「……ん?」

 はて?

「どしたの、良也さん」
「いや、なんか誰かに見られている感じが……」

 いきなりキョロキョロし出した僕に、霊夢が呆れたように言う。

「上よ、上。鈍いんだから」

 言われるままに上を見てみると……『おっと』なんて声を上げながらスカートを押さえて、こちらに携帯(?)を向けてくる女の子の姿が。
 ……誰?

「ちょっと、うちは新聞はお断りよ。ただでさえ文の奴が勝手に置いていくんだから」
「じゃあ、これを機に私の新聞に乗り換えない? 今なら三ヶ月無料でお届けするよ」
「あんたらの新聞ってお金取るんだっけ」

 いやまあ、ほら、気分気分、と適当なことを言う彼女は、もうここまでで大体わかった。天狗の報道部の奴だろう。
 ほい、と着地してきた少女は、射命丸の奴よりだいぶ垢抜けた雰囲気。なんていうか、一昔前の女子高生風味な天狗。……で、その彼女が持っている携帯電話がなんかカシャカシャ鳴っているんだが。

「なにそれ」
「これ? ふふーん、河童に作ってもらった最新型のカメラよー。今、外の世界ではこのケータイとやらにカメラ機能を付けるのが流行っているんでしょう?」
「いや、今は殆ど標準でついてるけど……なんか、フィルム巻いてないか?」
「なにを言っているの? カメラにフィルムは当たり前じゃない」

 それ、ガワが携帯なだけの普通のカメラじゃん。
 ……まあいいけど。

「で、誰、あんた」
「おっと、失礼。私は花果子念報の記者、姫海棠はたてよ」

 花果子念報……聞いたことあるぞ。数ある天狗発行の新聞の一つだ。他の報道部の記者天狗は何人か見たことあるが、花果子念報の記者はついぞ見たことなかった。そーか、この人がそうなのか。

「あ、僕は……」
「知っているわ。土樹良也でしょう。文がよく記事にしている人間」
「……そりゃ、どうも」

 文って射命丸だよな。あいつの新聞って時点でロクな記事になってないから、それを元に僕の人物像を推し量られても困るんだけどなあ。

「……で、何の用ですか」
「そりゃあ、記者が来たんだから目的は取材に決まっているじゃない」

 取材、ねえ。……射命丸のせいで苦手意識しかないんだが。

「えーと、はたてさん?」
「はたてでいいわ」
「じゃあ、はたて。僕、あんまり取材とか好きじゃなくて……」
「そう。それじゃあ、聞くけど、最近のお菓子の売れ行きは? 色んなところに顔出してるみたいだけど、連中とどういう関係? あ、気になる女とかいるかしら?」

 あれ? 始まってる!?

「ちょ、待て。だから嫌だって……」
「だって私は文々。新聞の記事を食うスポイラーだもの。文だけが記事にして、私が記事にしないなんて有り得ないわ」

 spoiler? ……要するに、射命丸のライバルってところか?

「良也さん。その天狗、貴方に用があるみたいだから、さっさとどっか連れってくれない」
「……お前冷たいな。助け舟くらいくれ」

 イマイチ状況の分かっていない僕に、頼むよプリーズ。
 しかし、霊夢はふう、と一つため息をついて、慌てず騒がずスペルカードを取り出す。

「今日は記者の相手をしてやる気分じゃないのよ。とっととどこか行きなさい。……結界『パパラッチ撃退結界』」

 文字通り結界が張られるとともに、弾幕が霊夢を中心に荒れ狂いまくりその姿を隠す。
 ……写真を撮られるのを防ぎつつ、パパラッチを撃退する、なるほど、理にかなって……弾幕なんて撃つ時点で理を語る資格はねえよ!

「いつそんなの作ったお前!?」
「ほら、さっさと行かないと怪我するわよ」

 お前もよほど射命丸に嫌な目に合わされているんですね! でも、僕ごと撃退しようとしないでくださいっ!

 流石は天狗というところか、余裕のあるはたてに比べて、僕は這々の体で博麗神社を後にするのだった。……くっ、今日の晩飯は手ぇ抜くぞ、こら。

























 霊夢に物理的に博麗神社から叩き出されて、僕は仕方無しにはたてに付き合ってやることにした。
 どうせ、ここで拒否しても聞く耳持たなさそうだ。その辺、天狗に共通の性格なのかも知れない。

 こうなったら、とっとと答えて終わらせよう、と僕ははたての取材に応えた。

「ふむふむ……。なるほど。人間の癖に随分と各所に気に入られているみたいねえ」
「……いや、どうだろう。気に入られて――?」

 僕といろんな勢力との付き合いを聞いたはたてはそんなことを言うが、疑問符をつけざるをえない。
 大概が別に僕じゃなくても人間なら同じような対応をするところ(例:守矢神社、命蓮寺)だったり、『いじっても壊れない人間』としてからかわれたり(例:紅魔館、永遠亭)って感じ。
 気に入られているという感じではない。

「ふふん、自覚ないのね。でも、文が贔屓するのも分かるなあ。こんなに取材しにくい連中とコネがある人間、そりゃ放っておかないわ」
「……贔屓なんてする必要ないから、どうか放っておいて欲しいんだけど」

 射命丸が僕にネタを求めると、高確率で碌な事にならないのである。別に話をするくらい構わないのだけど、その後騒動に巻き込むのが礼とでも思っているんじゃないだろうな。

「うん? ふふふ……」

 あ、なんかはたてが嫌な笑い方してる。

「ねえ、文が嫌なら私に乗り換えない?」
「乗り換えもなにも、そもそも射命丸に乗っていた記憶はない」

 ネタに困ったとき、射命丸が僕に聞きに来て、僕はなにかあれば話してやる。それだけだ。他の天狗の記者(射命丸と比べて紳士的)の取材に応えたことも何度かあるし。

「なら好都合。どう? 私と専属契約を結んでくれない? 報酬は弾むわよ」
「専属契約?」
「そう、貴方の知っているネタを話すのは私だけにして欲しいのよ。ふっふっふ、これで文の文々。新聞に勝てる……!」

 勝つ……ねえ。
 ちなみに、天狗の報道部の新聞はランキング付けがされていて、その結果は里にも知らされる。
 上位どころの新聞は文々。新聞みたく『知る人ぞ知る』みたいなのじゃなく、里の大抵の人は読んでいる。射命丸の記事は面白いのだけど、発行が不定期な上、新聞というより娯楽小説みたいな面があるのでランキング外だ。

 はたての花果子念報は、確か更に発行部数が少なかったはず。ランキングは大体固定で、順位の変動は余り無いし。

「勿論、ただとは言わないわ。私の能力で、いい写真を撮ってあげる」
「能力?」
「そう。私の力は『念写をする程度』の能力。このカメラにね、キーワードを入れてやると、それに関連した写真が見つかるって言う寸法よ。あ、勿論、『見つける』だから、誰かが撮ったのに限るけどね」

 それ、本来の念写とは微妙に……っていうか、全然違うような気が。

「いや、写真なんて貰っても仕方ないんだけど」
「これを見てもそんなことが言えるかしら?」

 と、はたてが差し出した写真は……

「ぶっ!?」

 載っているのは鈴仙。弾幕を撃ちまくっていることから察するに、どっかのパパラッチが強行撮影した一枚だと思われる。
 ……しかし、なーぜーかー、スカートが危ういところまで翻っており、更に乱れた服から悩ましい鎖骨が見えている。

「どうかしら?」
「………………」

 うが、魅力的な交換条件だ。僕の腕は勝手に写真を懐に収めようとしている。
 スマン、鈴仙。しかし、お前さん、言っちゃなんだけど隙多いぞ。確か、同じように射命丸から賄賂をもらったときも、鈴仙の写真だった気がするし。今度会ったときは忠告してやろう。

「ふふふ……これだけじゃないわよー。既に破棄された写真だって撮れるからねー。紙面が下品になるからって表には出なかったあれやこれや……」
「う……」

 ふらふら〜、と頷きそうになる僕。
 し、仕方ないんだよ。理性は駄目だと叫んでいても、男として引いてはならない一線というものがあるんだっ。ここは……ここは、多分引いてはならない一線だ! この写真という報酬で靡かない男なんて、まだ性を意識する前の子供か枯れた老人、もしくはホモくらいだっ

「ゲッツっ」

 心の中で男の主張(という名の言い訳)をしていると、カシャカシャカシャー! と、なにやら空からシャッター音が!?

 うお、と驚いてそちらを見てみると、ざざー、と勢いを殺しながら着地し、こちらに親指を立てている射命丸が――!?

「お、おまっ!? 一体どこから出てきた!?」
「どこからって、嫌だなあ。空からに決まっているじゃないですか、土樹さん」

 いきなり写真を撮ったことを悪びれもせず、射命丸は無邪気に笑う。しかし僕には分かる。あの笑顔の裏では、ぜってーニヤニヤしてる。

「あ、文? なんでここに」
「ふっふーん、貴方が私のカモ……もとい協力者の土樹さんにちょっかいをかけていると、つい先程取材に向かった霊夢さんに聞きまして」

 弾幕で追い払われちゃいましたけどね―、と笑う射命丸。もしかして今の本音は言わなかったことにするつもりか、コラ。

「そしたら、まあ驚き。新聞記者と人間の賄賂受け渡しの証拠写真が撮れてしまいました。さて、これはどうしましょうか」
「お、脅すつもり?」
「脅すなんてとんでもない。ただ、土樹さんみたいな都合のいい……もとい、たくさんネタを提供してくれる人を独り占めは良くないという、それだけの話です」
「だれが都合のいい人間か」
「言葉の綾です」

 しかし、流石というかなんというか。ついさっきここに来たばかりのくせに、射命丸は先ほどの現場一つで僕とはたての間にどんなやりとりがあったか、把握しているようだった。

「折角足で記事を稼ぐようになったんだから、狡い真似は止した方が良いよ。ほらほら、どうせ土樹さんからネタを聞いたんでしょう? それを早く記事にしたほうがいいんじゃない?」
「くっ……いいわ、人間妖怪問わず、誰もが唸るような傑作記事を書いてやるんだからっ」

 と、捨て台詞を残してはたては空に去っていく。

「まあ、彼女のことだから、推敲しすぎて、完成度は高いけど旬を逃した記事になるでしょうけどね。まったく、わかっていない。文章の質なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」
「……はあ、そんなものか。んじゃあ、射命丸、僕はこれで」
「おっと、土樹さん、お待ちくださいな。巫女に追い返されて、明日の新聞のネタが無いのです。協力してもらえません? なに、ちょーっとした事件を起こしてもらって、それを記事にするだけなので」
「マッチポンプじゃねえかっ」
「ふむ、嫌ならば仕方ありません」

 あっさり引き下がる射命丸。

 その態度に嫌な予感がした僕は、飛び立とうとした射命丸を呼び止める。

「待て……一体なにをするつもりだ?」
「なにを、という程のことでは。単に、今撮った写真を現像して、永遠亭の鈴仙さんに渡すだけです。土樹さんが鈴仙さんのエロい写真に釣られていたということを申し添えて」

 ――脅迫じゃねえかっ!?

 顔が引き攣っている僕に、射命丸はそれはそれはいい笑顔で止めを刺しに来た。

「私としては、それはそれで面白い記事になりそうなので全然構わないんですが……。もう一度聞きましょう。協力して、いただけますか?」
「……イエスサー。なんでも申し付けて下さい、サー」







 ちなみに、はたての方は特になにも言われなかった様子。この前取材に来たときに聞いた。
 ……一応、射命丸も彼女をライバルとしてみているらしい。

 にも関わらず、僕の方はというと、ここよりしばらく射命丸の奴隷となるのであった。ガッデム。



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