アパートの自分の部屋で、PCでネットサーフィン。
 僕の日課だ。今日は午前で講義は終了なので、暇な昼下がりをこうして過ごしている。
 傍らには、昼間っからでなんだが、軽く酔うための安酒。明日は一コマ目から講義が入っているので余り呑みすぎないよう気をつける。

 見ているページは、オカルト系の掲示板。
 幻想郷に行ってから、この手のものが実在するとわかってしまい、自然と興味を惹かれるようになった。

 内容は色々。
 胡散臭いオカルトグッズの通販ページへのリンクやら、心霊体験、今俺の隣で美少女幽霊が寝てるといったネタ的なもの。ほとんどがインチキ、もしくは釣りだが、もしかしたら一つくらい『本物』がいるかもしれない。

 まあ、流石にPC越しじゃあわからないけど。

 別段、書き込むつもりもない僕は、いつもどおり新規の書き込みだけを流し読みし、

「……ん?」

 その、気になる書き込みを見つけた。

『いや、だからマジだって。空を飛ぶ女の子がこう、光の弾を放ってたんだよ』
『はいはい、妄想乙』
『本当だって。実際襲われて怪我したやつもいるんだから。××市の○○町だ。嘘だと思ってんなら、行ってこいよ』
『いかねーよ』

 ……わかりやすく口語体に直したが、こんな感じ。

 なにも知らなければ、ただの嘘の書き込みだと思っただろうが、女の子の姿をした妖怪が光の弾を放つ……そんな光景を、僕は見慣れてしまっている。

 電車で三十分ほどの、割と近い場所だったこともあり……

 僕は、興味を引かれ、PCを落とし、駅に向かった。









「さってと」

 書き込みのあった界隈に到着。
 駅から徒歩十分くらい。それだけ離れるだけで、ずいぶんと駅前の喧騒からは遠ざかり、ところどころ田んぼまである場所に出た。

 軽く呑んだせいで、少し眠気がある。
 さっと見て、とっとと帰ろうかな。

「ん」

 目を閉じて、周囲の霊力を探る。
 この手の感覚は、僕はほとんどなく、目の前に居る相手の霊力を感じるのがせいぜいだが、集中できればもう少しは探れる。

「んー、っと。いるなぁ」

 わずかに霊気の痕跡。妖怪か妖精か、それとも霊力が強い人間か。そこまではわからないが、なにか大きな霊力を持った奴がここに居たことは確かだ。

 そいつが人を襲うっていうんだったら……

「どうしよう?」

 退治できりゃあ一番だが、まず僕に退治できるのか。できたとして、わざわざ退治するような奴なのか? 怪我をした人間が居ても、かすり傷程度の可能性も有るじゃないか。

 ん〜、まあ会ってから考えれば良いか。どうにもならなそうだったらトンズラかませば良いし。

「……むう」

 とかなんとか言っても、ホシが登場するまで暇だ。ウダウダとここらを散歩するのも疲れるし、かといって時間をつぶせるような喫茶店とかもない。

「なんか、一つくらい店あるだろ……」

 ……あ。コンビニ発見。
 入る。

「立ち読み、っと」

 うげっ、本類全部カバーついてやんの。あ、一直線に本のコーナーに向かった僕に、店長らしき人が眼鏡を光らせて得意げに笑ってる。
 ……くっ。

「……肉まん三つとこのコーヒーください」
「ありがとうございまーす」

 ええい、面白くない。

 仕方ない。さっきのところでこれだけ食って来なかったら、帰ろう……か?

「……はあ、いきなりビンゴか」

 ついさっきまでは存在しなかった強烈な霊気を感じる。ったく、肉まん一つ食う暇もありゃしない。

 僕は電柱の影に目をやる。視線は地面より五メートルばかり上。
 かすかに羽が電柱からはみ出て見える。

「そこの羽娘。ちょっと出てきなさい」
「!?」

 ビクッ、と跳ねる気配がかすかにして、羽の生えた少女が電柱の影から顔を覗かせた。

「よっ」

 気さくに挨拶をしてみる。

「……誰?」
「んな警戒心丸出しにしなくても。ただの人間だ」
「ふ……ん。ただの人間が、よく私に気がつけたね」
「かくれんぼは得意なんだ」

 さてはて、どうするべきか。
 本当に居るとは実はあんまり思っていなかった。

「えっと、念のために聞くけど、妖怪だよな? 近所のコスプレ少女とかじゃなくて」
「妖怪ぃ? あー、ま、そういうのかもね。私の羽を見てもビビらないんだ」
「羽くらいじゃなぁ……」

 普通人よりは上でも、霊力はせいぜい僕とどっこいどっこいだろう。今更その程度の力でビビれと言われても困る。

「へぇ。これを見ても?」

 と、羽付き妖怪は妖弾を発射してくる。
 しかし、スピードは遅い。威力も大したことはない。これではかすり傷を負わせるのがせいぜいだ。

 ……無論、かすり傷とて痛いのは嫌なので、僕は避けた。

「む」

 二発、三発と撃ってくるが、いつも僕が理不尽に喰らっている弾幕に比べれば屁のツッパリにもならない。
 ……っていうか、人通りが少ないとは言え、誰かの目に付かないかが心配だ。

「誰も居ないな」

 もう暗くなってしまっているとはいえ、この時間でこの人の少なさは不自然なものを感じるが、僕にとっては好都合だ。

「ほい、お返し」

 とりあえず、三発撃たれたので、同じく三発返してやった。

「!? な、なにっ!?」
「なにって、霊弾。君も使ってたろうに」
「に、人間が使えるはずないじゃない!」
「悪いが、僕の知り合いの人間は、割と使える」

 地対空はちょい不利なので、僕も空を飛ぶ。誰かに見られる心配は……多分、ないだろう。

「空まで飛べるの!? 羽もないのに!」
「君も、その羽じゃどう頑張っても飛べないだろ。サイズ小さすぎ」
「う、うるさい。羽は空を飛ぶためのものなんだから、羽を持っている私は飛べて当たり前なのよ」
「にわとりは……」
「うっさいっ!」

 八つ当たりは止めろ。

 しかし、八つ当たりと言っても、やはり妖弾は散発的。これは……

「もしかして君、こういうのやったことないだろう」

 軽い弾幕を張る。
 幻想郷の人妖連中には、挨拶にすらならない、低密度の弾幕。しかし、この妖怪は慌てふためいて逃げた。

「ああ、やっぱり」
「な、なにすんのよー!」
「いやー、ゴメンゴメン。僕が優位に立てるって本当に初めてで、ちょっと感動した」

 そうすると、沸々と悪戯心が沸いてくる。
 いや、弾幕ごっこに慣れていない妖怪相手に八つ当たりは我ながらどうかと思うが、彼女とて人間を襲ったんだからいいよねーと自己弁護完了。

「さあ、弾幕ごっこのはじまりはじまりー」
「う、うわぁ! なにこの人間、怖っ。変態!」
「へ、変態だとぅ!? 背中に羽生やした女に言われたくないぞっ!」

 んだとゴラァ! と妖怪は猛る。

「この美しい羽の魅力がわからないの!?」
「わかるかンなもん!」
「へーん、所詮美意識のかけらもないブサメンね!」
「ブサッ……! ブサイクちゃうわっ! 大体、お前妖怪の癖に語彙が変だぞ!」
「変態の言うことなんて聞こえなーいっ」

 その後は、割と売り言葉に買い言葉。弾幕も交えつつ、僕と羽の妖怪は、喧嘩を始めるのだった。















最初は優勢だった僕も、だんだん弾幕ごっこになれてきた妖怪に押され、最終的には引き分け。

「な、なかなかやるじゃない」
「お前もな……」

 互いにボロボロになりつつ、健闘を讃えあう。
 あれだ、拳を交えば仲良くなれるっていう感じ?

「いやー、久々に良い汗かいた」
「……そうね。こんなにスッキリしたのは久しぶりよ」

 ……お、そうだ。隅っこに退避させといたコンビニの袋が。

「ほれ」
「?」
「肉まん。それ食って、とりあえず人間は喰わないように」

 肉まんを受け取った妖怪は、目をぱちくりさせた。

「人間を食べる? なんで」
「いや、だって妖怪だろ、お前」
「妖怪だからって、ほいほい人間を食べたりしないわよ」

 なに?
 僕の知り合った妖怪は人喰いばかりだったが。

「私だって馬鹿じゃないわ。人を食べたりしたら絶対騒ぎになって、私なんて簡単に退治されるに決まってる。だから、せいぜい通りの人間を脅かして、食べ物を奪うくらいよ」
「なんつーか、堅苦しいな」
「仕方ないじゃない。こうやらないと生きていけないんだから」

 世知辛い。
 でも、本来生きるってのはそういうもんだ。

 人なら誰しも、ある程度社会と折り合いをつけて生きていかなきゃいけない。妖怪とは言え、人間社会に寄生して生きなければならないなら、それは避けられない――ってことか。

 でもなぁ。今まで見てきた妖怪と、どうにもギャップがある。
 連中は、好き勝手に生きていた。多分、それはあの幻想郷という場所がとても特殊な場所なせいだろうけど。

「あ、そうだ。お礼に私の本を見せてあげる」
「本?」
「拾ったの」

 お前のじゃないだろ。

 とか思いつつ、興味を引かれたので見てみると、

「『非ノイマン型計算機の未来』? 全十五巻……の、最後の三巻」
「すごいでしょ」
「い、いや。さらっとこんな専門誌見せられても」

 あいにくと、僕は情報系ではない。パソコンは使うけど。

「えー、面白いのに」
「そうか?」

 妖怪の感性はよくわからない。

「あ、肉まん美味しい」
「そりゃよかった」

 しばらくまったり過ごす。

 さて、そろそろいいかね。

「……スキマ」

 適当な方向に呼びかける。

「え? どうしたの」

 妖怪が何か聞いてくるが、すぐにビクッ、と反応して警戒態勢になる。
 あ〜、一応、忠告しておくと、警戒しても意味ないぞ。

「こんばんわ、良也。気付いていたのね」
「こんだけ暴れまわって誰も気付かないってのはなあ」
「流石の貴方も気付いちゃったか」

 どう流石なのか、是非とも聞かせてもらいたいところである。

 が、とりあえずは、それよりも先に、妖怪のほうだ。

「え? なに、あんたの知り合い?」
「知り合いたくもなかったけど、一応そう。わかると思うけど、これも妖怪」
「これ扱いしないで欲しいんだけど」

 だったら、とりあえずその胡散臭い笑顔と、撒き散らす凶悪な霊力をどうにかしろ。妖怪、とっても怯えてるぞ。
 ……ああ、怯えさせるのが目的か。つまり、威嚇。

「じゃ、貴方、とりあえず私についてきなさい。いいところに連れて行ってあげるわ」
「え? ええ?」
「あー、そーゆーことなんだ……」

 てっきり僕はそのまま殺しちゃうんじゃないかと、スキマを止める気満々だったのに。いや、無謀なことは百も承知だけど。

「ど、どこに?」
「大丈夫。とりあえず、付いていけば間違いない。そのうち会うこともあるだろ」

 丁度良い位置に頭があったので、撫でてみる。

「撫でんなっ!」
「おおっと、これは失礼」

 ったく、とブツブツ妖怪は文句を言う。

「わかったよ、あなたについていく」
「あら、素直ね。無理矢理にでも連れて行くつもりだったのに」
「逆らったって無駄だし。長いものに巻かれろ、はこの世界の常識よ」
「ふふ……これから行く場所は、そんな木っ端みたいな常識じゃ生きていけないところよ?」

 なによそれ、と聞く妖怪も、向こうに行けばさんざビビるだろう。なにしろ、僕がそうだった。僕の理不尽な気持ちを少しは味わうといい。

「あ、そうだ」
「ん? どうした」
「あんた、名前は?」

 自己紹介、そういえばしてなかったっけ。

「良也」
「そ。私、朱鷺子」
「そっか。まあ、そっちは僕もたまに行ってるから、会うこともあるかもな」

 んじゃあ、と手を振って別れる。
 スキマが手を引いて、隙間空間に朱鷺子を招きいれ、顔だけを見せて言った。

「外の世界でもこういうことがあるってこと、一応覚えておきなさい。外に住まう、異能の者として」
「覚えていたらな」
「はいはい」

 じゃあね、と、スキマも消えた。





「はあ……帰って寝るかぁ」

 それは、僕が初めて外の世界の裏に触れた日。



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