大学から帰ってきて、部屋でまったりとインターネットを楽しんでいると、いきなり電話がかかってきた。

「……爺ちゃん?」

 発信者の欄を見てみると、爺ちゃんの電話番号が載っていた。
 幻想郷でスキマを口説いていたとかいう、ちょっと家の恥的な過去を持つ爺ちゃん。さて、あのときの話の続きか何かかなぁ、と思って電話に出る。

「はい? もしもし、爺ちゃん?」
『おお、良也。元気か?』
「元気だけど……」

 しばらく、当たり障りのない世間話をする。
 ……なんでも、最近お気に入りの盆栽がいい感じになっているとか。盆栽の話をされてもさっぱりわからないが。

『それでじゃな。ここからが本題なんじゃが』
「うん」
『わしな、お前の言う……幻想郷じゃったか? あそこから帰ってきてからも、しばらくは妖魔退治を生業にしていたことがあってな』
「……初耳だけど」

 っていうか、昔の日本ってそんなに妖怪がいたのか?
 そんなのあったら、もうちょっと記録とか残っていてもいいもんだけど。

『まあ、妖怪なんて早々いなくて、すぐ廃業したからの。その後は普通に武術家として成り上がっていったもんじゃが』
「……で? それがどうしたの」

 武勇伝を話すと、爺ちゃんの話は長い。とりあえず、話を急かす。

『うむ。それで、当時妖怪に付きまとわれて迷惑しとった客がおったんじゃが。その客から、今日わしに連絡があってな』
「はい?」
『なんでも、また妖怪だか幽霊だか、よくわからん事態に悩んでいるらしい。孫がどうのこうのと、詳しい話は聞かなんだが』
「それで、なんで僕に電話をしてきたの?」

 この現代社会で妖怪に悩まされる人がいるとは信じがたいけど、実際こっちで妖怪に遭遇したこともある僕は否定しきれない。
 ……でも、何故僕に? なんか嫌な予感がするんだけど。

『うむ。本来ならわしが出向くんじゃが、寄る年波には勝てん。その客の住んどるところは、お前のところからの方が近いしな。
 話は通しておいた。お前が行って解決してこい』
「ちょっ!?」

 ぼ、僕は妖怪退治とか大の苦手なんですがっ!

「あのね、そんなもん本職とかいるんじゃないの? いや、よくは知らないけど、退魔師とか陰陽師とか、そういう」

 漫画じゃあありきたりの設定だ。しかし、現実に妖怪とかがいるならそういうのがいてもおかしくはないと思うんだ。

『なにを言っておるんじゃ? その退魔師というのが、わしやお前じゃろう。他の連中にも会ったことはあるが、有象無象に過ぎん』
「い、いるんだ……。でも、僕をそんな職業に勝手にしないで欲しいんだけど」

 でも、浪漫溢れる職業だなあ……。ちょっと本職にお近付きになってサインとか貰いたいぞ。

『そう言うな。報酬も出るそうじゃから、あるばいと感覚で行ってみてくれないか?』
「うーん」

 お金かあ。
 確かに、バイト代はちょっと欲しい。今度、あのアニメのDVD出るし……。

「……わかったよ。でも、僕の手に負えるかどうかはわからないよ?」
『大丈夫じゃ。お前はわしの孫じゃからな』

 出来の悪い、が抜けていますよお爺ちゃん。


























「……でか」

 爺ちゃんに聞いた住所に出向いてみると、都内だというのに、うちの実家よりでかい日本屋敷があった。

 富の偏在というのは厳然と存在するのだなぁ、と妙に感心しながら、インターフォンを押す。
 ややあって、落ち着いた感じの老人の声が返ってきた。

『はい』
「えっと、爺ちゃん……。土樹灯也に言われてきた、孫の良也っていいますけど」
『ああ、先生のっ! お待ちしていました。すぐ参りますっ』

 先生とか呼ばれているのか、あの爺ちゃん。こんな金持ちに。

 しばらく待ってから出てきたのは、うちの爺ちゃんとは似ても似つかない柔和な感じの老人だった。

「はじめまして。私、高宮誠司、と申します」
「はあ、高宮さん。良也です」

 高宮さんが名刺を差し出してくる。……なーんか、その名刺に国内の超大手企業の会長だとか書いてある気がするのは僕の気のせいでしょうか?
 あ、あの、聞いていませんよ?

「す、すみません。僕、名刺とかないんですが」
「いえいえ、学生さんと聞いています。当たり前ですよ。……それより、こちらへ」

 高宮さんに促されて、屋敷の中に入る。
 ……うわぁ〜、金かかってそう。置物の一つ一つに品があるというか。多分、そこらにかけてある絵の一つで、僕なら一、二年は余裕で生活できるんじゃないか?

 で、道すがら一体どういう事象が起こっているのかを聞く。

 なんでも、直接被害を被っているのはお孫さんらしい。
 一ヶ月くらい前から、原因不明の高熱。色々な医者に見せるものの、原因を特定すらできない。
 考えあぐね、爺ちゃんに連絡を取った……そうだが、

「それって医者の領分な気がするんですけど」

 妖怪とか、そういうのっぽくない。
 本物の妖怪だったら、弱らせるなんてことせず即頭からボリボリ食う。相手を病気にする妖怪もいるって聞いたことはあるけど、あくまで相手を弱らせてから食べるためだ。

 幽霊とかに憑かれているにしろ、二ヶ月もずっと憑きっぱなしってのはなあ……第一、お孫さんは中学生だそうで、んな若いのに憑依する幽霊って、かなり強いぞ。

「いえ、その……」
「どうしました?」
「……いえ、見てもらった方が早いと思います」

 なんだって言うんだろう?
 と、ようやっとお孫さんの部屋に着いた。……なんで玄関から部屋までこんなに遠いんだよ。広いな、本当。

「入るよ、栞」

 それが名前らしい。
 高宮さんの後に付いて部屋に入り、

「うげっ」

 なんかこう、嫌な感じに思わず声が出てしまった。
 部屋の内装は、いまどきの女の子っぽい。いや、ただの妄想だけど。

 家具は品がいいのが多いけれど、本棚にはいまどきの少女小説や漫画も並んでいるし、ぬいぐるみみたいないかにもってアイテムもある。後はピンク色のノートパソコンとか。

 で、中央に大きなベッドがあり、そこに件の栞ちゃんと思しき少女が寝ているのだが、

「……呪いじゃないですか」

 目を凝らしてみると、彼女に纏わり付いている負の影響力が見て取れる。

「わ、わかりますかっ!?」
「そりゃわかりますよ……。ここまであからさまだと」

 もう、部屋にある呪力だけでお腹いっぱいです。

 見る限り、丑の刻参りと同系列の、人形か何かを対象と同期させて相手を呪うやつだ。えっと、ノート持ってきていたよな……

 パチュリーのところで勉強したことをまとめたノートを取り出して、いくつかページをめくる。

 でも、呪いはかけるほうも解呪の方も専門外なんだよなあ……。
 呪術って基本的に類感、感染の法則を使って相手に影響を与えるのが多い。このうち、類感ってのは似たもの同士は互いに影響しあうって考え方で、感染は接触したもの、一つのものであったものはこれまた影響しあう、って考え方だ。

 丑の刻参りだと、人体を模した人形の部分が類感で、対象から取ってきた髪の毛が感染のルートだ。

 ……基本的に、僕はどっちも効かない。
 影響しあうってことは『縁』があるってことだけど、幽体離脱しただけで一番結びつきが強いはずの身体に引き寄せられなくなるほどなのに、その他の縁が通るはずがない。

 僕の能力の効果の一つだ。別世界にある――つまり、常時結界に遮られているようなものなのだから、そもそも呪いの対象とすることができない。一度呪いの影響下に入っちゃったら話は別だけど。

 まあ、僕の方からやろうと思えば、縁を繋げることもできるが、やらない。面倒だし。だから呪いは苦手。呪いたい相手もいないし。

「……私のせいなのです。以前、とある商戦で勝った商売敵が、呪術師を雇ったらしく。現在の事業から手を引かなければ、孫の命はない、と」
「はあ」

 あんまり聞きたくないなあ……。汚い大人の社会ってやつですか。
 でも、子供を巻き込むもんじゃないと思うんだけど。

「しかし、今の事業から撤退すれば、会社が潰れることはないにしろ、相当の損失が出ます。従業員にも、何人かやめてもらわなくてはならなくなる……」
「そういうのはいいですよ」

 もうすぐ就職活動をしなければならない大学生になにを言うのか、この人は。
 ……もういい、とっとと終わらせよう。

「とりあえず、すぐ解呪しますから」
「で、できるんですかっ!?」
「……そのつもりで呼んだんじゃ?」
「い、いえ。失礼ながら、灯也先生は退魔は得意でも、こういう搦め手は得意ではありませんでしたから。藁にもすがる思いで連絡を取ったのです。ですから、孫の貴方も、と」
「そりゃ、得意じゃありませんけどね」

 ノートの呪いの項を読みながら、栞ちゃんとやらが寝ているベッドに近付く。
 えっと……妖怪退治用に持って来た塩とかで結界作るか。

「得意じゃない……。専門の呪術師を貴方の前に何人も雇ったのですが、その連中には解決できませんでした。大丈夫なんでしょうか?」
「? 本職が? そりゃないでしょう。それなら、その人たちはかなりへっぽこですよ」

 なんせ、この呪いをかけている人物。
 高めに見積もっても、霊力はせいぜい僕と同じか少し低いくらいだ。

 本格的に修行を積んだ人が解呪できないはずない……と、思う。断言は出来ない。だって、幻想郷以外でそっち関係の人に会ったことないし。

「まあ、大丈夫ですよ」

 ベッドを中心に、六箇所に盛り塩する。
 ……清めの塩と六芒星を合わせるなんて、和洋折衷もいいところだな。考えてみると。

 でも、これくらいの補助具がないと、結界なんて張れないし……。

 心の中で言い訳しつつ、スペルカードを取り出し、宣言する。

「遮符『一重結界』」

 バチィ、と結界を張った直後に、呪いの力との反発が起きた。……霊夢から見よう見まねでパクった劣化結界術だけど……。

 うーん、と。……オッケー。多少重かったけど、呪いは弾いた。
 呪い返しの対策位しているだろうけど、ひとまずはこれでいいだろ。

 あとは、僕が近くにいる限り、栞ちゃんに呪いをかけることは不可能だ。

 例え本人にどれだけ似せた人形だろうが、血液や髪の毛がどれだけあろうが、僕と外の世界とを隔てる『壁』はどんな縁も通じない。一旦呪いのルートを遮断してしまえば、再構築が出来ない。

 ……でもなあ。

「とりあえず、呪いはこれで大丈夫です」
「も、もうですか!?」
「はい。……けど、術者自体を叩かないと、何回もやってきますよ? 僕がいなくなったら、すぐ呪いをかけ直すでしょうし」
「そ、それは任せてくださいっ!」

 高宮さんは、すごい勢いで携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。

「私だっ! 例の呪いは解決した。今すぐ、連中に思い知らせてやれっ」

 早口でそうまくしたて、細かい指示を出し始める。
 ……なんか、『埋めろ』とか『潰せ』とか物騒な単語が聞こえるが、聞こえない振りー。

「……ん」
「あ、元気になってきたか?」

 栞ちゃんが、目をうっすらと開ける。
 呪いのせいで崩れた体調はすぐには戻らないだろうけど、ひとまずこれ以降は快方に向かうはずだ。

「……誰?」
「えーと、大学生」
「?」

 なんて紹介すればいいんだ。中学生相手に。

「兼魔法使いだ。まだ体調悪いんだから、寝ていなさい」

 はっきり言って、どういう話題を振ったらいいのか分からない。だから、とっとと眠らせる。

「うん……」

 素直に……というか、力尽きた感じで栞ちゃんは寝入ってしまう。












 まあ、その後は、特にこれといったトラブルもなく。
 高宮さんが、相手を『ぷちっ』と潰して終わったらしい。……こええよ、金持ち。

 とりあえず、僕にとってはかなり高額の報酬で、高い酒が買えたからよしとしよう。



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