この春に巻き込まれたイギリスでのテロ騒ぎ。 あれ以来、僕と高町士郎さんちは、それなりの交流を保っていた。 まあ、高町さんと出会う前から、翠屋には月一くらいで通っていたし、来店した時に挨拶する程度だけど。 「へえ、女の子なんですか」 「ああ。可愛いぞ〜。あ、惚れたって、うちのなのははやらんからな」 「……いくらなんでも0歳児相手になんの心配してるんですか」 んで。 今日訪れたところ、丁度高町さんが上がるところで。 以前、生まれると言っていたお子さんを見せてもらうことになった。 ……余程、その子が可愛いらしく、さっきから高町さんの顔はデレっぱなしだ。イギリスでボディガードとして働いていた頃のキリッとした表情とこの顔のギャップは凄まじい。 「そういえば、桃子さんはいつお店に復帰するんですか?」 「ああ。来週辺りからボチボチ様子を見ながら出るそうだ。まあ俺も松尾さん――ああ、今お店のお菓子作っている人な? その人もちゃんとフォローするし。なのはの世話は、恭也や美由希も手伝うって言ってくれてるしな」 「ああ、あの二人ですか」 恭也くんと美由希ちゃんのことは、高町さんを通じて話したことがある。 美由希ちゃんの方は若干人見知りするらしく、ほとんど話はできなかったけど、恭也くんの方はしっかりとした口調で挨拶と、高町さんを助けてくれたことのお礼を言われた。 ……まあ、美由希ちゃんの方はわからんが、恭也くんの方は心配ないだろうな。あの子、あの年で僕よりしっかりしてそうだったし。 「っと、着いたぞ。ここが俺の家だ」 「へえ〜」 案内された家は、垣根に囲まれた立派なお屋敷だった。なんとなく、うちの実家の雰囲気に似ている。 ……ほら、あの屋根だけ見えてる離れとか。 「もしかして、道場付きですか」 「ああ。鍛錬用のな。別に、剣道教室とか開いているわけじゃないから、小さいもんだけど」 「そうなんですか」 見たところこのおうちは新築っぽい。 親と同居しているわけじゃない、と高町さんは言っていたから、この家は高町さんが建てたんだろう。 ……高町さん、見たところせいぜい三十代くらい。ボディガードって儲かるのかな。そういや、僕が高宮さんのボディガードをした時の報酬は、爆弾を止めたことの手当も含んでいたことを考えても、目が飛び出るような金額だったけど。 「お邪魔します」 「おう、遠慮なく上がってくれ。桃子ー! 今帰ったぞー」 高町さんが家の中に声をかける。すると、しばらくしてパタパタと誰かが歩く気配がして、一人の女性が出迎えてくれた。 「おかえりなさい、あなた。……あら?」 「どうも。こんにちは、桃子さん。高町さんにお呼ばれしました」 出迎えてくれた女性は、高町桃子さん。 翠屋の店長兼メインパティシエで、高町さんの奥さんだ。 「土樹さん、いらっしゃい。もう、あなた? お客様が来るなら、連絡をしてね」 「悪い悪い」 悪びれもせず笑う高町さんに、桃子さんは苦笑する。 「なのはは寝ているのか?」 「今は起きているわよ。さっきまでちょっとぐずっていたけど、落ち着いたところ」 「よし、良也。付いて来い。我が家の天使を見せてやろう」 わあ〜、本当に嬉しそうだ。今にも走り出しそうな雰囲気。 僕も自分の子供ができたらこんな感じになるんだろうか? ――まったく想像がつかんな。母親である桃子さんは、実は僕とそう年は変わらないんだけど。 靴をちゃんと揃えて、高町さんの先導に従い廊下を歩く。 しばらくして、赤ちゃん用とされている部屋にたどり着いた。 「なのは〜、パパが帰ってきたぞ〜」 んで、元々緩んでいた顔を更にデレさせて、高町さんが部屋の中央にあるベビーベッドに取り付く。 「もう、あなたったら」 桃子さんもちょっと呆れている様子。 ……うん、あれはもう完全な親馬鹿だな。部屋に転がっている玩具類は、二歳とか三歳とかから使うようなものもどっさりある。勢い込んで買ってしまった感がビンビン伝わってくるぞ。 「良也、こっち来い! 今は機嫌いいぞ」 「え〜と、じゃあ失礼して」 ひょい、と僕もベッドを覗く。 そこには、赤ちゃんがいた。 ……いや、当たり前だけど。 こちらのことが見えているのか見えていないのか、ぼーっとしているその子の仕草に、なんとなくほんわかする。 なんでこう、赤ちゃんってのは人を和ませるんだろう。 「こんにちはー、ええと……なのはちゃん」 「ぁー」 「返事した! 返事をしたぞ、今。なのはは賢いなあ」 いやもう、最初に会った時の『出来る人』というイメージはもはや木っ端微塵だな、高町さん。 「抱っこしてみるか?」 「いいんですか?」 「ああ。でも、まだ首が座ってないから、ちゃんと支えてやってくれよ?」 壊れ物を扱うように、慎重に高町さんがなのはちゃんを抱き上げる。『よしよし』と声をかけてから、僕の方に渡してくれた。 「っと」 うちは親戚がけっこう多いので、赤ちゃんと接する機会は比較的多かった。 首と頭を支え、安定するように抱っこする。『ぅー?』とこちらを見上げてくるなのはちゃんに笑顔を返した。 「あら、泣かないのね」 「ああ、知らない人だと、よく泣くんだけどな」 「あなたも最初に抱っこした時泣かれたでしょう?」 「う……いやあれは、抱っこに慣れていなかっただけで」 いやまあ、多分高町さんが初めて抱っこした時って生まれたてだっただろうし。少し成長したってのもあるんだろうな。 しかし、なんていうか、赤ちゃんって軽いんだけど重いよなあ。命の重みってやつか? 「……ありがとうございました」 「お、もういいのか」 「ええ、ちょっと機嫌が悪くなってきたみたいですし。桃子さん」 やっぱり、慣れていない人だとちょっと怖いのか、少しだけ泣きそうになる気配がする。 こういう時、任せるべきは母親だろう、と、なのはちゃんを返す。 「はい、ありがとう」 「いえ、こちらこそ」 ……よかった、泣かなかったみたいだ。 「さて、それじゃお茶でも飲んでいくか?」 「あ、はい。お呼ばれします」 「あなた。お茶をするんだったら、今冷蔵庫にケーキがあるわよ。今日、作ったの」 「了解」 んで、その日は喫茶翠屋のマスターが丁寧に淹れてくれた紅茶と、翠屋のパティシエが復帰のリハビリのために作ったケーキでお茶をした。 ……すげぇ美味かった。 高町家を辞して、どうしたもんかと伸びをする。 さざなみ寮に顔を出すかな。久し振りに耕介と呑むのも悪くないし。 なんて計画を立てていると、携帯が鳴った。 「なんだなんだ?」 あまり携帯の方に連絡が来ることはないんだけどな。大抵メールだし。もしかして、今度赴任する学校からの連絡かな、と思いながら取り出してみると、 「……綺堂さん?」 ディスプレイに表示された名前は、妹の友達にして吸血鬼騒動とかで少し縁のあった綺堂さんだった。 あの氷室とかいうのの件で確かに連絡先は交換したけど、電話があるのは初めてだな…… 「はい、土樹ですけど?」 『あ、こんにちは、良也さん。綺堂さくらです。今お時間よろしいですか?』 出てみると、確かにこの可愛らしい声はあの綺堂さんで間違いない。 「あ、うん。それは大丈夫だけど」 『すみません、少し相談したいことがありまして』 相談? 「まさかまたあの氷室とか言う……」 『あ、いえ。全然無関係です。問題が起こったとか、そういうわけじゃなくて。その、ちょっとした私事なんですが……』 ふむん? 「ええと、相談は構わないけど役に立てるかな……なに?」 『ええ。実は、私の姪なんですが』 話を聞いてみると、こういうことだった。 綺堂さんの姪である月村忍っていう子が、夜の一族に伝わる自動人形とかいうのを独力で修理して使おうとしている。 その一体目は、比較的劣化が少なかったこともあり、今も稼働しているのだが、二体目は相当酷い状態らしく、中々修理が進まない。 現代の機械知識で済むならば、忍ちゃんとやらはなんとでも出来るそうなのだが、自動人形のコアの部分には既に失われた魔術の知識が使われているところもあるとか。 ……え? なにそれ。そんな錬金術の骨董品みたいなの、こっちにもあるの? 『伝手を頼って魔術本等も仕入れたんですが、教えてくれる人がいないので読んでも意味がわからないものが多くて。このままだと修理に、十年、二十年くらいはかかりそうなんです』 「はあ、それで僕に?」 『はい。私の知っている魔術師と言えば土樹さんくらいしか……。もしよければ、力を貸してもらえないでしょうか? 勿論、お礼はします』 ふむん。別に礼とやらはいらんけど、正直自動人形ってやつには興味がある。 「……うーん、僕で力になれるかどうかわからないけど。とりあえずその自動人形とやらを見せてくれない? そうしないと、なんとも言えない」 『あ。ありがとうございます。じゃあ、いつがいいでしょうか?』 「折よく、今海鳴市なんだ。今からでよければ」 『ええと……はい。お願いします。住所は――』 伝えられた住所をメモして、うん、と頷く。 流石に、海鳴の地理はもうそれなりにわかっている。バスで向かえば……ええと、うん、多分大丈夫。 「わかった。それじゃ、またあとで」 『はい、お待ちしています』 で、その後。 結局、迷いに迷って、最後には人に道を聞いたりして、約束の時間の約一時間遅れで月村さんのお屋敷に到着した。 「……でけぇ」 高町家も広かったけど、こっちはそれに輪をかけてでかい洋館だった。 お金って、あるところにはあるんだなぁ。 インターフォンを押すと、 『はい』 「あ、ええと、綺堂さくらさんに呼ばれた、土樹って言いますけど」 『はい、お待ちしておりました。少々お待ちください』 聞こえてきた声は、丁寧で落ち着いた声。ややあって、門の鍵が開く音がして、屋敷の玄関から一人の女性が―― 「――!?」 「土樹様。ようこそいらっしゃいました。どうぞお上がりください」 「え、あ、は……はい」 なんていうのか、僕は混乱してそれどころではない。 やって来たのはなんと、メイドさんである。 ……いや、散々某吸血鬼の館でメイドに会っておいてなにを言うかと言われるかもしれないが、外でマジモンに出会うと、驚くんだよ! しかもナチュラルに先導してくれる彼女は咲夜さんに通じるパーフェクト&クール系美人メイド。……おいおい、いつから僕の女運はこんなに急上昇した? と、とりあえず、名前くらい交換しておいて損はない! 「あの、ええと……ぉ名前……は」 やべぇ、緊張してセリフが尻すぼみだよ! 「ノエル・エーアリヒカイトと申します。どうかノエルとお呼びください」 「あ、はい。ノエルさん」 しかし、そこはメイドさんなだけあって、ちゃんと僕の声は聞き届けてくれたらしい。 ほえー、髪の毛とかそれっぽからわかってたが、外人さんか。名前からしてドイツ系かな? なんて思いを馳せていると、いつの間にかノエルさんが一つの部屋の前で立ち止まった。 「お嬢様、土樹様をご案内して参りました」 「入って」 「はい」 思いの外幼い声に、ノエルさんは返事して、ゆっくりとドアを開ける。 開くと……まあ、圧巻だった。 部屋中に所狭しと並べられている工具の数々。ドライバーやレンチみたいな僕でもわかるようなものから、拷問器具じゃないのかと誤解するような得体の知れないもの。更には工具というレベルじゃない"工作機械"までがいくつも並んでいる。 なんでこんなもんがいくらでかいとは言え個人宅にあるんだよ。 そして、その部屋の中央で、この部屋の主でございと作業机に腰掛けているのはまだ小学校だと思われる少女と、 「こんにちは、土樹さん」 「あ、どうも、綺堂さん。遅れてごめん」 僕をここに呼んだ玲於奈の友達である綺堂さんだった。 彼女は、部屋の外から持って来たと思われる折り畳み椅子にちょこんと腰掛け、なにやら作業をしている女の子の方をちらちらと見ている。 「こら、忍。土樹さんがいらっしゃったわよ」 「……いらっしゃい」 ちらり、とこちらに視線だけ寄越して、一言の挨拶で済ませる女の子。 とってもツンケンしていらっしゃる。 や、やっぱり遅刻は不味かったかな? 「こらっ。ちゃんと挨拶しなさい」 「……月村忍です。今日は宜しく」 「あ、ああ。了解」 どう見てもよろしくしてくれる雰囲気じゃないっぽい。 やっぱり、この子にも謝っとこう。 「その、ご、ごめんね? ちょっと道に迷って」 「……そう」 うわー、この年で迷子とか説明するのは恥ずかしい。でも、悪いのはこっちだしなあ。 せめて、遅れる前に連絡するべきだった。バス間違えたりしてテンパッて忘れてた。 「と、とりあえず良也さん。まずはお茶でも。忍の作業も少しかかるそうですし。……忍、ノエルちょっと借りるわよ」 「うん。ノエル」 「はい、忍お嬢様」 そうして、僕は作業部屋のすぐ近くにあったティーサロンに案内されるのだった。 「……あの、良也さん、ごめんなさい。あの子、少し人見知りするんです。あまり怒らないで上げてください」 「いやいや、全然怒ってないよ」 忍ちゃんに声が届かないところに来るなり、綺堂さんが頭を下げた。 だけど、別にあんな態度を取られたくらいで怒ったりはしない。当然も当然、セメントな対応を取られるのは慣れている。というか、そもそも相手は小学生の子供だしなあ。 ……ん? 子供? 「ふと気になったんだけど、綺堂さん。忍ちゃんって見た目通りの年齢?」 「はい?」 「いや、あの子も夜の一族ってやつでしょ? なら見た目と実年齢が食い違っててもおかしくないなあ、って」 考えてみれば、自動人形というのがどの程度のシロモノかは知らないが、あんな子が修理できるのはちょっとおかしい。それも、あの子が見た目より年嵩だというのなら納得だ。 僕の知り合いには年齢一桁の外見でン百歳の輩が少なくないし。 「いえ、忍は普通に小学生なんですが」 「そうなの? 自動人形ってどんなもんかは知らないけど、そんな簡単に修理できるものなんだ」 「そうじゃありません。身内自慢になっちゃいますけど、忍はある種の天才ですから……」 名前が忍で天才…… 「……やはり天才か」 「え?」 「いや、ごめん忘れて!」 しまった、思いついたままに言ってしまった。 綺堂さん、意味がわからなかったらしく、首を傾げてる。 でも、まあいいかと思い直したのか、言葉を続けた。 「それに自動人形には、良也さんはもう会っていますよ」 「え? マジ……って、もしかして」 綺堂さんの言葉に、あることに思い至る。 そこへ、丁度ティーセットを持って来たノエルさんがやってきて、視線が合い、 「はい。彼女が忍の再生した自動人形。エーディリヒ後期型……ノエルです」 ピシリ、と僕は固まる。カチャカチャとノエルさんがティーセットを用意する音だけが響く。 それをどこか遠い世界の出来事のように感じながら……僕は感動に打ち震えていた。 「あの、良也さん?」 うんともすんとも言わない僕に、流石に疑問に思ったのか綺堂さんが声をかけてくる。 しかし、僕にはそれに答える余裕がない。ノエルさんの一挙手一投足を見ながら、震える声で尋ねる。 「ノ、ノエル……さん?」 「はい、なんでしょうか」 「Sind Sie automatische Puppe?」 「ja」 なんか咄嗟に出たドイツ語で「自動人形ですか」と尋ねると、一切の遅滞なく「はい」が返ってきた。 ……マジで? マジで、この人、機械仕掛けのメイドさん? せいぜいからくり人形のちょっと凄いのを想像してたのに。見た目ほとんど人間と変わらない……ていうか、正体を告げられた今でも僕を担いでんじゃないのか、と聞きたくなるこの人が、自動人形? 「ぅ」 うおおおおおおおおお! と叫び声を上げそうになるのを必死で抑える。 で、でもでも! この感激は分かる人にはわかってもらえると思う! なんと、世界人類の夢、メイドロボは既に夜の一族が実現していた! なにそれ、すげぇ夜の一族! もう失われた技術ってのが実に惜しいが、その歴史的偉業は僕の胸に深く、ふかーく刻みつけよう! 「ふ、ふふふふ……」 「土樹様、どうかされましたか? ひどく脈拍が不安定になっているような……お休みできる部屋を用意いたしましょうか」 「い、いや。いりませんよ、ノエルさん」 く、くっくっく、ゲァーハッハッハ! こうなったら、二体目を修理するという忍ちゃんに全力で協力しようじゃないか。いや、三体目が出てきたら譲ってくれないかなー、なんて思ってないよ、ちょっとしか! 「というわけで、頑張るよ僕。綺堂さん」 「……ええと」 あ、綺堂さんすっげ困ってる。 不味い。なにが不味いって、玲於奈に僕の奇行が伝えられた場合、兄妹の中に嫌な空気が流れそう。後、綺堂さんに変に思われるのもヤダ。 落ち着け、落ち着くんだ、僕。お前はもうこの春から社会人だろう。 ノエルさんの淹れてくれた紅茶を一口含み、ゆっくりと香りと味を楽しんでから飲み下す。 ……ふう。 「落ち着いた。ごめん、綺堂さん。ちょっと動揺した」 「良也さんから見ても、自動人形は珍しいでしょうか」 「珍しくないって人はあんまりいないと思うけど……」 動く人形自体はアリスで慣れているけど、人間大で、見た目人間と変わらないってのは初めてだ。 しかし…… 「ノエルさんって、どうやって動いてるの? 動力は? 魔術使ってるって言ってたけど、魔力で動いてるんだったら流石にわかるし」 「わたくしの動力は電気です。約八時間ほどの充電で最大二十時間の稼動が可能となっております。魔術の理論が使用されているのは、本当にごく一部です」 で、電気ですか。 二足歩行ロボットって、ようやく一部の先進企業が実現に漕ぎ着けた位だから、素材が金属なだけでもっとオカルトチックな力が働いているのかと思っていたのに……昔の夜の一族の科学水準って一体どうなってたんだ。 「……その一部が大事なんだけど」 っと、気がつくと、数冊の本を小脇に抱え、なにか小さな円盤状の物品を大事そうに持って、忍ちゃんがサロンにやって来た。 「えっと?」 「今日は仕様の説明だけにするから。説明はここで十分」 あ、そういうことか。 「これが、修理してもらいたい部品。こっちが別の型のだけど自動人形のマニュアル。後これが、こっちで参考になりそうって用意した魔術書」 部品だけは丁寧に、他は割りとぞんざいに、忍ちゃんが物を渡してくる。 それを受け取り、僕はまず部品とやらを見た。 「うわ」 ……精緻な魔法陣的なものが彫り込まれていて、まるで芸術品のようだった。素材自体も、これ錬金術で作った特殊な金属だ。 ところどころが欠けているから、このままじゃ起動しないが、製作者は相当のレベルだったろうっていうのは一目でわかる。 ……欠けた箇所はそんなに広くないから、僕でも修理だけならできそうだ。一から作れって言われたら百パー無理だけど。 「やっぱり無理……かな」 そんな僕の感嘆の声を勘違いしたのか、先ほどまでクールな印象だった忍ちゃんがしゅんとなる。 ……ほむん? 「ええと、そういえば、なんで二体目を作ろうとしてるの? ノエルさんいるのに」 「それは……」 言いづらそうにする忍ちゃん。それに、綺堂さんは苦笑して代わりに答えた。 「妹のためだそうです」 「へえ?」 「忍には、まだ0歳のすずかっていう妹がいるんですけど、自分にはノエルがいるから、妹にも自動人形を付けてあげたいそうで」 「ほほーう」 あ、なんか忍ちゃん、顔赤くなってる。 「さくら! それは秘密だって……」 「でも、手伝ってもらうのに内緒にしておくのもいけないでしょう?」 あう、と反論できない忍ちゃんであった。 ……いや、別にそんくらい秘密にしても別に問題ないと思うけどね? とっつきにくそうなのに、根っこのところで素直で律儀な子だ。 「そういうことなら、これ一週間くらい預からせてもらってもいいかな? そんくらいで、なんとかなると思う」 「直せるの!?」 「別に、直せないとは言ってないってば」 マニュアルの方もパラ見してみたが、特に問題ない。この部品は、別の型でもあんまり変わらないらしく、ほぼ完成形の図や説明が入っている。 マニュアルは普通のドイツ語で暗号化されてもいないし。まあ、念を入れて一週間あれば十分だろう。どうせ新学期が始まるまでは暇――でもないが時間はある。 ……いざとなったら、アリスにぶん投げよう。この自動人形のマニュアルのコピーでも渡せば、大張り切りでやってくれそうだ。 そういう説明をしながら、紅茶を飲む。と、 「土樹様」 「ん? なんですかノエルさん」 ノエルさんに話しかけられた。 そのノエルさんは、深々と頭を垂れて、 「妹を……よろしくお願いいたします」 そう、真摯にお願いしてきた。 ……流石に、ここで茶化したり自信無さそうな態度を取るのは格好悪い。 「任せといてください」 どん、と胸を叩いた。 後年。 完成したファリンという自動人形は、ノエルさんとほとんど同型にも関わらず、何故かドジっ子なメイドに育った。 ……ぼ、僕が調整ミスったせいじゃないよね? |
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