さて、なにはともあれ、僕も空を飛べるようになったので、幽々子と妖夢について行くことと相成った。

 自分で飛ぶ、というのはなかなか気持ちのいいものだ。
 眼下には向こうでは見たことのないような広大な森(魔法の森というらしい)。上を見れば、雲ひとつない青空。体中で感じる風はこの上なく爽快。
 キャッホゥ! とでも叫びたい気分だ。変な目で見られそうだからやらないが。

 この森を更に越えたところに目的地の博麗神社はあるらしい。
 幻想郷と外の世界の境界上にあり、結界を越えようとするものに睨みを利かせたり、博麗大結界を維持する基点だったりするらしい。

 ……まぁ、そんな説明をされても、僕にはなんのことやらさっぱりわからないのであるが。

「でも、紫さんとやらが来てたけど、相手しなくていいのか?」
「もう用事は済ませたわ。私が珍しいペットを飼い始めたと聞いて、見に来ただけらしいから」

 ペット……?
 飼い始めた、ということはここ最近の出来事だろうが、僕が見る限り、白玉楼にその手の動物はいなかった気がする。
 いや、人魂は結構見かけるが、あそこでは珍しいわけではないだろうし……

 なにやら、幽々子がこちらをニヤニヤ笑いながら見ている。
 それで、ふと思いついた。

「もしかして、なんだけど」
「あら。良也は意外に察しがいいのね」
「やっぱり僕のことかぁ!?」

 ぐるぐるとジェットコースターのループのような軌道で飛び、不満をあらわにしてみる。
 や。特に意味はないが。

「ゆ、幽々子様。それはあんまりにあんまりでは……」

 と、妖夢がフォローを入れる。

 さすが妖夢。いい子だ。後でなでなでしてやろう。
 ……と、思ったけど、顔を真っ赤にしながら斬りかかられそうなのでやめておこう。

「私がそうだと言ったわけじゃないわよ。そもそも、良也のことは周囲に喧伝したりしていないわ。
 紫がどこからか聞きつけてきて、勝手にそう解釈しただけよ」
「……まぁ、食費も入れていない居候の身分で、否定したりはしないけどさ」
「そう卑屈にならなくても」

 妖夢が苦笑しながら助け舟を出してくるが、実際問題そろそろなにもせずに白玉楼に居座るのも居心地が悪くなってきた。
 かと言って、僕が掃除したり洗濯したり料理したりすると、妖夢が自分の仕事を取らないでください、とか言ってくるし。
 ……あんな広い庭の世話をしつつ、家事を一切担うってのも、トンデモナイ話だよなぁ。

 脱線してしまった。
 まぁつまり、どうにも白玉楼に居場所がないのだ。決して幽々子や妖夢に問題があるわけではなく、これは僕のつまらない男のプライドとか矜持の問題。
 一応、僕の今の立場は幽々子の客分、ってことになっているらしいが、ペットとは言い得て妙だと思う。

「見えてきましたよ」

 妖夢の声に我に返ると、前方に小さく見える赤い鳥居。
 あれが博麗神社か。

 ……なんていうか、こう。
 予想より、ずっとちっさいな。

 すぅ、と境内に着地する。

「霊夢ー。遊びに来たわよー」

 見える範囲には誰もいない。
 なんとはなしに境内を見回してみると……なんて言うんだろう。落ち葉を掃除しようとした形跡はあるんだけど、どうも虫食いっぽく掃いてあったり掃いてなかったり。
 掃除をした者の飽きっぽさとかサボり癖がよくわかる状況だ。

「ん〜、なに?」
 そして、のんびりした声が背後から聞こえる。
 その不思議とよく通る声の主は、鳥居に背を預けて座っていた。ふぁ、と欠伸をしながら、脇に置いてあった箒を持って立ち上がる。
 どうやら、彼女のいるところは僕たちの死角になっていたらしい。

「……巫女さん?」
「そう。あれが博麗神社の巫女、博麗霊夢よ。サボってばかりの、お気楽巫女」

 なるほど、お気楽だろう。昼にもなっていないのに、こんなとこで寝こけているなど仕事に熱意のないこと甚だしい。

 しかし、巫女。
 確かに服は紅白の巫女っぽい服装なのだが、腋は豪快に空けてるし、袴は思い切りスカートだし、髪を結んでいるのはリボンだし、どこか特殊な喫茶店の店員のコスチュームみたいだ。
 だがしかし、そういったバッタモンではない証拠に、その服を普段着として着慣れている感がある。

 職業、巫女さん。
 巷では正月や祭りの時だけバイトを雇って誤魔化すような腐った神社も数多存在するのだが、さすがは幻想郷と言うべきか、モノホンの巫女さんが残っているらしい。すでに絶滅危惧種だぞ、おい。

 しかも、黒髪の美少女。
 ちょっと顔が緩いのが気になるが、それはそれで可愛い。

 ……いや、待て。だから僕はロリじゃねぇ。

「誰、この人?」
「今、うちで居候している生霊さん。面白い子よ」
「なんでぽけーっとして私を見ているの?」
「さぁ、巫女が珍しいんじゃない?」

 適当に言ったのだろうが、幽々子大正解。
 てか、初対面でまじまじと見つめるのも失礼だよな。

「こんにちは。博麗霊夢さん。僕は土樹良也っていいます。よろしく」

 なんとか無難な挨拶をして手を差し出す。
 それを握り返されて……って、手ちいさっ! やわらか!

「よろしく、良也さん。あと、私のことは霊夢でいいわ」
「わかったよ、霊夢」
 そして、少々名残惜しくも握手した手を離す。

 霊夢は、僕から幽々子たちに視線を移す。

「……で、あんたたち何の用?」
「遊びに来たのよ」
「幽霊が神社に遊びに来るってのはどうなのよ。幽霊的にオッケーなの?」
「まぁまぁ。お茶請け持ってきたんだから。一緒にお茶でもどうかしら」

 まったく、と呆れながら霊夢は社務所の中に入っていく。
 お茶を淹れに行ったのだろう。

「……そうか。妖夢が持っているそれ、お菓子だったんだ」

 いや、妖夢が抱えている風呂敷、一体なんなのか気になってはいたのだ。

「ええ。豆大福です。
 男性の方は甘いものが苦手だと聞きますが、良也さんは大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も、僕は甘いもの用の別腹が三つあるんだ」

 自信満々に言ってやると、妖夢は穏やかに笑って、

「じゃあ、沢山食べてくださいね。一杯作りましたから」
「おう」





 しばらく待っていると霊夢が帰ってくる。
 お盆に急須と人数分の湯飲みを乗せて。

 神社の縁側に腰掛け、お茶を受け取る。
 しかし、一人立ったままの妖夢は、それを断った。

「なによ。私のお茶が飲めないの?」
「いや。私は幽々子様の付き添いだから。気を使わなくてもいいよ」

 あっそ、と霊夢はあっさりと返すと、渡そうとしたお茶を急須の中に戻した。
 ……むう、しかしこの豆大福は妖夢の作ったものだろうに。その妖夢がお茶に参加しないと言うのは、なんかおかしい。

 妖夢の主人を見ると、すでに三つ目の豆大福をうまうまと食べて、妖夢の事を気にしている様子は見られない。
 これはそれが当然だと思っているのか、妖夢の好きにさせているのか、大福を食べるのに夢中で気が付いていないのか、どれだろう。

「……三番目かな」
「なにが? 良也さん」
「んや、なんでも。妖夢、そんなこと言わないで、お茶飲んだらどうだ? 美味しいぞ、意外に」
「意外とは失礼ね」

 憮然とする霊夢をなだめつつ、妖夢をじっと見つめる。
 妖夢は、戸惑ったようにこっちを見て、

「は、はぁ。でも、本当にいいんですよ」
「そっちはそれでいいかもしれないけど、一人だけ立ってたら僕が気になる。
 まぁ、僕を助けると思って、妖夢もお茶を飲め」

 勝手に急須からお茶を注いで、妖夢に半ば強引に押し付ける。

「そういうことなら……」

 釈然としていない様子の妖夢だったが、観念したのか僕の隣に座る。
 ずず、とお茶を啜るのが異様に様になっていて、その楚々とした雰囲気に不覚にも見とれてしまった。

「よ〜む〜。豆大福これだけ?」
「ああ、待ってください、幽々子様。そうくると思って、まだまだ作ってありますから」

 主の要望に、妖夢は慌ててどこからかまたもや風呂敷に包まれた豆大福を取り出す。
 てか、幽々子。お前、食いすぎ。
 負けてられないので、僕も大福に手を伸ばした。

 結局、三十個はあった大福は、僅か十分のうちにすべてなくなってしまった。




「……はぁ」

 ごろり、と神社の縁側に寝っ転がる。
 霊夢と幽々子は、向こうの方でなにやらお話をしているようだ。妖夢はそのお付。

 ぼけーっ、と上を見ると半分はせり出した屋根。もう半分は空。
 空のほうを意識して見る。
 ……高い。広い。と感じた。ビルみたいな無粋なものは存在しない。
 幻想郷では、空が一番高いものなのだろう。空が脇役に追いやられてしまっている向こうの世界とは全然違う。
 小鳥が視界の隅を横切る。そよそよと、風が頬を優しく撫でる。

 あんまりにものどかで、今自分が置かれている立場とか、今自分がいる場所とか、全部一切合財忘れて、眠気が襲い掛かってきた。
 しかも、抵抗する気がまるで起きない。
 ヤバイ、ここは霊夢の家だ。知り合ってまだ何時間も経っていないが、こんなところで寝こけていたら後で凄く文句を言われそうな気がする。
 あぁ、せめて、少し寝ると言っておかなくては……

 ……あれ? 今なにを考えていたっけ。
 なんか目の前が暗い。今僕が感じられるのは、子守唄のように聞こえる霊夢たちの声だけだ。

 あぁ、本当に、ちょっと、マズイ、って……

 …………ぐー



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