僕が高校の教師となって――つまり、新学期が始まってから一週間少々が経った。

 まだ浮ついた空気が残っているが、新入生たちもだいぶ高校生活に慣れてきたようだった。
 ……僕も、まあいくつか二年生のクラスで授業をして、どうにかこうにか緊張が解けてきたところである。まあ、慣れてしまえば、授業自体は塾バイト時代からやって来たのだ。学校と塾では勝手が違うが、その辺は先輩教師に教わりつつ、なんとかかんとかなりそうな手応えを感じている。

 時に、この高校は私立のお嬢様校である。
 とは言っても、勿論、生徒全員が金持ちの御令嬢というわけではない。ほとんどはごくフツーか、ちょっと裕福な――ついでに、ちょびっと教育熱心な――ご家庭の子女である。

 栞ちゃん――もとい高宮みたいなモノホンのお嬢様など、一割に満たない。
 まあ、日本の金持ちの人口比から考えてもそれが当然だと思うし、少数でもいること自体が驚きなわけだが。

 とは言っても、それなりの学費とかなりの学力を要求する学校である。基本的には品行方正な人間が集まり、そんなところも新任の僕にとってはすごくありがたい。

 まあ、藤崎みたいなちょっと姦しいのがいたりするが、この年代だとそのくらい当たり前である。

「……だよな、うん」

 ここ一週間でわかったことを整理しつつ、僕は一人頷いた。

 さて、新学期が始まってから一週間と言った。
 そのくらいの時期になると、新入生たちはそれぞれ部活を探し始める。

 一応、オカルト部の顧問としての任を預かった僕は、今日も今日とてちょいと不気味なグッズの揃った部室に詰めているわけだが、

「いらっしゃいいらっしゃい! やー、なっかなか新入部員が来てくれなくてねえ。君が、栄えある一人目だ! ささ、こっち座って座って!」
「は、はあ」

 今日も今日とて、このオカルト部……っとっと、英文学部にも、一人の眼鏡をかけたやたら大人しそうな女の子がやってきたわけだが、ハイテンションな藤崎と見るからに恐ろしげなオカルトグッズの揃った部室に、かなり引き気味だった。

「あ、あの土樹先生。止めなくていいんですか? 彼女、困っているみたいですけど」
「なら、高宮が止めてやれ」
「……ノリノリの藤崎先輩を止めるのは私には無理です」

 嫌がる一年生に、無理矢理道具の一つである頭蓋骨(も、模型だよな?)を見せる藤崎。

「ま、英文学なんつってるけど、うちはこーゆー部活なのよ。占いとか好き?」
「え、えっと。占いは好きですけど、これはどっちかというと呪いの類じゃ」

 なんかのミイラの瓶詰めを見せられて、既に一年生は半泣きになってる。

「藤崎ー。その辺でやめとけ。泣きそうになってるぞ」

 生徒の自主性に任せて、あまり口出しする気はなかったんだけど、流石に見かねて口を挟んだ。

「えー、これからが面白いのにー」

 やめろよ。そんな人の皮を使ったような装丁の本を見せるのは。『本物』を見たことある僕だって見間違うような精巧さだぞ、それ。

「え、ええと。ご、ごめんなさい! もう少し考えてからまた来ます!」

 と、僕と話すために一瞬だけ藤崎が気を逸らした瞬間に、一年生はぴゅーっ、と小動物的な素早さで部室から逃げていった。
 その背中を追うように藤崎が手を伸ばすが、当然止まるはずがない。

「くっ、また逃げられたー」
「……逃げるって表現を使わずに済むようにしような」

 悔しげに地団駄を踏む藤崎に、僕はそれだけ忠告して、溜息をつく。

 ここ二、三日こんな調子だ。具体的には、彼女で四人目。

 文系のマイナーな部なので、そんなにたくさん来たわけじゃないけど、それなりに本の好きそうな人間ばかりがやって来た。
 そして、部室の異様さと、藤崎が見せるオカアイテムの数々にすぐさま回れ右するというわけである。

 当たり前といえば、当たり前だ。タロットや水晶玉くらいならともかく、あんな血生臭い代物を見せられて喜ぶ女子高生なんて少数派だろ。

「はあ、今年は新入生、無理かもしれませんね」
「…………」

 独り言のようなものを漏らす、隣の高宮。……うーむ、

「な、なんですか土樹先生?」
「いや……。なんか、高宮って、そうは見えないのに、妙にこの部に馴染んでるなあ、って」

 どっちかってーと、さっき逃げてった一年の同類に見えるが。

「えっと、それは、前に呪いとかかけられたせいかもしれません。そのー、そういうの知ってると、逆に身を守るために知っておきたいじゃないですか」
「……そーゆーものかな」

 まあ、そうかも。僕だって魔法を覚え始めたのは、身を守るためだったし。でも、それとグロいグッズが平気なのは別の話だよね。

「ぐぬぬ……どうしてみんなこんな面白そうな部活に入らないのか」
「面白さ以上に、怖いからじゃないか」
「あたしにはわからんっ!」

 そりゃ、見ただけで呪われそうな不気味人形を平気で胸に抱えている藤崎には一生分からないだろう。

「でも、どうしましょうか。ポスターでも作ります?」
「そんな地味なことやってられないよっ。高宮ちゃん、こうなったら、公開サバトを開いて新入生を集めよう」
「やめれ」

 極めて常識的な提案をする高宮を、藤崎が一蹴する。
 つか、サバトて。どういうのか、具体的に藤崎は知っているんだろうか。ヤバいぞ、黒魔術系は。ネチョネチョのグッチョングッチョンだぞ。

「あ、そーだ。つっちーせんせ! 一年の副担なんでしょ。クラスのみんなを勧誘して来て!」
「……まあ、声をかけるくらいはいいけど」

 言っとくけど、だまくらかして連れてくるような真似はしないからな。この部の実態をちゃーんと説明してその上で……来る奴なんているはずねえだろ。























 ……ゴメン、藤崎。いたよ。

「なあ、天海。本当にいいのか? 言っとくが、そこらの占い屋レベルじゃないぞ? ガチだぞ?」
「はい。勿論大丈夫です」

 放課後。
 僕が副担任として担当しているクラスの帰りのホームルームで部のことを話したら、クラスの殆どが引く中、この天海千裕が食いついてきた。

 うちの部のことは、若干誇張して伝えたというのに、どうしてこう目をキラキラさせているんだろう、この子は。

「……もしかして、天海、そういうの好きなのか?」
「好き、とは少し違いますね。まあ、私はちょっと他の人とは違いますから」

 ふふん、と少し得意げに胸を張る天海。
 違うって……僕から見て、天海は極々普通の女子高生に見えるんだが。艶やかなショートの黒髪と泣きボクロくらいが特徴の、割と平凡な容姿。家柄も、確か普通だったはず。

 まあ、女の子の内面までは見えないので、もしかしたらそういうこともあるかもしれない。つーか、趣味は確実に変だな、うん。

「泣くことになっても知らないからな……。本当、グロいのもあるぞ」
「へえ。それは楽しみです」

 ……もはや止めまい。不敵に笑っている天海は、言葉では止まりそうにないし。

 やがて、部活棟の一室に辿り着く。作りは他の部室と同じなのだが、扉の表札には『英文学部』の文字が掠れ、その下に『汝らここに入るもの一切の望みを棄てよ』と、お前らは新入部員が欲しいのか欲しくないのかと問いかけたくなる文言が書いてある。
 ……すぐさま回れ右をしたとは言え、数人でも入部希望が来ただけで奇跡な気がする。というか、あの子達はこれを見てどう思ったんだろう。新入生らしく緊張してて目に入らなかっただけか?

「望みを捨てないといけないんですか」
「……いや、冗談みたいなものだから。多分」
「いいです。望むところですよ」

 ふっふっふ、と不気味に笑う天海は、なんていうか精神的に打たれ強そうだった。
 いいなー、こういう強さ、僕にも少しくらい分けて欲しいね。

 感心しながら、僕は部室のドアを開ける。中では、既に来ていた藤崎と高宮が寛いでいた。

「こんちはー。せんせ、そっちの子は?」
「入部希望の、うちのクラスの子。天海」

 あまり僕がでしゃばるもんでもないだろう。天海を促して、あいさつをさせることにした。
 天海は、一歩前に出て、軽く頭を下げ、

「初めまして。一年の天海千裕です。土樹先生に話を聞いて、興味を持って来ました」
「あ、初めまして。高宮栞、二年生です」
「部長、三年の藤崎遼子。よろしくー」

 ……なんだ、意外に普通。
 まあ、部屋のアレさ加減を除けば、だけど。

「しかし……ふぅん、話に聞いていたとおりですね。なかなか興味深いです」

 部屋を見渡して、そんな感想を漏らす天海。……最近の女子高生の趣味はわからん。

「お、天海ちゃんはこーゆーの好き? けっこう可愛いよね」

 藤崎……その変な生物のミイラっぽいものを可愛いと抜かすか。偽物だと思っても気持ち悪いぞ。
 あー、ほんとにわからん。

「はは、は」
「……高宮。無理することないぞ」
「べ、別に無理なんか」

 普段は視界に入れていないのか、藤崎の持ち出してきたミイラの瓶詰めを見て顔を引き攣らせる高宮。
 顔色が若干悪いのは……まあ無理もないか。

「いえ、好きというか……。こういうオカルト的なものは、私にとっては身近というか」
「へ? おうち、ミイラ屋さんでもやってるの?」

 どんな商売だ。

「そうじゃなく。……ええと、ここだけの話なんですが」

 ここだけの話、と言いつつも、天海はなんか話したくてうずうずしているように見えた。
 なんだろう、と思いながら次の言葉を待っていると、

「私、これでも霊感強いんです」

 ……ふーん。

「え? じゃあ、幽霊とか見えんの?」
「はい。もう見えすぎて困るくらいですよー」

 全ッ然困っているように見えないんだけど。

 藤崎も『スゲー』とか言ってないでさ。

「こ、怖くない? 幽霊とか……」

 高宮は、真面目に怖がっている。個人的な意見だが、百匹とか集まればともかく、一匹で生きている人間に影響与えるような強力な幽霊なんてそうそういないぞー。

「そうですね。少し怖かったりもしますが、大丈夫です。私、霊能力持っているので」
「すげー。せんせ、せんせ! 霊能力だって!」

 自信満々に言い切った天海。藤崎はテンションが上がって、きゃっきゃと騒ぎ出す。
 ……なんだろう、なんつーか、天海って。

「……疑ったりしないんですね」
「へ? 嘘なん?」
「いえ、本当ですけど。今まで、最初から信じてくれた人っていませんでしたし。人間、自分の常識から外れたものは、見ないことにするものですし」

 なんだかなー。

「んじゃ、見せてよ、霊能力ー」
「いいですけど。ふふ、人前で披露するのは久し振りですね」

 そう笑って、天海は眼を閉じて『はぁー』と集中する。
 ……いちいち芝居がかってんだよ。ツッコミ入れたくなってきた。

 まあ、しかし、藤崎と高宮は固唾を飲んで見守っている。……すげぇ茶番臭いが、水を差すのも悪いか。

「んっ!」

 天海が一つ気合を入れると、彼女の目の前の空間に、一瞬だけ小さな火が生まれる。
 あー、霊能力っつーより、超能力っぽい。念力発火? かな。幻想郷では、火種を熾すのに使われる、割とポピュラーな能力だ。

 本物かあ。もしかして、僕が知らないだけで、こういう人間って割と多いんだろうか。
 ……まあ、あれだけで息切れを起こしているのはご愛嬌だが。

「ど、どうです、か? 私の、必殺技は。名付けて『紅き火花(スカーレットスパーク)』」

 だから、名前とかさ。聞いてるだけで、なんか恥ずかしい。いや、スペルカードもそうなんだけど、なんてんだろう。とりあえず格好いい名前をつけてみましたみたいな感がね。
 あと、スカーレットは止めろ。そうだな……『煙草に火をつける程度』の能力とかどうだ? あ、未成年は煙草駄目だ。

「おおー」
「すごいです」

 そんなことを考えていたのは僕だけなのか、二人の女子高生は素直に感動して拍手を送っていた。あれー? これ、僕が気にし過ぎなだけ?

「あ、あの? 手品じゃないんですよ? これ、本当の霊能力なんですけど」
「ん? わかってるよ」
「だ、だったらもっと驚くものじゃないんですか? っていうか、驚いてくださいよ」

 騒いでほしいのかい。

「いや、驚いてるよ? そんなの使えるなんて、素直にスゲーって思うし。前の部長、色んな知識持ってても、実践は苦手だったしねー」

 悪魔召喚を成功させたのは気のせいだったのでしょうか……。いや、あれは偶然に偶然が重なったみたいなものだったけど。

「だったら――」
「でもねー」

 なんだよ。藤崎。こっち見んな。折角人が口を挟まず、静かーに傍観者でいようと思っていたのに。
 ……高宮も。なんで君までこっちを見るんですか。

「うちのせんせ、前もっと凄いの出してたもんねー」
「……土樹先生が?」

 ほら、天海も、そんな『人の見せ場を取りやがって』みたいな顔しない。
 わかったから。お前が、意外と目立ちたがり屋かつちょっと中二病気味なのは先生わかったから。

 はあ。

「藤崎。そのことは話さないって、前約束しなかったか?」
「えー、同じ部活の仲間になるんだし、いいじゃん。つっちーせんせ、意外と器小さい」

 小さくないわ!
 僕は、天海と違って注目を浴びるのは好きじゃないんだよ。

「どうせインチキとかじゃないんですか? テレビとかでたまに自称超能力者とか見ますけど、私に言わせればあんなのトリックもいいとこです」
「あ、天海さん。土樹先生に失礼だよ」

 高宮がフォローしてくれるが……いや、失礼でもいいから。そんなの、教師の仕事とまったく関係ないから。

「どうなんですか、土樹先生?」
「……あー、うん」

 なんでだろう。どうして話さなくてはいけない流れになっているんだろう。
 ……まあ、いいけどさ。

「はい」

 手の平の上に、拳大の火の玉を出してみる。
 見せて、すぐ消した。火事とか怖いしね。

「あー、ダメダメ。せんせ、もうちょっと前振りとか大切にしてよ。天海ちゃんみたいに」
「なんでだよ……」

 あんな気合入れて出すようなもんでもないし……

 とか思っていると、ぷるぷると天海が震えているのに気付いた。

「天海……?」
「こ、」

 こ?

「これで勝ったと思わないでくださいよー」

 なんでだよ……











 んで、次の日。
 なんかすげぇ睨まれながらも、天海から入部届けを受け取ったのだった。

 ……また、変なやつが。
 この部の明日はどっちだ?



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