「うわー、射命丸、どこまで行ったんだ……」

 先行した射命丸は、追いかけども姿すら見えない。
 ちなみに、椛は僕の後方、ちょっと離れたところから霊夢を監視するらしい。……うーん、この状況だと、迫ってくる妖精は自分で相手しないといけないんだよねえ。

 だんだんと攻勢がキツくなってきて、残りのスペルカードが三枚までに減ったんだけど。

 ……ヤバイ、残りの奴は、あんまり役に立ちそうにないやつだ。

「しっかし……立派な参道だな」

 少し前から例の神社の敷地に入ったらしく、ちゃんと舗装された道が眼下に広がっている。
 博麗神社とは比べるべくもない規模だけど……なんだろう、この石畳の感じ、どっかで見たことがあるような。

 うーん、僕はここまで大きな神社に来たことなんかないから、テレビかなにか……かなぁ? どうも違う気がするんだが。

「うっぷ!?」

 突然、風に顔を煽られ、目を閉じる。
 ……いかん、ゴミが入った。目が見えない。目がー、目がー!

「射命丸の奴の仕業かっ!?」

 この状態で妖精に襲われたら、ひとたまりもないぞ!?

「いえいえ、違いますよ」
「射命丸?」

 とりあえず、これで妖精に落とされる心配はなくなった。でも……くっ、なかなかゴミが取れない。目を開けていられないぞ。

「確かに私の能力は『風を操る程度』なんですが、この風はもっと畏れ多い風です。そう、神々の奇跡のような」
「……その畏れ多い風に、僕はゴミを目に入れられたんだが」
「まだ離れているからその程度で済んでいますが、あの巫女たちの戦いに首を突っ込むと全身がもげちゃいますよ」

 ……ここの神社の巫女も、霊夢と同じく物騒なのか。
 あー、いやだいやだ。巫女ってのは、もっと清楚で、素直で、それでいて神秘的な……ああ、東風谷カムヒヤー!

「しかし、これは本気で何者なのか気になってきましたね。あっちの娘は、ただの巫女じゃない。むしろもっと神寄りの……」

 射命丸が持ち前の好奇心を働かせているようだが、今はそれより目に入ったゴミが取れない。
 ……くそ、なんつー頑固なゴミだ。

「ちなみに、霊夢勝てそう?」
「問題ないでしょう。今の風が、向こうの切り札のようです。博麗の巫女は問題なくいなしていますし、程なく決着はつくかと」
「って、着いたら着いたで、ここんちとの仲が決定的にこじれるじゃないかっ!」

 やっべ、止めに入らないと!

「風符……『シルフィウインド』!」

 風属性のスペルカードを発動。同時に、能力の『壁』を全力展開。これだけの霊力を孕んだ風相手だと気休めにしかならないが、それでも少しは持つだろう。

「あのー、なにをするつもりで?」
「決まってるだろ、連中を止めて、話し合え馬鹿野郎、と説教してやるんだよ」

 なぜに巫女というのはこうも好戦的な連中ばかりなのかっ。
 僕の説教など、耳を貸すわけもないけれど、だからと言ってこのまま見過ごすわけには行かない。ほら、下手に霊夢が無茶やって、慰謝料とか請求されても嫌だし?

「なるほど……それなら私も、僭越ながら土樹さんの勇気を称え、お手伝いしましょう」
「は?」
「この神風にだって私の風は負けません。いきますよ!」

 おいお前、もしかして……!

「まて、まだ僕は目が見えな……」
「風符『天狗道の開風』」
「ぎ、ぃやぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!?」

 僕の使ったシルフィウインドの風など木っ端のように蹴散らし、
 射命丸の竜巻が、僕の身体を霊夢がいると思しき方向へと強引に吹き飛ばした!






















「あああああああああ!!」

 身を包む射命丸の竜巻のおかげか、霊夢とここの巫女の戦場に首を突っ込んだと言うのに、僕ってばいまだ無傷!
 でも、勝手に口から悲鳴が出るほど、すっごいジェットコースターチックだけどねかっこ笑。

 あの天狗、今度会ったら一発殴ってやるからなーーーーーーーーー!!

「良也さん!?」

 あ、霊夢の声だ。
 はっはっはー、ようやく追いついたぞこの野郎め。さて、しかし霊夢がここにいるってことは、ここは弾幕ごっこの真っ只中と言うわけで、

「え!?」
「――! 今っ! 霊符『夢想妙珠』!」

 霊夢のスペルカード宣言の声が響き、悲鳴が地上に向かって落下していく。

 ああ……やっちゃったか。ここの神社の人を、思い切り落としちゃって。
 あ、ようやく目のゴミが取れた。

「良也さん、ありがとう。あいつ、良也さんに気を取られて、一瞬攻撃が止んだわ」
「……お前、それは僕が意図したところと全然違うからな!?」
「なによ。そういえばなにしにきたの?」
「そりゃ、お前を止めに決まっている。なぁ、今からでも遅くはな……くもないかもしれないが、ここの人とちゃんと話し合ったらどうだ?」

 霊夢はやれやれ、とため息をつくと、言った。

「話し合いはしてやらなくもないわよ。ただし、私が勝ってから」
「ぅおい!」
「新参者に、幻想郷のルールを教えてやらないといけないしね」

 ここのルールって……殺伐としすぎてて嫌だなあ。

「とにかく、良也さんが出る幕じゃあないわ。手伝う気がないんだったら、邪魔だけはしないでくれる?」

 そう言って、霊夢はさっさと先に進んでいく。
 追いかけようにも、あそこまで明確に拒絶されては、追いかけたところで僕も落とされるのがオチだろう。……霊夢なりに、ちょっとは考えているっぽいし。

 ああ、そういえば、さっき霊夢が落とした人を見ないと。怪我でもしていたらことだ。

「おーいっ! 大丈夫ですかー!?」

 声をかけるも、返事がない。
 怪我したか!?

 慌てて地上に向かうも、どうにもそういうわけじゃないらしい。
 どちらかと言うと、向こうはこちらを凝視していて……なんだろう、近付いて顔がわかるにしたがって、それがどうにも見たことのあるような顔のような、気が、して……き、た?

「………………」

 オーケー。慌てるな、落ち着け、冷静になれ。

 ほれ、アレだ。世の中、同じ顔をした人間が三人はいるって言うだろ?
 きっとそんな感じだ。

 ああ、もしかしたら彼女がそういう幻覚を見せる能力を持っているのやも……でも僕には効かないし。
 そもそも、多分顔も知らない『彼女』の姿を模すことなんてできやしない。

 さて、そうすると前者の説が有力なんだけど、でも何故に職業まで一緒なんだろう? この神社も、よくよく見てみれば規模こそ違えど、な〜んか通いなれた感じがぷんぷんしたりしなかったりっ!

「……いかん、混乱している」

 さあ、目を擦ってみよう。そういえば、さっきまでゴミが詰まってたんだ。それによる見間違い……それだ、きっとそれだ。それに決まっている。はい大決定。

 なにせ、僕の知っている彼女は、先に述べた巫女の条件……清楚で、素直で、それでいて神秘的という条件に"がっち"り"合致"(駄洒落)している少女だ。
 そんな彼女が、こんなところで霊夢と弾幕ごっこなんてしているはずが――

「せん、せい?」

 あっはっはー! あの娘、僕のよく知っている女の子がする、特別な呼び方をしやがりましたよっ!
 考えるまでもなく、この幻想郷で僕に対して先生なんて呼び方をする奴は一人もいないですしこれはもう僕は認めるしかないわけですよね目の前の現実という名の理不尽をっ!

「こ、こここここ――!」

 あれ勝手に声が震える。声帯がうまいこと動かない。ついでに彼女に向けた指先もなんか位置が定まらない。
 ああ、主人の動揺を律儀に伝えてくれるなこの肉体は!

「こ、東風谷ァァァああああああーーーーーーーーー!!?」
「先生ィィィィィーーーーーー!!?」


 妖怪の山の山頂に、間抜けな講師と教え子の声が、響き渡った。



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