい、今のは私にも聞こえました」

 目の前にある顔から、ちょっと名残惜しい物を感じつつ離れる。

 障子の向こうだ。巧妙に気配を隠しているが、いかんせんレンズが見えている。こと、ここに来て、何の音かようやくわかった。
 カメラの音だ。

(わ、バレた!)
(早いんだよ、天狗!)
(その、失礼。私は最速がウリなので)

 もはや問答無用だ。

「……東風谷、やっちまえ」
「はい、先生」

 東風谷が、一枚のスペルカードを取り出す。
 幸い、障子の向こうは縁側だけを挟んで庭になっている。建物への被害は大したことないだろう。

 なに、壊れても出歯亀の神様とパパラッチに直させればいい。

「秘術――」

 そうして、東風谷のスペルカードが、諏訪子と神奈子さん、ついでに射命丸を吹き飛ばした。

















 後日――

「……おい、射命丸」
「なんでしょう、土樹さん。我ながらなかなかの記事だと思うのですが」

 僕に届けられた文々。新聞の号外――タイトルは『守矢神社の風祝と里の菓子売りの熱愛発覚!?』である――をグシャグシャにしたい衝動を抑えながら、射命丸に聞く。
 くっ、あの時カメラを破壊できなかったのが運の尽きか。

「なんだこれは」
「いやー、守矢の神様方から情報のリークがありましてですね。号外を出して公に知らせることを条件に、独占取材をさせてもらえることになりまして」

 ……なんでも、恥ずかしがって僕との仲を隠している東風谷にヤキモキした神奈子さんたちが、いっそ新聞で知らせてやろう、と画策していたらしい。
 しかし、記事に必要な『それっぽい』写真が撮れなかったため、今まで発行を見送っていたとかなんとか。

 そう言われてみると、ここんところ射命丸に『偶然』出会うことが多かったように思う……諏訪子が言っていた素材って、このことか。

「……僕は、まあちょっと恥ずかしいけど、別に構わないんだがな」
「おおっと、土樹さんからそう言われるとは思っていませんでした」
「でもな」

 あれ、あれと、ぷるぷると号外を握り締めて顔を真赤にしている東風谷を指差す。

「なに、これで早苗も覚悟が決まっただろう。はっは、決して私の楽しみのためだけに号外を出してもらったんじゃないぞ」
「……神奈子さん。見事な自白、ありがとうございます」

 向こうでは、諏訪子が東風谷をからかって、お祓い棒でビシビシ打たれている。

 はあ……こんな新聞が配られて、里の東風谷にホの字な連中の反応が怖い。それに、それ以外にも思い切りからかわれそうな気がする。

 しかしまあ、

「なんとかなるかー」

 東風谷と一緒にいるためだったら、それもまあ吝かではない、とか思う僕だった。



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