炬燵はいいよね。日本人の心だよ。 「そう思うだろぉ〜?」 「にゃー」 炬燵の中で丸くなっているお燐を足でぐりぐりすると、中から気持ち良さそうな鳴き声が聞こえてきた。 ここは地霊殿。その居間。 神奈子さんを始めとした山の連中の総力を結集して作り上げた『間欠泉地下センター』が完成し、山の麓から旧地獄跡まで一直線に来れるようになって、僕は頻繁にこの地底の屋敷に顔を出すようになっていた。 や、ほらそこはそれ、和むので。 なにせ、ここの当主は、他の家の当主とは比べ物にならないほど優しいからな。しかし、だというのに、皆さんからは嫌われてるんだよなあ……。 「しかし、地底は暑いイメージがあったけど、炬燵は出しているんだな……」 「まあ、季節は冬だからねー。季節感は大事だよ」 炬燵の天板に上半身をぐだーっ、と預け、みかんをもぐもぐしているこいしが答えた。 「このみかん甘いー」 「外の世界のスーパーで買ってきたお徳用ダンボールだ」 やたら安かったもんで、買ってきた。博麗神社にも一箱置いてきたから、今頃は神社に集う人外どものエサになっていることだろう。 ああ、しかし、炬燵でみかんは最強の組み合わせだな……。 「そこの人間。これ剥いて」 「……お空。みかんの皮くらい自分で剥け」 「だって、この手じゃ剥けない」 と、核融合の制御棒と化した右手をひらひらさせて口を尖らせる地獄鴉。……難儀な。 「っていうか、元の手に戻せばいいだろ!」 「面倒くさいもん」 め、面倒なものなの? しかし、だからといって他人に皮を剥かせる根性はいかがなものか。 とか言いつつ、ちゃんと剥いてやっている時点で、僕も甘いなあ。 「ありがと。あ、そうそう。その白い筋もちゃんと取ってよ。えっと、ええっと……土なんとか」 「――っ! 人の名前も覚えていないようなやつに、くれてやるみかんはねえ!」 剥いたみかんを自らの口に放り込む。 甘酸っぱくて美味い。ちなみに僕は白い筋は取らない派だ。面倒くさいから。 「ああっ!?」 「ふふん。お前はこの微妙に皮が腐り始めているのでも食っておけ」 「いらないよ、んなもん! なに? 消し炭になりたいの!?」 制御棒を僕の眼前に向け、ミョインミョインとなにか霊力的なものをチャージし始めるお空。 や、やべ。こんなことくらいでキレるなんて沸点低すぎる! 「なにをやっているんですか、おくう」 と、僕の後ろからかけられた声に、お空は慌てて制御棒を背中に隠し、誤魔化しの笑みを浮かべた。 「さとりさん」 「迷惑をかけましたね、良也さん」 振り向くと、案の定苦笑しているさとりさんがいた。彼女が睨みを聞かせると、お空は叱られてる子供のように縮こまってしまう。 ……やれやれ。主人の言うことはちゃんと聞くんだよなあ。よく躾けられたペットですこと。 あ、お客に噛み付くのは、よく躾けられているとは言わないか…… 「とりあえず、夕飯の支度が出来ましたよ。おくう、お説教は後です」 みかんの入った菓子鉢がどけられ、代わりに鍋敷きが置かれる。 当然、その上に乗るのはお鍋だ。家庭用のでかい土鍋を、しっかりとミトンを使って運んできたさとりさんが置く。 蓋を取ってみると、それはそれは芳しい鍋の匂いが部屋中に溢れた。 「鍋かあ、鍋いいよね、鍋」 みんなでつつく感じが良い。流石に魚介はないけど、山の幸は豊富だ。妖怪の山から直送である。便利だ、間欠泉地下センター。 「はい。今日は冬らしく、寄せ鍋地獄風味です」 「……地獄風?」 「地獄跡の熱で煮込んだので」 ……えー。それで地獄風? っていうか、それってお空が熱した残り火じゃないか、ただの。 「もちろん熱燗もありますよ」 「さ、食べよう」 一瞬でどうでも良くなった。 この鍋を肴に一杯は、どう考えても地獄だとかなんとかなんてのより、全然重要だ。 「さ、良也さん」 「ども。……んじゃ、さとりさんも」 「ありがとう」 ここんちでは、幻想郷にしては珍しく、呑むのはさとりさんだけだ。お燐は呑めることは呑めるけどマタタビの方が好きだし、お空は呑むと鳥頭に拍車がかかるので核融合の力を手に入れてからはあまり呑ませてもらえない。こいしは……その日の気分によって、呑んだり呑まなかったり。。 他のペット連中は、『結構強い動物』クラスのヤツが殆どなので、そもそもアルコールを呑むことはない。 まあ、お空やこいし辺りが呑むと、とんでもねえことになりそうなのでこれでいいのだ。 さて……燗の付け具合も絶妙だし、さとりさんの鍋も美味いし。今日も呑みすぎちゃうかもな。 くっ、とぐい飲みに入った熱燗を飲み干す。 既に、銚子は七本ほど空になっている。自分の顔は見れないから分からないが、さとりさんの頬もほんのり桜色に染まっている。 「大分酔ってしまいました」 「……ほろ酔いにしか見えませんが」 これだから妖怪は。不経済なんだから。 「さとり様」 「なに、お燐? ああ、おじやね。丁度いいわ。燗してたお酒もなくなったことだし」 さとりさんがだしを残して綺麗に空になった鍋を持って、いそいそと台所に向かう。 ……お燐のほうは何も言っていないのに。心を読んだな。 敵対する相手には、揚げ足を取ったり弾の軌道を読んだりくらいにしか使っていない心の眼だけど、普段はこうやって使っている。 お燐はともかく、他のペットたちは言葉足らずなヤツも多いので、言わなくてもわかってくれるさとりさんはとても懐かれているのだ。 「……うーん、なんていうか、もったいないねえ」 もうちょっと心の綺麗な人ばかりの世界なら、さとりさんも、ついでにこいしも、もっと生きやすい世界だったろうに。 いや、相応に心が穢れていることを自負する僕としては、なんともしがたいところなのだけれども。 「なにがもったいないの?」 「いや、心を読める力なんて、けっこう凄い能力なのに、嫌われるのがさ」 「嫌われるのは当然だわ。隠したいことも隠せない。自分は相手が考えているのがわからないのに、こちらは筒抜け。これでまともな関係が築けるわけがない」 第三の眼を閉じたこいしが言う。 「良也だって、知られたら嫌になることの一つや二つあるでしょ?」 ふむん。まあ、もちろん僕にも隠したいことの十や二十や百は当然のようにあるが。 でも、僕の場合、隠していると思っていても、実はバレバレだったりすることが多いからなあ……実は大したことないんじゃね? いやさ、でも。しかし、アレとかアレとかアレは、流石に知られるのは困るというか困る。 じ、実はバレバレだったりしないよな? 「ハハハ……」 「その表情だけで十分よ」 くっ、こ、こんな幼女に心情を見透かされるとは。流石幼いとはいっても覚ということか。 なんか、ものすっごい敗北感を受け、こいしから視線を逸らした。……うう。 「いや、しかしお兄さん。お兄さんがもったいないとか言うから、あたいはてっきり嫁に行っていないことかと思っちゃったよ」 「……ああ、それもあるなあ」 と、言うか、僕が会う幻想郷の女連中は、結婚しているヤツの割合が異様に低い。って言うか、いない。 妖怪だから、って理由もあるんだろうけど、でも知性のある妖怪は人間や他の妖怪と婚姻することもあるらしいんだが。森近さんは半妖だし。 まあ、他の連中は性格のせいとして。さとりさんは問題ないと思うんだけどなあ。結構美人……いや、可愛いし。 「それも、心を読む力のせいかな。確かに、もったいない」 「ん? お兄さん、あたいたちのもう一人のご主人様になるの?」 「ん〜、どうだろうねえ。それは魅力的な選択肢だけど」 「んじゃ、結婚しちゃいなよ、結婚。お兄さんなら、あたいは文句ないよ」 マタタビ持ってきてくれるしー、と実に現金なことを言うお燐。 うーん、しかし、さとりさんと、かあ。思いつく限り、かなり良い相手だよねぇ。 「それも悪くないかもねえ」 ちょっとドッキドキですよ? 「私は反対だよ!」 傍から聞いていたお空が、『がー!』と激昂して、食事のために元に戻していた手を制御棒に戻す。 「覚悟、破廉恥人間、土なんとか!」 「だからいい加減、僕の名前を覚えろ!?」 その眼に本気の色を見て取った僕は、我ながら惚れ惚れするような動きで戦闘(逃走とも言う)態勢を取った。 「ちょっとした冗談だろ!? なに本気にしてんだ!」 「冗談だったの?」 「ったりまえです!」 何故か残念そうにするお燐に慌てて答える。 これで収まるか、とも思ったけど、お空はもはや聞いちゃいないようだった。 「喰らえ! 核熱『ニュークリア……」 洒落にならねえ!? お燐やこいしはともかくとして、僕はこの部屋ごと蒸発するぞ!? 「だから、貴女はなにをやっているんですか」 と、そこへおじやを持ってきたさとりさんが、土鍋で突っ込みを入れた。 「いたっ!?」 鍋の底面で頭を打たれたお空は、大した衝撃でもないだろうにへなへなと崩れ落ちた。 「まったく。ちょっと眼を離すと、すぐに暴走するんだから」 「うう〜、だって、この人間がさとり様を〜」 ……お空め、どうあっても僕の名前を覚える気はないようだな。 「はいはい。聞いていましたよ。でも、そんなの良也さんだって迷惑でしょう」 「え……、さ、さとりさん、聞いてたの?」 「あれだけ大きな声で話していれば、それは聞こえます」 ですよねー! うっわ、やっべ。なんか凄い恥ずかしい。酔いのせいだけではない頬の赤らみに、気付かれなきゃいいけど。 「さ、とりあえず、おじやを頂きましょう。熱いうちの方が美味しいから。良也さん、お酒のお代わりも持ってきましたからね」 「おおっ、ありがとう」 いや、まだちょっと足りないんだよね。しかし、おじやも美味そうだ。 ……なんてポーズをとって、なんとか誤魔化す。いや、あんな話をさとりさんに聞かれていたら、そりゃ恥ずかしいよ。 でも、さとりさんのほうはなんとも思っていない様子。 ……うーん、そりゃ何百年も生きてるんだろうし、しかも心を読めるんだから、僕みたいな小僧なんて恋愛対象になりゃしないんだろうけど。 ちょっとだけ、悔しいかもね。 と、言うわけで夜這いに来てみた。 「……………」 「……………」 布団にもぐりこんだ僕は、ぱちりと目を覚ましたさとりさんと眼を合わせる。 いや、言い訳させて! 夜這いとかじゃないから、本当は! ちょっとお茶目で思っただけだから! あの後、また呑みすぎちゃってさ! 思わず寝ちゃって、夜中にちょっとトイレに起きて! そんで、寝ぼけてるしまだ酒は残っているしで、帰る部屋を間違えただけなんだよ、いや本当! 布団に入るまで気付かなかった僕も僕だけど! これで一気に意識が覚めたよ! なんかあったかいし、ちょっとだけ触れてる体は柔らかいしで、どーにかなっちゃいそうだけど――! なんて、混乱しながら思考を回転させる。ものすごい空回りだ。 「え、えっと、その、ですね」 「……ふう。とりあえず、離れてもらえますか」 「は、はい!」 さとりさんの命令に、硬直していた身体は瞬時に自由を取り戻し――いや、自由は取り戻していないな。勝手にさとりさんの命令に従って、飛び起きた。 なにやら、体が勝手に正座の姿勢を取る。背筋がピンと伸び、不動の体勢だ。 そんな僕を尻目に、さとりさんはゆっくりと身体を起こし、眠気を覚ますように、二度、三度と首を振ると、ちゃんと座って僕と正対した。 「良也さん。私はこれでも覚。……男の欲望については、よく理解しているつもりです。年頃の男の頭の中が、そういうことばかりなのも、世の中にはいろいろな性癖があるということも」 「いや、あの、その……ね?」 のっけから、勘違いしていると断定できることを言い始めた。……い、いや、だからちょっと部屋を間違えただけ。 そ、そりゃー、ラッキー、というか、役得ー、というか、うっわ、いい匂いだー、とか、思ったけど。思っただけで、別に変なところを触ったりしていませんよボク! 「私自身に油断があったことも事実でしょう。ですから咎める気はありませんが……自重してください。そういうことをしたいのなら、色町にでも行けばいいでしょう」 い、色町は人里にはないなあ。まあ、外に行けばそりゃあるが……金がかかるし、流石に初めてがそれってのはちょい抵抗がある。 って、んなことはどうでもいい。 「だ、だから間違いだって!」 「……間違い?」 ピクリ、とさとりさんが反応する。 あ、あれ? なんか今まではそんなに怒っていない雰囲気だったのに、なんか物理的に窒息しそうなほど息苦しくなってきましたよ? 「そうですか。では、誰に夜這いをかけるつもりだったの? やっぱり、お燐? それとも、おくう……はないわね。もしかしてこいし? うちの子達は、その辺無防備だから、それは楽に篭絡できたでしょうね」 い、いや。その面子で僕が篭絡できそうなのは、かろうじてお燐くらいなんだけど。っていうか、そういう意味で篭絡しようとは思わないけど! な、なんか僕に対するさとりさんの信頼度が、今まさに地に落ちた感が……も、もしかして、自分にはなにされても大丈夫だけど、親しい人を傷つけられると怒るという主人公的性格だったのか、さとりさん。 って、違うから! 「いやその。間違いってのはそうじゃなくて、トイレ行ってて、帰る部屋を間違えたってことで……」 しどろもどろに言い訳をする。 大体、仮に夜這いをかけるような度胸が僕にあったら、その対象はさとりさんだ。間違いない。 「こういうとき、貴方の力は厄介ね。嘘を言っているのか、本気なのかわからないわ」 「全然信じていませんね?」 「五分五分よ」 五分五分……半信半疑まで信用度が落ちている。 あ〜〜、う〜〜 「あ、あ! そうだ。さとりさん、心を読めるんでしょう? なら、僕、今能力を解きますから、確認してくださいよ。それなら、疑いはいっぺんに晴れるでしょ」 そうだそうだ。それで万事解決。 「……そうだけど。本当にいいの?」 「いいです、いいです。誤解されたままの方が嫌ですし」 さとりさんとは、いい友人のままでいたいのだ。地霊殿は……お空の鳥頭には少々辟易するけど……とても居心地がいいし。その居心地のよさは、きっとさとりさんのおかげだし。 おかげで、最近は幻想郷に来るたびに、ついつい通ってしまうほどだ。 「でも、貴方の心が全部わかるのよ? そりゃ、昔の記憶なんかは時間をかけないと読めないけど。でも、普段貴方が意識していないようなことまで読めてしまう」 「う……。今回の件の真偽だけ読むってのは」 「難しいわ」 そ、そりゃ怖い。怖いけど……でもまあ、そんなに嫌われるようなこと、考えていないよ、な? それに、なんか変なこと考えてても、よっぽどじゃない限りきっとさとりさんはスルーしてくれるだろうし。 「……わ、わかりました。今解くんで、どうぞ」 意図して、自分の周囲にある『自分の世界』をなくす。途端、それまでの温室のような気温から、冬に相応しい寒気が肌を襲う。 と、同時に、さとりさんも僕の心を読めるようになっただろう。 無心だ。無心になれ、僕。下手なことを考えて、あれとかあれとかバレたらことだぞ。 んなことになったら地霊殿立ち入り禁止とか言い渡されるかも! い、いや、それならまだしも、その、なんだ――嫌われる! 「も、もういいですよ」 「へ!?」 もう!? うっわ、早いけど、でも早いところ能力を―― 「……ふう」 またしても、心地よい温度になって、僕は一息ついた。 な、なにを読まれたのかはわからないけど、とりあえずこれで一安心……か? 「誤解は解けました?」 「え?」 さとりさんは、なにか考え事をしていたらしく、僕が尋ねるとちょっと慌てたようにした。 「え、ええ、勿論。まったく、貴方はドジというか、なんというか。この屋敷に泊まるのも、もう二桁に達しているというのに」 「まあ、そうですけど……」 今回のように呑みすぎて止めてもらうのも、もう慣れたものだ。帰りの部屋を間違えるなんて、なんたる初歩的ミス。 「と、とりあえず、早く部屋に帰ってください。こんな深夜に二人きりだと、あらぬ疑いを受けますよ? 私は構いませんが、貴方は……」 「さとり様? なにを騒がしく……」 目をしょぼしょぼさせながら、なぜかお空が現れた。 ――なんで!? 鳥目の癖に、夜に出歩くんじゃない! お空は僕を見つけると、見る間に目が吊り上っていった。 「あんた……」 「誤解だ!」 言うと同時、僕はお空の脇を通り抜け、逃げ出す。いや、もうことここまできたら、どれだけ言い訳しても聞き入れてもらえるとは思えねえ! 「待ちなさい!」 「待てと言われて待つやつが……」 あ、いかん。お空のやつ、なんかビーム狙ってる。 その夜。 地霊殿から、一条の閃光が、地底の天井向けて放たれたとかなんとか、後で聞いた。 「ふう」 「どしたんですか、さとりさん」 次の日の朝。 お空のビームが掠めて左腕が消滅したものの、一時間で生えてきた自分の身体に『イモリか? いや、むしろピッ○ロさんか?』なんて感想を抱きつつ、朝食後のお茶を頂いていた。 でも、なんか今朝はさとりさんの様子が変だ。珍しく朝寝坊したし、朝ご飯の味付けをちょっとミスってた。 そして、このため息だ。 僕でさえ変だと思うんだから、一緒に暮らしているお燐やお空はかなり心配している。でも、理由を聞いても『なんでも』としか答えない。 「どうしたんですか? 風邪ですか? なら、あたい、ひとっ走りヤマメでも呼んできましょうか」 ヤマメは、『病気を操る』なので、病気をかけるのも治すのも自由自在だ。下手な医者よりいい。 「病気なんかじゃないから、安心して」 「なら、やっぱりあんた?」 さとりさんが否定すると、お空は僕のほうを向いて、剣呑な視線を送ってきた。 「違うって! 僕は何もしてないから! 腕一本だけじゃ不満か!?」 昨晩、さとりさんから説明されて、納得してただろ。 腕もそうだが、僕の寝巻きの左の袖も焼けてなくなっちゃったんだからな。しかも、こっちは腕とは違って勝手に生えてくるもんじゃないし…… 「腕? 何の話だよ!」 「覚えていろ、頼むから!」 ええい、鳥頭めぇ。 「ありがとう、おくう。でも、本当になんでもないから」 「はあ……さとり様がそう仰るなら」 やっとこさ、お空が引き下がる。……やれやれ。 「でも、本当。なんかあったんですか?」 「貴方は気にしないで。午後には外の世界に帰るんでしょう?」 なんだかなー。お空じゃないんだけど、僕に対応する時だけ、なんか微妙に視線を逸らされているような気がするんだよね。 自意識過剰と言われたら、否定する要素はないんだけど。 「あ、あの。本当に、僕なんかしませんでしたか? 気付いてないだけで、変なことしちゃったとか」 昨日、呑んだ最後の方だと記憶がちょい曖昧だから、不埒なことをした可能性は否定しきれない。 「大丈夫だから」 「いや、でも……いや、わかりました」 それ以上追求しても、答えてはくれないだろう。さとりさんみたいに心を読めるわけでもない僕は、なにも言われないとどうしようもない。 もう少し洞察力とかあれば、スキマみたいにわかるのかもしれないけどなあ。 あ、心を読むと言えば。 「そ、その、さとりさん? 話は変わるんですが、昨日僕の心読んだじゃないですか。な、なんか変なこと考えてたりしてませんでした、僕?」 ……なぜそこで視線を逸らす? もしかして、原因これ? 「ちょ!? な、なんですか? 一体僕の何を読んだんですかさとりさん!? さとりさーんっ!」 あれか!? それとも、あれか? もしかして、押入れの奥に大事にしまっているアレとかか!? い、いや。エロ方面だけとは限らない。もしかして、ベロンベロンに酔っていた霊夢に悪戯したことか? 酒と称して味醂を飲ませたんだが……だって、明らかに呑みすぎだったから。 「と、特に何も。特別なことはありませんでした」 「どもってるじゃないですか!? い、一体なんですか?」 そんな態度で、なにもなかったと言われても安心できない! 「あれ? お兄さんの心は読めなかったんじゃなかったっけ?」 「いや、昨日の夜、ちょっとしたことがあってな……」 「ああ、あの時?」 お燐は最初は起きてなかったけど、お空のビーム砲で飛び起きてきたからな…… 「なに? あんた昨日の夜、なにしたの」 「お空、お前はもう黙ってろ」 頭が痛くなってきたので、お空の口にみかんを放り込んで黙らせる。 「……で? 一体?」 「この件については話すことはありません」 ぷい、とさとりさんが顔を背け、第三の眼も明後日の方向を見ている。 な、なんだろう。 釈然としないものはあったものの、結局さとりさんが話してくれないからどうしようもない。 帰る時間になっちゃったし、僕は諦めて地霊殿から飛び立―― 「良也」 「ぬぉうお!?」 とうとしたら、いきなり目の前に女の子が現れたので、びっくりしてひっくり返った。 「こ、こいし……か? 心臓に悪い登場をするな」 「そう? ずっと良也のすぐ近くにいたんだけどな」 すぐ近くでも、能力範囲外だろ。なら、僕が気付けるはずがない。弾幕とか出しているならまだしも、息を潜めているこいしを発見できる奴は少数派だ。 「それより良也。お姉ちゃんに心を読ませたって本当?」 「あ、ああ。本当。……っていうか、あの時も居間にいたのか」 道理でダンボールみかんの減りが早いと。 「ふーん。心を読むことにつけては百戦錬磨のお姉ちゃんがあんなになるなんて。良也の心象はどんなのかしら」 「……自分で言うのもなんだが、極平凡な人間のものかと」 「平凡な心でお姉ちゃんを動揺させるなんて出来ないわ」 平凡どころか、多少非凡程度じゃどうにもならんだろ、あの人。霊夢の心を読んでも平然としてたんだぞ。 だから、まさか僕の心を読んだことが原因とは思わなかったんだ。 「興味あるなあ。ねえ、どんなことを考えていたのか話してよ」 「いや、んなこと言われても。あの時は、夜中に部屋に入った言い訳を……。あとは、それ以外考えないよう、無心に」 だったよな? うーん、さとりさんがビックリするような内容じゃないと思うけど。 「それだけじゃないわね。考えまいとしても、人間には無理よ、そんなの。自覚してなくても、なにか変なことを考えていたに違いないわ」 「ほう、流石元心を読んでた妖怪」 「気になるなあ」 ん? なんか、こいしの閉ざされた第三の瞳がピクピク動いてるぞ。 「なあ、もしかして、心を読んでみたいとか思ってる?」 「え!?」 びっくりしたように、こいしは自分の胸元の瞳を見た。 「う……そ、そんなことないもん」 「嘘つけ」 嫌われたくないから心の眼を閉ざしたそうだが、それと興味を天秤にかけて、興味のほうに傾いたか。 どうすっかなあ。そういえば、さとりさんにこいしについて頼まれたこともあったし。まあ、頼まれごととは関係ないかもしれないけど。 「なあ、こいし」 「なに?」 「これは独り言だが、僕今から十秒だけ能力を解除する。その間は、心を読めるな」 「ええ!?」 なんか、凄く悩んでいる。よほど姉の異変について気になるんだろう。 僕はというと……まあ、僕にも心を読まれるリスクはあるけど、こいしが自分の力を少しでも認められるならまあいいか、と思う。さとりさんも、気にしていたしな。 「じゃ、解くぞー」 「ちょ、ちょっと待って!」 待たない。能力を解く。 途端に、近くにいたはずのこいしを危うく見失いそうになった。この能力がなかったら、無意識で行動する故に凄く影の薄いこいしは、よほど意識しないと見失ってしまう。 一、二、三、とゆっくり数を数える。 ……八、あたりで、少しだけこいしの第三の瞳が半目になった気がした。 「よし、と。十秒たった」 能力を再起動する。同時に、その範囲にいたこいしの存在が鮮明になる。 「よ、こいし。少し眼を開いてたみたいだったけど、読んだ?」 「……ちゃんとは読めなかったけど、少しだけ」 お、少しでも読んだんだ。良い傾向だ。 しかし……気になる。僕の心をちょっとだけ見たというこいしのその顔は、なんか呆然としているようだった。 ……え? 本当に僕の心って、そんなみょうちきりんなの? 「こいし、なんか問題でもあったのか?」 もしかして、僕は自分では普通と思っているが、実は普通じゃないのか? い、いやいや、そんなことはないはず。むしろ、こっちの連中が普通じゃなさすぎて、逆に普通の僕が珍しいとか? うん、それならわかる。 「そうじゃないけど……お姉ちゃんが変な原因、わかった。っていうか、わかりやすすぎ」 「うん? そうなのか?」 はて? さとりさんが変になるような考え、僕は持っていないが……。 「一体なに? うーん、そんな、さとりさんを傷つけるようなこと、考えていないと思うんだけど」 「傷つけるって言うか……ねえ、良也」 こいしが、呆れたように言った。やれやれ、という心の声が、僕にも聞こえるような態度だった。 「あんた、お姉ちゃんのこと好きなのよ」 いやいやいやいや。 違――わないけど、そんなまさか。 なんて、心の中で言い訳してみるも、そもそも心を読んだらしいこいしが言い切っているのだ。どうやらそうらしい。意識の表層に出てないだけで、覚からみればバレバレだそうな。 んで、一度自覚したらもう駄目だった。駄目駄目だった。顔は赤くなるは、胸がドキドキするわで、もう大変。 阿呆か、僕は。小学生じゃあるまいし。好きなことを気付いていないとかどんだけだ。 「自分の心は一番わからないものだから。私たち覚でもね」 なんて、こいしは言っていたけど、いやー、でも流石にこれはないっしょ? しょ? なんて思いつつも、否定しきれず、外の世界に帰ってからも、悶々と過ごした。 んで、翌週。 いつものように地霊殿に来た僕は、さとりさんと顔をあわせるなり、自分でも分かるほど真っ赤になって顔を逸らした。 ……いかんいかん、と思いつつも、多分さとりさんも僕の態度でなにかを察したと思う。 でも、年の功か、彼女の方は一週もあれば十分以上に落ち着いていて…… 悔しかったので、ヤケ酒した。 「あ、どうぞ」 「ありがと」 で、僕はまたさとりさんと酒を酌み交わす。 ……その日は、いつも座っている位置から、ほんの少しだけ近付いてみた。 嫌がられはしなかった、と思いたい。 まあ、結局。口に出して告白して、オッケーをもらえたのは……それから何十年か経った後の話だったけど。 |
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