なにやら、自分に妙な能力が身に付いているらしい……ということがわかったって、どこがどう変わると言うわけでもない。

 なにせ、自分の意志では全然使えない上、日常生活で必要だとは思えないのだ。
 思えない、のだが、どうやらこの幻想卿で一人歩きしようと思ったら自衛手段くらいは持っていなければならないらしい。いや、別に一人で歩き回りたいわけでもないのだが、流石に前回のようなことはゴメンだ。

 明くる日、妖怪に食われそうになった経緯を話して聞かせた妖夢に、しこたま怒られた僕は、その後彼女に訓練をしてもらえるよう頼んでみた。……そうしたら、なぜか白玉楼の庭の上空で、必死になって弾から逃げる羽目になったのだが、

「ちょ、妖夢! それ無理、無理!」
「目の前の弾を躱すだけでなく、その後の動きまで考えるんです! ああ、そんなに大きく躱さない! チョン避けです、チョン避け!」
「んな余裕ねええええ!」

 妖夢が剣を振るたび、先日会った宵闇の妖怪とは比べ物にならないほど躱しにくい弾幕が襲い掛かってくる。当たっても、死んだりしないよう威力は絞っているらしいのだが、次々と迫ってくる弾の恐怖まで減じるわけではない。

 ……もしや、妖夢のやつ、幽々子に日頃虐げられたストレスを、僕で発散しているんじゃあるまいな。基礎訓練とかなしで、いきなりこうだし。

 そんな邪推をしていると、当然のように集中力は霧散するわけで、

「ぐっはぁああああ!?」

 弾の一つが僕の顎を打ち抜く。
 続けて胴体に一、二、三、四……の辺りで、痛みに耐えかね落下開始。

 ……股間に当たらなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。

「もう、気を抜かないでください!」

 腰に手を当てて、妖夢はぷんぷんと怒っている。
 その、仕草は可愛いんだが……もうちょっと優しくしてくれると、僕的好感度↑↑だぞ、妖夢。







「んあ……?」

 額に当てられた冷たい感触で目を覚ます。
 手を当てて見ると、どうやら水で湿らせた布らしい。あ〜、熱が吸収されて、気持ち良い……

「気が付きましたか?」
「……妖夢?」

 布で塞がれた視界では顔は確認できないが、もう一週間以上も付き合ってきた声だ。さすがにわかる。

「まったく。あの程度で気絶するとは、良也さんも軟弱ですね」
「気絶程度で済んだ辺り、僕の頑丈さを評価してもらいたいところなんだけど」

 まだ体の節々がずきずきと痛む。
 あの高さから落下して、よくもまぁ五体満足でいられたものだ。
 ……いや、今の僕は幽霊だから、高さは関係ないのか?

「頑丈なら、もう平気ですよね。さぁ、訓練の続きといきましょうか」
「……いや、前言撤回。もうちょっとこのまま休ませて」
「そうですか」

 くすくすと笑う妖夢。
 なんとなく癪なのだが、いいか。枕が気持ち良いし。
 布の奥にある素材がよほど良いのか、張りがあるんだけど程よい弾力で頭を支えて、しかもなにやらほのかな暖かみまで……

 ちょっと待て。枕?

「あ〜、妖夢、つかぬことを尋ねるが」
「なんですか?」
「今、僕の頭はどこに乗っている?」
「私の膝の上ですが、なにか」

 うお、なんの恥じらいもなく膝枕を暴露しましたよこの娘っ子は!
 ってか、妖夢はこの状態になんの感慨も抱いていないのか。

 よし、ここはそれにつけこ……げふげふ。好意に甘えよう。

「それにしても、なぜ反撃しなかったんですか? 躱すだけでは、いつかは敗れてしまいますよ?」
「攻撃、って。どうすりゃいいんだよ」

 感触を味わいつつ、適当に答えると、「あっ」と妖夢は小さな声を上げた。

「もしかして、攻撃の仕方、わかってなかったんですか?」
「……逆に、なんでわかっていると思ったのか聞きたい」
「いや、その……私にとっては――というより、知り合いの間では当たり前なので……」

 頭をさすりつつ訊ねていると、空を飛んだ時と同じような答え。
 ……そーか。身近な人はみんな出来るから、出来ない人の気持ちがわからなかったと。

「じゃあ、一応聞くけどさ。どうやったら攻撃っつーのができるの?」
「どう、と言われても。私の場合は、この剣を使っていますが、人によっては魔法だったり超能力だったりナイフだったりと攻撃手段は千差万別ですから」
「ふーん」

 いきなりファンタジーな用語が出てくるが、今更それに突っ込んだりはしない。
 ただ、どっちにしろ僕には使えない。魔法なんぞゲームでしか見たことないし、生まれてこの方スプーンを曲げたことすらない。ナイフを投げるだけならできるだろうけど、ただ投げるだけじゃ妖怪を撃退出来たりはしないだろうし。

「でも、こうして見ると、良也さんの霊力は随分強力です。多分、単純な霊力だけなら、私と比べてもそう劣っていないでしょう。ただ放出するだけでも、それなりの攻撃力になると思うのですが」
「……放出って、どうやって」

 さっきから聞いてばかりでなんとなく情けないような気もするのだが、実際問題さっぱりなので仕方がない。

「ええっと、そうですね。簡単に、体の力を一点に集めて、一気に放出してみてはどうでしょう?」
「まるでかめはめ波だな……」
「亀……?」

 む、さすがに向こうの世界のコミックの話は妖夢には通用しなかったか。

 しかし、かのドラゴン球なら、全巻読破した。ああいう風にやればイメージしやすいかもしれない。昨日の妖怪もエネルギー弾みたいなの使っていたし。
 まあ試して見るだけだしな、と軽い気持ちで、腰溜めに両手を構え、とりあえず両手に力を集中。

「かめはめ波っ」

 小さい声と同時に、両手を前にだす。

 ぽっ、とすんごく小さいが、それっぽいのが出た。

「……出ちゃったよ、オイ」
「でも、少し威力が頼りないですね」

 妖夢がなにかを言っているが、僕は感動に打ち震えていてそれどころではなかった。
 僕くらいの年代なら、誰しも小さい頃かめはめ波を出そうと修行したことがあるに違いない。当時は、当然のように出せなかったのだが……まさか、この年になって使えるようになるとは思わなかった。

「よっし! じゃあ、妖夢、見ていろ。今度は本気でいくからなーっ」
「な、なんでそんなにテンションが高いんですか?」

 ウキウキしながらもう一度構え。
 さすがに「か〜め〜は〜め〜」と声を出すのは少々抵抗がある。ぶっちゃけ恥ずかしい。

 とりあえず、それは心の中だけにしておいて、力を集中。さっきは試しだったから適当だが、今度は本当の本気だ。
 頭の血管が破れるんじゃないかと思うほど力を込める。自分でもよくわからない力(多分、妖夢の言う霊力とやらだろう)が手の間に集まっていく感触。その力が弾ける寸前おもむろに両手を前方に突き出す!

「はぁぁぁぁぁーーー!」

 勝手に喉から声が漏れた。
 そうして今度も……おお、出た。さっきとは段違いの威力。でも、なんか出る端から広がっていって、どうも見た目が良くないが……

「ああぁぁぁぁ!!」
「な、なんだ、どうした妖夢?」

 ちょっとがっくりきていると、なんか妖夢の悲痛な叫び声。
 僕の前ではそうでもないのだが、基本的にクールな妖夢が出した声とも思えな……って、

「に、庭が」
「いや、庭だねえ」

 声がかすれていたかもしれない。
 僕がなにも考えず放ったかめはめ波(のようなもの)は、見事に白玉楼の庭を蹂躙し、木や花をぐちゃぐちゃにしていた。
 もちろん、この屋敷の馬鹿でかい庭からすればほんの一部なのだが……毎日毎日丹精込めて世話をしている妖夢からすれば悪夢のような光景だろう。

 なんかヤバイ。とりあえず逃げ……

 チャキ

「よ、妖夢サン?」
「……やはり、ただ放出するだけではすぐ拡散してしまうようですね。術式を編めとまでは言いませんが、多少は霊力に形を与えた方がいいと思います。
 つきましては、さらなる訓練が必要かと思われますが」
「そ、その、ゴメンナサイ」
「別に、気にしてはいません。この事態を予想できなかった私の責任でもありますし。明日、する仕事が決まっただけですから」

 気にしていない人は首筋に剣を突き付けたりしないと思うゾー。

 結局、そのあとは更なるスパルタで鍛えられた上、晩ご飯でも仕返しされた。





「それは災難だったわねぇ」

 経緯を聞いた幽々子が、からからと笑い飛ばす。
 幽々子は相変わらずもりもりと夕飯を食べてる。僕の茶碗半分のご飯のみという貧しい食卓に援護を送ってくれないかなぁ、と恨めしげに睨んでみた。

 そんな僕に幽々子は、これ見よがしに良く味が染みていそうな煮魚を口に運び、くすくすと笑う。
 ……チクショウ。

「幽々子様。それは、どっちにとっての災難なのでしょうか」

 ジト目でこちらを見ながら、妖夢が訊ねている。

「そうね。両方かしら」
「両方だよなぁ……」

「良也さんが言わないでください!」

 肩を怒らせる妖夢。
 空になった茶碗を差し出してみると、米粒一つ入れて返された。

「よ〜む〜。許してくれよ。片付けくらい、手伝うからさー」
「結構です。素人に庭を弄られても敵いませんから。それに、これは私の仕事です」

 ……うう、冷たい。なんか、涙出てきた。
 さもしいよう……。

 で、その様子を第三者の視点から面白おかしく観察していた幽々子が、夕飯を食べ終わってこちらに話しかけてきた。

「そういえば、良也。なにか能力に目覚めたそうね」
「ん〜?」

 溢れ出る心の汗を拭いながら、幽々子の方へ顔を向ける。

「紫から聞いたわ。なんでも妖怪の弾の弾道を曲げたそうだけど」
「それなら妖夢との訓練の最初に試したけど、出来なかったぞー」
「そ。まあ、一回でも出来たことなら、そのうちものに出来るでしょうね。超能力っていうのは、そういうものよ」
「む、超能力?」

 ???だ。
 魔法とか、超能力とか、今一つ区分がわからん。

「貴方、別になにかを学んでその能力を使えるようになったわけじゃないでしょう? 人間が使う力は、他にも色々あるけれども、そういう本能だけで使うようなものは超能力。
 空を飛んだときと同じように、それが『ある』ってことさえ自覚すれば自由に使えるようになるでしょう」
「なんとなくわかるけど……」

 納得がいかん。
 超能力って言うのはあれだ。スプーン曲げたり、念写したり、テレポートしたり、あるいは変り種で発火したりとかだろう。

「所詮、名前だけよ。納得がいかないなら、自分で好きに呼べば?」
「つっても、実際のとこどんな力かもわからんのに」

 むしろ、本当にそんなのがあるのかどうかすら疑わしい。

「貴方の霊力は人間離れしているから、それに関係するんじゃないかしら」
「そうですね……。ただの人間霊にしては、良也さんの霊力は強いですから」
「そうなの?」

 いや、確かにかめはめ波もどきは我ながらそこそこの威力だったが。

「そうね……人間だと、霊夢辺りが強いんだけど。彼女を100として、30くらいかしら」
「……三分の一以下じゃないか」
「修行サボってるとはいえ、博麗の巫女の三割なら人間としては上々よ。訓練しだいで伸びるかもしれないし」

 訓練、ねえ。
 さっきまで妖夢とやってたけど、もう嫌だ。スパルタだし。

「まあ、気が向いたらな。とりあえず、妖夢。お茶とお茶請けをくれ」
「……あげません」
「まだ怒ってる?」
「私がいつ怒りましたか?」

 むう。
 自然な雰囲気を装って茶菓子をねだる計画はご破算か。

 明日の朝飯まで……我慢は無理だな。うん。

「わかったよ。……自分で適当に作る」
「え?」
「食材くらい使ってもいいだろ?」

 言って、台所に向かう。

 これでも、自炊していたのだ。妖夢ほどうまくはないが、食えるものくらいは……うわぁい。竈だよ。

「火を熾すところからか……」

 薪はある。が、火種になりそうなものがない。
 って、妖夢はどうやって火を付けてるんだよ。ライターどころか、マッチもないというのに。

 うん。竈を使うのは無理だ。でも、火をかけずに食えそうなのは生野菜くらい。
 これで腹は膨れないし……

「良也さん」
「なあ、妖夢。どうやって火を付けりゃいい?」
「……はあ。そんなことも考えていなかったんですか」

 そんな呆れた眼で見ないでくれ。

「普段、私はこうやって火を付けています」

 ぽっ、と蛍の光みたいな炎が妖夢の指先に生まれる。
 ……そっかー。そういうオカルト技使っていたのかー。

「戦いに使えるほどではないですが、種火くらいなら造作もありません」
「ふーん……」

 僕も試しにやってみる。
 指先に霊力を集めて……こうか?

「むう」

 小さい霊力の弾ができた。が、熱量は感じられない。
 こんなことを自然にできるようになっているのは我ながら驚き桃の木なのだが、今現在では役に立たない。

「良也さん。反省していますか?」
「反省って……あれは不可抗力であって、なんら僕の意思は入っていないんだけど」

 そりゃ、不注意は反省していますけれども。

「睨まないでくれ。悪かったとは思ってる」
「……はあ。あまり素直すぎるのも問題だと思いますよ」

 と、妖夢は戸棚から余りものらしいおかずを取り出した。

「はい。一応、良也さんの分は残しておきました」
「おお。ありがとう」

 なんだ。やっぱり妖夢はいい子じゃないか……あれ?

「なんだ。僕の晩飯が消えた」
「あ……幽々子様」

 僕の手は空を切り、そしてその手に収まるはずだったお膳は唐突に出没した幽々子の手に。
 ええい、幽霊だからってそんな神出鬼没に現れなくても……って食うなっ!

「ちょ、幽々子!?」
「ちょっとご飯が足りなかったから」
「足りなかったから、人のご飯に手を出すのか!?」

 聞いちゃいねぇ。
 静止の言葉も空しく僕の晩御飯は平らげられ、泣く僕に、妖夢は新しくご飯を作ってくれた。

 僕は妖夢への感謝を深めるとともに、幽々子に対する恨みを深めるのだった。
 ……食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ〜〜〜。



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