冥界の白玉楼。 僕がここに来るときは、必ず食べ物系の土産を持ってくる。 まあ、ここに来たばかりの頃、散々世話になったし。それに、食べるのは僕も嫌いじゃないし。 「でもさぁ。いつものことながら食べ過ぎだよ、幽々子は。三十個入りの饅頭を一人で二十八個も」 「んぐ……いいじゃない。減るものじゃないし」 「いや待て。流石に饅頭は減るぞ? 逆にどこをどうとったら減らないのかを聞きたい」 ツッコミを入れると、幽々子は湯呑みをそっと置いて、キリッ、と真面目な顔になる。 「お饅頭は、ちゃんと私の血肉となって存在しているじゃない。形を変えても、消えてしまったわけじゃないわ。そう、この世の全ては流転している。何者も消えてなくなるわけじゃないの。いえ、なくなることはできないと言ってもいいでしょうね」 「凄まじい屁理屈で来たな……」 まあ確かに。胃袋の中にはちゃんとあるから、消滅したってわけじゃないだろう。でも、そういう問題じゃないと思うんだ。 「大体、血肉ってなんだよ。脂肪だろ、脂肪……」 ピシッ、と幽々子の持っている湯呑みに罅が入る。 ……いかん、調子に乗って口を滑らせた。 「良也? 貴方はデリカシーという言葉を覚えなさい。誰が太っていると言うの」 「いや、そんな事は言ってないけど……」 でも、実際、幽々子は明らかに食い過ぎだからなあ。普段着ている着物はゆったりした服だし、実は見えない所をぶくぶく増量させていても全然不思議ではない。というか、そうなっていない方が不思議だと思う。 「言ってないけど、なに?」 「う……」 あー、これはちょっと怒ってる。この話題はこれ以上振らないほうがいいか。 「大体ねえ。私だって、好きでこんなにたくさん食べているわけじゃないのよ? 亡霊とは、所詮肉体を失った儚い存在。この世に実存するためには、相応のエネルギーを取らないといけないの」 「エネルギーねえ」 そういう理由なら納得……出来るという事にしよう。実際、首とかほっぺたとか見る限り、太ったって感じはしないし。 うん、これ以上藪をつついて蛇を出すことはあるまい。 「しかし、お食事の量はともかく、運動をされたほうがいいのは確かなのでは?」 と、言いながら、空になった急須を補給してきた妖夢が帰ってきた。 「なによぅ、妖夢まで。良也と結託して私をいじめるつもり?」 「いじめるだなんて。私は本来、剣術指南役も兼ねているのに、一度も稽古を付けさせていただいたことがないなあ、と」 こぽこぽと、幽々子の湯呑みに茶を注ぎながら、妖夢は溜息をついた。 注ぎながら『あれ? この前買い換えたばっかりなのにもう罅入ってる』なんて不思議そうにしてた。 「とにかく。私が剣を教える相手というと、たまに良也さんに教えるくらいで。確認しますけど、私は西行寺家の剣術指南役でいいんですよね?」 なら別に、僕に無理に教えなくても、と思わなくはない。 稽古っつーか、ボコられているだけだし。実戦的と言えば聞こえはいいが、はっきり言ってあれは妖夢のストレス解消が半分くらいの理由を占めているだろ。 「ふふん、それは妖夢がもう少し頼りになるようになったらね。今は良也にでも教えて、教え方を磨いておきなさい」 「……幽々子様はお爺様がいらっしゃった頃も剣術をサボってばかりだったじゃないですか」 「たまにはやっていたでしょう? あんまり煩く言わないの。せっかくのお茶が冷めちゃうじゃない」 これでこの話は終わりだと、幽々子は湯呑みに口をつけた。 妖夢も本気で幽々子が簡単に頷くとは思っていなかったのだろう。ふう、と溜息をついて、諦めたように僕に急須を向けた。 「良也さん、どうぞ」 「ありがとう」 お茶が注がれる。出涸らしではない芳醇な香り。 ……あー、美味い。 茶菓子はないが、お茶だけでも十分だ。 「しかし、幽々子。お前も剣使うんだな。妖夢が剣術の指南役だなんて、初めて聞いたけど」 「あら、そうだったかしら?」 「そうだよ。お前が武器を持っているところなんて見たことないし」 せいぜい扇子くらいだ。まあ、スキマとか、扇子を使って戦うのも少なくないけど。 「確か、私の刀も白玉楼のどこかに転がっているはずよ。まあ、妖夢の楼観剣や白楼剣ほどの名刀ではないけど」 「へえ〜」 本気で意外だ。でも幽々子が刀持ったりしたら、なんかヤクザの姐さんって感じが…… 「なに?」 「あー、いやいや、なんでもない」 どこの任侠映画だ。……いやでも、幽々子の場合、エフェクトとして桜の幻影を出したり出来るし、嵌り役かもしれん。流石に彫り物はしていないと思うが。 駄目だって、用心棒に妖夢を据えて、西行寺組とか。忘れろ忘れろ。 「あの、幽々子様? 幽々子様の剣なら、私がたまに手入れをしています。普段は物置にしまってありますけど」 「あらホント?」 「本当です。いい剣なのに、使われていないのはかわいそうですよ」 「じゃ、妖夢が使えばいいじゃない。私は構わないわよ」 「私にはこの二本がありますから」 と、妖夢はこんな時にも忘れずに腰に差している楼観剣と白楼剣に触れる。どこか誇らしげだった。 「それじゃあ、必殺三刀流とか」 「……三本目はどうやって持つんですか」 「妖夢なら口を使わなくても、その人魂にでも持たせればいいじゃないか」 「口!?」 某海賊団の剣士の三刀流は、あれ絶対歯がイカれるよね。 「面白そうね、三刀流。まあそれはそれとして……妖夢? もうお茶菓子はないのかしら」 まだ食う気か。 「ありません。もう、お夕飯が食べられなくなりますよ?」 「大丈夫、甘い物は別腹よ」 「本当に別腹があるわけないじゃないですか」 妖夢が至極最もなことを言う。そりゃそうだ。というか、もう別腹もいっぱいになっておかしくないくらい食ってるくせに。 「あら? 妖夢は半人半霊だから、幽霊の胃袋と人間の胃袋、二つ持っているんじゃないの?」 その発想はなかった。 「持っていません! なんですか、幽霊の胃袋って……」 「でも妖夢、たまに分身の術使ってるよな。あの時は胃袋二つってことになるんじゃ?」 「良也さんまで! 私は人の二倍も食べられませんよ」 「そんなこと言って、こっそりつまみ食いしているんじゃないの? 妖夢ったら、私を差し置いて」 「そういう時食うのって、妙に美味いんだよな」 もー! と妖夢がぷいっと拗ねたように顔を背ける。 僕は幽々子とを視線を合わせて、妖夢のからかい成功と心の中でハイタッチをした。 妖夢をおちょくる時は、異様に気が合うのである。突発的に始まった妖夢いじりであるが、実に自然に合わせることができた。 その後、妖夢へのフォローをしつつ、白玉楼の午後は過ぎていった。 とまあ、ここで終われば綺麗に一日が終了したのだけど。 お茶が終わった後、幽々子はなにを思ったのか、妖夢に命じて自分の刀を持ってこさせた。 それだけならまだしも、なぜか僕は庭に出て、幽々子と対峙しているのだった。ちなみに、妖夢は夕飯の支度を命じられたので引っ込んでいる。 ……いや、ほんとなんでだ? 「へえ、しばらく見てなかったけど、妖夢は丁寧に手入れをしてくれたみたいね」 すら、としばらく使っていなかったという割には自然な動作で刀を抜き放ち、濡れたような刀身を幽々子は眺める。 ……素人目にも業物とわかる。吸い込まれそうなほど綺麗な刃紋だった。 ただ、綺麗は綺麗なんだけど、なんか妖気的なものを放っているような。あれ絶対妖刀だろ。 「……久しぶりに自分の刀を見るのは結構だが。なぜ庭に出て、そして僕をここに立たせる?」 幽々子との距離は三メートルほど。憎らしいことに、一息で斬りかかるのに実に都合のいい距離だった。 「え? しばらく使ってなかったから、試し切りでもと思って。なんだかんだ言っても、刀は肉を切り骨を断つためのもの。試し切りは人間相手が一番よね」 「質の悪い冗談はやめろって」 どうせ、いつもの幽々子のおふざけだろう。そう僕は思って、タネは割れたのだからとっとと止めろと言おうとして、 「それに、貴方曰く、私は脂肪が溜まっているそうだからね。少しは減量しないと。ねえ?」 根に持ってるぅ!? 「ど、どうした幽々子? 目がマジだぞ」 持ってる妖刀の嫌な気配も相まって、とってもデンジャラスな雰囲気。 「いやぁね。私が冗談を言うとでも?」 「さ、流石に友人を刀でずんばらりんというのはいささか無茶がす、過ぎないですか?」 じり、と後退りすると、それに合わせるように幽々子が摺り足で間合いを詰める。 一気に逃げおおせたいところだが、それをしようとした途端一刀両断にされかねないという危機感。こ、こいつ、普段刀触ってないとか抜かしておきながら、なんだこの達人みたいな雰囲気。 「刀ですっぱり斬っても死なないのが貴方たち蓬莱人じゃないの。一応、私は蓬莱人が苦手ってことになっているんだから、たまにはつらく当たっておかないと」 「"ことになってる"とかすごい投げやりだなおい!?」 幽々子の能力は『死を操る程度』の能力。故に死を持たない蓬莱人が苦手……となんとか自称しているが、ぜってぇ嘘だ、こいつ。 「気にしないの。そーれ」 「のぅおあ!?」 ブンッ! と呑気な掛け声とは裏腹に、本物の殺気を込めて、刀が袈裟懸けに振り下ろされるのだった。 ちなみに、寸止めだった。 うん、わかってた。わかってたのに……ちょっとちびった。 | ||
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