そろそろ桜が芽吹く季節。
 と、なると色々な人にとって転機となる時期でもある。

 実際、僕は教師として就職するし、以前の雪の降ったゴールデンウィークに知り合った面々の多くが大学に進学する。

「それで、良也。うちの知佳やみなみちゃんも大学決まったし、パァーッとやろうってことになったんだけど、来週の日曜、お前もどうだ?」

 ……んで、その大学合格&卒業おめでとう花見パーティーが開かれるらしい。
 遊びに来たさざなみ寮で耕介とお茶を飲んでいると、そんな風に誘われてしまった。

「いいのか?」
「ああ、全然構わないよ。ほら、前うちに来てた子たちも参加するしさ。なにより、お前だって就職だろ? 祝ってやりたいし」
「そりゃありがたいなあ」

 耕介の誘いに、僕は悩むこともないかと快諾する。

「そういや会費はいくらだ?」
「お前はいいってば。主賓の一人だろ?」

 そうは言うが、聞く限り、メンバー的に主賓が多すぎである。大半が高校生ということもあり、ここは大人が金をいくらか負担するべきだろう。
 あー、と悩む耕介を説得していると、

「……ん?」

 ふと足音に気付いて後ろを見ると、我が妹である玲於奈の姿があった。
 基本、元気だけが取り柄のやつのくせに、なにやら今日は俯いていて、気落ちしているように見える。

「……ただいま帰りました」
「玲於奈ちゃん、おかえり。冷蔵庫におやつのプリンがあるよ」
「いえ、私はいいです。……お兄ちゃんもいらっしゃい」

 と、それだけ答えて、玲於奈はリビングから立ち去った。
 め、珍しい……基本、僕が遊びに来ると一言二言文句を言う奴なのに、今日はスルーか。

 ……なんだなんだ、調子が狂うぞ。

「耕介、玲於奈どうしたんだ?」
「あー、っと。実はな。学校にいたあの霊……春原さんが、卒業式の日に成仏したらしい。玲於奈ちゃん、仲良かったみたいだからさ」
「へ? そうなのか」

 話したことはごく少ないけれど、あの人が成仏か……もう数十年くらい現世に居座るのかと思っていた。
 ……しかし、やれやれ。本人が決めたことに文句を言うつもりはないが、うちの妹がもうちょっと悲しまないようにしてくれればなあ、と思うのは兄の贅沢だろうか。勝手なことを言っているという自覚はある。

「ああ。今日は、その時に撮った記念写真の現像に行ってたはずだけどな」
「ふーん」

 さて、どうするか。
 ……まあ、決まってるか。

「耕介、僕ちょっと用事が出来たから、玲於奈とちょっと話したら帰るわ。来週の件は、詳細が決まったらメールしてくれ」
「ん? ああ、わかった」

 さて、と。





























 玲於奈の撮ったという記念写真を、なだめすかしてなんとかゲットし、僕はやたら広い敷地を誇る冥界の一角にやって来た。
 死後、閻魔の裁きを受け、転生することになった霊は一時的にここにやって来る。

 現世と冥界の壁は分厚く、通常行き来など到底不可能なのだが、幻想郷では例外的にこの世とあの世の境界が極めて曖昧になっているのだ。
 ……ま、裏技というか、反則というか。死人と会うってことがどれほど道理を外れたことかはわかっているし、死に別れた人ともう一度会いたい、と心から願っている人にはちと申し訳ない気持ちもあるが……まあ、それは黙認してもらおう。

 なにせ、うちの妹には元気を取り戻してもらわないと、なんだ、どうにも座りが悪い。

「というわけだ、春原さん。冥界で寛いでいるところ悪いけど、一つ玲於奈に向けて手紙でも書いてくれないかな」
「は、はあ……!?」

 人型の霊などそうそういない。最近、冥界にそういう霊が来なかったか、とここんちの主人に聞けば一発だった。
 白玉楼の庭を散歩している、という情報を突き止めた僕は、咲きはじめの桜の木の下に立っている春原さんを発見したのだった。

「え、え……貴方、玲於奈の兄貴の……!」
「あ、覚えててくれたか。最後に会ったのって、去年のゴールデンウィークで集まった時だっけ? 久し振り」
「ひ、久し振りもなにも……貴方、死んだの!?」

 む、やたら驚いていると思ったら、そこか。

「いや、生きてる。ばっちりと。ていうか、わかるでしょ」

 生者と死者の違いは、ベテラン幽霊である春原さんからしたらすぐにわかることだ。

「な、ならなんで……」
「あー、なんていうか、冥界は僕の活動圏内というか。うーん……」

 なんと説明したものか。
 胡散臭すぎて鼻が曲がりそうな話だしなあ。

「ま、いいや。とりあえず一から説明するけど」

 僕の話す一大スペクタクルを、春原さんは顔を引き攣らせながら聞いていた。
 生霊となってここに来たこと、幻想郷という外と隔離された異郷、そこで巻き込まれるトラブル云々……

 かなり端折ったのだが、随分な時間がかかってしまった。

「なんていうか、あたしも最後の一、二年で随分色んな経験をしたと思ってたけど、それ以上ね」
「ははは……本当にねえ。ごく平凡な大学生だったはずなのに」

 ちなみに、海鳴市周りのトラブルも、僕の体験した『不思議なこと』一覧にはしっかりと記録されています。

「しかし、ま。やっぱ海鳴市もここの管轄だったか。いや、助かった」
「管轄?」
「いや、冥界とか閻魔様って地域によって担当が違うらしいんだよ。春原さんは映姫に裁かれたんだろ?」

 ああ、と春原さんが頷く。

「ちょっとびっくりしたけどね。閻魔が小さい女の子だなんて」
「それ、口に出すと怒るんだよなあ。説教好きだし」
「わかる。あたしも、ずっと地縛霊やってたこと、すごい説教されたわ」

 ありゃ。やはり、閻魔的にはNGだったか。
 ……あれ? でも、なぜか地獄行きになってないな、春原さんは。

「本来は地獄行きだったらしいよ。でも、良い縁を築き上げてたから、罪一等減じ、転生だってさ。ねえ、これ良也の根回しのおかげ?」
「いや、それはない」

 映姫が、個人的な交友関係を理由に判断を変えることなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない。逆に、知り合いの知り合いだからと言って、判断を厳しくすることもまたない。
 大体、成仏することも僕は知らなかったのに。

「ふーん」
「さて、とりあえず話はそこら辺にしといて……こっちの要件。どうにもね、うちの玲於奈が春原さんが成仏して以来、元気がなくてさ」
「あー、あの子、別れる時一番泣いていたしね。ごめん」
「いや、そこはいいんだけどさ。冥界でも春原さんは元気でやってますよー、ってことを伝えるため、いっちょ写真や手紙でも、と思い立ってな。というわけで、はい」

 予め買っておいた便箋とペン、そして例の記念写真とやらを渡す。

「あ、これ卒業式の時に撮ったやつ?」
「そうそう。昨日現像したみたい。とりあえずプレゼントね。はい、その写真こっちに見せて、はいピース」

 携帯のカメラ機能でカシャッとな。
 僕の自作自演とか妙な勘違いをされても困るので、写真を持ってもらった。流石に合成したとまでは思わないだろう。

 ……よし、後は春原さんに手紙書いてもらって渡せば、玲於奈も少しは元気になるだろう。

 僕が渡した写真をじっと見てる春原さんに、そうお願いする。

「なんていうのか……シスコンね」
「し、シスコンなんかじゃないもんねー!」

 そんな、僕が妹大好き人間だなんて、そんなわけあるわけないじゃないか。そりゃ血の繋がった妹だから、普通に大切にはしているが、そんなシスコンとまで呼ばれるほとじゃないよ? うん、これくらい兄貴として当然の行いであって……

「まあでも……ありがとうね。なんか、ちょっと反則な気もするけどさ、嬉しかった」
「……ぉぅ」

 なんか照れくさくなってそっぽを向く。考えてみれば、見た目的には高校生で年下だが、幽霊歴を入れると立派な年上だ。なんかこう、見透かされている。

 ……はあ。さて、春原さんが手紙書き終わるまで、妖夢にお茶でも淹れてもらって待ってるか。



































 そして、一週間後。さざなみ寮及び風芽丘有志の集う花見パーティーにやって来た僕は、麦酒がなみなみと注がれたコップを片手に、幹事の挨拶を見ていた。

「えー、それじゃあ、三年生のみんなの大学合格、そして土樹良也さんの就職を祝って乾杯っ」

 乾杯の声が唱和する。

 ……しかし、マズった。大学に合格した人間は沢山いるけど、就職した人間は僕だけだから、なんか名指しされてしまった。
 殆ど話したことない人ばっかりなんだけどなー、集まった人たちって。

 ある程度知っている人と言えば、さざなみ寮の人と綺堂さん、千堂さんと……後、なにやら最近さざなみ寮の人と仲良くしているという高町士郎さん一家くらいか。
 なんでも、同じ剣を使う者同士、更には奥さんはパティシエということで、コックにして神咲一灯流の剣士である耕介は色々と話が合うらしい。今日も、色んな人が集まるからと誘われたようだ。

 高町さんところの子供二人は、今は年の近い美緒ちゃんと、後は遊びに来ているという神咲さんの妹さんと話していた。
 ……むむむ、あっちの男の子の方――えーと、確か恭也くんだっけ? は、なんか幼馴染フラグをぶっ立てている気がするな。

「……やめよう」

 いかんな、純粋な子供に向けて、大人の汚い想像を巡らせるのは。

「どうも、良也さん」
「あ、相川くん。卒業と大学合格、おめでとう」
「ありがとうございます。良也さんこそ。あ、酌します」

 僕のコップが空いているのを見つけて、先程挨拶をしていた相川くんがビール瓶を向けてくれる。ありがたく頂いて、僕はそれを半分ほど飲み干した。

「っっぷはぁ〜、美味い」
「ははは、なにか料理も取ってきましょうか?」
「いや、いいよ。そこまでしてもらわなくても」

 飯はもうちょっと後でもいいという気分だ。

「そうですか」
「相川くんもお酒呑んでるんだな」
「ちょっとだけ」

 苦笑する相川くんは、麦酒をちびちびと口に運ぶ。あんまり飲み慣れてはいないようだった。

「……その、ありがとうございました」
「は? なに、いきなり」
「七瀬のこと」

 あー、と僕は納得する。
 ……春原さんの書いた手紙の件だろう。春原さん、言いたいことは別れ際に伝えていたそうだが、後から後から書きたいことが出てきたらしく、慌てて里で買ってきた紙を数十枚は消費していた。そんで、その紙の束を玲於奈を通じて、彼女知り合いに配り回る羽目になったのだ。
 おかげで、よく知らない人からお礼メールがわんさかと届いた。確か相川くんからも来てたはずだ。

「いやいいってば。本当、そんなつもりじゃなかったし」

 僕が行動したのは、偏に玲於奈のためである。正直、あいつがあそこまで落ち込んでなければこんなことしなかったはずだ。僕はそんなお人好しではないつもりである。多分。

「それでも」
「あー、わかったからさ。頭なんて下げないてくれ。対応に困るから」

 やれやれ。
 しかし、閻魔の裁きで、春原さんは良い縁を作ったと言われたらしいが、これは納得だ。来世でも良い人生を送ってくれることを祈る。
 ……あ、転生先は人だよな?

「ん、相川くんもどうぞ」
「あ、どうも」

 なんとも言えず居心地の悪い感じがしたので、呑ませることにした。
 まだ半分くらい残ってたけど、構わず追加で麦酒を注ぐ。

「まあ、元気そうだったよ。冥界は、まあ生きてる僕が言うのも何だけどいいところだからさ。転生するまで、落ち着いて……落ち着……落ち着けるかどうかはわからないけど、まあ楽しめるんじゃない?」
「え? あの、ちょっと、どういう意味ですか?」
「どういう意味かなー」

 あそこんち、当主が悪戯好きで、その友人はタチが悪いってレベルじゃないしなあ。時々、迷惑な白黒や紅白の客も来るし。

 だ、大丈夫……だよ、ね?

「いかん、心配になってきた……」
「ちょ、ちょっと!?」

 焦る相川くんを、なんとかなだめて、僕は彼と別れる。
 ……また今度、様子を見に行ってみることにしよう。そんときは、既に転生しちゃっているかもしれないが。



戻る?