我が校の二年生は、本日より修学旅行に出かける。
 学生生活の中の一大イベント。当然、教師陣も準備のために色々と駆けまわっており、なんとか無事に当日を迎えたことにまずは一息付いていた。

 しかし、本番はこれからだ。気を引き締めていかないと。

「土樹先生、向こうでは頼りにしてるよ」
「はい、上泉先生」
「英語はちょっとねえ……。片言くらいは喋れるけど、やっぱ英語教師の土樹先生が頼りさ」

 ……そう、うちの高校の旅行先は、国内ではない。
 行き先は、欧州は大英帝国だ。

 各名所への観光と……後、あちらにはうちの姉妹校があり、そこの学生との交流という二本立てのスケジュールだ。
 例年のことなので、勤続年数の長い先生方は慣れたものだが、教師としては初の修学旅行である僕は、ちょっと緊張している。

 ……落ち着けー、とりあえず言葉は通じるんだ。その分、有利なはず。

「土樹先生は、海外旅行に行ったことある?」
「はあ、二度目です」
「へえ、そういやパスポート持ってるって言ってたっけ。どこに?」
「……実は、ここに就職する直前に、イギリスに」

 まあ、前の時はロクに観光をする暇もなかったが。
 ……今回も、あるとは思えないな。生徒たちの引率に集中しないと。国内ならまだしも、海外で迷子にでもなったらエライことになるかもしれんし、目が離せない。

「へえ。最近の学生さんは金持ちだねえ」
「いや、知り合いの奢りでしたんで」

 僕が出したのは、土産代くらいだった。

「そっかそっか」
「上泉先生は、何回も行っているんですよね」

 僕より余程ベテランだし、この学校の修学旅行も何回も経験しているだろう。

「いやー、あっはっは。私、実は二回目。二年生の担当したの、二回目なんだよ、これ」
「あれ? そうなんですか?」
「産休とかあったからね」

 ああ、そういうことか。

「……っと、ボチボチ飛行機の時間だ。校長先生の訓示が終わったら移動だから、そろそろ準備しとこう」
「はい、了解しました。添乗員さん、呼んできますね」

 空港の一角に集まっている我が校の生徒たち。校長先生は、旅先での注意や学ぶべきことを生徒たちに諭している。
 それもそろそろ締めに入りつつあったので、僕は少し離れたところに固まっている添乗員さん達のところへ向かう。

 これからのこと、期待と不安でいっぱいだ。うまく引率できるのか、緊張して英語忘れたりしないか、生徒じゃなく僕が迷子になってしまわないか、など。
 それでも、僕は頑張らないといけない。生徒たちにとっては、僕は頼りになる先生なのだ。……いや、普段は微妙に舐められているきがしないでもないが、多分、きっとそう。

 僕は気合を入れ直して、パンッ、と頬を叩くのだった。




 ――なお、この時の僕は全く予想だにしていなかった。
 教師として、大きな山となる今回の修学旅行。

 それが、全く別種の苦労に巻き込まれることになるだなんて。
















 移動を除くと、現地ロンドンでの滞在は五日ある。
 うち最初の二日は団体行動で名所巡り。

 その一日目が終了した。

 チャーターしたバスでの移動であり、車酔いした生徒が数人いた他は特に問題なく日程を消化できた。

「疲れた……」

 しかし、疲れた。物凄い疲れた。
 昨日は機内泊だったので体が痛いし、みんながはぐれないよう滅茶苦茶神経使ったし、意外と歩きまわったし。

 ホテルに到着して、生徒たちを班ごとに部屋に送り出し、教師陣も一旦部屋に荷物を置くことになったのだが、部屋に到着するなり僕はベッドに腰掛けて、ぐでーっとなった。

「ええと、この後の予定はなんだっけ……」

 修学旅行のしおりを取り出し、予定を確認する。
 ええと、一時間後、各班の班長を集めて連絡事項の通達と、体調不良の生徒がいないか確認……だけど、僕は参加しなくていいんだった。

 あれ? ってことは、今日はもう予定ないのか。慣れた先生方はこの後ホテルの部屋で報告会がてら軽く宴会するらしいけど、流石にそっちは遠慮させてもらったし……。

 ……うわー、すごく気を使わせているな。明日からは頑張らないと。

「っと、あれ?」

 そのためにも、まだまだ早い時間帯だが、今日はさっさとシャワー浴びて寝ようと、荷物を探ってみると……

「うお、歯ブラシ忘れた」

 ここのホテル、アメニティも充実してんだけど、歯ブラシ置いてないんだよ。しおりにもきっちり持ってくるよう書いてあるんだけど……あー、買ったはいいけど、入れ忘れた。

「……買いに行くか」

 修学旅行中、ずっと歯磨きしないのも気持ち悪い。生徒は外出厳禁なんだけど、大人の特権ってことで……
 確か、バスの中から見えたけど、少し歩いた所にスーパーみたいなのがあったはず。まだ開いてるかな。

 その前に、一応同室の広畑先生には外出するようメールしといて、っと。

「よし、っと」

 なんかあった時のために、財布に入れるお金は最低限にして、パスポートは金庫に入れて、と。

 ホテルを出て、記憶を頼りにスーパーの方向を思い出し、歩き始める。
 この辺は他のホテルもあるので、この時間でも人通りはそこそこだ。

 ……だと、思っていたのだが、歩くごとに人が少なくなっていく。
 道、間違えたか?

 一度帰って、フロントの人にでも聞いてみようか。……と、僕が道を引き返す直前の話である。ふと、嫌な気配を感じた。

「……うげ、なんだこれ」

 道路を挟んで向こう側。
 割と大きな公園があるのだが……端的に言うと、結界が張ってある。

 流石はイギリス、魔術大国。こんな街中の公園に、しれっと結界なんかが張ってあるなんて。
 ――と、感心したいところだけど、この結界、スゲー雑だ。

 人避けの結界なのだけど、こう、なんつーのか……『こっち来るんじゃねぇオラァ!』と、ヤクザ屋さんが脅しているような、そんな雰囲気。普通の人なら、この近くに来ると走って逃げたくなるような、そんな違和感バリバリなもの。

 こういう人避けの結界は、気付かれないことこそが肝要だと思うのだが……って、ああ。それで人通りが少ないのか。

「うーん……」

 激しく見なかったことにしたい。
 でも、こんな所に突然結界なんかを張るなんて、どう考えても穏やかならざる事態に思えてならなくて……

「……ちょっと見るだけなら」

 そうして、僕は結界に触れ、中に入った。

 即席で作ったと思わしき結界は、あくまで外と中とを区切るためのもので、結界内を異界化してたりはしない。中は、人っ子一人いないが、普通の公園の風景が広がっている。

 ……あ、いや、違った。人いた。

『……! ……!』
『!? …………』

 公園の端の方に、五、六人の人影がある。
 遠間でよく見えないが、一人の小さな影を、残りが囲んでいるような……って!?

『水よ!』
『風よ!』

 囲んでいる方の二人が、鋭い声(英語)を上げると、片方の手には水弾、もう片方の手に肉眼では見えないが圧縮した風の弾が現れる。
 二人は、それを包囲している小さな影に向けて、

「土符!」

 そこまで気付いて、僕は全力で飛びながらスペルカードを取り出した。
 ……歯ブラシを忘れておきながら、こんなもんはしっかり持って来ているのは、我ながらどうかと思う。

「『ノームロック』!」

 でも、よかった! 間に合った!
 ノームロックの効果により、土壁を生み出し、弾を向けられた影の周囲を覆う。

 危ういところで水弾と風弾を弾くことに成功し、安堵の溜息を付いた。……って、まだ安心するのは早い!

「おい、あんたたち! 一体なにやってんだ! 危ないだろ!?」

 英語で怒鳴る。

 気配的に、弾を向けられた相手は妖怪とかじゃない。人間だ。

「誰だ!?」
「中国人!?」
「あ、いや日本人です」

 まあ、僕も西洋の人がどこの国の人か見分ける自信はないので、勘違いされても別にどうとも思わないけど。

「って、そうじゃなくて! 人間相手に攻撃魔法とか、なに考えてんだ!? 当たったら怪我するだろ!?」

 怪我すると痛い! 怖い! 何度も致命傷を負っている僕が言うんだから間違いないぞ。
 弾を向けられた方には、人間(笑)連中のような逸脱したような力はないっぽいし。

「くっ、なにも知らない東洋人が口を出さないでもらおう!」
「待て、見られたからには放っておくわけにはいかないぞ。言い触らされないよう、軽く脅して――」

 と、リーダーっぽい男が言って、四人の男たちが頷き合う。

 ……どうでもいいが、この人達。なんでこんなひらひらで動きづらそうな服来てんだろう。古式ゆかしい魔術師らしい服装だけど、ぶっちゃけ街中では凄い浮いてる。

「火よ」
「水よ」
「土よ」
「風よ」

 と、今度は全員がかりで、僕に弾を向けてくる。

 ……し、しかし、見事四大属性に分かれてるな。この人達、四天王的なアレなんだろうか。

「日本人。多少魔術の心得があるようだが……ここで見たことは、全て忘れて帰れ。さもないと、少々痛い目を見てもらう」
「はあ……」

 ええと……痛い目は嫌なんだけど、その、えーと、

「……本気?」
「無論。俺達とて、遊びでやっているわけではない」
「そういうことではなく」

 そりゃあ、さっきも言ったように、攻撃魔法なんて普通の人間が喰らったら怪我する。
 ……でもなあ、さっき撃たれた人は、棒立ちになっていたからまだしも、

「あの、やめません? 正直、僕、外の世界の人の耐久力って、イマイチわかんなくて……」
「……ふん。おい!」
「ああ。行け!」

 と、合図に合わせ、土属性の人が土弾を開放する。

 かなりのスピードで迫ってくる土くれ。
 それを僕は、ひょい、と躱す。

「な、なにぃ!?」
「……いや、普通躱すでしょ」

 早いとは言っても、目で充分追える速度だ。土くれ自体も握りこぶし程度で、なにより単発。
 ……別に魔術師とかそーゆーのは関係なく、普通に大人なら避けられる。

「風よ!」

 それを見て、今度は風の人が弾を放つ。
 ……確かに普通の人は見えないからこれは多分避けられない。けど、魔力を感じ取れれば、やはりこれも単発の直線軌道の弾でしかなく、

「えっと……」

 なにか仕掛けがあるのでは? と警戒しながら横っ飛び。……結果はシロ、なんの変哲もない圧縮空気弾だった。つーかさっきの土弾もこの風弾も、仮に当っても怪我はしないような。衝撃はそれなりにあるだろうけど。

 ……最初見た時は物騒な雰囲気に勘違いしたが、なんか段々気が抜けてきたぞ。

「水よ!」
「……っ、火よ!」

 そして、続けて迫る水弾と火弾も同様。同時に発射して、単発が双発になったからって言って、躱すのが難しいほどじゃない。つーか、火の方はそもそも最初から当たる軌道じゃなかったし……

「あ、あの、その、ごめんなさい? 僕勘違いしてたみたいだ。遊びだった?」
「な、なんだとーー!?」

 いやだって、あんた達。本気で脅すなら、その辺の石でも拾って投げたほうがよっぽど怖いよ……
 唯一怪我しそうな火属性の人は、すっげ腰引けてたし。

「くっ、馬鹿にするなよ……全員、タクティクスフィフス、魔法陣かかれぇ!」
「部長!? それは禁断の……!」
「ここまで言われて、ただ引き下がったのではクラブの名折れだ! いいからやれ!」
「りょ、了解!」

 部長と呼ばれた男に言われて、残りの三人が動き出す。

 懐から棒を取り出し、地面になにやら模様を……これ、魔法陣?

「ふっ、四界を統べる者たちよ、我らの声を聞け、我らの声に応えよ。火よ水よ、土よ風よ、我らに力を与え給え――!」

 アイタタタタタ!?
 いや、必要な詠唱なのはわかる! わかるけど、クソ真面目にんな詠唱してるのを聞くと、どうも体が痒くなる!

「部長! 魔法陣上がりました!」
「詠唱補助入ります!」

 三分ほどをかけて、簡易的な魔法陣を書き上げた残り三人が、部長とやらの詠唱を補足するように呪文を唱える。

 ……はて、この魔法陣に、あの呪文の構成。

「あの、その魔法、あとどのくらいかかる? 僕の見立てだけど、十分くらいかからない?」
「もうちょっと早いわよ。八分くらい」

 と、僕がノームロックで作った壁の向こうから、女の子の声で答えが返って来た。

 襲われていた子、女の子だったのか。

 いやまあ、それはともかく、

「……ええと、そんだけあれば、千発以上『これ』叩き込めるんだけど」

 と、僕は霊弾をとりあえず五十発程作る。
 なお、威力的には、普通の人間が食らうと、当たりどころが悪ければ重症になるかもしれない……くらい、だと思う。本当に人間相手に試すわけにもいかないので、イマイチどのくらいかわかんないけど。

「くっ、な、なんだって!?」
「おい! 詠唱を続けろ!」
「しかし部長! あれは俺達では――」
「みんなの力を合わせれば、あのような日本人の一人や二人、討ち果たせぬことがあるものか!」
「そ、そうか! はあああーー!」

 いや、『そうか!』じゃなくて……

「……えい」

 待機させていた霊弾を一発射出。狙いは、地面に書かれた魔法陣。
 地面に棒で書いただけの魔法陣だから、霊弾の一発だけで為す術なく一角が崩れ落ちる。

「な、なにィィ!?」
「くっ」

 溜め込んでいた魔力のフィードバックで、四人が衝撃を受けたようにのけぞる。

「もー、やめちゃいなよ。勝てっこないじゃない」
「し、しかし、伝統ある『緋色の夜明け』団としては、こんなところで引き下がるわけには……」

 あー、よくある『黄金の夜明け』系列の魔術結社なのか……?

「あのさあ。一学園の魔術クラブに、伝統もなにもないでしょ」
「ぐ……そうは言うが、リズ」

 ……学園とな?

「……お前ら、もしかして学生か。何歳だ」
「? 俺が十七。他のみんなは十六だ」

 日本だと高校生じゃねぇか!
 女の子以外、普通に成人に見えたのに! 白人って老けて見えるって本当だったのか! 道理で弱いと思った……学生のクラブ活動程度じゃあ、そりゃこんなもんだよ。

 部長と呼ばれていた男の言葉に、僕は顔を引き攣らせた。

「……で、なんでこんな時間に、女の子一人囲んであんなことしてたんだ」
「ひ、人聞きの悪い事を言わないでくれ。あれは正式な魔術戦だ」
「ま、魔術戦……?」

 なにそれ。
 首をひねってると、金髪の少女が補足をしてくれた。

 ……改めて見ると、この子もちょっと魔女っぽい服装だな。ところどころをカジュアルにカスタマイズしてて、街中を歩いてもちょっと派手だな、くらいにしか見えないが、しかしアクセや色彩、シンボルなんかは丁寧に整えられている。

「要は大会よ。学園にある魔術クラブが、魔術の腕を競うのよ」
「……い、イギリススゲェ」
「全盛期は百近い学校が参加してたけど、、今じゃうちとそこの『緋色の夜明け』団しかいないんだけどね。しかも、うちはあたしが今代で復活させたクラブだし」

 へ、へえ〜。
 ま、まあ、うちの英文学部もモノホンの魔術書置いてあったり、大概だしな……西洋魔術の本場ともなれば、部活間の交流が生まれるくらい、その手のクラブがあるのも納得――かなあ?

「で、あたしがエリザベスで、そっちがニック、ケニー、ジェームズ、イアン」

 男の方は、部長の火の人、水、土、風……の順のようだ。……覚えきれねぇ。

「それで、こちらの説明は終わったのだけど、貴方は一体どういう人なの?」
「ええと……」

 は、はて。
 うーむ、修学旅行中だとか言って、万が一他の生徒にちょっかいかけられても困るしな……

「えっと、さっきも言ったけど、日本人。普通の観光客だ。趣味で集めた魔術の本で、数年前から魔術を齧ってる」

 色々と嘘をついたけど、こんなところだろう。

「ふーん、名前は?」
「……良也」
「おいおい、しかし数年であの腕か! 中々やるな、リョウヤ!」

 同じく魔術を習っていることに親近感を覚えたのか、ニックがいきなり呼び捨てでバンバンと背中を叩いてくる。

「……まあね」

 多分、僕のこと同年代か、下手したら年下だとでも思ってんだろうな。
 ……否定しても仕方ないので、曖昧に頷いておいた。

「わ、悪いけど、もうホテルに戻らないと」
「なら連絡先交換しようぜ! 俺のアドレスはこれだ」
「ご、ごめん! 本当に急ぐから!」

 いや、多分、悪い連中じゃあないと思う。本当にタダの観光で来ていたなら、連絡先を交換するくらいしていたかもしれない。
 ……でもやっぱり、今の僕は、軽率な行動を取る訳にはいかないのだ。逃げるように飛び上がって、公園の入口に急いだ。後ろから聞こえる声は、無視する。

 はあ……外出しないほうが良かったな。



































 なんてことがあったが、どうにか予定の日程の半分を消化することが出来た。
 今日からは、現地の学校――調べたところ、こっちもお嬢様校らしい――で、班に分かれて生徒同士の交流会。

 馬鹿でかいホールに並べられたテーブルに、班ごとに分かれ、まずは自己紹介を兼ねておしゃべりの時間だ。

 なお、交流する予定の班同士は、事前に電子メールでやりとりをしているのだが、顔を合わせるのはこれが初めてだ。

 んで、うちの生徒は英語の、向こうの生徒は日本語の練習をしているのだが、勿論意思疎通が困難になることも考えられる。
 ……そんな時にフォローするため、うちの英語教師陣は総出でこの修学旅行に付いて来ていた。

 テーブルに分かれて話をしているみんなの間を歩く。

「あー! つっちーせんせ! ヘルプ〜」
「はいはい。『ええと、メアリーさん? うちの菊島、ちょっと言葉が聞き取れないみたいなんだけど、僕に教えてくれないかな? 通訳するから』」

 胸元のネームタグを見て、金髪の少女――メアリーに話しかける。

「『あ、はい。私、日本の文化に興味がありまして。そのような習い事を菊島さんがされていましたら、是非見せていただきたいな、と。お花やお琴、日本舞踊など』』
「『了解。ありがとう』……菊島。もうちょっと英語の勉強しような?」
「うう、は〜い」

 今メアリーが伝えようとした言葉は、彼女がわかりやすいように話してくれていることもあって、中学レベルの英語だった。
 まあ、本場の発音は聞き慣れないのかもしれないが、もうちょっと頑張って欲しかった。

 とまあ、そんな感じにフォローを入れつつ、歩きまわる。
 流石に最初は緊張していたものの、国籍が違うとはいえ年頃の女の子同士。もう打ち解けあっており、今は辞書片手ながらも勉強にお洒落に流行に、話に花を咲かせていた。

「うむうむ」

 日本語と英語の飛び交う大ホールの壁に背中を預け、全体を見渡す。……時々困っている生徒もいるけど、自力で解決しようとしているな。それに、多少文法が間違ってても、とりあえず話そうという生徒もいる。
 ……うん、いい傾向だ。

 やはり、外国語を覚えるのは自分で考えて、そしてとりあえず話してみることが大事だ。

 ……うーむ、しかし、そうすると僕の出る幕もない――

「土樹先生、ちょっといいですか〜?」
「? 高宮」

 手を上げて、僕を呼んでいるのは、なにかと縁のある少女、高宮栞ちゃんだった。
 彼女、家の方針で、小さい頃から英会話習ってて、英語の成績もいいから、梃子摺るとは思えないんだけど。

 っていうか、なんで僕? 僕より原先生のほうが近いのに。

 ……まあ、部活の顧問だし、話しやすいからかね。
 と、内心訝しみながら近付き、

「ぅげ!?」

 思わず、悲鳴が漏れそうになった。

「げっ、とはなによ。失礼ね。ツチキ先生?」
「え、エリザベス……だったよな。……な、なんでここに」
「土樹先生、リズと知り合いなんですか? リズから呼んで欲しいって言われたんですけど」

 栞ちゃんが、小首を傾げる。

 ああ、わかってる。わかってるよ。この子、この学園の制服着てんだもん。そりゃ、生徒だよ、ここの。
 ……ナズェですか。

「こんな偶然もあるのねえ」

 僕の人生における『偶然』は、ちょっと数が多すぎやしませんかねぇ……

「リズ?」
「あー、シオリ。そこのツチキ先生とはね、うん。ちょっと一昨日の夜、助けてもらっちゃってね」
「……あの後、どうなったんだ」
「無効試合になっちゃった。まあ、あの四人にはまだ勝てないみたいだから、また今度頑張るわ。……こっちにいる間、個人的に教えてもらえると助かるなあ」

 生憎、修学旅行中はそんな余裕など、一切ない!

「そ、そーゆーのは、教えてないから」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
「だから、リズ、土樹先生、一体何なんですか?」

 二人の追求から逃れるように、僕はその場を離れる。

 ……エライことになってしまった気がする。
















 ――なお、これは日本に帰ってから知ったことだが。
 我が校には、姉妹校との交換留学生制度なるものが存在するらしい。

 この後の展開が予想できすぎてしまい、僕はその場で突っ伏した。



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