僕の家――もはや屋敷と言った方が相応しいが――は、数々のトラブルに見舞われながらも、ようやく完成の目を見た。 上モノは一応平屋の日本っぽい屋敷だが、相変わらず庭がカオスだし、実は内装も結構前衛的な部分が多かったりする。 なお、そんなことは些細なこと。この家の霊的バランスこそ、滅茶苦茶特異な条件のもと成り立っている。 洋の東西を問わないバラエティ豊かな妖怪たち。神道、仏教、道教の三宗教。付喪神、土着神、国津神等の神々。魔術は宗教由来のものから、西洋魔術、陰陽道、風水などなど。 そんな連中が、好き勝手に……そう、本当に好き勝手に、別に壊れてもいいやー、的な適当さで加護やらなにやら与えまくった結果、控えめに言って火薬庫かな? 位の危うさだ。 それでも、決定的な所で破綻していないのは、頭脳組が頑張った成果である。 結果的に、この家に下手なちょっかいをかけそうな輩が出なさそうなのは、まあ収穫と言えるだろうか。誰がどう仕掛けたかもわからないカウンター術式がぶっちゃけ僕すら把握していない程あり、ここの建築に関わったやつは手出しすることはないだろう。 ともあれ。 今日は、屋敷の完成祝賀会である。 「えー、みんなのお陰で、僕の家も完成しました。本当に、あり……が、とう?」 新築の庭に所狭しと集まった妖怪たちの前で立った僕は、始まりの挨拶をするが、口に出す程なんか尻すぼみになる。 「なんでそこで疑問形なんだよ!」 僕のすぐ前で、麦酒のグラスを手にした魔理沙が野次を飛ばす。 ……いや、うん。ありがたいとは思ってるんだよ? でも、もう少し平穏無事に作れなかったのかなぁ、という思いがちょっと溢れただけだ。 「ん゛っ、ん、んん! はい、みんなありがとう!」 咳払いをし、改めて声を張り上げた。 「みんなグラスは行き渡ってるよな? じゃあ、乾ぱーい」 僕はグラスを掲げる。そして、乾杯の音が唱和……しなかった。 「あれ?」 「いや、あのね良也さん。いつもの宴会じゃないんだから、もうちょっとこう、それっぽい挨拶があるでしょう」 呆れたように、みんなの声を代弁したのは霊夢だった。 ……っていうか、お前もいつも適当なくせに。霊夢のやつが乾杯の音頭を取った時、十秒以上続いた覚えがないぞ。 「ほら、せめてお屋敷の名前くらい発表したら? これだけ立派な建物なんだもの。異名の一つくらいあってもいいんじゃない?」 「名前かー」 紅魔館、白玉楼、永遠亭、地霊殿などなど。別に寺社仏閣でもないが、妖怪たちの拠点の家は、それっぽい名前が付いている。 別に付ける気もなかったんだが、しかしそういうの、ちょっと格好いい気がしなくもない。 「えー、んー」 かと言って、すぐ思いつくか、と言えばそんなことはない。自慢ではないが、ゲームの自キャラの名前を考えるのにも三十分くらいかけることがあるのだ。 霊夢も、そういうことは早めに指摘してくれればいいのに。 「なに悩んでるの。こういうのは直感で付ければいいのよ」 ……直感だけで異変の元凶に真っ直ぐ突っ込んで行く奴に言われると、説得力が違う。 まあ、そうだな。下手の考え休むに似たり。多少変でも、その内慣れるだろう。 「じゃ、良也ハウスで」 「……カッコカリを抜いた、土樹亭の完成よ! みんな、今日はたらふく呑みましょう。乾杯!」 かんぱーい、と。 どこか白けた雰囲気で、祝賀会は始まったらしいよ。 ……あれ、良くなくない? 良也ハウス。そんな、みんな可哀想なものを見る目で僕を見なくてもいいじゃないか。 「はい、せんせ。おめでとうございます。現役女子高生から酌を受けるなんて、滅多にない経験ですよ」 「お、おーう、あー、宇佐見か。おう、ありがとさんー」 手にした酒盃に、いつの間にかやってきた宇佐見が日本酒を注いでくれる。 「……だいぶ酔ってますね、せんせ」 「さっきから、入れ替わり立ち替わり呑ませられてるからなあ。っと、いただきます」 ぐい、っと呷って空にする。ぷはー、と我ながら酒臭い息を吐き、手元の……なんかの肉料理っぽいツマミを齧った。 「美味しそう。私もちょびっといただこうかなー」 「あ、こら宇佐見。お前学生が……」 「おう、良也。呑んでるね? ほら、私からも一杯」 「っとと、どうも、勇儀さん」 酒盃が空になっていることに気付いた勇儀さんが、手に持った盃を渡してくれる。とっとと行ってしまった宇佐見は……まあいいか。 って、勇儀さんが自分の持ってる盃を差し出してきた。 「ええと、これって」 「鬼の名品さ。祝い事だからね。少し使わせてやるよ」 そういえば、萃香に聞いたことあるかもしれない。勇儀さんの盃は酒がいい感じになる効果があるって。確か、星熊盃って言ったっけ? 「ほれ、この盃の効果は時間ごとに劣化するんだ。早く呑め」 「あの、これ五合くらい入ってんですけど」 「本当なら一升は入るんだけどね。流石に一升を一気に呑むのは人間にはキツかろう」 うん、気遣いは出来る人なんだな。鬼と人間の限界の差に、致命的な誤解があるけど! まあ、なんとかなるか、と僕は星熊盃に口を付け、ぐびぐび、と呑む。 瞬間、芳醇で濃厚な味わいが舌の上を踊り、爽やかな香気が鼻を吹き抜けていく。……めちゃ旨くなっとる。 流石に、一息に飲み干すことはできなかったが、二度程息を付くだけで、僕は五合を呑みきった。 星熊盃を勇儀さんに返しながら、口元を拭う。 「おう、中々の呑みっぷりだねえ。もうちょっとすりゃ、鬼の足元くらいには来れるんじゃないかい?」 「辿り着いちゃいけない境地な気もしますけどね」 「はっはっは。いいもんなんだけどねえ。じゃ、私はこれで」 勇儀さんが去る。 うっぷ、少し胃液が登る気配があった。脇に置いてある水差しの水を一口呑んで、気を落ち着ける。 「ねえねえ、これが祝いの表情」 「こころか」 笑顔っぽい仮面を付けて現れたのはこころだった。しかし、一応、お祝いしてくれる気持ちはあるんだ。どうも言動の読めない奴だが、やっぱり良い奴ではあるんだよな。 「宴会の主賓には、酒を呑ませるのが習わしと聞いた」 ん、と顔は無表情のまま、こころが日本酒の瓶を向けてくる。 勘違い……ではないような、そうでもあるような。まあ、僕はありがたくいただくが。 「おう、ありがと……って、多い多い!」 「表面張力!」 ええ…… 動かすと、即座に零れそうだ。口の方を近づけて啜る。 「ところで、これだけ観客(ギャラリー)がいるんだし、能楽やっていい?」 「は? いや、いいけど」 「許可ゲッツ」 喜々として――いや、表情は変わらないが、喜びの面に付け替えたから多分そう――宴会の中心に向かうこころ。……それ聞きに来ただけかい。 僕はちょっと呆れたが、しかし、そういう余興があると盛り上がるだろう。 この前の、宇佐見の引き起こした異変を題材とした『深秘録』を演じ始めたこころを眺めながら、僕は呑み続けるのであった。 もう、だいぶ呑んだ。一旦飲み食いを中止して、酩酊した視界でぼんやりと宴会風景を眺める。 騒ぎに惹かれてやってきた野良妖怪やら妖精やらを含めれば、百人を超える人数が庭にひしめき合ってる。 この中の何人が本気で祝ってくれているのかは定かではないが、しかし、それでもこうして一緒になって呑んでいると、なんとなく嬉しい。 「隣、いいかしら」 「……ん、スキマか。どーぞ」 気配の一つもなく僕の隣に現れたのは、スキマ……八雲紫だった。 「はい、まずは一献」 「……そろそろ僕、限界近いんだけど」 「昔は一宴会で三回くらいアル中で死んだこともあったじゃない」 「い、いやそうだけどさ。ほら、僕も成長したっていうか。アルコール中毒で死ぬことは最近少なくなっただろ? そう、自制心というものを覚えたんだ」 まあ、既に昔は余裕で死んでたくらいの量を呑んでいる気がしなくもないが。この辺、蓬莱人体質がどこまで影響しているのか謎だ。 「うだうだうっさいわね。呂律もちゃんと回ってるし平気よ。なにより、私の酒が呑めないっていうの?」 「……またベッタベタな絡み方しやがって」 ん、と酒盃を向け、スキマの注いでくれた酒を呑む。 「しかし、なかなかいい物件が建ったわね。正直、途中で喧嘩でも発生して、計画が頓挫するかと思っていたけれど」 「んなこと思ってたのかよ」 いやまあ、僕も似たようなことは考えていたけどさあ。 「そういやあ、建築中はお前見かけなかったけど、なにやってたんだ?」 一応、こいつも手伝うとか言っていたはず。スキマは適当な奴だが、意味もなく約束を破ることはない。意味があればあっさり破るが。 「なにって、色々よ。色々」 「……一体なにをやりやがった」 「ご挨拶ね。ちょっとした仕込みを入れたりした程度よ」 ……ちょっとした、仕込み。 「隠れてやってたってことは、つまり僕が見たら止めるようなことをしたんだな?」 「まあ、否定はしないわ」 そこは否定しろよ! 僕、今日から幻想郷に来た時はここで寝泊まりするんだけど! 「はあ……はあ」 「どうしたの。せっかくのお祝いなのに、ため息なんてついて」 「お前なあ。いや、もういいけどさ」 ぐい、と残りを呑み干す。即座にスキマが酌をしてくれた。 間をおかず、半ばまで呑んで、横目でスキマを見る。 「なに?」 「なんでもない」 まあ、僕を本当にどうにかしようと思ったら、こいつはどーとでもできるわけで。ついでに、そんなことは隠すまでもないわけで。 もしかしたら、だが。案外、本当に僕のためになるようなことをしつつも、照れ臭いから隠してたとかあるかもしれない。 ……希望的観測であるという自覚はある。 「それにしても」 「ん?」 そのスキマの何気ない声に、僕はふと疑問を覚えた。 僕が酔っているせいかもしれないが、今のスキマの声はこれまで聞いたことがないほど優しい感じだった。 「元々は外の人間だった貴方が、よくもまあここまで幻想郷に馴染んだものね」 「今更かよ。大体、里に住み着いた人だっているだろ」 成美さんとか、知り合いも何人かいる。 「外の人間が、一般人として溶け込むことはあるでしょう。でも、これだけ妖怪側に踏み込んだ外来人は初めて」 「……いつの間に踏み込んだことになったんだ」 萃香も似たようなことを言っていた。なんか勘違いされている気がする。 「まあ、いいわ。自覚があろうとなかろうと。でも、これだけの妖怪が一同に会して、なんの衒いもなく宴会が出来る場所は、実はあんまりないのよ。覚えておきなさい」 そうなのかねえ? 確かに、下手な場所に集まったら即弾幕ごっこが勃発しそうではあるが。 「貴方が幻想郷にやって来たのは、よかったことだったわね。外と幻想郷を行き来できる人間なんて、実は最初は悪影響があるようなら殺すつもりだったけど」 僕、実は結構危険な立場だったのか。 しかし、これ。褒められてんのかなあ? 多分、そうなんだろうけど。 でも、適当なことを言ってからかってるってわけじゃなさそうだ。なんだかんだで、スキマとも長い付き合い。本音なんぞ見えるはずもないが、言っていることが本当か、嘘かくらいはわかる。 んで、今は嘘を言っていなくて。多分、大切なことを言っている気がする。 「とりあえず、ありがとう、って言っとく」 「ええ。それなら私も、とりあえず、どういたしましてと返しますわ」 会話が途切れた。 しばし、無言で呑み続ける。別に、話をしなくたって、居心地が悪いわけではない。 ふと、スキマのコップが空になったことに気付き、酒を注ぐ。 それをクイ、と一気に呑んで、スキマは腰を上げた。 「さて、と。言いたいことは大体言ったし。私は失礼させてもらうわよ」 「おーう」 ひらひらと手を振る。 スキマも、それに返すように手を上げて、別の喧騒のもとへと歩いていった。 「なんだかねえ」 なんかこう、自分でも表現できない感情が渦巻いている感じだ。 深い理由は考えず、そのままの気持ちを楽しむことにする。 「……って、あーあ。妖夢、酔っ払っちゃって」 少し離れたところで、千鳥足の妖夢がなんか刀を抜いて、『斬ります、斬りますよぉ〜』と言わんばかりに、座った目で練り歩いていた。ちょっと怖い。 その他、それぞれの面子が、それぞれ酒を酌み交わしながら、色々とやっている。 あっちでは初めて外の宴会に連れ出されたフランドールを、紅魔館のみんなが構い倒していた。……ちょっとテンパってるようだが、ちゃんとおとなしくしているようだ。後で様子見に行こう。 妹紅と呑み比べで勝負してぶっ倒れている輝夜も後ろでは、マジでいつの間にやって来たのか不明な綿月さん姉妹とサグメさん、永琳さんが話に花を咲かせていた。 宗教家は、それぞれのトップがツラを突き合わせて、なにやら歓談している。 ただ、その周りには近付きたくないオーラが立ち上っていた。……って、あ。霊夢が行った。いかに博麗神社に客を寄越すべきか、大声で説教始めやがった。あいつも珍しくベロベロに酔ってやがる。 まったく、飽きることがないなあ。 「さて、と」 折角だ。向こうから来てくれる他にも、挨拶回りに行くとしよう。 これからもよろしく、ってな。 目が覚める。 昨日、呑みすぎたせいで頭がガンガンと痛い。 初めての自分の家で迎える朝がこれとか、実に僕らしいというか、なんというか。 とは言え、惰眠を貪るという気分でもない。僕はちゃっちゃと起き上がり、冷たい水をガブガブ呑み、とっとと着替えた。 昨日の宴会の余りで朝食を済ませ、外に出る。……朝日が眩しい。 「さて、今日はどうするかねえ」 勢い、外に出てきたが、特に考えがあるわけではない。 里で適当に遊んでもいいし、魔法の勉強に紅魔館に行ってもいい。永遠亭に二日酔いの薬をもらいに行って、帰りに筍掘って帰るのもありだ。あるいはどこぞの寺か神社へ参拝でもしに行くか。地底という手もある。 後、昨日の酒の残りが『倉庫』にあるし、ふらりと適当な場所で迎え酒というのも魅力的だ。呑んでりゃ、暇な妖怪が相伴に預かりに来るだろうから、ダベっても良い。 存外多い選択肢に、口元が綻ぶ。 危険が多く、死ぬことすら珍しくない幻想郷に、僕が好き好んで家まで建てたのは、そういうのを含めてここが好きだからだ。 そう、強く思った。 「博麗神社にでも寄ってくか」 とりあえず、今日は手近なところで済ませよう。ご近所さんだしな。 そう考え、ふわりと飛び上がる。 空は快晴。吹き抜ける風が気持ちいい。 今日も、僕の幻想郷での一日が始まるのだった。 | ||
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