それは、マミゾウさんの東京観光に、従者のごとく付き従っていた日の話である。






「ふむ、東京も随分発展したものじゃのう」

 まだ完成前のスカイツリーを見に行ったり、秋葉原で電化製品をひやかしたり、都庁や六本木ヒルズに登ったり。んで、お昼にザギンでシースーをマミゾウさんの奢りで食べた後の一言である。

「……ちなみに、マミゾウさん。それはいつと比べての話ですか?」
「なにを失礼な。人を年寄り扱いするでない。儂はこれでも、東京オリンピックは生で見に来たのじゃぞ」

 それ五十年くらい前。

「そりゃ、その頃に比べりゃ発展もするでしょうよ」
「そんなことはないぞ。最近の人間の進歩は速すぎる。文明開化からこっち、目の回るような速さじゃ。それより前の進歩なんて、今からすりゃ牛歩みたいなもんさ。弓がてっぽに変わった時は驚いたがね」

 いきなり戦国時代に話が飛んだぞ、この人。これで、僕にどう返せというのだ。『いや、あの頃はすごかったですね』と全く実感のこもっていない相槌でも打てばいいのか。

 まったく、年寄りは昔のことを話したがるから困る。

「僕にはよくわかりません……」
「まあ、お前さんもそのうちわかるさ」

 わかるのだろうか。後、百年くらいしたら。

「あ、そういえば、ちょっと気になっていたんですけど」

 ちょっと会話が途切れたので、丁度いい。聞いてみることにしよう。

「なんだい」
「今までの支払ですが……もしかして、葉っぱで払ったりしていませんよね?」

 そう、マミゾウさんは気前よく交通費から飲食まで全部出してくれたのだが、そこが気になる。
 実に失礼な話だとは思うのだが、しかし里では化け狐化け狸による偽金事件は割と頻繁に起こるのだ。
 無論、そんなことをしたところで、慧音さんがその偽金の歴史を喰って犯人を見破るため、検挙率百パーセントなのだけれども。

 ちなみに、某神社の賽銭箱に偽金を入れた命知らずもいた。こちらは、糠喜びを味わわされた巫女の怒りによって、ボコボコにされたとかなんとか。

 まあ、そんな事例を知っているので、どうしても気になったのだ。

「ほっほ、儂ゃそんな真似はせんよ」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
「なにせ、ほれ、最近新札になったじゃろ? その前の札まではなんとかなったんじゃが、今回の偽造防止技術は大したもんで、儂でも完璧には真似しきれん。ほんに人間の技術は侮れんのう」
「あの、もしもし?」

 それ、偽造できたら偽造すると宣言しているようなものじゃ?

「さて、と。腹も膨れたことじゃし、次は靖国に行くぞ」
「え? 靖国神社ですか?」

 いや、別に構わないけど。マミゾウさんって、妖怪だよね? 神社に行って大丈夫なの? しかも、博麗神社みたいなパチモンじゃない、日本でも有数の規模のあの神社に。
 戦死者を祀っているとこに何の用が?

「なに、儂の知り合いも、何人かおるでな。久し振りに会いに行くのも悪くなかろう」
「……失礼しました」

 僕はなにも言わず、マミゾウさんの後を付いて行くのだった。




































「ほれ、酌をせい、良也。気がきかんのう」
「そりゃどうもすみません」

 夜。適当に目についたチェーンの居酒屋の個室で、僕はマミゾウさんに酌を強要されていた。
 勿論、ここもマミゾウさんの奢りなので、特に文句はない。入って速攻で注文した地酒をマミゾウさんに注ぐ。

「とと、んー……美味い。ほれ、お前さんも呑め呑め。ええ若いもんが遠慮することはないぞ」
「はい、どうも」

 変に遠慮するのもなんだ。
 マミゾウさんが向けてくる銚子を有りがたく受け、半分ほど一気に呑み干す。

「おお、なかなかいい呑みっぷりじゃ」
「それほどでもないっす」

 いや、本当に。一升瓶どころか樽ごと一気する馬鹿鬼がいるので、これくらいでいい呑みっぷりと表現されるのはどうにも違う気がしてならない。
 ……まあ、あいつのアレは、いい呑みっぷりっつーか宴会芸の領域だが。明らかに自分の体の体積を超える量のアルコールを、どうやって呑んでるんだろう。

「しかし、他に頼みたいものがあるならそちらを頼んでも良いぞ? ほれ、麦酒とかハイボールとか」
「いえ、僕はこれで」

 お猪口を一度掲げて、残りを呑み、手酌する。そうかい、とマミゾウさんはちょっと笑って、自分の分のお猪口を傾ける。僕はすかさず酌をし、そろそろ銚子の残りが危うくなったところで店員さんを呼んだ。

「すみませーん。このお酒、二合ください。後お料理を……マミゾウさん?」
「おぬしに任せるわい。こういう店はあまり入ったことないからのう。メニューも多すぎて、目移りしそうじゃ」

 ああ、道理で。もっと高級なお店に行こうと思えば行けただろうに、マミゾウさんが妙にチェーンに拘ったのはそういうことか。

「そんじゃあ……」

 今、お通ししかないしな。

「えっと、枝豆とたこわさ、こっちの串焼きの盛り合わせと、大根サラダ。後、出汁巻き玉子に揚げ出し豆腐。とりあえず、こんだけで」
「なんじゃ? もっと頼めば良かろうに。あー、店員さんや。こっちのジャンボ海老フライとカルパッチョ。フライドポテトに……なんじゃ? トマト鍋? 美味そうじゃ、これも二人前おくれ」

 ちょ、多い多い! しかも、なんか洋風のばっかりだし。
 そっち系は苦手なんじゃないかな、と思われるマミゾウさんに気遣ってた僕が馬鹿みたいじゃないか。

 見た目若いのに、妙に古風な喋り方をするマミゾウさんに、店員さんは少し微妙な顔になってから、注文を復唱した。

「以上でよろしいですか?」
「あ〜、マミゾウさん、多くないですか?」
「よいよい、それで頼む。良也、お前さん、男ならもっと食え」

 ……うん、そういえば母方の実家のおばあちゃんとかこんな感じだったよ。遊びに行ったら、なんかとにかく食わされた覚えが。ご飯もお菓子もたっぷりと用意してくれるから、食べるの大変だったんだよねえ。妹は嬉々として全部平らげていたが。

「しかし、なんじゃさっきの注文は。妙な気遣いをされると不愉快じゃぞ」
「……えーと」

 読まれてたっ。傍目からは普通の注文だったのに、僕の小癪な思惑など、マミゾウさんからしてみればお見通しらしい。

「儂はこれで、新しもの好きなのじゃ。勿論、洋食も好物じゃ」

 そういえば、スマートフォンとか持っていましたね。僕より現代文化に詳しいかもしれない。

「まあ、今日の観光案内の借りもあるし、許してやろう」
「ありがとうございます、お代官様」
「うむ」

 仰々しく頷くマミゾウさんは、ふと思いついた顔で尋ねてきた。

「そういえば、その幻想郷とやらについて、詳しく聞いておらんのう。ぬえもいるという話じゃが、どういうところなんじゃ?」
「えーと……少し待ってください」

 個室とは言え、店員さんや、トイレに向かったりする他の客がすぐ脇の廊下をよく通っている。まあ、まさか聞き咎められるとも思えないが、用心に越したことはない。

「えっと、どうやるんだっけ……」

 ぼそぼそと思い出しながら、魔法を使う。

 所謂、認識阻害とか人払いとかと同一系統の魔法。ここん中の会話に注意が行かなくなる、そんなごく簡単な隠蔽用の魔法だ。

 この手の魔法は、実に種類が多い。中世の魔女狩りなんかで、世の中の魔法使いが隠れるため、こういう系統の魔法が発達したとかなんとか本に書いてあった。お陰で、今僕が使ってるような、ちょっと齧っただけでも使える簡単なやつもあるのだ。
  閑話休題。

「ふむ。化かす術かい?」
「……マミゾウさんみたいな本職には、鼻で笑われそうですが」

 そうだ、そういえば、こういう他人を誤魔化す・騙す手法においては、化狸は超一流だった。マミゾウさんに頼めばよかった。

「笑ったりはせんよ。中々達者ではないか。こういう術を使う人間は、最近めっきり減ったが、いるところにはいるもんじゃ」
「いや、幻想郷だと、僕なんか素人に毛が生えたくらいで」
「それはそれは」

 ニヤリとマミゾウさんが笑う。

「久々に、儂の十番勝負を突破する者が出るかものう」
「十番……え? なんて言いました?」

 よく聞こえなかった。

「気にすることはない。暇になったら、おぬしにも仕掛けてやろう」
「え?」
「ほれ、追加の酒が来たぞい。呑め呑め」

 なにか誤魔化された気がする。
 が、今は酒のほうが重要だ。僕はマミゾウさんの酌を受け、その夜は日が変わるまで飲み明かすのだった。





 ちなみに、マミゾウさんが幻想郷にやって来て落ち着いた頃、この時の言葉を聞き逃したことを心底後悔することになる。
 ……霊夢の時よりだいぶ手加減してくれたお陰で、一応一番勝負だけは突破したが(どうも、相手によって難易度をある程度変えているらしい)。



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