「むう、どうしたものか」

 と、僕の広げている菓子店を前に、商品を吟味しているのは少し前に宗教戦争を起こした勢力の中心人物の一人、布都さんである。
 うちの噂でも聞いたのか、ふらっとやって来て先程からずっと菓子を前に首をひねっている。

「布都さん。悩んでいるんだったら、こっちのブタメンとかどうですか。割と僕、これ好きなんですよ」
「豚? いや、駄目だ」
「あれ、布都さんって豚駄目でしたっけ?」

 ああ、そういえば道教って仏教の影響で肉食駄目だっけ? いや、違ったような気もする……どうだったかな。

「いや、うちは食べ物はバランス良くが基本だ。肉食を禁じている宗派もあるが、この世の全てを飲み込めずして仙人に至ることなどできないからな」
「へえ」
「しかし、今日買おうと思っておるのは命蓮寺への手土産でな。あそこは一応、表向きは戒律をそれなりに守っているように見せたいようであるから、そのようなあからさまに豚の絵が描かれた菓子は遠慮する」
「え、ええと……命蓮寺の人達はそれなりじゃなく、結構ちゃんと守ってると思うんですけど……」

 宴会の時の般若湯には目と耳を塞ぐとして。

「……って、え? 命蓮寺に行くんですか。布都さんが」
「そうだが、なんだ」

 いや、なんかこう、こころんときの異変でもそうだが、幻想郷だと神道VS仏教VS道教で争ってる感じじゃなかったっけ? いや、別に戦争しているわけじゃない。端的に言うと、『おう、こっちも大人しくしといてやっから、妙なこと考えるんじゃねぇぞワレェ』的な冷戦状態である。

「いや、なんていうか、お寺と仲良くはないんじゃないかなー、って思ってまして」
「ふむ、まあ常々寺に火をつけてやりたいと思っておるが」
「火ぃ!?」
「そう驚くな。思っているだけじゃ。あの寺、完全防火仕様らしいしな」

 思う時点で割とアウトだと思う……。ていうか、その物言いだと防火じゃなかったら燃やしていたのか?

「それはそれとしてだ。同じ宗教家同士、いざ事が起こったら戦うことに躊躇いはないが、日常ではそれなりにうまくやっとるよ」

 まあ、そりゃそうか。どちらも里の人達に深く関わっている者同士だ。会うたびに喧嘩腰じゃ、人心が離れて信仰もなくなっちゃうし。

「その一環というかな。命蓮寺の尼に招かれて、今日あの寺を訪れることになっておるのだ」
「聖さんに? そりゃまたなんで」
「我は大陸から仏教が伝来した時代を生きていたのでな。伝わった当時の教えについて聞かせて欲しいと、こういうわけよ。宗教も時代とともに移ろうもので、今の形と当時の形は少々どころでなく違うのだ」

 へえ、意外とちゃんと宗教交流みたいなことしてんだ。確かに、その話はすごくためになりそうである。日本史を研究している外の学者さんとかなら、是非聞きたい話だろう。

「客として招かれて、土産もなしというわけにもいかないのでな。こうして菓子を見繕っていたのだが……中々にピンと来るものがない」
「ああ、命蓮寺の人なら、これなんかいいですよ」

 良く聖さんとかが買ってるお菓子を勧める。

「おお、そうか。そうだな、商品のことなら店主に聞くのが一番であった。うむ、こちらに蘇ってからあまり買い物に出ることも少なかったからな。仕方ない」

 いや、別に言い訳するようなことでも。後、布都さんがこう、微妙に残念な感じなのは知ってるから……

「それじゃ、こっちでいいですね? お土産なら、適当に包みますんで。後、ゴミが出たら僕が回収するから、持ってきてくださいね」

 まあ、プレゼント用ってほど上等なもんじゃないが、一応簡単な包装くらいは用意している。

「うむ、世話になったな。それではこれが勘定だ。釣りはいらん、取っておけ! では失礼するぞ!」

 と、布都さんはお金を置いて意気揚々と去っていく。
 ええと、釣りはいらんって、随分太っ腹な……って、

「あ、勘定ぴったりだ」

 ……毎度ありー。
































「こんにちはー、先生」
「おう、東風谷か。いらっしゃい」

 布都さんが去ってしばらく。
 今度はお山の神社の東風谷がやって来た。

 なお、東風谷はうちの店の常連さんである。やはり、外の世界を思わせる品は彼女にとってとても大きな意味を持つのだろう。
 ……そうに決まっている。僕の店は独り占め出来ないよう一人が買える数に制限をかけているのだが、毎回限度いっぱいまで東風谷が買うのは郷愁を誘われるからであって、決して東風谷が食いしん坊だからというわけではない。

 いつだったか体重を気にしていたが、そんなだから太……

「先生?」
「なんだ東風谷。言っておくが、別に僕は後ろめたいことを考えてなんかいないぞ。さぁさ、どうぞ見ていってくれ」

 東風谷も勘が鋭くなったものである。

「怪しいなあ。ま、いいです。ちょっと急いでるんで」
「ん? なにか用事か?」
「いや、お寺の方でなんか仏教勉強会があるとかで。神仏習合とかあって神道も仏教とは縁深いですからね。神奈子様からちょっと勉強して来いと」
「ああ。東風谷も参加するのか。講師の布都さん、さっきうち来たよ」

 いやしかし、信仰集めで対立していると思いきや、割とちゃんと相互に交流があるようだ。

「え、そうなんですか? それじゃあ、別のトコでお茶菓子は買っていった方がいいかなあ」
「まあまあ。そう言うな。ほら、別のやつ買えばいいだろ? ちなみに、布都さんが買ってったのはこれだ」

 別に売上に困っているわけではないが、流石に目の前で顧客が離れて行くのを見過ごすわけにもいかない。ちょいとしたセールストークをする。
 外の世界だと、他のお客さんが買ったものを暴露すると個人情報云々とかで五月蝿そうだが、幻想郷にそんな法律はない。

「うーん、そうですね。それじゃあ、ちょっと奮発して……これ、くださいな」
「おう。ちょっと割り引いてやるよ」

 高額商品を狙ってきたな。
 この、チョコパイでマシュマロを挟んだお菓子は僕も好きだ。

「よし。これを餌にお寺の妖怪達に改宗を迫って……うん、イケますね」
「ぅぉい」

 なにを妙なことを企んでいるんだ。

「こういう地味なところで布教するのが最終的な勝利を得るコツなんですよ」
「……いいけどな、別に。でも、前の東風谷みたいに、三日坊主でモトサヤになるのが関の山だと思うが。そういや、東風谷が弟子入りしたのも布都さんだっけ」
「ああ、そんなこともありましたねえ」

 いや、ありましたねえって。仮にも宗教を鞍替えしたのにそんなに軽くていいのか?
 ……守矢神社の二柱の神の性格を考えるに、これくらいでいい気もするが。

「ま、あそこんちは仏教徒っつーか、聖さんの人柄で集まった妖怪が多いから難しいと思うけどな。ほれ」

 商品を渡す。

「どうも。あ、先生も参加されます? 聴講は別に自由なんですよ」
「まだ商品残ってるし。それに、僕はあんまり興味ないからいいや」

 無宗教だしねえ。習ってる魔法も、宗教色が薄いのがメインだし。

「そうですか。やっぱり仏教より神道ですもんね」

 ……あれ? なんか僕の意図と違う解釈されてる。

「それじゃ先生。これで失礼します」
「うーい」

 東風谷に手をひらひらして見送る。

 さて、そろそろ陳列も寂しくなってきたな。後一時間くらいで切り上げようかな。





























「やあ」
「ナズーリン?」

 そろそろ店仕舞いかな、と考えていると、命蓮寺の妖怪の一人であるナズーリンがやって来た。

「今日は君が店を出していると聞いてね。残り物で、なにかおすすめはあるかい?」
「ああ、それならうまい棒が残ってるぞ。めんたいとコンポタしかないけど」

 安い、美味い、ボリューム多い、で人気のうまい棒だが、今日はたまたまいくつか売れ残っている。

「それじゃ、両方一つずつお願い。これお代ね」
「確かに。……って、あれ、今日は命蓮寺で仏教勉強会って聞いたけど、ナズーリンはいなくていいのか?」

 聞いてみると、ナズーリンは肩をすくめる。

「これでも、毘沙門天様直属の部下だからね。こと仏教については一から十まで知ってるさ。ま、聖としては日本に伝わったカタチや当時の人間の受け入れ方とかを知りたいんだろうが、私は興味ないんで抜けてきた」
「へえ。っと、ほい」

 うまい棒を渡すと、ナズーリンはすぐに包装を破いて食べ始める。食べかすが溢れると、どこからともなくネズミがやって来てひょいひょいと咥えていった。

「ネズミがお菓子なんて食べて、お腹壊したりしたいのか?」
「私の小ネズミはそんなやわじゃないよ」
「ふぅん」

 ま、外のネズミもご家庭のいろんなの食ってるし、余計な心配だったか。

 二本目のうまい棒もさくさくと食べていくナズーリンに、僕はふと思いついて聞いてみる。

「そういや、その勉強会ってどんくらいの人が来たんだ?」
「ん? お山の巫女以外だと、里のインテリ層、後は暇してるご老人が何人かってところかな。まあ、普通の人間にとっちゃ由来なんて意味ないからね。直接的なご利益の方が大切なんだよ」

 それもそうかー。宗教に興味ないと、わざわざ聞きたいと思う話じゃないだろうな。僕も断ったし。

「……ん、あれ?」
「どうしたんだい」
「いや、そういえば、一応同じ宗教家の霊夢が参加してないなーと思って」

 今日幻想郷に来た時はいつもどおり縁側で茶飲んでたし、出かけるって話もしてなかったし。
 まあ、あいつが殊勝に話を聞いている所は想像できないし、不参加かね。

「……ああ、そういえば。多分、声かけ忘れてるんじゃないかな」
「ぉぉぅ」

 ハブされているとか、忘れられているというか……寂しいやつ。今日は、ちょっといい酒でも買って行ってやろう。

「しかし、あの巫女は参加しなくて正解だと思うけどね。あれが参加したら、最終的に弾幕ごっこになりそうな気がしてならないよ」「いや、多分……必ずしもそうなるとは限らないんじゃないかなあ、と僕は思うんですよ?」

 私の神社がモテない(客が来ない)のはどう考えてもお前らが悪い、と喧嘩を吹っかけるパターンからそろそろ脱却して、自分自身で博麗神社を盛り上げていく……と、そんな感じに成長していたらいいなあと思います。

「自信を持って言えるかい?」
「それを僕の口から言うと、どこからともなく陰陽玉が飛んできそうだから黙秘させてもらう」
「それはもう、言っているも同然だと思うけどね」

 い、いやいや、セーフセーフ。セーフ、だよな?
 ……霊夢の場合、直接は聞いていなくても、なんとなく勘で察して不機嫌になるのだから始末に負えない。

「だ、大体、霊夢がいなくても、弾幕ごっこになる時はなるだろ」

 僕は苦し紛れにそんなことを言い捨てる。
 特になんの意図をしたわけでもない台詞だったのだが、時にそんな言葉が正鵠を射ることもある。……今がそうだった。

 ドカーン、と、僕の言葉が終わると同時に、遠くからなにやら大きな音がして、ほんの僅かながら地面を揺らした。

 ――方角は命蓮寺の方である。

「噂をすれば、か。良也、君、もしかして予知能力とか持ってる?」
「持ってるわけ無いだろ……」

 里の西の空。
 丁度命蓮寺の上空に、色鮮やかな花火のような弾幕が広がっていた。

 小粒のように見える三つの影のうち、二つは今日うちに来た客共。もう一つはお寺の尼さん。

「……さて、そろそろ店仕舞いにするかぁ」
「おつかれさん。しかし、こりゃ素直に帰ったら片付け手伝わされるね。今日は適当な飲み屋で夜を明かすか」
「おい、毘沙門天直属」
「そう、私はあくまで毘沙門天様の直属の部下であって、仏教徒じゃないから問題ないのさ」

 えらい詭弁だが、僕が干渉する話でもない。

 僕はうーん、と遠くの弾幕ごっこは無視して背伸びをし、余りの商品を片付け始めるのだった。



 ――いや、今日もいつもの日常であった。



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