それは、ちょっとしたきっかけだった。

 僕は、博霊神社まで行くための電車での暇つぶしに、某超有名サッカー漫画の文庫版を読んでいた。
 本当にそれだけ。

 それが、まさかあんなことになるなんて……






「良也さん、なにそれ?」
「漫画」

 霊夢のところに来ても、お茶を飲みながらついつい読み耽ってしまった。
 さすがは一時代を築いたスポーツ漫画。スカイラブハリケーンとか、マジありえねぇ。空愛台風。漢字にするともっとカッコいいぜ。

 そういえば、小学生の頃は、コレに出てきた必殺シュートとか練習したよなぁ。当時はサッカー流行ってたし。でも、ぜんぜんできなかった。

 ……今の僕なら、オーバーヘッドキックは楽勝だよな。空飛べるし。

「この、サッカーってのはなんなの?」

 霊夢が、僕の呼んでいるページを覗き込みながら尋ねてくる。

「球技だよ、球技。スポーツ、運動。幻想郷にも蹴鞠みたいなのあったろ」
「ああ、スポーツね。たまに、外の世界から来て流行ったりするわ」

 前はテニスだっけ、と何気にハイカラなスポーツをあげる霊夢。
 こいつらの場合、スポーツ=弾幕ごっこ、みたいに思っていたけど、そうでもないのか。

「ちょっと面白そうね。どういうルールなの?」
「え? 聞かれてもなぁ……。まあ、要するに、この枠、ゴールの中に、手を使わないでボールを入れれば点数になるんだ。あとは敵味方分かれて、どれだけ点を取れるか、って競争」

 オフサイドとか、細かいルールを説明する必要もないだろう。
 あとは、フィールドの外に出たら相手ボールになるだとか、キーパーだけは手を使えるとか、適当にサッカーのルールを教える。

「ふーん。やってみたいわね」
「無理無理。これ、一チーム十一人要るんだぞ。そんなに暇人かつやってみたいやつなんて……」
「そんだけでいいの?」

 ……幻想郷には大量にいそうだな、確かに。

「でも、ボールとフィールドがなぁ」
「こんなこともあろうかと」

 どこからともなく声が聞こえ、僕の目の前でぽーんぽーんと白黒のボールが跳ねる。

「……サッカーボール?」
「私が作っておいたわ」
「スキマ?」

 こんなこともあろうかと、って一体全体どうやって予測したんだ、こいつは。
 そして、『作った』?

 よくよくボールを見てみると『Maid in Yakumo』の文字。スペルミスはわざとだ。絶対。

「じゃ、適当に暇していそうなやつらを集めてくるわ」
「よろしくね。うちの式たちも参加させるから。五人はこれでオーケーね」
「……五人?」

 霊夢と、スキマ。あとスキマの式の藍さんと、会った事はないがもう一人いるという式。
 ……で、僕?

「なんで僕まで」
「ルールを知っている人間が一人くらいは必要でしょう?」
「あんたも知ってるだろ」
「残念。スポーツには詳しくないの」

 ぜってぇ嘘だ。










 んで、二十二人が無事集まった。

 ……早い。早いよ、オイ。

 大体、いつの間に神社の近所に、こんな立派なグラウンドを作ったんだ。しかも観客席付き。

「じゃ、キックオフね。よろしくー」

 整列、というにはやけにぐちゃぐちゃになった両陣営がおざなりな礼を交わす。

 んで、僕はゴールに向かった。キーパーの役目をおおせつかったためだ。

「……ま、サボれるか」

 大体、僕みたいな引き篭もりに運動をさせるなと言うのだ。
 集まったメンバーも、知らない顔がちらほらあるし。

「お、始まったな」

 ピーーっ! と、紅魔館のメイドの審判が笛を吹き、ゲームが始まる。

 まず、ボールを持ったのは敵チームの魔理沙。普段着のままの彼女は、懐をごそごそし、

「……八卦炉?」

 魔理沙は弾幕ごっこに良く使ってる、愛用の道具を取り出し、さらにカードまでもを取り出し、

「おい、まさか……」

 嫌な予感がむくむくと膨れ上がり、次の魔理沙の台詞でその予感が現実のものとなった。

「くらえ、良也! これが私のマスタースパークだぜ」
「ま……!!」

 魔理沙の火炉から、とんでもない威力と派手さの光線がぶっ放される。直線状にいた味方は、全員退避済み。

「待てえええええええええええぇぇぇえーーーーーーーーーー!!!」

 あわてて、僕もゴールから脱兎のごとく逃げ出した。

「ふんぎゃあ!?」

 余波でごろごろと転がる。
 軽く十メートルは吹き飛ばされて、恐る恐るゴールを見ると、

「……は?」

 なぜか、マスタースパークの直撃を受けたはずのゴールは、ネットが破れただけで無事だった。
 そして、その向こうにあったはずの観客席は完璧無傷。

 てんてんてん、と転がるボールに至っては煤けてすらいない。

 そんなわけのわからない状況で、間抜けな笛の音が響いた。

「ゴール。霧雨チーム一点追加」
「待てコラ!?」

 どーゆー審判だ!?

「ルール違反だろ! レッドカードは!?」
「しかし、ルールは手を使わないでボールを運ぶだけのはず」
「アバウト過ぎる! 危険行為禁止っ」
「了解しました」

 審判は無表情に、ルールブックに一筆書き加える。

 ……ったく。危うく死ぬところだったぞ。

 仕切りなおしだ。今度はこっちのボール。……さっきのが得点になったのは、いまだに納得できないが。

 キックオフし、霊夢がボールを持つ。

「いくわよっ、夢想封印!」
「行くなあ!」

 性懲りもなくスペルカードを取り出した霊夢はシュート(?)を撃つ。
 しかし、相手側のキーパーはあのスキマ……

「私の隙間空間をこの程度で抜くつもり!?」

 なんなく止めやがった。

「審判!? 危険行為はっ!?」

 こっちの反則になるが、突っ込みを入れずにはいられない。

「危険?」

 首をかしげる審判。

「わかってねぇ!?」

 ああもう今回『!』と『?』が多すぎだよっ!

 そして、スキマからボールは咲夜さんに渡り、

「ふう、こんなこと、本来ならばしたくないのですけど。お嬢様のご要望なら仕方ありません」

 ……聞こえやしないが、こんなことを言っている。きっと。

 でもって、次の台詞は僕にも聞こえた。

「ここで決める! メイド秘技・殺人ドール!」
「メイドが殺人とか言うなぁ!!」

 ナイフが刺さるボール。
 そのナイフの勢いのまま、僕の元にボールが……

「逃げっ!」

 ヤバイと判断し、僕はすぐ逃げた。

 案の定、このシュートもネットを突き破りやがった。

「ちょっと、良也さん? キーパーなんだからちゃんと防がないと駄目じゃない」
「いやもう、ちょっと……勘弁してくれませんか、霊夢さん」

 勝手に丁寧語になる僕。

 いや、あのさ。
 必殺シュートの『必殺』は、単にすげぇシュートっていう意味で、本当に必ず殺す必要はないんだからな?

 ……所詮、幻想郷の連中にとってスポーツ=弾幕ごっこなんだな。





 ちなみに、サッカーはこの後しばらく幻想郷で流行り。
 僕はゲームに参加する度、死にそうな目に遭うのだが、それはまた別のお話。



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