「スペルカード、ですか?」

 霊夢から聴いたスペルカードというものを作ってみたい、と妖夢に言ってみると意外にあっさりと了解してくれた。

「着いてきてください」

 そして、さっさと歩いていく。
 慌てて追いかける。

「どこ行くの?」
「私の部屋です。墨と符がありますから」

 ほう、女の子の私室。
 ……フラグが立つイベントか?

「また妙なことを考えていませんか?」
「なあ、妖夢。もしかして、ここら辺の人はみんな読心術を使えるのか?」
「否定しないんですね……。読めませんよ、私は」

 そんなに僕って単純な人間かなぁ? そうは思いたくないけど。

 などと思い悩んでいると、妖夢の部屋に到着した。

「? どうしたんですか。入ってください」

 位置は知っていたけど、入るのは初めてだ。
 若干緊張。

「じゃ、お邪魔しまーす……」

 招かれて、なんとか重い足を動かす。
 うぬぅ、我が足ながらこんなにもチキンとは。

 部屋の内装は、いかにも、という感じだった。

 畳敷きの、八畳くらいの部屋。隅に置かれた小さな和ダンス。その隣に丁寧にたたまれた布団。中央に鎮座している小さなちゃぶ台に、部屋の中で一際異彩を放っている刀掛に『半人半霊』と書かれた掛け軸。

「うーむ」

 幽霊だからなのか、それとも性格か、あまり生活感が感じられない。というか、そんなことより掛け軸の四文字熟語のセンスがわからない。いや、熟語……?

 しかし部屋には、香のかすかな甘い匂いが漂っていて、そういえば普段妖夢からこんな匂いしていたなぁ、なんて

 ゴスッ、と頭が叩かれた。鞘つきの剣で。

「あまりじろじろと見ないでください」
「……失礼」

 確かに、不躾だったかもしれない。
 大体、今回の目的はスペルカードの作り方だ。

「じゃあ、妖夢。早速だけど」
「はい、少々お待ちください」

 と、棚から筆と和紙を妖夢は取り出した。

「では、まず私が作りますね」
「うん。僕は作ったことないからな。やり方を教えてくれると助かる」
「やり方と言ってもですね。私の場合、使う技のイメージを浮かべながら、書くだけですが……」

 ちょっと困った顔をして、妖夢は書き始めた。

 筆を通して、符に霊力を込めている。
 ……くらいはなんとかわかるのだが、それ以上はよくわからない。ただ霊力を込めるだけでなく、なにやら複雑な感じがするのだが。

「現世斬、と」
「達筆だな」
「そうですか? 習字はそれほど得意ではないんですが」

 言って、妖夢は席を立ち、僕にその席を譲る。

「どうぞ。書いてみてください」
「失敗するかもしれないぞ。この紙、高価なんじゃないか?」
「それほどでも。私もよく書き損じますし、気にしないでください」

 それなら、遠慮なく書こう。

 しかし、使う技のイメージ……というか、使ってみたい技といえばまっさきに思い浮かぶのがアレ。

「かめはめ波、と」

 うん。筆なんて中学校の授業以来だが、そこそこ書けた。
 霊力も……うまく行っているかどうかはわからないが、ちゃんと符に充填はされている。

「……前から気になっていたんですが、それってなんですか?」

 気になっていたのか。
 まあ、幾度かの訓練で、毎回試しているし。

「男の子の憧れだ」
「よくわかりません」
「わかられても困るけど」

 子供っぽいと言われることは間違いない。

「もう二、三枚書いてみてください。出来たら、庭で試してみましょう」
「ああ」

 かめはめ波だけでは芸がない。他にも書いてみよう。ただ霊力を放出するだけで、それっぽくなりそうな技……っつーと、

 さらさらっ、と。

「よし」

 書き上げた符は三枚。

 龍符『かめはめ波』
 超符『スペシウム光線』
 鉄符『ブレストファイヤー』

「……我ながら、微妙に古い」
「は? 古い?」
「なんでもない」

 さて、庭に着いた。
 相変わらず広い。下手すると地平線が見えるくらいに。

「くれぐれも、庭を荒らさないでくださいね」
「わかってるよ。一回で十分懲りている」

 空へ飛ぶ。
 十分な高度を取ったところで、先ほどの符のうち、龍符を取り出した。

「……で、どうやって使うのさ」
「符の名を宣言して、中の霊力を開放してください。こんな感じです」

 手本とばかり、妖夢は先ほど作った符を取り出し、気合一閃、吼えた。

「人符『現世斬』!」

 そこからの動きは僕には見えなかった。

 妖夢が消えたかと思うと、空中に一閃、光の軌跡が走る。
 一瞬後、剣を振り抜いた姿勢の妖夢が、二十メートルは離れた位置に出現していた。

「こんな感じです」
「……こんな感じって、簡単に言うけどさ」

 あんなスゴイの見せられても困る。
 だがまぁ、符を開放するやり方は、なんとなく見えた。

 宣言……必殺技の名前を叫ぶのは、ちょっと気が引けるけど。
 まあ、幻想郷の人間は元ネタなんて知らないし、

「行くぞ……龍符『か・め・は・め」

 腰溜めに両手を構える。手の中にある符の霊力を開放……!

「波ぁああーーー』!!」

 前方に両の手のひらを差し出すっ! 途端に溢れる光線っ!

 すげぇ! かめはめ波っぽいっ! 威力も、先日の魔理沙の足元にも及ばないが、結構あるぞっ!

「成功しましたねっ」
「ああ、妖夢のおかげさ!」

 我が事のように喜んでくれる妖夢に、親指を上げて応える。

「それで、なんでドラゴンボールなのかしら?」

 ギクリ、と体が強張った。

 一体誰だ。なんで、ドラゴンボールのことを知っている? 顔が赤くなってきた。

「紫さま」
「こんにちは。妖夢。……で、そこの彼は一体なんでヒーローショーなんてやっているの?」
「は? ひーろーしょう?」

 やっぱアンタかっ! 外の世界に、ほんと詳しいっすね!

「あのね、良也っていったかしら」
「……はい」

 スゴク面白そうな顔で、紫さんはきっぱりと僕のガラスのハートを打ち砕いた。

「その年で、それはないわ」



 身悶えして恥ずかしがる僕が、何とか正常に復帰できたのはその三十分後だった。



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