僕の初体験が、まあなんというのか……未だ認めがたいことだが、半ば無理矢理させられて、約半年。
 実は、その関係はまだ続いており、よくパチュリーから強要され――もとい、誘われている。

 まあ名目は色々だ。また精液が必要だったり、霊力不足だからちょっと寄越せと言われたり、単にストレス解消だったり……んで、断る術を持たず、なんだかんだで男の子な僕は、ホイホイと頷くのだった。
 ちなみに、こっちから誘ったことは一度たりともない。なんだかなあ……これは、どういう状態?

 という僕の考えを読んだのか、事を済ませた後のシャワーから戻ってみれば、パチュリーとレミリアが紅茶を飲みながら僕のことを評していた。

「ああ、要するに良也は情夫ってこと?」
「兼、便利な外部霊力タンクね、私にとっては」

 しかし……うわぁい、がいぶれいりょくたんくですかー。もうちょっと、こう……ねえ? なんかないの?

「あら、男にしては遅い入浴だったわね」

 ふと、戻ってきた僕に気付いたパチュリーが言う。というか、今の僕は先程の評価に対するショックで、少し脳が麻痺しているんですがー。

「……お前が早すぎるんだ」

 なんとかそれだけ返した。

 でも、確かに、同じくシャワーを浴びたはずのパチュリーは、とっくに風呂上りの気配も消えている。少し石鹸の匂いがするから、入ったのは間違いないんだろうが。

「お風呂なんて、魔法で身体を洗っちゃえばすぐよ」
「なにその自動食器洗い機みたいなのは」

 風呂くらい、ゆっくり入れよ。
 はあ、と溜息をつきながら、二人が囲んでいるテーブルの開いた席に座る。

 同時に、控えていた咲夜さんがティーカップを僕の前に置き、優雅な仕草で紅茶を注いだ。テーブルの真中に鎮座しているクッキーを一枚齧り、紅茶を一口飲む。

「しかし、改めて思うけど……パチェと良也がねえ。まあ、好きにすればいいけど。でも、フランの教育に悪いから、露出プレイとかはやめてね」
「するかっ!」

 というか、最中は必死すぎて、特殊なプレイにチャレンジする余裕など微塵もない僕である。
 つーか、興味がない……は流石に嘘だが、言い出す勇気なんぞない。

「で、良也。パチェの味はどう?」

 聞くんじゃねえ。
 貝のように口を噤んで、紅茶の味だけに集中する。うーむ、咲夜さんの紅茶淹れは、相変わらず絶品だなぁ。あっはっは。

 ……現実逃避し切れない。

「ふん」

 僕が答える気がないことを悟ったのか、レミリアが面白くなさげに鼻を鳴らした。しかし、直後にニヤっと嫌な予感のする笑いを見せ、パチュリーに向き直る。

「じゃ、パチェ。良也の味はどうなの?」
「そうねえ、悪くはないけど、良くはない……ってところかしら。経験が浅いから拙いことは拙いけど、青さと必死さが結構面白いわ」
「ぶふっ」

 むせた。

「答えるなよ……」

 無言でハンカチを差し出してくれる咲夜さんに感謝しつつ、力なくツッコミを入れた。
 前々から思っていたが、妖怪って連中はどうしてこうも恥らいとか貞操とか、そーゆーの大切にしないんだろう。

「ま、癖のない霊力の味は、房中術には丁度良いけどね。その意味では上等よ」

 性交による霊力の授受は、魔術世界では極々一般的なこと……らしい。
 最近、パチュリーは自分と僕の二人分の霊力を勘定に入れて実験とかをやるから、こっちに来ると二回に一回くらいは取られる。霊力だけなら、妖怪連中と比べてもそう見劣りしない上、僕の属性が属性だから、吸収しやすいらしい。

 吸収とか言うな、と思うが、逆らえなくなっている。

「ふぅん」

 面白げに僕の反応を観察するレミリア。まあ、こっちはこっちで、パチュリーと同じくそういうことに対する耐性もあるんだろう。幼女のくせに。
 まあ、恥ずかしいのは確かだが、どうせ逆らっても無駄だからそっちはいいとして……個人的には後ろの咲夜さんの反応が怖い。なにせ、彼女は変なところもあるが人間の女性なわけで。

 ちらり、と彼女の顔を観察してみると、いつもの澄ましたメイド顔。わたくし気にしていませんのことよ、というポーズか、それとも素か、判断がつかない。

 が、どちらにせよ、咲夜さんの姿勢には見習うべきものがありそうだ。いちいち反応するからレミリアは面白がる。なにを言われても、どんなエロトークをされようとも、泰然として反応しなければ……

「ちなみに、モノの大きさはどう?」
「そうね「答えるな! ……って、言うか答えないで下さいお願いしますっ!」

 流石に止めた。



























 『私も味見してみようかしら』と、やたら妖艶な仕草で唇を舐めるレミリアから逃れるように図書館に来た。
 頼むから、冗談でもああいうことは言わないで欲しい。僕にロリのケは一ミリたりともない。はず。と言うか、それ以前の問題として、レミリアが出来るとも思えない。

 思えないんだけどなあ……吸血鬼だしなあ、とよこしまな方向に行きそうになった思考を無理矢理軌道修正して、自分の机に向かう。そして、読みかけの分厚い本を開いた。

 元々、僕は自衛出来るように魔法を覚えだしたわけで、基本的に今までは実戦で使える小癪な技をメインに覚えていた。勉強はそれなりにしていたが、あくまで魔法の威力向上だったり効率のアップだったりするための『勉強』に過ぎなかった。

 それが、最近では、とある目的のため、まだまだ駆け出しながらも『研究』をするようになってきた。

 魔法使いがどういう目的で研究をするのかというと、パチュリーの言うところによると、そんなもの個人個人によって色々らしい。

 世界の真理を追求する者、単純に力を欲している者、お金を稼ぐための手段とする者、代々受け継がれてきた秘術を伝える者……。

 前の僕は、この区分だと言うまでもなく二番目となる。
 ちなみに、パチュリーは知識を求めることそれ自体が目的であるため、とりあえず色々手を伸ばしている。自分の身を守るため、また力で知識を獲得するために様々な合成魔法や賢者の石の再現までやってるが、余録に過ぎないらしい。……まあ、幻想郷に来て、弾幕ごっこに楽しみを見出すようになったとかなんとかも言っていたが。

 ……ちょっと特殊な例過ぎるな、我が師匠は。

 とにかくだ。研究を進めるためにも、僕の目的をはっきりさせる必要がある。
 例えば、アリスは『完全に自立した人形の作成』という立派な目的を持っているのだ。だから、人形を作り、また魂とかそんな感じの研究をしている。

 んで、僕の目的っつーと……

 パチュリーに認めてもらうこと。

「……うわっふ」

 変な声が出た。
 ……自分の目的を再確認しているとこれだ。ていうか、恥ずかしくて人様に言えたものじゃない。

 とりあえず、対外的には『魔法にもっと興味が出てきた』で通している。バレてはいない……と、思いたい。

 とにかく、パチュリーが目的なので、あいつの近くに行けるよう、今僕がやってるのは彼女の後追いだ。興味を持ったら別のことにも手を出しているが、基本的に研究の手伝いとか出来るようになれればいいなあ、って下心がメインなので、パチュリーの残した魔導書を読み解くところから始めている。

 ……これがまた、時期によって書いている言語が違うので、七面倒臭いのだが。

 というわけで、別にやってることが大げさに変わったわけじゃない。一緒に研究をしたり、また魔法についてパチュリーと話すために、前提として必要な知識はあまりにも膨大だ。
 現在はパチュリーの成果を読み、簡単な実験をして検証している程度。変わったことと言えば、本の選択が合成魔法とかの実践系から理論よりに変わったくらいだ。

 魔理沙みたいに、そこらのキノコの反応を見て直感で新しい魔法を作るような感性があればなあ、と小難しい理論を読み解きながら、少し思う。そうすれば知識がなくても、きっとパチュリーにとって実のある助言が出来るだろうに。

「……というか、あれは反則だろ」

 本人にも、半ばどうしてそんな効果が出るかよくわかっていないこともあるのに、どうして魔理沙の魔法はああも凄まじいんだろう。あの天才性の一割でもいいから僕に分けて欲しい。

 ラテン語で書かれた魔導書を読みつつ、解釈を手書きでノートに纏めるという、この上なく地味な作業をしながら、溜息をつく。

 そんな感じで三十分も進めていると、集中してきて、余計なことも考えなくなっていく。
 この、雑念が抜けて、真摯に魔導書に向き合う状態は結構好きだ。僕って思ったより真面目キャラだったんだなあ……

「そこ、間違っているわよ」
「へ? どこ?」
「ほら、ここ」

 と、後ろから手を伸ばされる。……っていうか、

「パチュリー!?」
「なに驚いているの。私が自分の図書館に来ちゃ悪い?」
「い、いや、別に」

 いきなり、背中越しに触れられたから驚いただけで。

「それより、ほら、そこ。魔導書の解読の部分から間違ってる。もうちょっとラテン語を勉強しなさい」
「……へぇい」

 言われたところを見直してみると、確かに僕が翻訳間違いをしていた。
 でもねえ、辞書ありとは言え、結構スラスラ読めるようになっているところを評価してもらいたいもんだ。なんだかんだでラテン語、ギリシャ語、ドイツ語、あと微妙だけどフランス語あたりは、辞書ありなら読み書きできるようになってるぞ。語彙がありえないほどに偏っていて日常会話はほぼ出来ないってところを除けば。

「ところで、一ついいかしら?」
「んー?」

 そういえば、パチュリーが、研究の最中に話しかけてくるのは珍しい。基本的に、研究しているところに割って入ることはまずなく、用事がある時も一息入れているところを見計らって話しかけてくるのに。それも、僕の魔法への姿勢が変わってからの話だが。

「さっきの話をしていて、思ったんだけどね」
「嫌な予感がするんですが」

 さっきのって、エロいことを言っていたことしか思い出せねえ。

「私を抱くのが嫌なら嫌と言いなさい。最初にしたときは、貴方も気持ちよくなるんだからいいでしょうとは言ったけど、今はそんなことは言わないわ。『取引』の材料は必要なら別に用意するから」
「……あのなあ」

 なにを今更。
 ……まあ、これも、僕を魔法使い見習いの端くれくらいには認めてくれたから言ってくれているんだろうが。

「嫌じゃないから困っているんだけど」

 気持いいのは確かだし、回数を重ねて忌避感も薄れている。出来ればここで、パチュリーも損得抜きになってくれると万事問題はないのだが……

「そう。それは重畳。まあ、この図書館を使わせていることが対価ってことでいいのかしら」
「……もうそれでいいよ。好きにしてくれ」

 それは、まだ叶わぬ願いだ。

 普通に付き合ってくれたら、僕はとてつもなく嬉しいんだけどなあ。前言っていたのは、確か『五十年後には考えてあげる』だったか……長いねえ。まあ、その間、一緒にいるためにも、僕は今頑張っているわけなんだけど。

「ええ、好きにさせてもらうわ。好きにしていいのね?」

 パチュリーの目が、好色なものになる。
 ……いかん、適当なことを言って地雷を踏んだかもしれん。































 ……地雷が見事に爆発して、好きにされてしまった後の寝物語で、

「そうそう、次の研究『世界』について調べようかと思っているんだけど、良ければ一緒にやる?」
「……なんだ唐突に」

 汗で湿ったシーツがちと気持ち悪い。替えようにも、流石に小悪魔さんを呼ぶのはアレだし……まあいいか。ダルい。

「というか、話がでかくないか?」
「その『世界』を一から作る能力者がいるんだもの。一度挑戦してみたいテーマだったしね。まあ、取っ掛かりだけでも見つかれば、程度の話だけど」
「いや、手伝うのは別に構わないけど、それって単に僕に実験台になれって言っているんだよな? 確認だけど」

 解剖とかされないなら別に構わないけどさ。それって『一緒に研究をする』に該当する行為なのか?

「違うわよ。こと、これ関係だと、貴方の直感の意見も重宝するから。足りないところは補うわ。どう?」
「どう……って、今やってるのもあるし……」

 本音では、一にも二にもなく頷きたいところだったが、足手まといになるのが怖くてなかなか返事が出来ない。
 ああ、もう……。

「そう? てっきり、私と一緒に研究がしたいんじゃないかと思っていたんだけど」
「ぶっ!?」

 バレテーラ。
 い、いや、まだバレていると決まったわけじゃない。今の反応でトドメを刺した気もするがっ!

「な、なんの話かわからないけど、手伝いが必要ならいいぞ」
「素直じゃないわねえ」

 うっせい。



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