「うーむ」

 割り当てられた部屋でぐでー、と寝転がる。
 ……いかん、月に来てから急速に駄目人間化が進んでいる気がする。駄目人間なのは元からだ、という話もあるが、少し話を聞いて欲しい。

 なにせ、このお屋敷。待ってればご飯とお酒は出てくるし、ちょっと部屋を空ければベッドメイクはされているし。それでいて、特にすることはないし。
 霊夢に付いて行くのもやることなくて退屈だしねえ。月の町並みを適当に歩くのも、依姫さんたちに迷惑かかるし。

 ってなわけで、この一週間ほどは、ニートっぽい生活を送っているわけだ。ネットがない分、ニートより酷い……もしくはマシなのか? あーあ、静かの海に沈んだラノベが残ってりゃなあ。

「いかんいかんいかん!」

 立ち上がって、むんっ、と伸びをした。
 そろそろ霊夢の力のことが広まってきたので帰る予定なのだ。このままの感覚で地上に戻ったら、いつものリズムを取り戻すのが大変だ。僕は霊夢とは違うのだから。

 ……うーん、しかし実際のところすることないんだよねえ。今は霊夢と依姫さんは出かけてるし。豊姫さんは、依姫さんに言われて仕事を片付けるため部屋に篭らされているし。

「……散歩でもするかあ」

 結局、そのくらいしかすることもないのであった。散歩、って言っても月の町に出ることは出来ないので、屋敷の中を適当に歩くだけだ。でかいお屋敷とは言え、空間を弄って弾幕ごっこが出来るほどの広さを備えた紅魔館ほどではない。十分、二十分くらいしか時間を潰せないだろうが。

 適当に身支度を整えて、廊下に出る。

 ここは、毎日お手伝い兎が掃除しているのでいつも綺麗だ。ここんちには、男の警備兵が常時十人くらいと、メイド的な玉兎が数人いる。ちなみにレイセンはペットとして、綿月姉妹の身の回りの世話がメインの仕事だった。ペットじゃない? ペットなんだよ。

「んー」

 歩きながら、もうすぐとなった帰還のことをつらつらを考える。

 帰るのは、多分明日か明後日くらいになるだろう。用意は……まあ、衣類を纏めて、土産を忘れないようにするくらいでオーケー。土産は……ええと、全員分用意したよな。月の石やら布やら色々と。
 ……そういや、土産といえば、永琳さんへの土産、と言ったら豊姫さんと依姫さんにとんでもないでかいつづらを渡されそうになったがありゃなんだったんだろう? 持ち帰るのが大変そうなので丁重に辞退したんだけど。

「ん?」

 なんか、向こうにレイセン他、玉兎のみんなが集まっているのを見かけた。……よし、丁度いい、暇つぶしに話しかけよう。

「おーい」
「あ、良也さん」

 声をかけると、レイセンがいち早く気付いて手を振った。……やっべ、なんか可愛いと思ってしまった。兎なのに犬っぽいな、レイセンは。

「どうしたんですか? 飲み物でも欲しくなりました?」
「いや、そうじゃなくて……暇だから散歩。レイセン達はまたサボってお喋りか?」

 玉兎は話好きで、よく仕事をサボる。依姫さんが愚痴ってた。

「さ、サボってなんかいませんよ。これは休憩、そう! 休憩なんです!」
「……どこぞのサボマイスタと同じようなことを」

 ちなみに、真面目そうに見えるレイセンも、玉兎は玉兎である。
 そも、最初に地上に来た理由が、『自分にはもっとふさわしい仕事があるんだ―』とか言って餅つきの仕事を放り出したからだとか、救いようがねぇ。

「まあいいけどさ。怒られるのは僕じゃないし」
「だーかーらー」
「んで、なんか面白い話でもある?」

 聞いてみると、レイセンは納得出来ないようにうーうー唸っていたが、そこは話好きの玉兎。一度口を開くと舌はなめらかに動いた。

「そうですねー、最近、あれが出るって噂が持ちきりですよ」
「あれ?」
「これです、これ」

 レイセンが手を前に出してだらーんと手首から先をぶら下げる。

「ええと、それはもしかしなくても……幽、霊?」
「そうです、幽霊です。ねえ?」

 レイセンが仲間の玉兎に同意を求めると『そうよ』『そうなんですよ』と、次々と頷く。
 聞いてもいないのにどこそこで見かけたやら、あそこの玉兎のチームが遭遇してお話をしたやら、出る時間は関係ないらしいやら、嬉々として話してくれた。……本当、話好きなのね。

「幽霊ねえ……胡散臭いなあ」

 いや、幽霊が実在することは知ってる。自分も生霊になった経験持ちだし。
 ……だけど、月の人の寿命ってかなり長いんじゃなかったか? 輝夜と永琳さんは蓬莱の薬を飲んだから特別だろうと思ってたら、依姫さんとかも余裕で千歳越えらしいし。

 その証拠に、ここでは人魂なんぞ見かけない。普通、ちょっと霊視するとそこら辺にいるもんだけど。

「そりゃ、この月でそんなの見かけるなんてそうそうないですけどね。珍しいから噂になっているんですよ」
「へえー。じゃあ、どんな幽霊なんだ?」

 ほんの好奇心から聞いてみた。まあ、所詮嘘臭い噂。具体的な話なんて無いだろう、とタカをくくっていると、

「はい。なんでも、噂によると……その幽霊は二人組。片方は玉兎達の食べていたおやつを一人で全て食べてしまい、もう片方は刀を二本携えているとか」
「ちょっと待て」

 あまりに覚えの有り過ぎる人物像に、頭を指でぐりぐりする。

 えーと、なんだろう。どうしてこう、とある冥界の主従が思い浮かぶんだろうか。いやいや、ないない。そりゃ主の方は幻想郷では神でも鬼でもないくせに神出鬼没な奴だけど、ここは月だぞ?

「? どうしました、良也さん。もしかして幽霊に心当たりでも?」
「HAHAHA、そんな馬鹿な」

 うん、気にしないことにしよう―。さって、十分時間も潰れたし、部屋に戻るかー



































「あら、良也。おかえりなさい」
「ど、どうも、良也さん……」

 部屋に戻った瞬間、思わず膝をついてしまった。
 僕の部屋で寛いでいる二人は、紛れもなく冥界は白玉楼の当主とそこんちの庭師! 主の方は僕のベッドに寝転がってぐでーんとなってるし、庭師の方はきっちり正座しつつ主を困った目で見てる。

「……幽々子、妖夢。なんでお前らがここに?」
「なんで、と聞かれてもねえ。たまたま満月の夜に散歩してたら、たまたまここに辿り着いただけよ?」
「んな偶然があってたまるか」

 どこをどう散歩したら月まで来るんだよ……。方向音痴ってレベルじゃねーぞ。
 ええい、幽々子に聞いてもラチがアカン。妖夢ー、と助けを求めて視線をやると、

「え、ええと。その、私にもなにがなんだかさっぱりで」
「どうやって月まで来たかくらいはわかるだろ?」
「その、幽々子様の仰ったとおり、としか。幽々子様に付いて来たら、どうしてだか月に来ていたんです。すみません……」

 シュン、と見るからに小さくなる妖夢。ええと……なんだ、幽霊だから物理法則とか関係ないんですか? んな無茶な話があってたまるか。

「幽々子」
「本当、偶然って怖いわねえ。あ、これが噂の神隠しってやつかしら」

 話す気ないと見せかけて白状しているじゃないか。確かスキマの渾名だろ? 『神隠しの主犯』って。

「でも、月人に見つからないように移動するのも大変でねえ。丁度いいから休ませてもらっているってわけよ」
「隠れている時点で胡散臭すぎるぞ……なにで隠れる必要があるんだよ?」
「あら、私たちは招かれざる客だもの。見つかったら捕まっちゃうじゃない」
「いや、多分普通に帰してもらえるから。喧嘩売ったレミリアたちだって、普通に地上に帰してもらったし」

 別に殺されたりはしなかった。なんでも、月で殺生はご法度だそうな。

「駄目よ。まだすることがあるんだから」
「……絶対なにか良からぬことを企んでるだろ?」

 スキマまで関わっているのだったら間違いない。

「失敬ね。私を何だと思っているのかしら。私ほど清廉潔白な幽霊はそうそういないわよ」

 もうツッコミを入れるのも面倒くさい。これ以上僕がなにを言っても聞きゃしないだろう。
 諦めて、適当に椅子かけた。

 しかし、世話になっている綿月の人たちに不義理をするわけにはいかないな。とりあえず、警備の責任者でもある依姫さんに報告を――

「あ、ちなみに――妖夢?」

 幽々子が声をかけると、チャ、と妖夢が刀に手を掛けた。
 え、え〜〜〜と?

 ダラダラと背中に脂汗が流れてきたぞ。

「すみません、良也さん。良也さんが我々のことを月側に漏らそうとした場合……その、斬り捨てるよう命令されまして」
「おいおいおい!?」

 うわ、妖夢がすごく申し訳なさそうにしてる! 碌でも無い主だなおい!?

「どうせ死なないからいいでしょう?」
「よくねえよ!」

 幽霊なんだから、死ぬときの苦しみくらいわかってください! 本当、怖いし暗いし寒いし痛いし苦しいしで、七面倒臭いんだからアレ! 面倒臭いで済むようになってる自分もどうかと思うけど!

「まあ、それは冗談よ」
「そ、そうなんですか?」
「もう、妖夢は冗談が通じないんだから。私がそんな、不死人だからって人間を斬るような命令をするとでも思うの?」
「…………」

 思うから、嫌そうにしながらも従っていたんではなかろうか。なにより妖夢のこの沈黙がなによりも雄弁に主への信頼度を語っている。
 ……が、幽々子がそんなことを気にするはずもなかった。

「まあ、どうしても良也が月に味方するって言うならそれでも構わないけど……地上に戻った後、どうなるか楽しみね?」
「ぐ……」

 し、しかし。一宿一飯どころの恩じゃないしさあ。
 う、なんだこの義理と人情の板挟みは。……片方は義理でも、もう片方は人情じゃないな、うん。

「それに、心配はいらないわ」
「はい?」
「そんなに大層なことをするつもりはないもの。これは誓ってもいいわ」

 割と真っ直ぐ言い切られてしまった。むう、ん。

「……まあ、幽々子がそんな面倒なことはしないと思ってるけど」
「ま、本当に失礼な元居候ね」
「わかったよ。黙っとく」

 豊姫さんと依姫さんには悪いけど、な。幽々子は幽々子で、色々と世話になったりしたりしてるし……それに今言ったことは嘘じゃないだろ。

「妖夢。頼むから、幽々子がやり過ぎるようなら止めてくれよ……」
「はあ。わかりました。善処します」

 でも、止められないだろうなあ。妖夢じゃ、適当に言いくるめられてしまうのがオチだし。

 最後の最後で、月に不安が残ったな……帰っても大丈夫なんだろうか、僕。



前へ 戻る? 次へ