秋も深まりつつあるとある日。 特にすることもなかった僕は、適当に幻想郷を周り、足が向いたので守矢神社にやってきた。 そういえば、そろそろ秋姉妹が活動的になる頃だっけ。紅葉は姉の方が司っていたと思うが、精力的に働いているらしく、妖怪の山の木々は見事なまでに赤く染まっていた。紅葉狩りには丁度良い感じだ。 「よ、っと」 その守矢神社にまで辿り着き、鳥居の前に降りる。 鳥居をくぐると、箒を手に落ち葉を掃いていた東風谷と目が合った。 「あれ? こんにちは、先生」 「や、東風谷。精が出るな」 集められた落ち葉は、既にこんもりと山を形作っていた。 「この時期は落ち葉が沢山でちょっと大変です」 「でも、参拝客がたくさん来てウハウハだろう?」 妖怪の山の紅葉は実に見応えがある。命蓮寺や博麗神社ではちょっとお目にかかれない光景だ。紅葉狩りついでに守矢神社に参拝する人は、決して少なくないと思う。 「う、ウハウハって……まあ、否定はしませんけど」 「だろ?」 「はあ……でも、毎日毎日落ち葉を集めていると、なんか不毛な気分になってきますよ」 「……毎日掃除しているんだ」 霊夢なんぞ、気が向いた時しかやらないのに。後でまとめて掃除すれば一緒よね、と大真面目に言われたときには、駄目だこいつと思ったものだ。 「ところで、先生はなにかご用ですか?」 「いや、用ってほどのこともないんだけど。その……散歩?」 言うと、東風谷は少し考えこんで、 「お暇なんですね。まあ、いつものことですけど」 うぐっ……い、いいじゃないか。平日は額に汗して働いているんだから。たまの休日くらいのんびりさせてくれてもっ。 しかし、東風谷に『いつも暇なんですね』なんて言われたら、心にグサっと来るものがあるわけで……ち、違うよ? 休みの日になにもすることのない寂しいやつとか、ましてやニートとかじゃないよ? 「おやおや、早苗。なに大の大人をいじめているんだい?」 と、そこに現れたのは守谷の神様の一柱である八坂の神奈子さんだ。 「あ、神奈子様」 「か、神奈子さン! 東風谷がいじめるんです!」 「……私が話を振っといてなんだけど、あんたそれでいいの?」 いいのいいの。だから東風谷にビシッと言って欲しい。毎日働いている戦士には、時には休みが必要なのだと。決して毎日暇してるニートとかではないということを。 哀れみを誘う視線ビームを神奈子さんに送る。 「いや、しかし今日も落ち葉がたくさんだねえ」 「あからさまに話を逸らされた!」 「うっさいね。男が女にいじめられたとか言って泣きつくんじゃないよ」 え、ええー? 僕、割と日常的に女の子にいじめられていますよ。今日の東風谷のなんて可愛いもので、物理的ないじめが割と常習化している。 ……む、こう書くとひどく不幸な状況に思えてきた。 「ええと、先生? 別に私は先生をいじめようとしているわけじゃなくてですね。その、これからお時間があるようでしたら、焼き芋をご一緒しないかと」 「へ? 焼き芋?」 ……はて、確かにこの落ち葉の数。焚き火をするのに十分な量がある。そして、秋、焚き火とくれば焼き芋に結びつくのは至極当然の流れだ。異論は認める。 「そうです。実は裏の畑のさつまいもがですね、今丁度収穫時なんですよ。これだけ落ち葉を集めて、ただ捨てるのもどうかと思い立ちまして」 「……ああ、そういえば。そんなの作ってたっけ」 幻想郷は、基本的には自給自足の世界だ。人里では互いに売り買いで融通し合っているけど、どこの家庭もちょっとした作物くらい育てている。 そんな幻想郷の郷に従って、守矢神社でも畑を作っていた。 ……それはいいんだけど、 「そっかぁ、ようやくまともに収穫できるようになったのか」 「う……昔の話はやめてください」 東風谷は元現代っ子である。当然のことながら、鍬や鎌を握ったことなど、こちらに来るまで一度もなかった。せいぜいが、夏休みにひまわりを育てていたくらいのモンである。 最初はそれはもう惨憺たる有様だった。水のやり過ぎで根を腐らせたり、害虫が大量発生したり、神社の方の仕事にかかりきりで世話を忘れて全滅させたりと。 その度に、えらく凹んでいたものである。 その東風谷がなあ。 「先生、そういえば、外の本を持ってきてくれてありがとうございました」 「千円位のもんだから、気にしないでもいいって」 こっちで農業を覚えようとすると、大抵口伝えになってしまう。里から離れて暮らす東風谷には辛かろうと、農業本を持ってきてやったのだ。なるべく、機械とか化学肥料とかのことが載っていないやつ。 ああ、その礼も兼ねてるのか。 「まあ、あれもいい経験になったろう」 「……っていうか神奈子さん。神奈子さんって、確か農業の神様でもあったと思うんですけど。あと諏訪子も」 農業の神様の巫女が、作物を育てるのに失敗って、今考えたらえらく神社の信用を毀損しそうな事態じゃね? 「そう言われてもね。いくら神だからって、素人が適当に育てた作物までは面倒見切れないよ。神頼みもいいけど、まずは自分の力で頑張ってもらわにゃ」 「せめて手伝ってあげりゃよかったのに」 農業とか、やり方くらい知ってるでしょうに。 「早苗に農の楽しみを知ってほしいっていう親心さ」 嘘くせえ。米神に幻視できる漫画チックな汗を僕の心眼は見逃さないぞ。本心は絶対面倒だったからでしょう、神奈子さん。 「そそ。やっぱり苦労して育てた作物の味はひとしおだしね」 ……なんか、いきなり変な帽子が視界に入ってきた。 「っていうか諏訪子。いつの間に来たんだお前」 「焼き芋をすると聞いて」 どこから聞きつけてきたんだよ。地獄耳か? それとも―― 「……背が小さくて視界に入らなかったか」 脛を蹴られた。……くっ、身長差を活かした絶妙な攻撃を! 芋掘りは僕も手伝うことにした。 ご相伴に預からせてもらうなら、これくらいは当たり前だ。というか、待つ間暇だったし。 「んん〜〜〜! ……あ」 手伝っているのか邪魔してるのかわからない諏訪子は、なんか蔓を引っ張って引きちぎってしまっている。 ……遊んでるな? 「諏訪子、横着しないでちゃんと掘れよ」 「うーい」 「っていうか、諏訪子様の力なら、穴掘りくらいラクチンなんじゃ?」 おっと、ここで東風谷が至極真っ当なツッコミを入れた。能力を生活に応用するのをなんか嫌がっていた東風谷はもういないな。 「ふふ、さっきも言ったろう。私は早苗に農の楽しさをだね」 「腰が痛いんですけど」 「だんだんとそれが快感に……」 「なりませんっ! もう」 んん〜、と東風谷は伸びをし、トントンと腰を叩く。……まあ、中腰でずっと作業してりゃなあ。僕も実はけっこう痛い。 魔法を使いたいけど、土中のサツマイモを傷つけないとも限らないから無理だ。どこにあるのか見えないから、ちょっときつい。 その点、大地を操る力を持つ諏訪子なら、その程度楽勝なのだろうが、 「ふんふーん」 ……穴掘りを遊びがわりにしているらしく、わっしゃわっしゃと力強く土をかき分けていた。こりゃ手伝いは期待できそうにない。 「はあ……今日食べる分だけ掘って、残りは後日にしましょうか。先生に手伝わせるのも……」 「ああ、いや、いいよ。こんくらい」 ちょっと疲れはするけど、格好つけて言ってみる。まー、実際、東風谷一人で作付けしただけあって、そんな広くもないし。食うのは守矢の三人だけだからなあ。他の作物のスペースもあるし。 「ちゃっちゃと終わらせよう。神奈子さんが火をつけて待ってる」 「はい」 それから、僕と東風谷は黙々と、諏訪子は『お、これは大きいよー』なんてはしゃぎながら作業を進めた。 ……遊んでいるように見えて、一番芋を掘ったのは実は諏訪子だった辺り、現代っ子たちの軟弱さが浮き彫りになった気がする。 三十分も掘ると、収穫したサツマイモが山と積まれていた。 「いやぁ。けっこうなものじゃないか。こりゃしばらくは芋三昧……ん? どしたの、二人とも」 腰痛でうずくまってる僕と東風谷は、一人元気いっぱいな諏訪子を恨めしげに睨む。 「あいたた……やっぱり、まだまだ慣れませんね」 「ちょっと掘っただけなのにな」 手を後ろに回し、腰回りを労る。 「やっぱり、空飛んでばかりだと運動不足になりますね……これでも、向こうにいた頃よりだいぶ動くようになったと思うんですけど」 「ふう……そうだな。うわ、泥だらけ……」 魔法で水を出し、手をジャブジャブ洗う。 「先生、私もお願いします」 「ほい」 水球を東風谷とついでに諏訪子の方にやって、手洗いをしてもらう。済んだら元の水蒸気に拡散だ。 「じゃ、私は着替えてきます」 「はいはいっと。僕は……まあ、帰ってからでいいか」 流石に泥だらけだが、どうせ汚れてもいい服だし。 ちなみに、東風谷はというと、畑に出る前に作業着に着替えていた。作業着とは、ぶっちゃけジャージである。『2−A東風谷』と胸元にプリントされた学校指定のジャージ。 諏訪子? 諏訪子の方は、なんか服に汚れがついてない。流石神様の服というか、そういう仕掛けでも施されているらしい。 母屋の方に向かう東風谷を見送って、僕はなんとなく呟いた。 「……しかし、学校の服まで持ってきてたのか」 向こうの服を私服にしているのはたまに見るけど、制服なんかまで持ってきてたんだ。しかも使っちゃってるんだ。 「別に、捨てるのも勿体無いだろう」 諏訪子がなにを馬鹿なことを、という態度で言う。 「そうだけどさ」 「それとも、もしかしてブルマとかを期待してたかい?」 「……何時の時代の話だ」 「いやー、一昔前までは普通に使われていたんだけどねえ。これも時代の流れか。……考えてみたら、幻想郷に入っているんじゃない?」 可能性はある。というか、香霖堂で見かけた覚えがする。 しかし、だからどうだというのだ。生憎と、僕はブルマを来た女の子には普通に興味があるが、ブルマ単品に興味なぞない。 「入ってたとして、東風谷が着るとも思えない」 「んじゃ、私が履いてやろうか。あれ、動きやすそうだしね。どうよ、こういうの萌えっていうんだっけ?」 「さてっと。んじゃ、芋持って神奈子さんとこ行くか。あ、火に放り込むだけじゃ駄目か……新聞紙濡らして巻くんだっけ?」 からかうような笑みを浮かべた諏訪子を無視して、僕は焚き火をしているであろう神奈子さんのところに向かう。お、煙が上がってらあ。 歩く僕に、諏訪子は後ろからキックをくれた。 焚き火を見ると、なんとなく落ち着くというのは僕だけではないだろう。 ゆらゆらと揺れる炎は、魔法で出したのとは明らかに違う自然の火。外ではなかなか焚き火をする機会もないけど、こちらではこれがデフォだ。 「うん、もういいかな」 神奈子さんが火箸で焚き火の下に仕込んだサツマイモを取り出す。 濡れ新聞紙で包み、東風谷んちの在庫にあったアルミホイルで包まれたそれを、神奈子さんは煤を払ってみんなに手渡した。 「ほい、良也のね」 「ども」 あまりの熱さにお手玉する。 何とか掴める程度になったところで、まず半分に割り、黄金色の中身を顕にする。 「んじゃ、記念すべき早苗の初収穫に」 「いただきます」 ぱく、とみんな同時に口に運んだ。 じんわりと優しい甘さが口に広がる。……うん、美味い。 「おいしい……」 「どうだ、自分で作った芋は、味もひとしおだろう?」 「はい」 にんまり笑った神奈子さんに、東風谷は感動した様子で頷いた。 「まだまだ残ってるからねー。今度大学芋作ってよ、大学芋」 「ふふ……わかりました」 諏訪子がなんかおねだりしてる。……でも、大学芋いいよね、大学芋。 「後は焼酎でも仕込む?」 「作り方知りませんよ……」 なんとも平和なやり取りだ。 煙が立ち上る。秋の澄んだ空に溶けていく。 そして、手には芋。サツマイモ。これ以上の贅沢はそうそうないと断言できる。 「あ、先生。二個目いります?」 「一人何個だっけ?」 「ええと……一人三つくらい食べられますね」 ……多すぎたな。まあ、僕は食べられるし、女性三人も健啖家だ。問題なかろう。 ふう、しかし、こんなに平和でいいんだろうか。いや、いいのだ。やはり騒動に巻き込まれる方が異端。人間とは、こういう平穏な時を過ごす権利が、 ぷうー ……なにかヘンナオトガシタ。 「……………………」 明らかに僕じゃない。誰かはわからないけど、守矢神社の三人組のいずれかのところから聞こえた。三人とも固まっている。 ……さて、犯人は誰だろう。 いや、念のため言っておくが、別に僕はなんとも思わない。そりゃ生き物である以上、生理的なものはあるわけで。むしろ健康の証ってーか。 だから、さ。あなた達、そんな怖い目で僕を睨むの、やめてくんねーかな。 「……先生。もう、はしたないですよ」 「……そう言うなよ、早苗。サツマイモって言ったら定番だろう?」 「……そうだねー」 あれ? 僕に押し付けられる流れ? 「いやあの、僕じゃな「さて! 先生は、二つ目を食べるんですよね。男の人ですし、この大きいのをどうぞ!」 問答無用に大きめのサツマイモを押し付けられる。 ……これで黙れと? 反論しようにも、三人のプレッシャーはもはや物理的な領域にまで上がっている。なにかまずいことを口走ろうものなら、視線だけで圧殺されかねない勢いだ。 ここは紳士らしく、全てを飲み込んで知らないふりをするべきだろう。それが誰しも平和になる方法だ。 「お、おお。東風谷、ありがとう。はは……今度は気をつけるからさ。さーて、この大きい焼き芋を食べちゃうぞ―」 ……最後の言葉は、我ながら白々しいにも程があると思った。 | ||
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