さてはて、天子を無事ボコって、僕たちは博麗神社に帰ってきた。

「……で、どーするよ」
「どうするの、霊夢?」
「どうしたものかしらねえ」

 もちろん、犯人を倒したからって、神社が元通りになるわけではない。相変わらずの瓦礫の山を前に、僕たちは途方にくれた。
 分社の様子を見に来た東風谷も、流石に同情して霊夢を哀れみの目で見ている。

「まあ、冬じゃあるまいし、野宿でも死ぬことはないでしょうけど」
「雨にでも降られたら悲惨だぞ」

 屋根もないし。

「そうよねえ」

 霊夢がため息をついて、後ろをジト目で見る。
 釣られて、僕と東風谷もそちらを見た。

「だからちゃんと直してあげるってば。式年遷宮って知っている? 日本の神社には定期的に建物を改築する儀式があるの。前みたいなボロみたいなのじゃなくて、ちゃーんと立派な……」

 自分を正当化する言い訳から始まって、前の神社をボロとか言い出した天子を、僕たち全員が睨む。
 ほんっと、こいつ人を怒らせる天才だな!

「……こほん。まあ、任せておきなさい。天女の手にかかれば、こんなちっぽけな神社くらいすぐ直るわ」

 ああ、またそういう言い方をする。見ろ、流石の霊夢もそろそろ怒りつつあるぞ。

「そう。それじゃあさっさと始めてくれるかしら? これじゃあ寝るところもないわ。うちの神社を直すまでは天界には帰さないんだから」
「それはありがたい。じゃあ、ま。みんな始めてくれる?」

 天子が彼女の部下(きっと苦労しているに違いない)の天女たちに命じる。
 おのおの、なんかひらひらした衣装に身をまとったその女性たちは、意外にきびきびと動き、ひとまずは瓦礫の撤廃に入った。

「さて、それじゃ、あとは天女たちに任せてお茶にしましょうか。ふふ、ここのお茶、いつも美味しそうに飲んでいるのを見て羨ましかったのよ」
「お前は働け。この覗きが」

 と、ぺしっ、と頭をはたくと、天子は恨めしげに見返してきた。

「なによ。覗きとは失礼ね」
「お前ね……」

 僕の恥ずかしいところを覗いておいて、とかは言わない。こいつだけならともかく、今は霊夢と東風谷がいる。
 ……やれやれ。

「……茶を淹れるのはいいけど、茶器も茶葉も全部あの母屋の瓦礫の下だぞ」
「そのくらいは持参しているわ」

 ……用意がいい。

 なんか高級そうな急須と湯呑み。あと、立派な茶筒に入った茶葉を渡された。

「じゃ、良也さん。よろしくね」
「僕かよ!?」

 当然のように、パスを送ってきた霊夢!?

「そうでしょ。私が見ていたとき、いつも貴方が淹れていたじゃない」

 いや、確かに僕がよく淹れていたけどさあ。だからなんでそんなことまで知っているんだ、天子は。
 ほら、ここは謝罪の気持ちを込めて天子が淹れるのが筋ってもんじゃないのか?

「あの、先生。私が淹れてきましょうか?」
「……いや、東風谷に淹れさせるくらいなら僕が淹れる」

 やれやれ。まあいいけどさ。

 ……まず、薬缶を発掘しないとなあ。


















 天女さんにも協力してもらって、屋根に潰された台所から薬缶を取り出した。
 でも、竈はもちろん使えないので、薪を集めて火を熾してお茶を淹れた。

「お、いいな」

 で、奇跡的に無傷だったお盆にお茶を淹れた急須と湯飲みを乗せて持って来た僕は、いつの間にか作られていたセットに感嘆した。

 時代劇に出てくるような御茶屋みたいな感じだ。和風のパラソルっぽい傘が突き立てられていて、紅い布が掛けられた横長の椅子に三人が座っている。

「ああ、ありがとう」
「霊夢、お前、僕より淹れるの上手いんだから、客が来たときくらい淹れろよな」

 順に、手ずから茶を注いで渡す。
 自分の分も注いで、一口飲んだ。

「……うん、美味い」
「まあまあね」

 小馬鹿にした感じの天子の台詞に、ちょっとムカっときた。

「なんだよ。淹れてもらっておきながら。いらんなら返せ」
「まあ、折角振舞ってもらったんだから返したりはしないわ。ただねえ。やはり、天界の茶葉を使って、天界の茶器に注いでも、やっぱり土くさい人間が淹れたのだと、ねえ?」
「ねえじゃねえ」

 よくわかった。なるほど、これが天人というものか。

 ……ふふ、温厚な僕でも、ちょっと怒っちゃいますよこれは。

 貴様。この博麗神社のお茶の時間に、この僕に逆らうと言うことがどういうことか、身をもって思い知らせてやる。

「ああ、そういえば。リュックは無事だったな……。菓子、あるけど霊夢たち食うか?」
「いいの?」
「どうせもう売りに行く気なんてないし」

 これも本音。人里まで飛んでいくのもダルい。

 ごそごそとリュックをまさぐって取り出したのは……むう、チョコにポテトチップ? 他にも色々あるけど、まあこれでいいか。

「とりあえず茶菓子だ」
「あんまり日本茶には合わない気がします」
「そうか? 東風谷、いらないのか」
「いえ、いただきます」

 霊夢と東風谷の間のスペースに包装を破ったお菓子を置く。

「へえ、これが外の世界のお菓子か。天界のお菓子とどっちが上か、比べて……」
「お前にはやらん」

 ぺしっ、と天子の伸びた手を払う。

「……なによ」
「一言、素直に僕の茶が美味いといえば分けてやらんでもない」

 ふっ、この博麗神社の茶会で僕に反抗するっつーことは、茶菓子が出ないってことなんだよバカヤロウ。

「思い上がりも甚だしいわね。この程度の茶の淹れ方で私を満足させられると思っているの?」
「なるほど。じゃあ、この菓子も到底お前を満足させられないだろうから、満足できる二人に上げよう」
「むっ」

 ちらっ、ちらっ、と天子の視線が霊夢たちが食べている菓子に向く。
 ふん、天界のお菓子とやらもさぞや美味しいんだろうが、それでもこいつは物珍しいだろう。目の前で食べられて我慢できようはずもない。

「大体、茶葉は私のよ?」
「お前、この惨状を茶葉くらいでチャラにしようってのか?」

 むしろ、茶菓子くらいそちらが用意するべきだ。

 むう〜〜、と僕と天子は睨み合う。

「はっ」
「させるかっ!」

 天子の伸びた手を弾く。

 ちっ、と天子は舌打ちして、ちょっと声を低くして言った。

「美味は分け合え。独り占めしても、本当の美味さは分からないよ」
「分け合うよ。お前と以外。あと、期待させておいて悪いが、お前が思っているほど美味くもない」

 天界のお茶とやらはとても美味い。このお茶の美味さに慣れているような連中には、僕の持ってくる菓子なんて珍しさ以上のものはないだろう。

「くっ、人がたまに天人らしく忠言してあげれば」
「……少なくとも、退屈だからで異変を起こすようなやつは、誰かに説教する資格はないと思うぞ」
「仕方ないじゃない、退屈だったんだから」

 反省の色がねえ!

「んもう。わかったわよ。……美味しいわ。これでいい?」
「いやいや言われてもなあ」

 ったく、可愛くないぞ、こいつ。
 ……でもまあ、いいか。へそ曲げられて神社の修復を放棄されても敵わないし。

「わかったよ。どーぞ」
「ふふ、ようやくわかったみたいね。そうそう、素直に献上しておけばいいのよ」
「やっぱやめるか」
「わわ、嘘嘘!」

 ああ、面倒なやつ。一度は偉そうにしないと気がすまないのか。
 ……まあ、ある意味単純なのかもしれない。子供っつーか……我侭だな、ただの。

 ポテトチップを天子は一枚つまみ、口に運ぶ。
 途端、なんか嬉しそうに声を上げた。

「うっわ、なにこれ、チープ! 新鮮!」
「美味いのか、不味いのか、どっちなんだ」
「けっこうイケるわね。幻想郷のお菓子は雑で美味しくないけれど、これは美味しくはあるわ。品のない味だけどね」
「そういうもんなんだよ」

 それが美味いというのに。

「良也さん、もうないの?」
「……って、もうチョコ全部食ったのか。太るぞ、二人とも」
「わ、私はちゃんと節制していますっ」

 なあ東風谷。説得力がないとは思わんか。チョコの大袋を一つ丸々空けておいて。

 しかし、もともと人里に売りに行くつもりだったんだ。菓子はまだまだある。僕も食べたいし……よし、次はコアラのマ○チだ。



 んで、その後は四人で菓子を食べながらお茶をして。
 天子とはちょっぴり仲良くなった。

 ……さて、これで今回の異変は終わり、かな。



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