「いらっしゃいませー!」

 暖簾をくぐると、景気のいい店員さんの声に出迎えられる。

 ここは、家の近くに最近オープンした居酒屋。焼き鳥と魚がメインの、まあそこらのチェーン店よりは多少グレードの高いお店である。
 言っても、せいぜい値段は一、二割増しといったところで、特別肩肘を張るようなお店でもない。

 それに、

「えーっと、一人で。後、このチラシ見て来たんですけど」
「あ、はーい。それでは、一部ドリンクをサービスさせていただきますね」

 今は新規開店キャンペーン中で、家のポストに投函されていたチラシを見せると、地酒とかプレミアム焼酎とかの高いやつ以外の飲み物が、平日限定で百円(税込み百八円)になるというお得プライスなのである。一杯目だけでなく、何杯でもという太っ腹なキャンペーンだ。

 まあ、家もご近所だし、多分常連になるだろう。だから、今日はその太っ腹な値段に大いに預かり、僕の腹も太くなってしまっても勘弁していただきたい。

 カウンター席に案内され、渡されたお絞りで手と顔を拭く。おっさん臭いと言われそうだが、熱いお絞りで顔を拭くと気持ちいいんだよなあ。

「えーと、じゃ、ホッピーセットの白と、串焼き盛り合わせ。特製サラダに、すぐ出るやつってどれですか? ……ああ、ここに書いてあるやつですか。……んー、枝豆を。とりあえず以上で」
「かしこまりましたー。串焼きは塩とタレがございますが、どちらにしましょうか?」
「んー……お任せで」
「はい! それではご注文、繰り返させていただきます。ホッピーセット白、串の盛り合わせをお任せで。特製サラダに枝豆ですね」
「はい」
「それでは少々お待ち下さい」

 と、意外と可愛い店員さん……多分、近所の大学生辺りか……が、厨房に向けて注文を伝える。

 なお、ホッピーセットと枝豆は三分と待たずに来た。この素早い対応が嬉しい。

「では、いただきます」

 生ビールもいいが、最近ホッピーの旨さにも気付いた。ジョッキに目一杯詰め込まれた氷と、半ばまで注がれた焼酎。そこに、ホッピーを注ぐ。
 かなり濃い目に調整して、ホッピー一瓶で中三杯行くのが僕の流儀だ。量の調整ミスったら、最後ほぼ焼酎になっちゃうけど。

 んで、ジョッキの中身を軽く混ぜ、ぐい、っと一気に三分の一程を飲み干す。

「っっっぷはぁ〜〜、旨い」

 ここのホッピーセットは、レモンが一切れ入ってて、それが微妙なアクセントになっている。悪くない、悪くないぞ。

 んで、枝豆を一つ口に放り込む。
 少し強めの塩加減で茹でられた豆。こいつをぷち、ぷち、と皮から歯でこそぎ出しながら口に含むと、これは王道の味である。

 口の中に塩気が残っている間に、ホッピーを。

「ふぅ……すみませーん、中おかわりで!」
「はい!」

 ジョッキを掲げ、おかわりを注文する。
 少し溶けた氷の方とレモンも一緒に補充され、いい感じで二杯目に突入する。

 ちょっと一杯目は急ぎすぎた感があるので、次は枝豆をつまみながら、ちびちびと呑む。

 ……しかし、まだまだ身体がアルコールを求めていたのか、割とすぐになくなった。

「お待たせしました。こちら特製サラダと串焼きの盛り合わせになります。右から皮、砂肝、はつ、もも、きも、つくねになります」
「っと、どうも。あ、ホッピー中、もう一杯ください」
「かしこまりました」

 ジョッキを受け取った店員さんが戻ってくる前に、串焼き盛り合わせを熱い内に食べることにする。
 なお、皮と砂肝とはつが塩で、それ以外がタレ。お任せで注文したので、塩かタレ、どちらかに統一されると思っていたのだが、この店はこだわりがあるらしい。

「ふむ」

 今の気分はつくねだ。つくねを喰わねばならない。
 一つの串に三つ突き刺さっているつくねの一つを、一口で食べる。

 噛むとじゅわっとした肉汁が溢れ出て、表面のたれと混ざり合う。タレはどちらかというと甘さは控えめで、肉汁と合わせるともうこれは旨いという言葉以外僕には表現できない。
 二度、三度噛むと、ひき肉でできているつくねとは思えない歯応えが時々出てくる。

「……軟骨、だと」

 いいね! 嫌いな人もいるかもしれないが、僕、こういうの大好きなんだよ!
 いつの間にか運ばれていたジョッキに、瓶に残っていたホッピーをすべて注ぎ、二つ目のつくねを食べ、そして呑む。

 あ゛あ゛〜〜、旨すぎ!
 最後のつくねも、勢いで食べてしまう。

「次は皮辺りで……」

 脂っこすぎるのはちょっとあれだが、こいつは見事脂を落とし、かりっかりに焼きあげられている。とは言っても、ジューシーさは損なわれておらず、塩もいい塩梅だ。
 うむ、うむ、と頷きながら味わう。ホッピーも呑む。

 お次はきも。昔は苦手だったのだが、今は好物の一つだ。
 ねっとりした食感に、クセのある濃い味。それだけなら少々生臭いところを、タレが見事に中和――いや、更なる上の味へ昇華していた。

 あまりに濃い味に、ホッピーも進……

「っと。すみませーん」

 他のお客さんの注文を取っていた店員さんが、それの後やって来る。

「はい。なんでしょうか?」
「えーと、この日本酒ください」
「熱燗ですか? 冷やですか?」
「んー、熱燗で」

 注文を通す。

 ……しまった。冷やにしときゃよかった。すぐに出てこない。
 うーん、酒と一緒に食べたいところだし、と待ち時間にスマホを取り出す。

 最近、ガラケーから買い換えました。電話とメールくらいしか使ってなかったから必要ないと思ってたけど、今あんま売ってないし……
 あんまり慣れてないので使いこなせているとは言えないが、出先でもネットを気軽に見れるのは良いと思う。
 適当にニュースを見て……いくらもしないうちに、熱燗が届いた。

「おまたせしましたー」
「どうも」

 お猪口に早速一杯注ぎ、まずは香りを堪能する。
 次いで、一口口に含み、少し舌で転がして嚥下。

 ……うむ、グレードの高い地酒一覧の方にはない、この店の基本的な酒だが、銘柄名を出しているだけあって中々の味だ。十分十分。

 きも一串で、お猪口三杯も呑んでしまった。

「すみません、熱燗二合追加で」
「あ、はい」

 丁度店員さんが通りがかったので、追加の注文を通す。
 いや、多分すぐなくなるからね。

 さて、お次は砂肝。砂肝は小ぶりに切ったものも多いんだが、こいつは相当に大ぶりに切ってある。それだけに、噛むと豪快な歯応えが返ってきて、旨いだけでなく、楽しい。
 もっきゅもっきゅと存分に味わった後、酒をぐいっと。

 ……これだよ、これ。

「熱燗二合、お待たせしました」
「あ、どうも。こっち、下げてもらえます?」

 一合徳利の残りをお猪口に注ぎ、それで空になったので返す。

 さて、お次はもも。
 こいつは王道の味だ。野球で言うなら投手で四番、週刊漫画で言うならジャ◯プ、ギャルゲーで言うならパッケージヒロイン。

 ボリュームたっぷりなところも嬉しいもも串を、半分程一気に齧りつく。

 これぞ肉。肉である。圧倒的なミート感。そして酒。肉と酒を喰らう蛮族嗜好こそ、人類の原点だ。いや、酔っ払って変な事考えている自覚はある。

 この辺りで少々口がくどくなってきたので、手付かずだったサラダに取り掛かることにする。

 しらすが散らされ、ポン酢風味のドレッシングの掛かった、見た目何の変哲もないサラダ。
 今はそれがありがたい。身体に野菜分が不足していたためか、新鮮な野菜のシャキシャキ感が脳髄を直撃する。

 うむ、やはり人は肉のみにて生くるにあらず、野菜によってもまた生きるのだ。後、米とか魚とか。

 勢い、半分くらい一気に食べてしまったサラダを脇に置き、再びもも串を喰らい、酒も呑む。

 最後に残ったはつは、他の串ほどメジャーではないが、僕的にかなり好きな部位である。いや、焼き鳥はすべからく好きなんだが。
 ちびり、ちびりと酒を舐めながらはつ串を食べ、メニューに目を通す。

 ふむ、ここは焼き鳥と魚の店。焼き鳥の他の部位や鶏の一品料理も気になるところだが、やはり次は魚か。
 今日のおすすめは……まぐろ、カツオ、イナダ、ホタルイカ……面倒臭い。刺身も盛り合わせで行こう。

「すみません。刺身の盛り合わせと、後日本酒。次は冷やで二合、お願いします」

 酒の方もだいぶ少なくなっていたので、追加で頼む。
 刺身が来るまでは、枝豆とサラダの残りでちびちびやって、熱燗の方は飲み切った。

 先に来た冷やを、スマホでニュースを見ながらちびりちびりとやって……刺身の盛り合わせが届いた。

「お待たせしましたー。すみません、少しスペース空けていただけますか?」
「あ、はい。ちょっと待って下さい」

 空になった器を重ねて脇にどけ、店員さんの運んできた大皿が置かれる。

 なんというかこう……値段も割と立派だったけど、届いたメニューの豪華さはそれ以上だな。これ、明らかに三人前くらいある。
 量的には、割安と言っていいんじゃないだろうか。

 わさびを醤油に溶かして――いや、わさびを乗せるやり方一時期やってたんだけど、その、こう、面倒臭くて、最近は溶くことが多い。
 まあ、なんにせよ、最初はまぐろだ、まぐろ。

 ちょいとわさび醤油をつけ赤身のまぐろを頬張る。
 魚うめぇ。

 そして、酒との相性も当然抜群である。

「はあ〜」

 何種類もある魚を順繰りに一切れずつ口に運び、酒を呑み、もう一回日本酒を二合おかわりをして……

 僕の居酒屋での一夜は過ぎて行くのだった。


























「あ〜、染みる……」

 熱いスープが胃の腑に落ち、全身に温かみが広がっていくのを感じる。

 先程の居酒屋から出た後。
 夜遅くにも関わらず煌々とライトの付いたラーメン屋に入り、醤油ラーメンを頼んだのだ。

 身体に悪いとわかっちゃいるが、シメのラーメンの誘惑には耐え難かった。明日は少し節制しよう。

 ここの店は、チャーシューが滅法旨い。白いご飯が欲しくなるが、流石にそこまで行くと食べ過ぎなので自重した。いや、既に余裕で食べ過ぎなのだが。

 ズルズルと麺を啜り、スープを飲み、お冷を飲む。
 炭水化物と水分を十分取ったし、後は帰りにウコンでも買って飲めば、酒も明日には残らないだろう。

 ちょっと調子に乗って呑み過ぎたが、幻想郷で鍛えられたアルコール耐性はこの程度の酒量ではビクともしない。まあ、うちは家系的に酒に強いってのもあるけど。

 ラーメン屋を出て、少し酩酊した意識で家路につく。

 今日は星が綺麗だ。
 明日もまた頑張ろうと、そう思った。



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