「……ほれ、霊夢」
「ありがとう」

 霊夢の湯飲みが空いていたので、お茶を注いでやる。
 ん? そろそろ新しく淹れに行った方がいいか。

「良也さんの持ってきたこのお菓子、美味しいわね」
「……ただの黒かりんとうだが」
「ただの? いつも思っているけど、羨ましいわねえ、外の世界は。美味しいものが沢山で。しかもただ」
「いや、無料ってわけじゃないからな!?」

 ツッコミを入れる。『わかっているわよ』と答える霊夢は、もしかして僕をからかったのか、今。
 別にいいけどさ……

「それより、お茶が切れた。新しく淹れてきてくれ」
「私が? ……面倒ね。良也さん、お願い」
「だって、お前が淹れた方が美味いだろ」
「まあ、お上手ね。でも、嫌」
「ちっ」

 なんつーやつだ。

「ああ、そうだ。魔理沙、お前、ただで飲んでいるんだから、お前が淹れて来てくれよ」

 さっき来て、当然のように茶を啜っている魔理沙に言う。魔理沙はというと、なんか苦虫を噛み潰したような微妙な表情で、僕たちを見ている。
 ……なんだ?

「なあ、お前ら」
「なんだよ?」
「一応、確認なんだが、お前達付き合っているんだよな?」

 なにを、今更。

 ……以前、ちょっとした騒動で僕と霊夢はまあ、そういう関係になった。
 未だ少々気恥ずかしいというか、照れくさいのだけど、それを否定しない程度には慣れてきたと思う。

 それは、魔理沙もよく知っていると思っていたが。

「そうだけど、それがどうかしたか?」
「なんつーのかなあ……全然お前らの関係が変わっていないように、私には見えるんだが。もし、私がいることで遠慮しているんだったら気にしなくていい。思う存分いちゃいちゃしてくれ」

 それを肴に楽しませてもらうから、とトンデモネェことを言い始める魔理沙。
 僕と霊夢は、思わず顔を見合わせた。

「いちゃいちゃ、と言われてもな。僕と霊夢は、お前がいようといまいとこんなもんだ」
「ねえ? 良也さんは意気地なしだからね」

 いやいやいやいやいや。

「待て。その評価は、どうにも納得し難いぞ」
「なら、今すぐ納得して頂戴。魔理沙。良也さんはね、そういう雰囲気になるのが嫌らしいのよ。私が何度かそっち方面に水を向けてみても、誤魔化すんだから」
「良也……お前ね」
「だってさぁ!」

 だって、霊夢とだぞ、霊夢。いや、好きなのはこの際否定しないけど、妙な空気になるのは困るというかどう対応していいかわからない。
 誘われたって、逃げ出してしまったくらいなんだ。冷静に考えるともったいないことした。でも、今もう一回言われても僕は多分逃げる。

「まあ、私もそういうの得意でもないから、このままなんだけどね」
「得意だったら僕は困るなあ」

 あっはっは、と笑い合う。

「なんか……つまらん」
「つまらんとな?」
「ああ、私はとても期待したんだぜ? どんな面白……いや、興味深……うーん、見物になるか」
「それで誤魔化していると思っているなら、お前も大概だな……」
「まあ、とにかくだ。私も男女のことについては興味あるんだから、勉強させろ」

 なに、このガキ大将。

「なんだ、そんなことを聞くって事は、魔理沙にもとうとう好きな男でも出来たか」
「いらん。興味があるだけだ。勉強しても使う予定はまったくない」
「……左様か」

 どうにも、幻想郷は強い女が多すぎて、色恋の匂いは殆どしないんだよなあ……。や、だからこそ僕が友達付き合い出来ていたというのもあるんだろうが。

「ふーん、まあいいけどね」
「ちょ、霊夢? なに安請け合いしてんだよ」
「良也さん」

 ぐい、と襟を引っ張られ、霊夢の顔が……

「おお〜、接吻か」

 ちょ!? なんか柔らかいのが口に当たってんスけど!?
 じたばたもがくも、霊夢の腕力に抗えない。いや、抗おうと思ってないのか、もしかして僕。

 たっぷり十秒はなんかそのままの姿勢。
 やがて霊夢が僕を突き放し、ちょっと得意げに魔理沙を見た。

「こんなところでどう?」
「いや、十分だ。いいところを見せてもらった」

 がく〜、と縁側に突っ伏す僕を余所に、二人は和気藹々と話している。……おかしいよ、なんで霊夢平気なん?


























 Q.年下の恋人に振り回されっぱなしなんですが、どうすれば良いでしょうか?

「……どこまで情けないの、貴方」

 夕飯の準備をしているとやってきたスキマに聞いてみれば、呆れ果てた様子でそんなことを言われた。

「いや、仕方ないじゃん。こういうの初めてなんだからさ」
「霊夢だって初めてでしょう?」

 いや、初めて……だと、思うんですよ? あの性格と力で、今まで男がいたとは思えない。別に、初めてじゃなくてもいいけどさ。

「……はあ、こういう時は女の方が強いのかなあ」
「それは違うわよ。女の方が強ければ女が強いし、男の方が強ければ男が強い。まあ、要するに貴方が弱いということだけど」
「非常にためになる忠告をありがとう。お帰りはあちらだ」

 菜箸で玄関の方を指す。
 当然、そんなことでスキマが帰るはずもなく、作っていた料理をつまみ食いされた。

「あっ、おい」
「ん、なかなか。おつまみね、これ。味が濃い目」
「泊まりの時は、大体いつも霊夢と飲み会なんだよ。ったく、まだ味付け終わってないのに」

 スキマからフライパンを隠しつつ最後に塩を一つまみ振る。
 これで、この炒め物は完成だ。さっきから煮えている肉じゃがもいい感じだし、あとは漬物を……

「すっかり、博麗神社の台所を預かっているわね」
「馬鹿言うなよ。僕がこっちに来ている間だけだ」

 肉じゃがの鍋を火から降ろす。……うん、我ながら上手く出来た。

「そうそう、さっきの話だけど」
「……もういいよ。スキマには聞かないから」

 明日、絶対二日酔いになるから、酔い覚ましに作ってる味噌汁の味見。……ん、んまい。

「聞きなさい。……そうね、押し倒して、一発やっちゃいなさい」
「ぶふぅ!?」
「あ、汚いわよ。味噌汁を吹かないで頂戴」

 い、いきなりとんでもないことを言い始めるからだろうが!?

「な、なにを言うんだ、お前は!?」
「なにを今更……。前、霊夢に誘われていなかったかしら?」
「あれ見てたの!?」

 うっわ、恥ずかしい。っていうか、あのとき確かにスキマはいなかったはずなのに、ほんと覗き見が好きな野郎だ。
 ……いや、そういえばこいつにアドバイスされたって言ってた、霊夢。テメェの差し金か!

「ええ、見ていたわ。怖くなった貴方が逃げ出すところまで、バッチリ」
「……逃げたわけじゃないって」
「嘘おっしゃい」

 嘘じゃないんだけどなあ。
 いや、僕が言ってもどうせ信じてくれないだろうけどさ。

 でも、霊夢は外の世界じゃまだせいぜい高校生になったかなっていないかというくらい……じゃないか? と思う。発育悪いだけだったらすまん、霊夢。
 まあ、とにかく、こちらの常識に染まりつつあるとは言え、貞操観念とかは未だ外の世界のままな僕には、今の霊夢に手を出すのはちょっと躊躇われる。

 ……せめて、あと五……いや、三年後なら。

「……呆れた。まだ外の常識に縛られているのね」
「前々から、突っ込もう突っ込もうと思っていたが、お前のその洞察力ははっきり言って変態的だぞ」

 ぺし、と扇子で叩かれた。だって、変態的じゃないか。決して変態と言っているわけではなく。

「あのねえ、貴方、自分で思っているよりずっとわかりやすいのよ。正直は美徳かもしれないけど、もう少しポーカーフェイスを覚えなさいな」
「ポーカーフェイスねえ……」

 そういうのは、どうも苦手だ。嘘をつけない正直な男なんだよ、僕は。

「ま、とにかく。この幻想郷じゃあ、霊夢くらいの年で子供を産むのも当たり前なんだから。貴方達の子供抱くの、楽しみにしているわ」
「……後向きに検討しよう。でも、絶対教育に悪いから、仮に子供が出来てもお前には近付けさせないぞ」
「あんまり待たせちゃ駄目よ?」

 待たせるって……別に霊夢だって、そういうのはなけりゃないでいいと思っているぞ。多分。

 なんて、心の中で言い訳しながら、僕は漬物を小鉢に盛りつけ始める。その頃には、いつの間にかスキマは、からかうような笑顔だけ残して去っていた。





















「んじゃ、霊夢。どうぞ」
「ありがとう、良也さん」

 ぬる燗にした酒を、霊夢のお猪口に注ぐ。僕も霊夢から酌をしてもらって、軽く盃を合わせる。

 くっ、と一気にお猪口を呷って、大きく息をついた。

「あ〜、酒は好きだけど、ここで呑む酒が一番だな、やっぱり」
「そう? お酒はどこで呑んでもお酒。同じように楽しめると思うのだけど」

 ええい、少しは察してくれ。『お前と呑むのが一番だなあ』なんて、僕が面と向かって言えるとでも思っているのか。
 ……まあ、でも、半分くらいは霊夢の言うことにも同意できる。確かに、酒はどこで呑んでも美味い。美味いのだが、しかし、そん時の気分や、もしくは一緒に呑んでいるやつが悪いと、やっぱり不味いものだ。

 で、今日の僕は両方最高クラス。これで不味いなんてことが、あるはずがない。

「ああ、でも。良也さんがいると、つまみが勝手に出てくるのは便利かもね」
「いや、お前。そこらから生えてくるみたいに言うな。僕が、額に汗して作ったんだからな? そこら辺よろしく」
「わかっているわよ」

 と、肉じゃがをつつく霊夢は、多分、いや絶対分かってない。
 まあ、いいけどさあ。料理は嫌いじゃあないし。

「ん」
「ほれ」
「ありがとう」

 霊夢が飲み干したのを同時に、徳利を向ける。
 受けると同時に、お猪口に口を付ける霊夢。

 ……う、なんかさっきスキマが変なことを言ったせいか、柔らかそうな唇とか、少し覗いている腋とか、足を崩しているせいで見える生足とかが気になって仕方がない。
 僕って、そこまで溜まっていたっけかな……。っていうか、他の人の言うことに流されやすいだけか、もしかして?

「? どうしたの。お酒、進んでいないみたいだけど」
「いやいや、もらうよ」

 なら呑みなさい、と霊夢から注がれた酒を、今度は一気する。
 霊夢が自分のところで造ったというこの酒は、決して最高級品というわけではないのだが、妙に美味い。というか、落ち着く味だ。するりと喉を通っていき、尖がったところが全然ない。

 酒造りにも性格が出るのかなあ、なんてちょっと考えながら、つまみも食う。うん、美味い。

「まあまあね。良也さんも、少しは料理上手くなったじゃない」
「そりゃ、お前に毎日作らされているからな……」
「感謝なんて必要ないわよ」

 皮肉ってわかれ。

 ったく、いつも僕に作らせているけど、本当は霊夢だって料理は上手いはずなんだ。なにせ、物心ついたときから一人暮らししているって話だし。
 会った当初には、親は? と聞きそうになったこともあるが、質問しなくて正解だった。聞かれても霊夢は困ったりしないだろうが、僕の方がどう反応していいか困る。

「そういえば。さっき、台所にスキマが現れてな」
「ああ、気配を感じたわ。気をつけて頂戴。一匹見かけたら十匹出てくるわよ」

 あんなのが十人もいたら僕は多分布団を被って現実逃避するな……でも、妙に説得力があるのはなんでだろう。

「まあ、十匹出てこないことは祈っておくとしてだ。なんか、あいつ、子供作れとか言ってた」
「ふぅん」

 驚かないのね……。

「あと、霊夢を待たせるな、だってさ。時に霊夢、待ってる?」
「別に。どちらでも。そんなもの、慌てるものでもないし。まだまだ私も良也さんも若いんだし」

 完全にいつもどおりの霊夢は、肉じゃがをつつきながらしれっと言い放った。
 ……だよな。僕の想定通りで安心した。

「それにしても、道理でいつもより視線がエロいと思ったら、そんなことを考えていたの」

 エロッ!?

「ご、誤解だ!」
「誤解じゃないわよ、こことか」

 ほんの少しだけ袴をたくし上げる霊夢。あ、足が。別に、ふくらはぎくらいまでしか見えてないんだけど、隠れていたところが見えるだけでなんでドキドキしてんだ撲は。

「ここを見ていたでしょう?」

 と、今度は脇の辺りを少しだけ見せてくる。……ぐぬぬ。

「……お前、からかっているな?」
「そりゃもう。良也さん、反応が面白いんだもの」

 ぐぐぐぐ……。っていうか、そんな露出激しいわけでもないのに、反応する僕が悪いのか? そうなのか?

「わかってはいたけど、助平ねえ」
「お、男はみんなそうなんだよ!」
「言い訳?」

 ……そうだけどもっ!

「ええい」

 からかわれて赤くなっているであろう顔を誤魔化すために、脇に置いてあった一升瓶を手に取る。
 両手で持って、逆さに。ラッパ呑み。

「ああ、もう。一気に呑まないでよ。これでも、丹精込めて造ったんだから」

 霊夢が文句を言うが、聞こえない振り。大体、まだまだたくさん造ってたじゃないか。

「ゲフゥ」
「あ〜あ、半分以上一気したわね? 吐かないでよ」
「だ、大丈夫だ」

 少々、一気に呑みすぎて、頭がくらくらするが。
 流石にこの量を一気に、というのはキツかったか。いやしかし、萃香や射命丸と一緒に呑んでて、量を呑むのには慣れている。吐いたりはすまい。

 しかし、霊夢も。なんだかんだ言って、そういう方向に誘導している気がするなあ。

「ふむ」

 ……うん。

「霊夢〜」
「なによ?」

 なんとなく立ち上がって、霊夢の隣に行く。おおう、ふらふらする。
 腰を降ろすと、大丈夫だ。うん。

「ちょっと、体重かけないで」
「……悪い」

 肩を霊夢の方に預ける。嫌そうにぐいぐい押してくるが、なんとなく力が篭っていないような。
 イケる。と、わけもなく確信した。

「霊夢」

 優しく、崩れやすい豆腐を扱う時みたいに慎重に、霊夢を横たわらせる。
 僕は手を床について、じっと下の霊夢を見る。

「……なに?」
「…………」

 無言で、見つめ続ける。

 流石の霊夢とて、この状況なら僕が何をしようとしているか気付いているだろう。なんとなく、それっぽい雰囲気な気がする。
 うん、行こう。

 と、僕はまず口付けをと、顔を近づけ、

「酒臭い」
「ごふぅ!?」

 アッパーカットを決められた。
 イイ感じに決まったらしく、僕は崩れ落ちる。

 よ、容赦ない。っていうか、脳を揺さぶられた。

「な、なにをするぅ〜」
「酔っ払い過ぎ。生憎、酔漢相手に許すほど、私は甘くはないわよ」

 立ち上がって、霊夢は本気めのチョップを決めてきた。

「ったく。迫ってくるなら、せめて素面の時にしてよ。こんなに酒の臭いをさせてたら台無し。……ちょっと、聞いてるの?」

 すまん。今のでトドメだ。
 酒が入ってるのもあって、一気に意識が遠くなってきた。

「……ま、ゆっくりいきましょ。まだ良也さん、色々遠慮しているみたいだし」

 ……遠慮じゃないんだけどなあ。でも、なんとなく察していたか。
 やれやれ……。酔った勢いってのは、やっぱり駄目だったなあ。反省。
























 後日、『酒に酔って博麗の巫女を押し倒した男現る!』みたいな見出しで、文々。新聞に記事が載ってしまった。ちなみに、リークしたのは霊夢本人らしい。
 ……こ、このくらいは甘んじて受けよう。事実だし。

 うん、東風谷とか、慧音さんとか、鈴仙とか、真面目系な人たちに思い切り蔑まれたけど!
 ……がくー。

「どうしたの、良也さん。うなだれて」
「……いや、東風谷とかに嫌われたかなあ、って」

 うう、ほとぼりが冷めるまで、真面目っ子のいるところには行かないでおこう。

「別にいいじゃない」
「よくはないだろ。色んなところに行きにくくなる」

 ……まあ、霊夢と僕が付き合っているってのは、みんな知っているはずだから、大丈夫――だよな?

「だから、別にいいじゃない」
「……あのなあ」
「質問。良也さんは誰のものかしら?」
「ものっ!?」

 物扱い!?

「さあ、答えてみなさい」
「……その、霊夢」
「声が小さいわよ」

 僕は霊夢のものですー! と、彼女の満足のいくように答える。

 うん、と霊夢は満足そうに頷いて、急須を向けてくる。

「じゃ、良也さん。お茶」
「……へーい」


 ……まあ、しばらくは。こんな感じで続けていこう。



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