「今回は本当にありがとうございました」

 僕は、頭を下げた。

 本日は、外の世界……いや、ちょっと待て僕。僕が住んでいるのはあくまでこちらであって、幻想郷から見た場合の『外の世界』を外と表現するのはどうなのか。

「ああ、まあ夏休みで先生の手が足りないところでしたし、手伝ってくれるならこちらとしても助かりますよ」
「ええ、任せといてください」

 僕は、入院でこれなかったアルバイト先――とある私塾である――の先生にお礼を言った。
 大学に入学してから続けているバイトで、現国と古文を担当していた。

 もう、僕の代わりは雇ってしまっているらしく、常勤とは行かないが、夏期講習のヘルプという形で雇ってもらえることになったのだ。

「生徒のみんなも心配していましたよ」
「はっはっは。この僕の、ぱわふりゃな様子を見れば安心するでしょう」

 とりあえず、おどけて力瘤を見せてみたり。

「んじゃ、ちょっと行ってきます」
「ええ。しっかり頼みます」

 手を振って教室に向かう。
 今日は僕の復帰一日目なのだ。

 ……幻想郷でちょっとした商売を始めたのは良いのだが、結局のところ仕入れをこちらのお金でしている以上、先立つものは必要だ。
 出費はさほどでもないのだが、もともと仕送りは少ない身。バイトしないと生活できない。

「……この力を使って、金儲け」

 ふらり、と誘惑に駆られた。
 なにせ、テレビなんかの胡散臭い超能力なんぞとは違い、こちらは正真正銘のオカルトなのだ。
 ちょいと売名行為をすれば、簡単に……

「やめとこ」

 思ったけど、やめた。
 こういう時、欲を見るとロクな目に遭わないのは万国共通の法則だ。漫画見たく、その手のことを公開されたくない組織が、僕の口を封じるなんてこともあるやもしれない。

 ま、所詮僕は一介の大学生。塾講師をしているのが、丁度良い塩梅さ。

「というわけで、皆さん久しぶり。元気でやってたか」

 クラスは、以前担当していたのとほぼ同じメンバーと聞いていたので、入院する前と同じ調子で入室する。

「あ、せんせー。生きてたんだ」
「蘇生、おめでとうございます」

 雑誌を読んでいる女子生徒と、PSPをやっている男子生徒が軽い調子で挨拶してきた。
 ……舐めてるな。

「生憎と、ぴんぴんしている。つーことで、夏期講習の一発目は、君たちの現在の実力を測るためのテストだ。全員、後で点数読み上げるから、気合入れてやれ」

 えー、という声を黙殺して、僕はプリントを配った。








「せんせー、さよならー」
「給料入ったら奢ってな」

 やかましい連中を適当に見送る。
 ……ま、勉強はちゃんとしているみたいだから、いいだろう。

「先生」

 とんとん、とプリントを束ねていると、後ろから声をかけられた。

 振り向いてみると、このクラスでも一際大人しく、また成績も優秀な女子生徒。

「……東風谷? なんだ、質問か?」
「いえ、そうではなく」

 ま、多分僕よりできるし、それはないと思っていたが。

「これを」

 と、小さな箱を渡された。
 ……も、もしかして、女子高校生とのラブラブイベント発生!?

「違います」
「……なにが違うんだ、東風谷」
「なんとなく、そんな気がしました」

 ……まあいい。

 期待するのも馬鹿馬鹿しくなって、中を開けてみると、なんと御守りが入っていた。

「こ、これは一体?」
「うちの神社の御守りです。また事故なんて遭わないように気をつけてください」

 心配、してくれたのか。
 ありがたい。

「喜んでもらっておく。いつか礼をするよ」

 手に持ってみると、なにやらずっしり重い。

 ……あれ? なんで普通の御守りが、こんな重く感じるんだ?
 重量自体は普通なのだけど、そう感じる。

 よくよく観察してみると、この御守りにはなにやらすごい霊力が篭っているようだった。それで重く感じたのか……

「ありがとう、東風谷。なんか物凄いご利益がある気がする」
「ええ」
「というか、東風谷の家って神社だったんだ」
「守矢の神社です。もしよろしければ参拝してください」

 ああ、うん。東風谷なら巫女服似合いそうだ。
 勘だが、どこぞの巫女とは違って、正統派な巫女服なんだろうな。

 というか、霊夢のアレは巫女服なのか? 巫女っぽくアレンジした普通の服なんじゃないのか?

「ああ、うん。また行かせてもらうよ」

 こう言うと、社交辞令か何かに聞こえるが、実は違う。








「来たぞ」

 次の日、守矢神社に来た。
 神社の境内の掃除をしていた東風谷に挨拶する。

 目をぱちくりさせていた。僕の行動の早さを甘く見たな。

「綺麗にしてるな」

 ……真面目だなぁ。落ち葉の一つも落ちちゃいない。
 博麗神社の方に行くと、三回のうち二回は霊夢の奴はお茶を飲んでいるというのに。

「あ、先生。いらっしゃいませ」
「お店じゃないんだから。楽にしててくれ。あと、塾外で先生はちょっと……」

 教員免許なんぞ持っていないし、取る予定もさらさらない。
 ……まあ若い子に先生と呼ばれて悪い気はしないんだけど。

「えっと……それじゃあ。どうしましょう」

 あ、東風谷困ってる。

「ま、先生でも良いよ」
「はい」

 守矢神社を見渡す。

 ……立派な神社だった。少なくとも、規模は博麗神社より上だろう。
 来る前にぐるっと周りを見て回ったけど、裏にはちょっとした湖まである。

 だというのに、参拝客が僕一人と言うのも意外だった。

「……とりあえず、詣でるか」

 じろじろ見てるのもアレだ。
 財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に投入。ガラガラを振り回し、手を合わせる。

 作法まるで無視だが、まあ良いだろう。日本の神様はそんな狭量じゃないって霊夢も言っていたし。

 えーと、なんか願い事でもするか。

 ……うん。紫さんの悪戯がなくなりますように。あと、素敵な出会いをください。

「…………」

 切実に、ください。

「…………」
「あの、先生?」

 でも、女難っぽいのは勘弁です。妖怪とか妖怪とか妖怪とか。

「…………」

 マジ勘弁してください。喰われるのとか、性的な意味じゃないからすごく困ります。

「ふっ、どうした、東風谷。そんな困った顔をして」
「いえ、やけに熱心に願い事をされていたので」
「ああ、五円で図々しかったな」

 あ、東風谷がさらに困った顔になった。
 ……いかんいかん。ことあるごとに賽銭をねだるどこぞの紅白のせいで、すっかり神社ではこういうことを言うようになってしまった。

「じゃ、御神籤でももらおうかな」
「あ、はい。二百円です」

 東風谷にお金を渡すと、御神籤箱が出てきた。
 受け取って、適当に振る。

「……四十二番、ですね。少々お待ちください」

 死に、か。縁起悪いなぁ。
 ていうか、ぱたぱた東風谷はどこに行くんだ。

 ……しばらく待つ(五分ほど)と、東風谷が帰ってきた。

「では、こちらが御神籤になります」
「時間かかったけど……」
「うちは、御神籤はお客様が引いた後に作るので」

 どういう神社だ?
 しかし、言うとおり、渡されたのはまだ墨も乾ききっていない紙。

「えーと、なになに」

 凶。

 探し物:容易く見つかる。
 待ち人:遅れる。が、そのうち来る。
 健康 :怪我に気をつけよ。気をつけても、どうにもならぬが。
 金運 :金銭には困らない。使う暇もない故に。
 恋愛運:一人に絞るべし。一縷の望みあり。
 旅行 :新たな出会いがある。良縁とは限らぬが。

「……これ書いたの東風谷?」
「いえ、神様が……」

 神様て。どういう神様だ。

「どんな内容……て、ええ?」
「凶なのはいいとして、これはないだろ」
「はい。普段はこんなことを書く方ではないんですが……あとで文句を言っておきます」
「神様に?」
「ええ。神様に」

 東風谷って、案外お茶目なんだな。

「はは、じゃあその意地悪な神様によろしく」
「はい。さようなら」

 これから幻想郷行きなので、守矢神社を早々に立ち去ることにする。

 しかし、あの御神籤。……内容は確かに奇天烈ではあったが、間違いではないんだよなぁ。
 もしや、本当に神様が書いたのかもしれん。



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