「あら? 良也さん、久しぶり」

 実に、三週間ぶりの幻想郷。正月を挟んだとは言え、こっち来始めてからこんなに来ない期間は初めてだ。
 我ながら、少し憔悴した感じで、僕は博麗神社の縁側……霊夢の隣にどっかと座り込んだ。

「お茶いる? さっきまで魔理沙が使ってたのだけど」
「構わない。くれ」

 なんで湯飲みが二つあるのかと思ってたら、魔理沙来てたのか。入れ違いになっちゃったな。

「はあ、美味い」
「外は寒いから、熱いお茶が格別ね。……あ、良也さん、温度もうちょっとぬくめでお願い」
「……寒いから熱いのが、とか今言わなかったか」

 とは言いつつも、僕は今日は体を冷やしたくないので要望に答える。

 んで、ふー、と大きくため息をついた。

「……どうしたの? 随分疲れているみたいだけど」
「ああ、まあ」

 霊夢が珍しく心配そうにしてくるが、別にたいしたことはない。
 普段体験したことのない精神的な疲れがどっとね。

「前、帰るとき言わなかったか? 僕、就職活動しなきゃいけないから、しばらく来れないって」
「言ってたわね、そういえば。で、そのしゅうしょくかつどうって一体何かしら?」
「わかってなかったのか……」

 当たり前といえば当たり前か。

 ちなみに、一応、僕は本命としては教職を目指している。

 最初は留年して時間が余ったからついでに取り始めた教職課程だけれど、続けるうちにやりがいとかそんなものを感じ始めた。
 まあ、教師の道を決意するには、色々と自己分析や葛藤やなにやらがあったわけなのだが、とりあえずそれは置いておく。

 問題は……教師は採用が決定するまでが遅い、ってことだ。
 採用試験の二次試験が八月とか九月。仮にそれに落ちたとしても、挽回するのがちょい大変な時期だ。

 就職浪人なんてまた親にお金とか心配とかかける事態は勘弁なので、一般企業も受けているんだけど、スーツは……疲れる。

「外の世界じゃ、そうまでしないと仕事がないの? 仕事が少なそうで、いいことね」
「……いやいやいや」

 僕の話を聞いて、呑気なことを言う霊夢だけど、その認識は大いに間違っているから。っていうか、仕事が少ないとかお前に言われたくはない。

「大変なんだぞ。この寒い最中、企業研究して説明会行って、一般教養の試験とか、面接……はまだ受けてないけど」
「ふーん」

 興味なさそうに霊夢はお茶を飲んで、煎餅をかじる。
 畜生、いい気なもんだなこいつ。

 負けじと、僕も煎餅を食べ、お茶を飲む。……ふう、落ち着く。

「ったく帰ったら履歴書も書かないと」
「りれきしょ、ねえ」

 その発音の仕方。こいつ絶対わかってねえ。

「学歴とか、趣味とか特技とか志望動機とかを書くんだよ」
「良也さんの趣味とか特技ってなんだっけ?」
「は?」

 え、えーと。あとで考えようと思っていたから、あんまりネタはないんだけど、

「しゅ、趣味は……読書を少々」
「あのらのべとかいう変な小説?」
「ち、ちがっ! 一応これでも、文学作品とかも読んでいるんだぞ!? 少しだけどっ」

 いや、就活のネタ探しと言われたら否定できる要素はないけどね。多少は、『どんな本を読んでいるんですか』って質問にも答えられるようになっとかないと。漫画やラノベばかりじゃ、流石に就活ナメすぎだし。
 いくら真面目系の書籍つっても、ラテン語やギリシア語の魔導書をひいひい言いながら解読しています、とか言っても引かれるのがオチだしねえ。

「特技は? ああ、良也さんの特技って言ったらあれね。温度調節」
「……特技だけど、それ絶対頭おかしいって思われるからな」

 駄目だって。魔法とか弾幕とか空飛べるとか。
 テレビ局とかで見せて魔法使い芸人として旗揚げすればいいのかもしれないが、そんなことしたらスキマにぶっ飛ばされた上二百年くらい封印されそうだ。

「なによ、便利じゃない」
「外の世界には生身でそういうことできるやつはいないの」
「意外と不便ねえ」
「いやいや、色々便利だぞ。ただまあ、霊夢にとっちゃ面倒な世界だろうけど」

 まず空が自由に飛べない。生身ですいすい飛べる霊夢は、車とか電車の移動に相当ストレスが溜まるだろう。こっちに来たときか人気のない場所でしか飛んでない僕だって、時々移動が面倒で飛びたくなるくらいだし。

「ふーん」
「ま、それはそうと……とりあえず、その履歴書っつーのを書いて、会社――まあこっちで言う、大店に面接に行くわけだ。無事働けることになったら万々歳」
「へえ、頑張ってね」
「……ちーっとも応援する気配が感じられないぞ」
「まあ、いよいよとなったら働き口くらい私が用意してあげるわよ。そうね、ここの神社の神主見習いなんてどうかしら?」

 それ、ぜってぇ給料ないだろ。

 しかし、幻想郷で働く、かあ。こっちのお金を向こうのお金に換金する方法があれば、今のお菓子屋を本業にしても貿易っぽくしてやっていけるんだけど、方法がないからねえ。

 いやまあ、最悪、食っていくだけならこっちに移住して人里で農作業とか妖精退治とかしてもいいんだけど。
 しかし、僕がここまででっかくなれたのは向こうの社会のおかげで。そのうち移住することになったとしても、育ててもらった分くらいは社会に還元してからにしたいと思うのです。

「でも、神主かあ」

 その響きには、ちょろっと惹かれるものがある。

 そうなった場合を想像してみよう。
 神主というからには、この神社に本格的に引っ越すことになって、掃除とかするわけで……あれ? 他の仕事、他の仕事。

 いかん、毎日霊夢と一緒に茶飲んだり酒呑んだり異変に巻き込まれたりするビジョンしか浮かばない。

 それも楽しそうだけどねえ。

「……って、駄目駄目。結婚前の男女が同棲とか、ふしだらな」

 やっぱり、お泊りと同棲とじゃ、周りに与える印象は変わってくると思うので。

「ふしだら……って。良也さん、私にふしだらなことをするのかしら? そんな度胸があるようには見えないけど」
「しねぇよ。度胸の問題などではなく」

 こいつとふしだらなことになるのは我ながらありえんと思うぞ。

「度胸の問題でしょ」
「自ら死にに行くのは度胸とは言わない」

 蛮勇というのだ、そういうのは。

「そんなわけで、やっぱり神主はなしだな」
「どんなわけよ?」
「そんなわけで」

 うん、色々と問題がありそうだから、博麗神社の神主というセンは却下だ。それに、なんかこの神社にはもっとふさわしい神主さんがいるような気がするしね。

「まあ、ボチボチ考えるよ。とりあえずは外の世界で就職するつもりだし」
「そう。まあ、頑張ってね」

 あ、今度の『頑張ってね』は少しは気持ちがこもっているような気がする。

「あーい。さて、と。僕はここ最近の過密スケジュールのおかげでヘロヘロなのでちょい寝るわ」
「そう? おやすみ」

 この家に、自分用の布団があるってのも、改めて考えると変な話だな、そういえば。

 うう、しかし、本当、疲れている。でも、田舎の大学に行った高校時代の友達はもっと大変みたいだし。東京で就職活動するのも旅費がかかりすぎるつって。
 頑張らないとな。

 って、今日こっちに来た目的を忘れるところだった。

「ああ、そうそう。僕、明日帰ったらまたしばらく来れないと思うから……今晩、宴会しない? 僕の財布の中身、全部使っていいからさ」
「いいの? 豪気ねえ」
「しばらく来れないのに金を寝かしておくこともないだろ。その代わり、メンバー集めと料理と酒の準備、よろしくー」

 霊夢に向けて財布を投げる。幻想郷のお金……たぶん、外の世界に換算すれば十万か二十万くらいはある。ここんちで宴会するなら、多少人数が多くてもイケるはずだ。

 霊夢が受け取って、はいはい、と了解するのを確認して、僕は母屋の中に入っていく。

 ふあ……こりゃ、夜まで爆睡だな。











 その日の宴会では、霊夢が僕の状況を伝えてくれたためか、なんかみんな励ましてくれた。
 うん、頑張ろう。



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