魔理沙が来て、霊夢と僕と、三人でお茶を飲む昼下がり。 よくある風景。幻想郷に来たら、二回に一回はこういう状況になる。まあ、隣に霊夢がいるのは毎度のことなのだが。 「……なあ、良也。そういえば、前々から聞こうと思っていたんだけどな。ああ、霊夢にもなんだが」 「ん? なんだ、魔理沙」 おずおずと、普段の竹を割ったような態度とは裏腹に、ちと言いよどむ魔理沙。 こいつがこんな態度を取るのは珍しい。聞きたいと思ったことは聞き、行きたいと思ったところには行き、そして欲しいと思った物は盗むこいつが……いや、最後のはどうかと思う。 「なによ? はっきりしなさい。らしくないわね」 「そうだ。霊夢の言う通り。遠慮している魔理沙は、気持ち悪いから」 「お前らね。まあいいか。じゃあ、聞くけど」 またもやちょっと躊躇った後、魔理沙は口を開いた。 「その、さ。しょっちゅうここんちに来ているけど、もしかして私、少し控えた方がいいか?」 「……は?」 あまりに予想外の提案に、目が点になる。 一体、なにを言い出すのか。大体、魔理沙までがここに通わなくなったら、霊夢の『人間』関係が、壊滅的な打撃を受けると思うんだが。 「あぢゃっ!?」 「なにか、下らないことを考えたでしょう、今」 お茶を、僕の手に注ぎやがった! ちょっとだけとは言え、熱いっつーの! ただ、ちょっと『霊夢ってば、巫女の癖に妖怪しか友達いないんだなあ、あっはっは』と思っただけなのに! 「もう一杯、手の平で受けてみる?」 「悪い、僕が悪かったから」 手を上げて降参する。しかし、茶を注げないと見るや、懐から針を取り出す辺り、コイツもタチが悪い。 「あ〜、その、いいか?」 「ああ。悪い。……で、魔理沙。なんで急にそんなこと言うんだよ? あ、茶菓子が不味かったか?」 「お茶の温度は、私と良也さんの好みだから、ぬるめが好きなら自分で淹れて」 「そうじゃないって! えっと、だな」 なんだなんだ、はっきりしないヤツ。 なんて思いながら、茶を口に含んだのがいけなかった、 「いや、実はな。お前ら二人の時間を邪魔しちゃいけないんじゃないかなー、って思ってな」 「ブゥっ!?」 「あっ! 汚いわね!」 ドゴス! と、思わず茶を吹いてしまった僕に、霊夢の厳しいツッコミ(拳)が飛ぶ。 って、痛みも分からないくらい動揺しているんだけど、僕! 「な、何を言い出すんだ、お前は……っつぅ〜〜」 「何をって。私も確かに迂闊だったんだ。いくらお前らとは言え、若い男女が頻繁に一つ屋根の下で寝ているんだ。察しが悪かったのは許してくれ」 「……いや、違う。そこじゃない。大体、何の話だ」 半ばまで分かりつつも、僕はツッコミを入れざるを得なかった。 「お前と霊夢が、恋仲って話だ」 「そうだったっけ?」 霊夢が、キョトンと首を傾げる。……いや、確認するまでもない、違う。 「魔理沙……何を勘違いしているのかは知らないが、僕と霊夢は今まで友人の枠内から出たことはないぞ」 「そうなのか?」 「ああ。……っていうかなんでそう思ったのか、そっちの方が聞きたいくらいだ」 いや、だってさあ、と魔理沙は前置きして、話し始めた。 「良也、前は結構出かけていたのに。最近は幻想郷に来ると、菓子売りに行く他はいつも博麗神社にいるじゃん」 「……いや、単に色々出かけるのに飽きただけだが」 幻想郷物見遊山の時期は終わったというところだ。幻想郷の名所は、まあ楽しくはあるんだけど、疲れるし。 ならば、気疲れのしないここで時間を過ごすのも、変じゃないと思うのだが。友人連中は、博麗神社での宴会で嫌でも顔を合わせるし。 「それに、まったく行ってないわけじゃないぞ。パチュリーんとこには、本を良く借りに行ってる。……お前みたいに、借りパクしているわけじゃないけどな」 「借りパクとは人聞きの悪い。まあ、それはいいとして」 良くないだろ。パチュリー、大事な本を納めた本棚がスカスカになっているのを見て、『むきゅ〜』って半泣きになってたぞ。 「で、霊夢といつも二人でいるから、てっきりそういう関係になったのかと」 「……聞くが、僕と霊夢がそんないちゃついているところを見たことあるか」 「ない。しかしな、良也。お前さん、もし霊夢と付き合うってことを考えてみろよ。どう過ごしている?」 む、ありえない仮定を持ち出してきてからに。 霊夢も困って……はいないな。我関せずと茶を飲んでいる。……こいつは、いつもこうだ。 しかし、そんな霊夢と恋人同士か……まあ、可愛いのは認める。付き合うってことに、悪い気がしないのも認める。 でも、霊夢と(引っ張られるという意味ではなく)手ぇ繋いだり、デートしたり、キスしたり、抱いて抱かれてあれやこれや……リアリティが圧倒的に欠けていると思うのだが、どうだろう。 そうだな、もしそういう仲になったと、無理矢理に想像すると…… 「まあ、今のと同じように、一緒に茶を飲んでいると思うが」 「だろ? だから、私ももしかしたらって思ったんだ」 いや『だろ?』って、得意げに言われても。違うのは違うのだから、単にお前の勘違いだろ。 「確かに、今と変わらないでしょうね。良也さんが、急に男らしくでもならない限り」 「霊夢。お前それは、僕が今現在男らしくないと思っているわけだな?」 「それ以外に聞こえたかしら?」 聞こえなかったから確認しているんだよ、チクショウ。 「風呂上りとか、時々助平な目で見てくるけど、実際に手を出そうとしたことはないし」 「むがっ!? な、なに言ってる! そんな目で見たことないもんねー! お前はもうちょっと、自分の成長度合いを確かめてから――」 売り言葉に買い言葉。僕も言ってやろうと思った途端、首のところに冷たい感触…… 「成長度合いが、なんですって?」 「い、いや。な、んでもない」 そう、と霊夢は興味なさげに呟いて、僕に突きつけた針を袖の中に戻した。 ……こういうのでも、一応女の子として気にしているんだよなあ。そういうの、どうでもよさそうだけど。 「な〜んだ。そうだったのか。気にして損したぜ」 あ、饅頭貰うなー、と魔理沙が最後に残った茶菓子に手を伸ばす――って、それは僕の分! 「あっ!」 「頂き!」 慌てて手を伸ばすも、とっくに魔理沙の口に収まってしまった。うがぁ! 「はっはっは。まあ、そういうことなら私は今までどおり来るわ」 「……へいへい。そうしろ。でも、次はお前に出す茶菓子はないからな」 「構わないぜ。そん時は、お前から取るから」 やめれ! 突風のように、魔理沙は帰っていった。 ったく。勘違いにしたって、今日のネタの振りは、魔理沙にしては面白くなかった。 僕と霊夢が付き合うだって? 馬鹿も休み休み言え。大体、年の差が…… 「なあ、霊夢。お前、実際何歳なんだ?」 「ご想像にお任せするわ」 「……もしかして、そんななりで実は僕より年上――」 めきょ、と、いい加減慣れてきた拳が飛んできた。 「私が、どんななりだって?」 「……なんでもない」 「まあ、良也さんよりは年下よ。一応ね」 「十六より上か下か」 「どっちでもいいじゃない」 どっちでもよくない。十六歳と言えば、女は法的に結婚できる年齢だ。いや、結婚できたからどうだってわけじゃないけどさ。僕の精神衛生的な問題で……何を考えているんだ、僕は。 「ふーむ」 「……なによ、ジロジロ見て」 「いや」 『そういう』目で見たことがあるのは……まあ、口に出しはしないが、たまにはある。あくまでたまに。 でも、改めて考えてみると……美少女だよな、普通に。まだロリ気はするが、もう二、三年もすれば、見事な和風美人になるだろう。 これで、むやみやたらに弾幕を撃ったりする巫女じゃなければ、完璧だったのに。あと、僕は巫女じゃなくてメイド派なのに。 「うーむ」 「なに唸ってんだか……。さっきから変よ。 「気にしないでくれ。僕の中で、ちょっと天秤が揺れている」 もしかしたら、この天秤が揺れる要素は、今までも沢山あったのかもしれないけれど。 偶然にも、魔理沙が見事に揺らしてくれた。 「なんのことだか。それより良也さん? お茶、切れたんだけど」 「分かっている。淹れてくる」 茶を淹れなおして、また二人で飲む。 まー、なんだかんだで気は合う。味の好みなんかはよく似ているし、会話のテンポとかも丁度いい。 うん、考えてみると、僕コイツのこと結構好きだな。 「霊夢さあ」 「なに?」 「さっき、魔理沙が言っていたじゃん。もしかしたら、僕たちが付き合っているとかどうとか」 「言っていたわね」 特に興味もなさげに、霊夢は茶を啜った。 ……こいつは、日がな一日、することなければ茶を飲んでいる。 僕はそこまで枯れちゃいないので、それに付き合うときは大抵本とか片手に置いているが……うん、それもまた良しだ。 「本当に付き合っちゃうか」 「いいわよ」 よし、オッケー……って、おい。 「あっさり!?」 「なによ。冗談だったの?」 「どっちでもよさそうですねえ!」 いや、何気なく言ったのは、もしあっさり否定されてもココロが痛くならないように、という僕的予防線だったんだけど! 僕以上に何気なく言いやがったよ、おい! 「別にどっちでもいいわよ。そろそろ結婚を意識してもいい年齢だし、吝かじゃないってだけ」 「……お前さ。実は、僕に惚れてた?」 この態度は照れ隠しに違いない。なんというツンデレ。 「惚れ……。良也さん」 「うん?」 「鏡はどこにあるか、知っているわよね」 「それが、今この会話とどういう関係があるのか、じっくり問い質してやろうか!?」 不細工じゃないやい! フツーだって、いや多分。 霊夢の基準が、もし森近さんにあるとしたら、そりゃあアレだけどさ。 「まあ、男は外見じゃない。中身だもの」 「さっきの台詞の後に言われても、素直に喜べないなあ! 外見も中身も兼ね備えた男だぞ、僕は」 「それに、それ以上にお金よ。賽銭、ありがとう」 ……うわ、最後の最後に最悪な答えが来たー。 「甲斐性は大切ですよねー」 「そうね」 「今分かった。お前、実は素直じゃないだろう」 「勝手に想像しなさい」 うん、ここで顔を赤くでもしてくれたらわかりやすいんだけど、めっちゃポーカーフェイス。もしかして、さっきまでのが全部本音か。それとも、照れ隠しなのか。ええい、わからん。 「お茶が美味しいわね……」 と、懊悩していると、霊夢が何事もなかったかのように、お茶を飲み始めた。 ……え? 今ので話終わり? 「いや、美味いけど……」 「ならいいじゃない」 いいんだけどさあ。一応、お付き合い開始でいいの? 僕、今まで彼女とかいなかったからわかんねー。 なんて、もじもじした空気が伝わったらしい。霊夢が、一つため息をつき、 「仕方ないわね。一応、恋人らしいことでもしておきましょうか」 「う、お、おう」 一応、年上の意地。内心の動揺を抑えて、なんか平然と目を閉じている霊夢に、自分から顔を近付けた。 「いやー、相変わらず、良也の持ってくる菓子は美味いなー」 「だからって、バクバク食うんじゃない。『お茶』菓子な? 茶も飲め」 「わかってるって。……お、こっちも美味い。いい葉に変えたな?」 まあ、ちょっとしたお祝いみたいなものだ。少しだけ高い玉露を買ってきた。おかげで、霊夢は心なしかご満悦なのだけど、 「うん、ここんちはいいな。茶も菓子も勝手に出てくる」 「勝手に出てくるんじゃなくて、僕が持ってきてるんだ」 「感謝はしているさ」 本当か? 本当か? 「霊夢。親友に一言言ってやれ」 「いい葉を使っても、味が引き出しきれていないわね。六十五点」 「だから僕に駄目出しとかじゃなくて!」 マイペースな……。いや、しかし、 「うん、堪能した。霊夢、いっちょ弾幕ごっこでもどうだ? 新しい魔法を身につけたんだ!」 「嫌よ。疲れるもの」 「なんだ、つれないな。じゃあ良也は……」 「今までその手の誘いに、僕が頷いたことがあったか?」 いや、ない。反語。 しかし、まあ、それ以上に……その、なんだ、魔理沙。 「魔理沙……。言いにくいんだが」 「おう、なんだ?」 うーん、友達にこんなことを言うのは、ちと心苦しいのだが、はっきり言っておかねば。たまにならいいが、頻繁に『こう』だと、ちょっと困る。 「空気を読んでくれ」 「……は? と、珍しく魔理沙が、本気で呆気に取られていた。 「な、なんだ? 私、なにか悪いことしたっけか?」 あれか? それともあれか? と指折り数え始める魔理沙は多分その時点で駄目だと思う。 だけど、僕が言いたいのはそういうことじゃなくて。 「いや、悪いことじゃないんだけどな。折角、霊夢と二人で楽しんでたんだから、邪魔しないで欲しかったなあ、って」 うん。『まだ』、普通にお茶を飲んでいただけだったからいいけど、甘い空気が流れていたりしたら魔理沙も困ると思う。 「……え? いや、良也。お前、この前」 「まったく。魔理沙も早いところいい人の一人でも見付けろよ? なあ、霊夢」 「そうね。そうすれば、お菓子の取り分が少なくならなくて済むわ」 そこは素直に『良也さんと過ごせる時間が増える』とか言っておけよ。嘘でも。 「あ〜、なんだ、えっと? 私が悪い? のか?」 「悪いとは言わないが、頻度は考えてくれ。全く、察してくれよ」 「え? いや、その……すまん」 何故か、魔理沙はハテナマークを飛ばしながら、箒にまたがって去っていく。 ……ふう、魔理沙にも、困ったものだ。 「霊夢」 「あ、そういえばお酒が合ったわね、お酒。昼間だけど、呑まない?」 「……なあ、二人っきりなんだからさ」 「だから?」 どうしたいの? と、視線で聞いてくる霊夢だが……いや、口に出すのは恥ずかしいというか。 「えーと、だな」 「良也さんの言いたいことは分かるわ。でも、私は今、お酒が呑みたい気分なの。しまった、魔理沙に言って、茸でも持って来させりゃよかった」 チッ、と指を鳴らす霊夢に、色気なんぞ欠片もない。 ……うん、まあこういう奴だと分かっているのだ。僕の都合など考えてくれるはずもない。 そんなのも、なんとなく心地良い……っていうのは、ちと美化しすぎだろうか。 ……ちなみに、数十分後、『やっぱり私に落ち度はねえじゃねえか!』と、魔理沙がブレイジングスターで突っ込んできた。 な、なにを怒っていたんだろう。 |
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