「うーん、と。これと、これと、これ……」

 今日は魔法の森にやって来た。
 前々からたまにこの森に生えている魔法薬の材料とかを取りに来ていたんだが、今日の目的は茸だ。

 魔法の森に自生している茸は、殆どがこの森の固有種で、扱いは難しいものの効果は凄く高い。
 なので、少しずつでも標本を取って、うまいこと効果の高い薬だか儀式の材料だかに出来ればなあ、とこういう次第である。

「うーん、これはどうだろ……」

 傘が青色で足が紫色。そして石突が真っ赤で更にピンクのぶつぶつが生えていると言うなんとも形容し難い造形の茸をつまんで、眉間に皺を寄せる。
 毒というか、そんなのを超越したファンキーな色彩だが、案外こういうのが高い魔術的効果を持つのかもしれない……

「おいおい。そんなの採って、爆弾でも作る気か?」
「ん?」

 後ろから話しかけられ、振り向いてみると……面白げに笑っている、魔法使いがいた。

「……魔理沙か。奇遇だな」

 籠を背負っているところを見ると、今日は魔理沙も茸を採取する日らしい。

「奇遇っつーか、ここら辺は私んちの庭なんだがな。不法侵入だぜ」
「いつから魔法の森はお前の庭になったんだか」
「まあ、そこそこ前からだ」

 ふてぶてしく言う魔理沙。……こんなだから、この森に妖怪が殆どでないのは、こいつが引っ越すときに追い出したからだ、なんて噂されるんだよなあ。どこまでホントなんだろ。アリスは住んでいるんだから、嘘の可能性も高いが。

「んで、その茸、持ってくつもりか? それは扱いが難しいと思うが」
「……ちなみに、どんなの?」
「ああ、その茸は強い衝撃を与えると爆発する。煮詰めてスープにして、固めてやるとこれがいい魔力増強剤になるんだが。失敗すると器具が吹っ飛ぶからなあ」

 こわっ!? 茸こわっ!?

「そ、そーゆーことは早く言え!」

 ぽい、と持っていた茸を投げ捨てる。
 ええい、これだからこの森の茸には手を出すのは躊躇してたんだ――

「あ、馬鹿」

 そう魔理沙が言うのと、ぽす、と僕が投げ捨てた茸が地面に柔らかく受け止められるのがほぼ同時だった。

「なぁぁぁぁーーーっ!?」

 カッ! と激しい閃光が走り、小さなきのこ雲が巻き上がる。
 幸いにも、割と遠くに投げたため、なんとか踏ん張れる程度の衝撃だったが……土とか木の枝とかが当たって地味に痛い。

 うう〜〜、汚れが酷い……。

「だから、衝撃を与えちゃ駄目だつったろ」
「……あんなにシビアだなんて思う訳ないだろ」

 ちゃっかり僕の後ろに隠れている魔理沙に、僕は体についた汚れを払いながら文句を言った。

「危なっかしいなあ。仕方がない、私が茸のノウハウを教えてやろうじゃないか」
「いいのか?」
「いいぜ、別に」

 こりゃありがたい。魔法の森の茸と言えば魔理沙。魔理沙といえば茸だ。幻想郷で最も茸に通じた女と言われている。多分、全然嬉しくない称号だろうが。

「ただし、今日の私の採取を手伝ってもらうぜ。そしたら、その後で集めた茸の講釈をしてやろう」
「それでいいよ」

 魔理沙の集める茸なんだから、きっと魔術的にも価値のあるものだろう。どれが効果が高くてどれが低いかなんて僕には分からないのだから、そういったものを教えてもらえれば凄く助かる。
 まあ、どう考えても採取の手伝い程度で切り売りする知識ではないのだが……それはそれ、借りということで勘弁してもらいたい。

「よっしゃ、じゃあ行くぜ。私について来い!」
「アラホラサッサー!」

 ガッテン承知である。























「お、良也、それだそれ。その茸がいいんだ」
「これか?」

 見た目には地味な茶色の茸。しかし、この魔法の森に生えていて、魔理沙が集める以上、この茸もただの茸ではあるまい。
 さっきみたいに爆発でもしたら困るので、僕は慎重に袋に詰めた。

「そういや、その袋。軽くて便利そうだな」
「ああ、これ?」

 いや、単にお菓子買った時についてきたビニール袋だけど。

「これは使い捨ての袋なんだよ。だから耐久性に難有りだ。幻想郷じゃ捨てちゃいけない素材だしな」
「ふぅん。でもなんか、透明でお洒落じゃないか」
「……これをお洒落て」

 ブランドバッグを買いあさる世の女の子たちが聞いたら引付けを起こすぞ。

「ああ、その緑の文字もいい感じじゃないか」

 袋にスーパーの名前がプリントされているのである。

 ていうか、安上がりだなあ……まあビニール袋くらい、あげてもいいんだけど。でも、あんまりこの手の素材はこっちに残したくないんだよなあ。ちょっとの油断が命取りってね。

「まあ、どうしてもっていうなら譲ってもいいけど」
「お、マジか。じゃ、今度くれよ」
「いいけど、破れたりしたらゴミなんだから、ちゃんと僕か……もしいなければスキマ辺りに預けろよ」
「おう」

 というか、スキマの隙間空間を外の世界のゴミ捨て場辺りに直結してやれば僕は楽できてゴミ捨ても気軽になって万事解決な気もしなくはないが……でも、僕の勝手で持ち込んでいるんだしなあ。難しいところだ。

 なんて無駄話もしつつ、僕と魔理沙は茸を集めていく。

「お、これもこれも。良也、この辺はいい茸がたくさんあるぞ。この辺りだ」
「ああ、わかった」

 ちゃんと、魔理沙の指示は聞いてだ。どうも、有用な茸というのは一貫性がない。さっきの爆発する茸みたいに、派手な色をしたのがたくさん魔力をため込んでいるのかと思えば、そうとも限らないらしく、今集めているのは比較的地味なものばかりだ。

「なあ、魔理沙。これは何に使えるんだ?」
「ん? それは……えーと、なんだろな」
「わからないのかよ!?」

 教えてくれるって言ったじゃん!

「あのな。この森の茸は数千種じゃ利かないんだぞ。しかも、毎日数十種単位で入れ替わってる。私だって全部把握してるわけじゃないんだ」

 ……本当におっとろしい森である。生態系とか進化の法則とかに真っ向から喧嘩を売っているとしか思えない。

「それでどうやって茸を判別してんだよ」
「まあ、一部『強い』やつはずっと残ってるしな。新しいのも……なんとなく雰囲気でどんなのかわかるんだよ」
「ふ、雰囲気?」
「勘とも言うな。……こりゃ霊夢の専売特許か。とにかく、それは集めといて損はない茸だ」

 あの、魔理沙さん? 貴方、私に茸のノウハウ教えてくれるとか言ってましたよね? 教えられるものなのかそれ、おい。

「ほれほれ、早いとこしないと日が暮れちまうぜ。まだ籠に半分くらいしか集まってない」
「わかったよ」

 ……はあ。まあ逆らわない方が吉、か。























 そして、籠いっぱいに集まったので、現在魔理沙の家のすぐ前で炭火の用意をしている。

 何故炭火? と思ったが、熱を通すことで茸を活性化させるらしい。ふーん……そーゆーもんなんだ。そういえば、魔理沙はよく茸をスープ状にして加工しているらしいしな、と納得することにした。

「ほい、良也。金網」
「ああ」

 魔理沙が家の中から金網を持ってきて、炭火を焼いている簡易竃の上に乗せる。
 ちなみに、竃は僕が魔法で作った。土を盛り上げて固めて、それらしく形を整えただけだけど。こーゆー時、土魔法は便利だ。アウトドアには強いんだよね。家じゃなかなか使うことないけど。

「んじゃ、茸を金網に乗せて焼け。……焦がすなよ。危ないから」
「あ、危ないのか、この茸も」
「ああ、危ない」

 またもや、爆発でもするんだろうか。
 でも、焦がさなければいいと言うのなら、なんとかなる。宴会ごとに、野外に設置した焼き場の世話を良くさせられたりするので。

 ほい、とひっくり返す用に渡された菜箸を掴み、ひょいひょいひょいと茸にうまく火を通していく。

 うーむ、なんかいい匂いが……まあ、魔法の茸といえど、所詮茸。バラエティ豊かで、食用に耐えるものもあるんだろうし、いい匂いくらいするか。

「んじゃ、ちょっとそのまま様子見てろよ。私は、霊水を取ってくるから」
「霊水?」

 って、祝福した聖水かなんかか? 魔理沙、そっち系も齧ってたっけ?

 ああ、もしかして、茸を溶かしてスープにするための水か?
 魔理沙の魔法研究は、別々の茸を混ぜ合せるために、まず茸をスープにする。その上で混ぜて、乾燥させて、出来た固形物に対して色々な実験をするという。茸の方だけじゃなく、水の方にも秘密があったのか。

「ああ。ま、あれがないと始まらないんでね。私秘蔵の、ありがたい霊水だ。運がいいぜ、良也」
「……そんな秘伝を教えていいのか? 弟子でもないのに」

 言うと、魔理沙はニヤリと笑って、

「なに、私は出し渋りはしない方だ」

 むしろ、この笑みは『盗めるもんなら盗んでみやがれ』的な挑発と見た。実に魔理沙らしい。僕に、センスの塊みたいな魔理沙の技術を盗めるとは確かに思えないが、片鱗くらいは掴んでやる。

 そして、待つこと数分。

 大きくて透明な瓶に詰められた水と、二つのコップを持って魔理沙が帰ってきた。

「よし、茸もいい感じだな。ほれ、良也」
「え? あ、ああ」

 と、霊水をコップに注いで渡してくる。

「な、なんだ?」
「とりあえず、えーと……そこの茸を口にして、その霊水を呑め。口の中で混ぜて飲み込むんだ」
「なんだ、体力回復の効果でもあるのか?」

 えらい簡単な調合である。それだけ大雑把な茸なんだろうか。

「いや、むしろ精神高揚かな……」
「おいおい、ヤバイ薬なんじゃないか?」

 まあ、魔法使いに薬品はつきものだけど。でも、麻薬の類は手を出してませんよ僕は。現代日本人なので。

「まあまあ。騙されたと思って呑んでみろって」
「わかったよ……」

 熱々の茸を、手でつまんで急いで口に含む。
 噛みしめると意外に濃厚な旨みが広がり、じんわりと茸集めで疲れた身体に浸透していく。

 そして、霊水を口に含み……これは、アルコールか? なるほど、確かにアルコールも魔術に不可欠な要素。だって、西洋ではワインはキリストの血で、日本でも酒は神事につきものだ。
 ごくり、とまとめて呑み込むと、胃の中からかっかとした熱さがこみ上げてきてなるほどこれは確かに気分が良くなるなあというかこれ普通に酒とつまみじゃね――

「……おい、魔理沙」
「うん、美味い! 流石、私が小遣いをはたいて買ってきた高級酒。おっと、茸には醤油だな。流石になにも付けないと味が足らん」

 こっそりと帽子の中に隠していたらしい小皿と醤油の小瓶。ほい、と僕にも醤油をたらした小皿と箸を渡して、魔理沙は茸を食べ、コップから日本酒を呑んだ。

「……おい」
「ん? どうした良也。遠慮することないぞ。この茸は一緒に集めたんだし、酒はお前も持ってきてくれるじゃん」
「くっ、騙されたと思って呑んでみたら、本当に騙されていた」
「おいおい」

 からからと魔理沙は笑って言った。

「別に私は嘘は一言も言ってないぞ。魔法の森の、美味しい茸の見つけ方のノウハウを教えてやっただけさ」
「霊水って言った」
「酒は命の水だ。霊水でも間違いじゃない」
「……じゃあ、さっき言ってた焦がすと危ないってのは」
「そりゃ危ないだろ。体に悪い」

 がーーーっ!

「それにな、魔法の森の茸を使った魔法は、私の領分だぜ。魔法が被ったら嫌だろ」
「それが本音か!」
「美学の問題だぜ。まあ、馳走してやるんだ。水に流せ」

 別に構わないけど、最初っからそう言えよ!
 くっ、こうなったら呑みまくってやる。








 その後、『お前呑みすぎだっ』と魔理沙が怒ったので、ちょっとだけ溜飲が下がった。



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