「ふんふーん」 と、お雛さんは鼻歌を歌いながら、裁縫針を自在に操る。 手慣れた様子でほつれていた服を繕い終わり、糸を噛み切った。 「できた」 全てが終わって、満足そうに修理していた雛人形を持ち上げた。汚れ、ところどころ破れていた服は新品同様に蘇り、御髪も艷やかさを取り戻している。比較的状態の良い雛人形だったのだが、それでもこの短時間で直した手腕は魔法のようだった。いや、魔法使ってないのは知っているけどさ。 「これで、都合十八ね。良也、お願いしてもいいかしら」 「ああ、はい。了解しました」 お雛さんから風呂敷に包まれた人形を受け取る。 ……里には、割と季節を問わず厄祓いのため雛人形を川に流す風習がある。 川下に居を構えるお雛さんに厄を引き受けてもらうためだ。 んで、川を下ってきた人形が溜まり、そのまま捨てるのは勿体無いと思ったお雛さんは、その人形を修理して小銭を稼いでいるのだった。 「ごめんなさいね。無人販売所は良いアイディアだと思ってたんだけど、やっぱり私に関わるものだと敬遠されるみたいで」 「ああ、いえ。別にそんな大した手間でもないですし」 「手間賃は抜いていいから。私には多少のお酒と次の人形のための糸とか布を買ってきて頂戴」 ……んで、直したはいいが、売れない。対面は流石に、と無人販売所まで作っても売れない。 お雛さんは里では敬愛されているが、同じくらい畏れられてもいる。無闇に名前を出すだけでも厄が降り注ぐということで、お祭りやお供え物を捧げる時以外は話題に出さないのが暗黙の了解だ。 そのため、ぱっと見新品と変わらない人形を格安で提供しているのに、さっぱり売れないというわけだ。 ……まあ、一部お雛さんの神秘的な雰囲気と容姿にまいっている若い衆の間では、割と公然と話されているのだが、連中は人形には当然興味が無い。 ちなみに、お雛さんのことを話題に出した男は、次の日に、犬の糞を踏んづけたり箪笥の角に足の指をぶつけたりする程度の厄に見舞われるとか。 閑話休題。 とにかく、そんなわけで僕はお雛さんが直した人形の販売を委託されているのである。 「いえ、そんな。菓子と一緒に並べるくらい、大した手間でもないですし、いいですよ」 「そんなこと言って。この前も受け取らなかったじゃない。私が心苦しいから、三、四割くらい取って行きなさいな。どうせ元手は殆どただなんだから」 「……んー、まあ、そういうことなら」 お雛さんは言い出すとけっこう頑固である。断り切れないと思い、僕は受け入れることにした。 「そういえば、実際売れ行きはどうなの? この前に頼んた分は全部売れたみたいだけど……」 「いや、即殺です。並べて一時間でほぼ全部捌けますよ」 実際、普通に中古で買う場合の半値以下という、ダンピングに近い価格設定なので、それも当然だ。 無論、その人形がお雛さんが補修したものだということは伏せてある。多分、買った人たちは、同じく僕と親しいアリス辺りの作品だと思っているだろう。 ……え? 詐欺? 失礼な。意図的に商品の情報を伏せているだけだ。商法もなにもない幻想郷では無罪です。 第一、お雛さんはきっちり厄払いした人形しか売りに出さないし。お雛さんは売上が上がってハッピー、買い主は安く人形が買えてハッピー。みんなハッピーになっているのだから文句を言われる筋合いはありません。 ん、まあ、適当に売り捌けたところでバラして、別にどうってことなかったでしょ? という手もあるか。これは要検討だな。 「それはいいことだけど……売主が違うだけでこうまで違うと、ちょっと凹むわね」 「……いや、まあ」 実際ねえ。人間からすると、敬うことは敬うけど、お近付きになりたくない(若い男除く)という、お雛さんの立ち位置は微妙だ。 お供え物まで定期的に運ばれるくらいだから、厄神だからって嫌われてはいないんだけどなあ。なんかね、こう、もやっとするよね。 「じゃ、とりあえず売りに出てきますよ。また夕方にでも寄ります」 「ええ、よろしくね」 まあ、ここら辺は僕が考えても詮無いこと。 早いとこ、頼まれ事を済ませるか。 「……完売はええ」 メイドインお雛さんの人形は、今回は並べて三十分で完売した。 お雛さんの人形を並べるのは三回目なのだが、前二回の件が口コミで広まったっぽい。 なにせ――繰り返すが――里には、割と季節を問わず厄祓いのため雛人形を川に流す風習があるのだ。人形の需要はかなり高い。 里の人が人形を買う→厄祓いのため川に流す→お雛さんが回収&厄を引っぺがす&修理→僕が売る→里の人が人形を買う以下ループ。 ぉぉう、見事なループだ。 「ふむ……」 そして、かなり安くしているとはいえ、人形とお菓子じゃ単価が違う。 今回は特に、ちょっと高級な人形が幾つか紛れていたし。 結果、僕の財布はじゃらじゃらとかなり重くなっていた。 「……こっから三、四割って」 うん、菓子売った分も含めるとけっこうな大金だ。 ……どうしよう。こんなにあっても、正直使い道がない。日本円に換金出来たら先月発売したアニメの全巻セットを買うんだが。 霊夢んところの賽銭に突っ込むか? いや、駄目だ。こんだけの賽銭を入れると、あの巫女はダレる。『これだけあるんだから、暫く賽銭はいいわね』なんつって、ただでさえ殆ど無い勤労意欲が底辺に達する。 かと言って、命蓮寺や守矢神社もなあ……それに、お雛さんの人形を売ってできたお金なんだよな。別の神様のために還元するのはちょっと。 「ふーむ……」 「お、良也じゃないか」 「げっ」 お金の使い所に迷って通りを彷徨っていると、真ん前から見覚えのある顔が歩いてきていた。 「げっ、とは失礼だな」 「いや、悪い魔理沙。ちょっと今お前には会いたくなかった」 「それフォローしてるつもりか……?」 流石に顔を引き攣らせる魔理沙。 しかしこいつのことだ。僕が今、金に余裕があると知れたら奢らせようとするはず…… 「そういや良也。お前、人形も商い始めたそうじゃないか。随分儲けたって聞いてるぜ。……どうだ、一杯やらないか」 「ほーら、ごらんの有様だよ!」 どこかで聞きつけていやがったか! いやまあ……魔理沙と呑むのは楽しいし、奢るのも嫌な気はしないんだが、 ふむ……そうだ、前々から気になってたことを話してみようか? 「魔理沙、ちょいと相談したいことがあるんだが」 「お、いいねいいね。相談くらいいくらでも乗ってやるさ。じゃあそこの飲み屋で……」 「……わかったよ」 やれやれ、と思いながら店に入る。 昼間っからやっている、人里では割と一般的なお店では、まだ日も高いというのに半分くらいの席は埋まっていた。 適当な席に魔理沙と腰掛け、まずは日本酒を二合と適当につまみもお願いする。 「ほい、乾杯」 「おう、乾杯」 チン、と切子を鳴らし、ぐいっと酒を煽る。 お通しと、すぐに運ばれてくる煮物系でピッチを上げ、もう二合頼む辺りで僕は話を切り出した。 「それでだな、魔理沙」 「ん? ちょっと待て。この茸の下拵え……むう、中々のモンだな」 「聞けよ」 椎茸を旨そうに味わう魔理沙に文句を言うと『悪い悪い』と魔理沙はにこやかに対応する。 「んで、なんだ、相談って」 「……いや、実はな。ここだけの話、僕が売り捌いている人形ってお雛さんが厄祓いの人形を補修したやつなんだが」 「エンガチョとでも言えばいいのか?」 「いや、厄は付いてないからな。人形って、そういうものらしいし」 厄を宿しやすいが、同時に落とすのも簡単だとか。当然、売り物にしている人形はリサイクル目的なので、厄は全てお雛さんが引き受けている。 「なんで僕が売っているのかっつーと、お雛さんが売ると、全然売れないらしいんだよ」 「まあ、普通疫病神が触ったもんって、なんか嫌だろ」 なんてことない風に言う魔理沙だが、そこだ、僕が気になってるのは。 どーにも、お雛さんの扱いが、なんていうのか……うーむ、こう、アレだ。言葉にしにくいな。 「ほら、わかるだろ」 「わかるか」 くっくっく、と、なにがおかしいのか含み笑いを漏らしながら、魔理沙が酒を口に運ぶ。僕、無言で注ぐ。 「なんていうのかな……ええと、お雛さんが、敬われてるのに、なんか遠ざけられているのが、気になるっつーか」 厄とか関係なくなる僕の能力で持って、お雛さんを里に連れてきたこともあったが、その時も里の大多数の人は歓迎はしつつも恐る恐る話しかける程度だったし。 「良也は馬鹿だな」 「……オイ」 「あのな、疫病神なんてのは、敬遠されてナンボなんだよ。お前はアレか? あの雛が里の連中と仲良く喋ったりすりゃいいとでも?」 いや、厄移って下手したらその人死ぬし。そんなことは言わんけど。 「逆に、そんなんなったら、雛の方が困ると思うがね」 そうなん、だろうか? 僕の考えていることは、余計なお世話なんだろうか? ……余計なお世話っぽいなあ。 「良也は随分幻想郷に馴染んだと思うが、こういうところの感覚はやっぱ外来人だな」 「うーむ……」 僕が気にし過ぎなだけかあ。 でも、気になるもんは気になるんだよね。あんだけ人の好意的な神様なんだから、たまのお供え以外にももうちょっとなんかあってもいいと思うんだよ。 馬鹿な考えだったかな。 「そこまで気にせんでもいいだろうに。里の連中は、口には出さないけど、雛には感謝してるよ」 「そりゃわかってるんだけど」 口に出さないと伝わんないしなあ〜、とか思うわけだ。 ん……? 口に……出さないと? 「ピンときた」 「お、それはよかった。よかったついでに、この精進揚げを頼んでいいか?」 「……好きにしろよ」 一番高いメニューだったが、僕は諦めて了承するのだった。 さて、次のお雛さんの人形を売る機会のことである。 僕は、前回から考えていたことを実行に移すことにした。 「ええー、今日はこのお買い得人形を買うと、特別にこの水に濡れても平気な紙と、同じく水に濡れても字が落ちない油性ペンをおまけで付けたいと思います。あ、ペンの方はあとで回収で」 売り物を広げ、さあ売るぞ、という前に、僕はそんな口上を並べた。 「? 良也くん? なんだいそれ」 「はあ、実はですね。この人形って、実はお雛さんが自分とこに届いた厄祓いの人形を修理したものでして」 少なくないどよめきが走る。 気軽に口に出してはい行けない名前だったのと、後は過去に人形買った人がびっくりしてる。 「あ、勿論厄は落としてありましたよ。平気だったでしょ?」 とりあえず、前回買った人に一応聞いてみると、納得いかなそうな顔ではあったものの、頷いた。 ざわめきが収まるのを待って、僕は言葉を続ける。 「んでまあ、この紙は、この人形の懐に丁度入るサイズに切ってます。小さいですけど、一言、二言くらい書けます。どうせまた厄祓いに人形は川に流すんだろうから……」 後は言わぬが花と、僕はそこで言葉を切った。 集まった人に、理解の色が広がる。 前回買った人の一人が続いて人形を購入したのを皮切りに、次々と厄祓いの人形は売れてゆき、 今回は、なんと五分と経たずに完売した。 いや、まさかここまで早いとは……って、 「ちょ、待った! 菓子の方もいつも通り売ってるからね? 解散する流れにならないで!」 ちょい、焦った。 「ちょっと」 「はい?」 今日の売上を渡そうと、お雛さんちに言ってみると、ジト目で出迎えられた。 「これ……」 と、お雛さんが見せたのは昼売った人形と、その懐に仕舞われていたメッセージカード。そして、その一体だけじゃなく、お雛さんの背後には、今日売った覚えのある人形がなんと八体。 ……はええよ。 んで、お雛さんが見せたメッセージカードには、感謝の言葉が綴られていたりして、 「これって、貴方の差し金?」 ええい、さっさと今日分の売上を渡して、とっとと外の世界に帰るつもりだったのに! んで、ほとぼりが冷めるまでお雛さんとこにこないつもりだったのに! 誰だよ、こんな早く人形流したのは!? と、とにかく誤魔化さねば。 「ち、チガイマスヨー」 「幻想郷には、耐水性の紙や濡れても落ちない墨なんて普通はないわよ」 ぬかった!? 「あと、演技下手糞過ぎね」 あふん!? 「余計なおせっかいなんだけど、その、まあ、一応礼儀として、お礼は言っておくわ。ありがと」 「ど、どういたしまして」 なお、これ以後。 僕の菓子店のラインナップには、こっそり防水メモ帳とボールペンが追加され、たまに売れるようになったとかなんとか。 ……なんかだんだん菓子店の品揃えから逸脱してきたな。 | ||
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