幻想郷。
 現実世界で、幻想とされているもの――妖怪、魔法、幽霊。

 そんなものが集まる世界。

 その世界にひょんなこと(人身事故)から生霊としてやってきた僕、土樹良也。

 紆余曲折を経て蘇った僕は、僅かな情報を頼りに、再び幻想郷にやってきた。

 そして――


「宴会になってるんだもんなぁ、もう」

 幻想郷に来た次の日、生霊時代知り合った魔理沙が『じゃあ、宴会でもやろうぜッ』と言い出し、ついこの間の鬼のような(文字通りの意味で)怒涛の宴会ラッシュにも関わらず、多くの人間が(僕のことも知らないのに)集まり、

 一大宴会となっていた。

「……要するに、騒げればなんでもいいんだろう」
「そんなに拗ねるなよ。ほれほれ、呑め呑め」

 魔理沙は笑って、酒を入れてくれる。

 ……ふん、まあいいだろう。今にその顔を驚愕に染めてやる。

「と、言うわけで、魔理沙。こいつを喰らえ」
「呑め、じゃないのか?」

 どん、と僕が取り出したのはとある一升瓶。

 こいつは、外の世界の酒だ。

「なになに、お酒?」
「来たな、鬼め。お前にも、コイツを味わわせてやる。そこの巫女と、そっちの踊ってる剣士も来なさい」

 とりあえず、目に付いた知り合いを片っ端から集め、全員に持ってきた日本酒を注いでやる。

「は、はぁ。なんですか、これは?」
「良くぞ聞いてくれた、妖夢。しかし、とりあえず呑め。話はそれからだ」

 納得いっていない妖夢だったが、酒に一口つけたところで目の色が変わった。

「え、ええ? こ、これは……」
「おいしい〜」
「うまいね」

 カカカ、驚いてる驚いてる。

「ふふ……外の世界の醸造技術を甘く見るなよ、ファンタジーども。技術が進んで、粗悪品も増えたが、それ以上に良い品も増えたんだ」

 昔ながらの製法がいいという輩もいるが、それは半分正しく、半分は間違いだ。

 現代の酒の品質は格段に上がっている。保存方法一つとっても、冷蔵庫があるのとないのとでは大違い。発酵のさせ方から濾し方まで、現代の科学をうまく使って作られた酒は基本的に美味いのだ。
 不味い酒は、あれは日本酒じゃないだけだ。清酒風アルコール飲料というのが正しい。

「いや、しかし、本当に美味いわ、これは」

 流石の萃香も認めたか。

 それもそのはず。コイツは今回の目玉として持ってきた、万を越える値段の純米大吟醸。
 ついでに、さまざまなつまみ類も持ってきた。こっちの人間があまり食べたことないようなスナックとかをメインに。
 今までの宴会で、一度も食料やらなにやら持ってこなかった僕の、せめてもの誠意という奴だ。

「あらあら、これはまた、随分奮発したわね」
「……あ」

 いつの間にか、僕の手から一升瓶が消えていた。
 そして、その瓶は今、どこからともなく出現した紫さんの手に。

「ほら、幽々子。貴方もご相伴に預かったら?」
「そうね。良也、頂くわよ」

 いや、まあいいけどさ。幽々子は、居候先だったし、紫さんにも、ルーミアに喰われそうになったところを助けてもらったことがあるし。

 でも、ちょい待ち。僕がまだ呑んでいない。それは、僕も呑んだことがない酒で、いっぺん呑んでみたいと思って……

「あら、貴方……」

 声に振り向くと、この場に不釣合いな美人メイドが立っていた。

「ああ。咲夜さん。料理の片付けですか」

 咲夜さんは笑って指を口に添えた。

 ……ああ、今の宴会に水を差したくないってことなのか。

「ほらほら、貴方も。呑んでみなさい。良也が持ってきた、滅多に呑めない外の世界の高いお酒よ」

 咲夜さんは少し迷って、紫さんから盃を受ける。

「本当、美味しいわ。ありがとう」
「あ、ああ。いやいや。この程度お安い御用」

 お安くないけどね。

 って、それはそうと、僕にも呑ませ……

「紫、私にもう一杯」
「私も」
「私ももらうぜ」
「あらあら、みんな。私が呑んでからよ」

 ちょっ!?

「み、皆さん。なにやら、良也さんが呑みたそうにしているんですが……」

 妖夢ありがとう。
 でも、君の小さい声では、そこの酔っ払いどもには届かないんだよ。悲しいことに。

 そして、一升あった酒は、みるみるうちになくなり……

 僕は一滴も呑めなかった。

「は、はははは……こういうこともあるさ」

 とりあえず、お前ら全員、僕的好感度を下げておくからな。










「ああ、おはよう。良也さん。よく眠れた?」
「――まあまあだ。おはよう、霊夢」

 博麗神社の賽銭箱に背中を預けて眠っていたらしい。背中が痛かった。

「昨日のお酒やお菓子は美味しかったわ。また是非持ってきて」
「菓子はともかく、酒は高いから無理だ」

 あんなん、二本も三本も持ってきたら、僕は破産してしまう。

「そう……残念ね」
「僕はもっと残念だったんだが」

 ああ、呑みたかった。切実に。

「で、これからどうするの?」
「どうするって……。まあ、とりあえず、今日は帰るよ。また遊びに来る」
「そ。あ、あと賽銭箱は貴方の真後ろね」

 それを言って、僕になにをしろと?
 ……賽銭の催促か? 神社的に、それはオーケーなのか?

「悪いが、僕の持っているお金は、外の世界のしかない。こっちじゃ使えないと思うぞ」
「そうなの?」

 そうなのだ。
 換金できりゃいいのだけど、外の世界と流通なんぞない幻想郷じゃ無理……

「あ」

 ぽん、と手を叩いた。

 霊夢や魔理沙も言っていた。外の世界のお菓子は珍しくて美味しい、と。
 前行った人里では、割と露店とかもあったし、うまくすれば売れるんじゃないか?

「……試してみるだけ、試してみようか」

 初期投資は、せいぜい二千円くらいで十分。無駄に終わっても、食べて消費できるし。

「霊夢。ちょっと思いついたことがあるから、またすぐ来るよ」
「そ。待っているわ」

 手を振って、霊夢と別れを告げる。

 そして、目を瞑った。
 最初来た時はどうやって帰ればいいのかよくわからず焦ったのだが、こうやって目を閉じて向こうの世界を思い浮かべれば割りと簡単に飛べる。



 その後、僕の商売は一応の成功を見せ、博麗神社の賽銭箱を潤すのだが……それはもう少し後の話である。



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