「良也の美味しいところは足かな〜? ほら、一応幽霊の端くれなのに、足あるし」
「僕がここに来て会った幽霊は、けっこう足が生えてるやつもいたよ」

 幽々子に妖夢にプリズムリバー姉妹に。
 人魂連中がポピュラーな霊なのだろうけど、このように足を持つ連中も少なからず居るのだ。どうでもいいけど。

「でも、やっぱり心臓と脳みそだね」
「僕を怖がらせて楽しいのか?」
「暇つぶしには丁度いいかなー」

 こいつ……

 こんな調子で、萃香は僕を脅すことで、退屈しのぎをしているらしい。やれどこそこが美味いとか、焼き加減はレアに限るだとか。
 つーか、どこまで本気なんだろう。

「大丈夫大丈夫。まだまだ良也は食べるより話す方が楽しい」
「いつまで持つのかな、それは」
「どうだろね」

 というか、いい加減ケツが痛くなってきた。
 ずっと神社の屋根に座りっぱなしだし。

「どっか移動しないか? 景色も変わらんし、飽きてきた」

 いや、昨日からずっとだけどね。

「そっかー。大変だね」
「大変って……お前はどうなんだよ?」

 訪ねると、萃香は得意げに笑った。

「私は、今幻想郷全体に散ってるからね。ここに居ながらにして、色々見えるのさ」
「……覗き放題だな、ホント」

 僕も、『自分だけの世界に引き篭もる程度』なんて聞くだけでずっこけそうな能力より、そういう(色々な意味で)便利な能力が良かった。

 まあ、紫さんに指摘されたり、その世界を壊されかけたおかげで、なんとなーく、自分にそういう能力があるってのはわかってきたんだけど。

「つまり、こうだよな……」

 ものは試しに、自分の世界を広げてみる。
 たとえるなら、それは砂で出来た城を拡張するようなイメージ。慎重にしないとすぐ崩れてしまう。

「で、こう」

 『壁』を作る。
 これで、僕の周囲三メートルは、薄い膜で覆われた。多分、霊弾二、三発で貫通するけど。

「練習?」
「試してるだけ」
「ま、今ンとこは珍しいだけでたいしたことはできないだろうけど、そのうち色々出来るようになるさ。多分」
「その前に萃香に喰われないかが心配だ」
「その力で逃げ切ってみれば?」

 これでか?
 相手の弾を、二発くらい逸らしたり防ぐのがやっとのこの能力で、なにをどうしろというんだ。

 誰も見えないはずの萃香を視認できるのは、唯一といって良いくらいの利点だが、クロスレンジでしか見れないんじゃあ意味がねぇ。

「お、それより、なんか面白そうなことが始まるみたいだよ」
「あーん?」

 言われて、境内の方に目を向ける。

 昨日の夜は、また別のところに出かけていたらしい霊夢が境内に出て、なにやら悩んでいた。

「紅魔館の連中でもないとすると、あと怪しいのはあいつだけ、か」

 独り言のように呟き、霊夢は小さくため息をつく。

「でも、紫じゃない気がするんだけどなあ。この妖霧。ま、会ってから確かめればいいか」

 ん〜? この妖気て紫さんなの?
 いや、確かにあの人は色々な意味で悪戯的なことをしそうな人ではあるが。

「呼んだかしら?」

 ほら、名前呼ばれただけでいきなり現れているし。
 ていうか、どこで聞いていたんだ。やっぱストーカー?

「いたぁ!?」

 などと考えていると、懐かしきタライが脳天に落ちてきた。
 読心術、いい加減にやめて欲しい。

「ところで、そこの通りすがりの巫女さん。ちょっといいかしら?」
「通りすがっているのはあんたでしょう」
「ま、よく気付いたわね」

 気付かない方がおかしい。

「巫女と紫の弾幕ごっこかな? 良也はどっちが勝つと思う?」
「霊夢」

 萃香に聞かれ、即答する。

 僕程度では、どちらが強いかなどわからないが……なんというか、雰囲気的に、霊夢は無敵臭い。
 なんていうかなー、負けるところが想像できないって言うか。

 ほら、漫画でもゲームでも、主人公っていうのは、最後には勝利するじゃない? あんなイメージ。

「それはそうと、あなたもそこそこのお酒、持っていたわね」
「あ、最近、酒を強奪している妖怪ってあんたのことだったの」
「失礼ね。今日の宴会のため、集めているだけよ」

 というか、酒を持っているのかと聞いただけでその結論に達する霊夢がおかしいとは思わないんだな。

 うーん。しかし、僕って見事なまでに傍観者。
 別に、連中の物騒極まりない弾幕ごっこに参加したいと言うわけではないのだが、いつまでも通行人Aだと、なにやら寂しいものがある。

「というわけで、あなたのお酒も頂き……たいと思ったんだけど」
「だけど?」

 む、なにやら紫さんが、こちらを意味深な目で見ていらっしゃる。

「退屈している人がいるみたいだし、あなたに任せておきましょうかね」
「任せる? 任せるって?」
「いい、霊夢。今回のこの異変は、全部あいつのお遊びなの。あなたにはわからないでしょうけど」
「なにを言っているの? あいつって誰?」
「あなたにも見えるようにしてあげる。そっちにいる生霊さんにもよろしく」

 ……は? 僕?

 と、思う暇もなく、紫さんが扇子を一振りして、その場から消える。
 直後、霊夢がいきなりこっちを見た。

「……あんた、誰?」

 そして、その目は、しっかりと萃香を捕らえていたのだった。














「……やってくれるなぁ、紫。自分が痛い目に遭いたくないからって」
「いいから答えなさいよ。あんたは誰? んで、この騒動の主犯はあんたね?」

 ……結論つけんのはやっ!

「こいつは伊吹萃香っていうらしぞー。犯人かどうかは知らないけど」
「あ、良也。なに勝手に教えてんのよ」
「別にいいじゃん」

 わざわざ名前を隠すこともないだろうに。

「で、良也さん。なんで貴方が犯人と一緒にいるの? もしかして、共犯?」
「失敬なことを言うな。この鎖が見えないのか? こいつ、誘拐犯。僕、哀れな被害者」

 もっと正確に言うならば、喰う喰われるの仲だ。嫌だな、そんな仲。

「まったく。神社の留守番をサボって、何をしているのかと思えば」
「待て。その解釈はおかしい」

 何で外の世界ではボケキャラの僕が、こっちでは見事な突っ込みキャラにクラスチェンジしているんだよ。おかしいよ幻想郷。

「ちょっとー。私のこと無視しないでよ」
「ああ、そうそう。あんたね、犯人は」
「断定? 大体、犯人って、私がなにをしたっていうのよ」
「最近宴会が多くて、妖霧が出てる。その犯人」
「……今日び、読み切りの推理漫画だってもうちょっとマシな証拠を用意してくると思うが」

 ぼそりと突っ込みを入れる。
 というか、証拠の一つもない。勘じゃないか、ただの。

「いやまあ、そうなんだけど」
「認めるんかい」

 ああ、もう。突っ込む勢いも弱い。
 というか、萃香、犯人だったんだな。ずっと傍にいたのに、さっぱり気付かなかった。

「ほら、私の言った通りじゃない」
「えー。そんなあてずっぽうが当たってもなぁ。あんた、色々な奴のところで同じこと言ってたでしょう?」
「見てたの?」
「ええ。見てたわ」

 あー、霊夢、魔理沙だけじゃなくて他の人のところにも行っていたのか。

「しかし、あんたって宴会に居たっけ?」
「いつもいたよ。あんたらが霧散している私に気付かなかっただけ。良也だけは気付いたけど」
「……そして、気付いたおかげで誘拐されて、喰われそうになったんだよな。こりゃ愉快」

 ちなみにこれは、誘拐と愉快をかけた高度なギャグであって、

「なるほど。妖霧自体が犯人だったわけね。気付かないのも仕方ないか」
「……おーい」

 自虐的なボケも見事スルーされる。
 というか、この二人、既に僕など眼中にないんですね、そうですね。

 わかったよ。邪魔者はフェードアウトするよ。すればいいんだろ。

 面倒くさくなって、既に緩んでいる鎖から抜け出て、さりげなく距離をとる。

「それじゃあ、とりあえず退治するとしましょうか。それで万事解決ね」
「あんたが? 私の萃める力で、ずっと宴会をしていたあんたが?」
「どんな力を持っていたって、所詮は妖怪でしょう」

 突然、萃香が笑う。

「はーはっは。私が妖怪だって? 私ゃ鬼だよ」
「……鬼も妖怪の一種だと思うぞー」
「さあ、幻想郷から失われた鬼の力、篤と思い知るがいいっ!」

 あ、突っ込み無視された。いいけどね、もう。



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