それは、うだるような暑い夏の日のこと。

 今日は、ひまわり畑に来ていた。何故って、今日ここでプリズムリバー姉妹のライブがあるから。
 大人気の彼女たちのライブのチケットは、なかなかゲットすることは出来ない。別に離れた位置での立ち見でいいなら、チケットなんてなくてもあの姉妹は快く参加させてくれるが、そこはそれ、やはり良い席で見たいものである。僕はライブに参加するの初めてだし。

 たまたま仕事で行けなくなった人里の人から板チョコ五枚でその貴重なチケットを譲り受けた僕は、会場となるひまわり畑に来たわけだ、が、

「……あれ?」

 しかし、そろそろ始まっても良い時間だというのに、人が集まっている気配がない。
 えーっと、確かに今日この日、十時からなんだけど……

「ん? やぁ、あんた」
「あ、っと。えーっと、ルナサ、だっけ」
「正解」

 あれ? プリズムリバー姉妹はいるな。あの黒いのが、確か長女のルナサで……えっと、白いのがメルランで、赤いのがリリカか。多分間違っていないはず。

「そういう君は良也だろ? 一時期、冥界に住んでいたから知っているよ」
「ああ、それは光栄だ。あの有名なプリズムリバー姉妹に顔を覚えていてもらえるなんて」

 ぷぉーん! と、メルランがトランペットを鳴らした。

 ……ああ、そうそう。こうやって、音で挨拶を交わしたことは何度かあったな。

「こんにちは。随分早いのね。そんなに私たちのライブが楽しみだったかしら?」
「えーっと。ていうか、そろそろ開演の時間……」

 メルランの言葉に、腕時計を見る。現在、九時四十五分。外の世界と幻想郷で、時間単位は一緒だから、もうすぐ始まるはず。

「えー? まだ半日はあるよ」

 リリカの言葉に顔が引き攣る。
 えーっと、もしかして、

「十時って、夜の十時?」
「そりゃそうさ。メインの観客は妖怪に幽霊。夜行性の連中ばかりなんだから」

 う、言われてみればごもっとも。
 でも、それなら二十二時とチケットに書いていて欲しかった。もしかしたら、ライブの時間はいつも大体決まってて、書くまでもないということなのかもしれないけど。

「って、それならどうして君たちはここにいるんだよ」
「ただの会場の下見だよ」

 あ、そっスか。

「そうだね。良ければリハを聞いていくかい?」
「あ、いいの?」
「観客がいた方がこっちとしても盛り上がる。それに、新規の客はしっかり掴まえてリピーターになってもらいたいしね」

 割としっかりしているルナサの言葉。うんうん、と頷いたメルランが、トランペットを構え、リリカがキーボードを構える。

「それじゃあ、行きましょうか姉さん、リリカ!」
「幻想と躁鬱の音を奏でる騒霊ライブ、しかと聞いていきなさい」
「あ、リリカ、なにさりげなく自分を先頭に持ってきているの!」

 ああ、長女と違って、下二人は姦しいなぁ、なんて感想を抱き、

 観客が僕一人の、プリズムリバーのライブが始まった。




















 ちなみに言っておくが僕に音楽の素養などない。ライブなんて初めてだし、聴く歌はアニソンがほとんど。カラオケは妙に上手いらしいが、ぶっちゃけ自分の歌声なんぞよくわからない。

 そんな音楽知識ほぼゼロの僕から見て……もとい、聞いても、プリズムリバーの演奏は強烈に惹きつけられるものがあった。
 なんというか、そうだ。一言で言えば、心が躍る。

 精神に干渉されているわけではない。プリズムリバーの長女と次女はその手の能力を持っているらしいけど、それ系は通じないのは実証済みだ。
 だからこれは、純粋な演奏による効果。

 一体どっから音出しているんだヨ、とか疑問も多々あれど、これが素晴らしい演奏であることは疑いようがない。
 プリズムリバー姉妹に、ファンが多数いるのも納得だった。

 最後に、空間に音の余韻を残しながら、姉妹の演奏は終了した。
 自然に拍手をしていた。

「ま、リハだからこれくらいでね」
「いや、とても感動した。なんていうか、凄く良い演奏だった」
「それはありがとうー。んじゃ、本番はもっとぐるぐるするからよろしく」
「ぐ、ぐるぐる?」

 メルランの例えはいまいちわからなかったけど、もっと頑張るという意味だと解釈した。

「さってと。私たちは帰って英気を養うけど、貴方はどうするの?」
「まあ、いいひまわり畑だし、昼寝でもしておく」
「そう。それじゃあ、また夜にねっ!」

 挨拶をしてくれるメルランに応えつつ、僕は三姉妹を見送った。
 ……さて、昼寝する、とは言ったけど、その前にそろそろ昼だ。飯はどうしよう……

 ひまわりは咲き誇っているが、流石にこれは食えんよな……

「あン? 良也じゃないか。お前、なにしてんだ」
「……それはこっちの台詞だ。なんでここにいるんだよ、魔理沙」

 なんて、なんか食えるものがないかと考えていると、どこかで見覚えのある白黒がいきなりひまわりを掻き分けて現れた。

「あー、私はあれだ。ちょっとした知り合いに会いに来ただけさ」

 知り合いねぇ。ここら辺にいるやつといえば、僕が知っているのは花の妖怪だけだ。しかし、幽香と魔理沙って繋がりあるのかな?

「そういう良也こそ、一体なんでここにいるんだよ。ここは怖い奴が出没するぜ」
「いや、ちょっとな……」

 口に出すのも恥ずかしかったので、ライブチケットを見せる。

「あ? これって、プリズムリバーの……って、ははぁん」
「ははぁん、じゃないよ。わかったんだったら、放っておいてくれ。我ながら間抜けだと思っているんだから」
「いやいや、笑いやしないぜ。どこにも夜とは書いてないしな。初めてなら勘違いするだろ」

 って、笑っているじゃん。ククク、って笑いをこらえてるだろ!

「と、するとまだまだ時間があるなぁ。今日は私もライブに参加するつもりだったんだが」
「ああ。昼寝でもしていようかと思ったんだけど、考えてみれば昼も食ってないし」
「おいおい、昼寝って、今から夜の十時までか?」

 考えてみれば、無謀な気もする……

「丁度いい。私も、昼にするつもりだったんだ。一緒に行くか?」
「行くのは構わないけど、どこに?」
「へへ、この近くに、美味い八目鰻の屋台があるんだ。昼からやってるそうだから、行ってみるか?」
「八目……鰻? 確か、旬は冬じゃなかったか? どっから手に入れているだ」

 養殖しているわけじゃあるまいし。

「さあ、知らね。もしかしたら、普通の鰻かもな。でも鳥目に効くって評判だからなぁ」
「いや、別にいいけどさ」

 鰻だろうと、八目鰻だろうと。確か両者はまったく別の種族だったはずだけど、見た目は似たようなもんだ。

「……一つ聞くが、それは呑みありだよな」
「なにを今更」

 ですよねー。

 うっわ、いいな。夏の真昼間から、鰻で麦酒を……って、幻想郷じゃ冷えた麦酒なんて、割と珍しい部類だったような。

 なんて内心少し残念に思いながら、魔理沙の案内で、件の屋台に向かう。
 歩きだとそれなりの距離だが、飛べばわりと近くだった。

 それらしき赤提灯を発見し、近づく。こんな人里離れた所だというのに、何人かすでに客がいるよう……

「あれ?」
「なんだ、良也じゃないか」
「こんにちは、土樹さん。それと魔理沙」

 先客は萃香と射命丸だった。……珍しい組み合わせ……って、

「えっと、お前はーー」
「あ、あんたはっ!」

 ついでに店主にも見覚えがあった。
 えーと、去年の秋、確か会ったような……確か夜雀の妖怪で、名前はあとでどっかで聞いたんだよな。なんだっけ……えーと、

「えーと、み、み……ミスチィ!」
「ミスティア・ローレライ!」
「あー、悪い悪い、みすちー。僕は土樹良也だ」
「訂正しなさいよー!」

 細かいことにこだわる奴だな。

「なんだ、店主と知り合いなのか」
「いや、ちょっとした顔見知り」
「っていうか、意外と顔広いよな、お前。あ、私串揚げと酒ね」
「お前や霊夢ほどじゃない。僕も同じの」

 射命丸と萃香の二人が席を空けてくれたので、そこに座る。

「っていうか、なぜにお二人で? はっ、まさか逢引!?」
「違う、ウキウキとメモを構えるのはやめろ。そっちの鬼もいい酒の肴が出来たみたいな顔をしているんじゃない」

 この天狗と鬼のコンビの隣に座ったのは我ながら失敗だったかも……

「はっ、良也。酒ならこっちにあるよ。前言ったろ、いつでも呑ませてやるって」

 と、萃香が瓢箪を構えるが、丁重に辞退した。

「やめとく。家ならいいけど、ここは店だからな。ミスティア、ここって持ち込みオッケー?」
「なるべくならやめて欲しいけど……ほい、酒」

 まあ、飲食店はそうだよなー。

「というわけで、今日はこっちで。魔理沙、乾杯」
「おう、乾杯」

 キィン、と冷え冷えの酒が入り、僅かに汗をかいた陶器のコップが甲高い音を立てた。

「ん……意外といい酒だ」
「あ、ほんとだ」

 割と、真剣に店をやっているのかね。

「はい、串揚げ上がったよ」
「おう、じゃんじゃん持ってきてくれ。金はあるよな、良也」
「……あるけど、もしかしてお前、僕に奢らせるつもりか」

 いや、魔理沙には何度も命を助けられたから吝かじゃないんだけど、奢られて当然という態度は……いや、妙にこいつに似合ってはいるけど。

「ごちっ」

 ウインクしてコップを掲げる魔理沙に、怒る気力もなくなる。

「はぁ……いいよ、わかった。……ちなみにそっちの二人には奢らないからなっ」

 期待した目でこちらを見るうわばみどもに念を押し、僕は串揚げを口に運ぶ。……あ、美味い。

 んで、夏の奇妙な宴席は、唐突に幕を開けた。












「ね、姉さん。今日はやけに酔客が多くない?」
「そうだね……察するに、後ろのあの屋台が原因じゃないか?」
「私にも歌わせてよ〜♪ 歌えば〜、歌うとき〜♪」
「あっ、既に歌っているじゃないっ! 姉さん、リリカ! 負けていられないわよっ!」
「はあ、まあたまにはこういうのもいいか」

 ライブの最前列で、プリズムリバーの間に入った屋台の店主ミスティアを眺めつつ、僕は串揚げを食らう。
 あれから、なにやらライブに参加する人間、妖怪が集まってくるまで延々と呑み続けて既に十時間。でも、間に休憩は何度か挟んだおかげで、テンションはいまや最高潮。

 たまたま今日のライブに参加することになっていた霊夢やら魔理沙やら白玉楼、紅魔館、永遠亭のみんなも漏れなく酩酊し、今や観客席はカオスの権化と化している。

 そんな、ある意味最高の舞台の中、プリズムリバーのコンサートは幕を開けた。

 ……ああ、やっぱりいい演奏だ。



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