晴耕雨読、という言葉がある。
 晴れの日は畑を耕し、雨の日は家で読書をする。悠々自適な生活を表した言葉だ。

 現代社会ではとっくに廃れた言葉だが、幻想郷ではまだまだ現役。人口の半分以上が農業従事者で占められているため、本当に雨天の場合はみんな家に引き篭もっている。
 菓子は売れないし、出かけるのも面倒なので、僕は雨の日は基本的に幻想郷には行かないのだが……天気予報の確認を忘れており、幻想郷に着いた直後に雨が降り出した。

「止まないなあ」
「そりゃそうでしょ。多分、今日は夕方まで雨よ」

 霊夢んちの縁側で、どんよりしている空を見上げて呟くと、霊夢がお茶を飲みながら相槌を打った。

「そっか。やれやれ」

 今日も菓子を持って来たのだが、当然露店なんてできやしない。
 いや、僕だけでいいなら能力で『壁』を張って即席の傘を作る、なんてことも出来るのだけれども、そもそも出歩く人がいない。

「夕方までってことは、明日は晴れるか?」
「うーん、多分ね」

 空模様を確かめて、霊夢が言う。こいつの勘は信用できる。霊夢が言うんだから明日は晴れだろう。

「じゃ、菓子は明日売りに出すか……」
「ここで食べるっていう選択肢もあるわよ」
「んな選択肢はない」

 ちぇっ、と霊夢は舌打ちして立ち上がった。

「あ、お茶淹れるんだったら、僕の分も頼む」
「はいはい」

 あ、今日は素直に淹れてくれるんだ。まあ、雨ですることなくて暇だろうしな。
 さて、それじゃあ待っている間、本でも読むか。

 いそいそと鞄からカバーで表紙を隠したライトノベルを取り出し、読み始める。
 うむ、これぞ正しく雨読。ザーザーと降る雨の音をBGMにすると、不思議と本に集中できる。

 濡れるのは嫌だけど、僕雨って嫌いじゃないんだよね。

「はい、お待たせ」
「お、霊夢ありがと。茶菓子までサービスしてくれるなんて、太っ腹じゃないか」

 お盆には、急須と湯呑みだけでなく、煎餅までもが乗っていた。

「昨日買ってきたんだけど、湿気っちゃうからね。勿体無いでしょ」
「そりゃそうか」

 当たり前だが、乾燥剤などという便利な代物は幻想郷にはない。

「あ〜あ、嫌んなっちゃうわ。お煎餅は湿気るし、洗濯物は乾かないし、境内は汚れるし。雨って嫌ねえ」
「そうか? 僕は結構好きだけどな」
「畑の水やりの手間が省けるのは嬉しいけど、やっぱり私は晴れの方がいいわ」

 まあ、この辺は好みの問題だろう。僕だって晴れも嫌いじゃない。

 霊夢に『左様か』と返して、お茶に手を伸ばし、一口啜る。
 んで、ラノベのページを捲る。

「良也さんは読書か。私はどうしようかなあ」

 そういや、雨の日に幻想郷に来ることはあまりないから、こいつが普段雨の日なにやって過ごしているか知らないな。

「お前、雨の日ってなにしてんの?」
「私? いつもなら、お茶飲んで、ぼーっと雨を眺めて、それで一日終わっちゃうわね」

 ……うわぁ。ええ若いもんが、なにその過ごし方。

「……良也さん。なにか文句でも?」
「いやいや、別に」

 ジト目になった霊夢から逃れるように、お茶を飲む。

「まあお前も本でも読んだらどうだ?」
「本ねえ。うちにある本って、神社の儀式とかについて書いてある本くらいなによね。良也さん、何冊か持って来てるでしょ。読ませてくれる?」
「……いやいや」

 ごめんなさい。今日持って来てるの、挿絵がちと際どいものばかりなんですよ。

「あー、えと、その、うーん。……と、途中の巻だから、見ても話がわからないと思うぞっ」
「あっそ」

 元々それほど興味もなかったのか、霊夢はあっさりと引き下がった。
 んで、茶を啜りつつ、外をぼけーっと眺め始める。

 本当に、一日中そうやって過ごすつもりなんだろうか?

「……ま、いっか」

 決めるのは霊夢だ。僕は大人しく、ラノベを読んでいよう。



































 パラ、パラ、と僕がページを捲る音と雨の音、後はお茶を飲む音だけが響く。

「ふう」

 パタン、とラノベを閉じた。一冊目、読了っと。
 お茶も、もう二回おかわりした。携帯を取り出してちらりと見ると、もうそろそろお昼の支度をしなければいけない時間だ。

 茶を淹れに行く以外、本当にずっとぼけーっとしていた霊夢に話しかける。

「霊夢、昼はどうする?」
「あー、そうね。そろそろか」
「今日は霊夢がお茶淹れてくれたし、僕がやってもいいけど」
「そうね。よろしくー」
「了解」

 立ち上がり、台所に向かう。
 お茶を何度も淹れていたので、竈には少し火が燻っていた。……って、薪が残ってねえ。

 いつも薪が置いてある竈の裏には一本だけ。
 勿論、薪の在庫はあるんだが、勝手口の外にいつも置いてあるんだよな……
 嫌な予感を感じつつ、勝手口からひょいと顔を出し、薪束を見ると、

「うわぁ、ずぶ濡れ」

 屋根が出っ張っているから、雨に直で曝されていたわけではないけれど、思い切り湿っちゃってる。こりゃ使いモンにならん。
 霊夢め……また面倒だからって適当に放置してやがったな。

 やれやれ、と僕は呆れて居間に戻る。

「おい、霊夢。薪、濡れちゃって使えないぞ」
「あら、しまったわね」
「しまったって……どうすんだよ。米炊けないじゃんか」

 え? と霊夢が小首を傾げる。

「良也さん、火の魔法使えたわよね」
「煮炊きは火加減難しいんだぞ……。炒めもんとかならともかく」

 強火で一気にやれる炒め物なんかなら大丈夫なのだが。一定の火力でそれなりの時間ってのはかなり厳しい。油断すると、すぐにムラができてしまう。
 だから、煮物や炊飯だと、火魔法はちとギャンブル性が高いのだ。

「炒め物っていうと、おかずよねえ」
「だな。冷や飯でも残ってないのか」
「ないわよ」

 そっかー。
 うーむ、主食がない……いっそ、焦がすのを覚悟で魔法炊飯に挑戦するか?

「そうね、良也さん。……どう? 昼間っから一杯」

 くい、と酒盃を傾ける仕草を見せる霊夢。
 ……ふ、クク、クククク。

「そういうことなら、大賛成だ! よし、丁度菓子余ってるし、これもいくつかつまみにしちゃうか」
「いいわね」
「よっしゃ、適当になんか作ってくる!」

 やっべ、なんかテンション上がってきた。
 昼間っから酒っていいなあ!























 適当に作った肉野菜炒めと、自家製漬物。モロキュウと菓子を細々と。
 そんなラインナップをつまみに、僕と霊夢は酒を酌み交わした。

「んじゃ、乾杯」
「おう、乾杯」

 ぐい、と升酒を半分程飲み干す。
 かー、と熱い感じが喉を通りぬけ、胃に滑り落ちる。

「……美味い」
「こっちの野菜炒めは微妙ね。もうちょっと薄味がいいわ」
「いやいや、こんくらいだろ」

 人に作らせといて。
 って、文句を言いながらもう半分くらい取ってやがる!?

「こら、一人で食うんじゃない」
「ちぇっ」

 油断も隙もない奴である。
 自分の分を取り皿に確保して、一口口に運んだ。……うん、美味いじゃないか。酒に良く合う。

「ん? ペース早いわね、良也さん」
「ああ、本当だ」

 いつの間にやら空になってら。
 苦笑して酌をしてくれる霊夢に礼を言いながら、改めて呑んで息を吐く。
 霊夢の方も呑んでしまったようなので、注いでやった。

 二杯目はちびちびと飲み進める。
 ……ふぅむ。

「な〜んか、凄いのんびりしてる感じがするなあ」
「雨の日なんて、こんなものでしょ」
「いやいや。外の世界じゃ、雨だからって休みになったりはしないからさあ」

 休日は休日で、幻想郷に来れば大抵はドタバタする。しかし、外で過ごした場合、ここまでのまったり感は出せない。
 なんていうのか、時間がゆっくり流れている感じ。もしかして、僕は貴重な時間を過ごしているのかもしれない。

「雨の日まで働くの? あくせくして、ご苦労様ね」
「まぁねえ。たまーに、嫌になることはある」

 教師の仕事は自分で選んだんだし、楽しいことも多いが、やっぱりそこは仕事。働きたくないでござる! と主張して逃げたい気分にかられたことも二度や三度ではない。
 まあ、だからって逃げのために幻想郷に移住したりはしないけど。こっちはこっちで大変なことはたくさんあるし。

「あっそう。まあ、頑張りなさいな」
「へいへい。どうせ、賽銭の原資がなくなるからとか、そういう理由で応援してんだろ」
「あら、よくわかったわね」

 わからいでか。
 まあでも、応援自体は素直に受け取っておこう。







 んで、その日は正午から深夜に至るまで、なんだかんだでずっと呑み続け。
 売り物用の菓子の半分を喰らい尽くした挙句、次の日は二日酔いでグダグダになった。

 ……いい話、では終わらなかったな。



前へ 戻る? 次へ