人里からの帰り道。 背負ったリュックの中のお菓子を全て売り捌き、売上でお茶葉と茶菓子を買った。あと、酒も。 今日は博麗神社に帰ってから茶を飲んで、夕飯時に一杯だ。……うむ、中々に充実した一日である。 さて、夕飯の材料は一通り揃っていたと思うけど、もう一品加えるために野草でも摘んでいこうかねぇ。 なんて、眼下を見下ろして、それっぽい草が生えていそうな場所を探していたときの話である。 「あやっ?」 「ぶはぁっ!?」 突然巻き起こった風のおかげで、小さなゴミが目に入った。 ……って、痛い、痛いよ! 「ぐぐぐ」 「あやや、これは失礼。大丈夫ですか土樹さん?」 「この声……射命丸か?」 「はい、こんにちは。清く正しい射命丸です」 誰が清く正しいのか。 ツッコミを入れたいのは満々だったが、とりあえずゴミが痛い。 大きく口を開けて欠伸を誘発。出てきた涙で洗い流すと、なんとか目を開けるようになった。 「……よう」 「どうも。いつも文々。新聞をご愛読いただき、ありがとうございます」 博麗神社に時たま投げ込まれる新聞は一応目を通している。時事ネタにしては随分古かったり、新聞というよりただの娯楽紙みたいな記事が載っていたりするけど、よくよく読んでみるとそこそこ面白い。 たま〜に、僕がネタにされるのは勘弁して欲しいけど。 「まあ、暇つぶし程度だけどな。しかし、もう少し速報性とか事件とかを記事にした方が良いんじゃないか?」 「そんなことはありません。あれで正解なのです。大体、以前見せてもらった外の世界の新聞。つまんなかったじゃないですか」 「……文々。新聞とはそもそものコンセプトが違うと思うけど」 でもそうだなあ。 射命丸の記事は語り口も軽妙ですっきり読めるんだが、外の世界の新聞は……こう、ごちゃごちゃと文字が詰まっていて、僕も大学の図書館でタイトルを斜め読みするくらいにしか見ていない。 働くようになったら、ああいうのちゃんと目を通さないといけないのかね。 「コンセプトの問題じゃあありません。客観的な記事を書こうとしている割には、記者の主観が入りすぎですよ。あれでは事実の数分の一も伝えられません」 「ふーん」 まあ、確かに。複数の新聞を読み比べてみると、同じ話題でも新聞によって随分印象が違ってたりするし。 「ま、文を書く以上、主観が入るのは悪いことじゃないですけどね。でも、それを客観性のあるように勘違いさせるような文面は頂けないと思うわけです」 「射命丸のなんて、思い切り主観だからな……」 ま、それが文々。新聞のカラーなんだろうけど。 「それはそうとですね」 「ん?」 「最近、ネタが見つからないんですよ」 ああ、そういえば。ここ最近、新聞が届いていなかったっけ? 僕が来ていない間に霊夢が処分したわけじゃないんだ。 射命丸の出す新聞は極めて不定期なので、気にしてはいなかったけれど。 「別に、いつものことじゃないか? 購読している人も、首を長くして待っているわけじゃないだろ」 「そんなことはありません。幻想郷の最新情報をいち早く取り入れたいと思っている人は、文々。新聞を心待ちにしているはずです」 「言い切るのはどうだろう……」 僕の知っている購読者と言うと、森近さんとか、文章ならとりあえず読むパチュリーとかくらい。あとは人里に何人かいたっけ。 多分、どの人も『なけりゃないでいい』派だと思うけどなあ。他にも天狗の発行している新聞なんてたくさんあるし。 大体、こいつの記事って、決して『最新』情報ではないんだよなあ。 「いえ、焦りはよくありませんが、早くお届けするのに越したことはありません。そんなわけで、なにかいいネタがないものかと探していたわけなんですが」 「はあ」 別に、射命丸が記事のネタを捜し求めて幻想郷を亜音速で飛び回るのは珍しいことでもなんでもない。 「ないんですよねー」 「あっそう」 頑張れとしか言いようがない。まあ、それなりに楽しみにしていなくもない一読者として、心の中だけで応援しておいてやろう。 いや、ほら、面と向かって応援とかすると調子に乗るしね。 「しかし、そこで見つけたのがネタの自動収集装置土樹さん!」 「待て」 なにやら非常に不本意な評価が聞こえたぞ。 「なにか最近面白いことありませんか? そういうの体験するの得意でしょう?」 「……ない。じゃ」 相手をする気が失せて、僕は去ろうとする。 「お待ちください」 がっし、と肩を掴まれ、進めなくなった。 ……ですよねー。 「は、離せっ!」 「今、いいネタを思いつきました。土樹良也の魔法教室なんてどうです?」 逃げようと飛ぼうとするが、天狗の膂力に勝てるはずもなく、その場からピクリとも動けない。 「んな勝手なネタは嫌だっ! 大体それ、前に魔理沙に言っていたネタじゃないかっ」 「いやあ、結局逃げられまして。でも、考えてみれば土樹さんも同じ魔法使い。しかも押しに弱……こほん。人が良さそうですし」 「今何を言いかけた!?」 「気にしないでください。で、お願いできますかね?」 ……言葉だけを聞けば頼み込んでいるように聞こえるけど、これは『聞くよなぁ、アァン?』ってな感じだ。 「ま、待て。僕はまだ見習いだから……その、師匠の許可がないと」 「あればやってくれるんですね!?」 ……あ、しまったかも。 「じゃ、行きましょう行きましょう。師匠と言えば、紅魔館のパチュリー・ノーレッジさんでしたよね。ふふ、私の新聞を購読してくれる数少ない読者の一人です」 「……少ないんだ」 「言葉の綾です。ではレッツゴー!」 と、射命丸に引っ張られ、紅魔館の方角に飛ぶ。 やれやれ……好きにしろよ、もう。 前言撤回。好き勝手するなっ! 「待て、射命丸! 引っ張るな引っ張るな、人間はそんなに早く飛ぶようにはできてねえええええぇぇぇえぇぇぇ!!」 ドップラー効果を撒き散らしながら、僕はいつもの五倍以上の速さで飛ばされている。 ……射命丸に手を引っ張られているせいだ。 「もう、これでもいつもよりスピードは落としているんですよ? 土樹さんの速度に付き合っていたら、日が暮れちゃいます」 「暮れるかぁぁぁああああ!」 最初は普通に飛んでいたくせに、途中から『まだるっこしい』の一言で僕を引っ張り始めたのだ、この天狗は。 おかげで、十分足らずで紅魔館が見えてきた。 ……早すぎ! 「ちょ、射命丸!? このまま突っ込むつもりか!?」 あの、ここからだと小さくてよく見えないけど、館に突撃しようとする僕たちに対して美鈴が迎撃体制に入っているんだけど! 「おおっと、しまったしまった」 と、射命丸はお気楽に言って、紅魔館に突っ込む直前、急制動をかける。 それは、見事な……というより、慣性の法則と言うものをガン無視したかのようなブレーキング。相当のスピードが出ていたにもかかわらず、制動距離はほとんどなく射命丸が着地し、 「あ」 「あ」 「あ」 僕と射命丸、そして様子を伺っていた美鈴の声が重なった。 僕は、慣性の法則に逆らうような『物理法則ってなに? 美味しいの?』的な変態機動はまだ会得していない。 当然、かつてないほどスピードが乗りに乗った僕はそのまま前方へ向けて勢いよく投げ出され、 「あや」 運の悪いことに、射命丸の奴は手を離しやがった! 「ぎゃ、」 十分すぎるほどの初速を与えられた僕は、方向修正もままならず吹っ飛んでいく。 やけにスローモーな光景。ぐんぐんと、壁が近付いて来て、 「ぎゃああああああ!?」 僕は、紅魔館の壁に、見事激突した。 「ぐはっ」 壁を突き抜け、出たのは見慣れた場所。……図書館だ。 って、冷静に観察しているけど、全身の痛みが半端ない。死ななかったのは不幸なのか幸福なのか。 「ぐぐぐ……」 壁の破片に埋もれながら唸り声を上げる。ええい、あの射命丸め。あとで絶対仕返しを…… 「あら?」 「ぱ、ちゅりー?」 「騒がしいからなにかと思えば……。いくらレミィに見つかりたくないからって、ちゃんと入り口から入りなさい」 「んな呑気な状況に、見えるのか?」 痛む体に鞭打って、なんとか上半身を起こす。 ……壁に衝突するギリギリで風のクッションを作ったおかげかな、死ななかったのは。 「やーやー。これは土樹さん、申し訳ありませんでしたー」 「誠意がないぞ……」 「生きているんだからいいじゃないですか」 これだから妖怪は。生きていればオーケーって、どんなアバウトさだ。 「じっとなさい。治癒魔法をかけてあげるから。……そこのブンヤは瓦礫を片付けなさい。あとで咲夜に直させるから」 咲夜さん、ごめんねぇ。と、心の中で謝りつつ、パチュリーの魔法を受ける。 ……まあ、不老不死の僕は、傷の治りも意外と早かったりするのだが、痛い時間は短い方がいい。 暖かい光が僕を包み、傷が見る見る癒えていく。 ああ、いいなあ、回復魔法。病気には効かないうえ、自分が傷負ってもすぐ治るからっつって覚えていなかったけど、覚えてみようかな。 しばらくすると、骨折まではいかないまでも、全身打撲だった僕の体は完全に治癒していた。 「おー、ありがとう」 「いいわ、これくらい。……それで? そこの天狗は今日は何の用かしら。新刊が出来たの?」 しれっとパチュリーは言って、射命丸のほうを見た。 ……どうも、自分の領域である図書館を壊されて、ちょっと機嫌が悪いみたいだ。 「いやいや、それがですねえ。なかなかいいネタが見つからなくて。そこでここの土樹さんに『土樹良也の魔法教室』連載を……」 「駄目よ」 パチュリーは、射命丸の言葉のを一言でぶった切った。 流石師匠! 僕に出来ないことを以下略。 「な、なんでですか。これは、皆さん興味のある記事で」 「新聞の連載程度で魔法を覚えられるはずがないでしょう。生兵法は怪我の元よ。第一、良也は人に教えられるほどの位階じゃないし」 ああ、そういえば魔理沙も中途半端に魔法を覚えるのはよくないって言っていたっけ? 僕の知っている魔法使いのうち二人も言っているんだから、きっとそういうことなんだろう。 やれやれ、僕ならともかく、パチュリーの言葉なら、射命丸も聞くだろう。 これで、一安心だな。 ……折角来たんだから、ちょっと勉強していくかなあ。 「第一ねえ。そんなものを連載したら、私が読む楽しみがなくなるじゃない。つまらないことこの上ないわ」 「ああ、なるほどー。それはそうですねえ。香霖堂の主人を通して魔理沙も読んでいるそうですけど、あの人間にも不評そうですね。 私としたことが、一部の読者をないがしろにしてしまうとは」 パチュリーのあまりに自分勝手な理由に、ちょっとだけ肩が下がる。 ……いやいや、しかし彼女が僕を助けてくれたことに変わりはない。さっきのは聞かなかったことにしよう。 本を物色しつつ、二人の会話を聞くともなしに聞く。 「それでは、貴方はどのような記事が読みたいですか? いえ、参考までに」 「そうねえ。読みたいというわけではないけど、こんな話があるわ」 なんか、パチュリーと射命丸がひそひそこそこそ話している。時々、僕に視線を送っている気がする。 嫌な予感。 「土樹さーん! ちょっと、ちょっと」 射命丸が呼んでいる。 僕はいつでも逃げられる心の準備をしつつ、二人に近付いていった。 「……なんだ?」 「いやあ、今、素晴らしい記事のネタをお聞きしたんですよ」 射命丸が瞳を輝かせている。 ……なんだろう? 一体パチュリーはなにを吹き込んだ? 「聞けば、ここの悪魔の妹を外に連れ出したそうじゃないですか。しかも、彼女は五百年近くもここに閉じ込められていたとか。これは美談ですよ」 「美談、か?」 癇癪を起こす子供を恐る恐る連れ出しただけだが。 「そうですよー。できれば、あの妹さんも連れてきて、インタビューを……」 「良也ー」 ん? このちょっと舌ったらずな声は。 「フランドーぁがふぁ!?」 僕の腹に脳天からフランドールが突っ込んできやがった! 僕は思い切り吹っ飛ばされて、背中から落ちる。 「な、なんだ、フランドール……」 「本読んで、本! まったく、玄関から入ってこないから、来ているの気付かなかったじゃない」 「……本好きはわかったから、とりあえず僕の上からどけ」 僕は尻餅をついていて、腰の辺りにフランドールが跨っている。見る人が見れば、ちょっと誤解を受けそうな構図……は!? 「パシャリ、と」 「ちょ、射命丸、おい!?」 「幼子に押し倒される成人男性。これはイケますね!」 「さっき美談とかなんとか言っていたのはなんだぁぁぁ!!」 レア写真げっとですー、とか言いながら、幻想郷最速は最速にふさわしい速さでその場から消える。 追いかけることなどもちろんできない僕は、呆然とそれを見送り……さっきからぐいぐいと引っ張ってくるフランドールに引きずられていくのだった。 パチュリーの『ご愁傷様』という表情が、慰めになったのやらなってないのやら。 後日、文々。新聞に目を通した面々から、からかわれ倒した。 ……後でフランドールにはじめての外出について聞いたらしく、記事自体はまともだったのが唯一の救いか。でも、写真で印象操作しているぞ、これは。 欝だ。 | ||
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