大学の卒業式を終え、春からの教師生活を前に研修や教材研究を進めていたとある日。
 なにかと縁のある高宮財閥の会長さんが、僕に電話をしてきた。

『こんにちは、良也くん。久し振りだね。無事教師になれたようで、遅ればせながらお祝いを言わせてもらうよ』
「はあ、ありがとうございます」
『なんでも、うちの栞の学校に赴任するとか。あの子も今年から二年生。これから二年間、よろしく頼む』

 ……いやー、よろしくされても、一年目から担任を任されたりはしないだろうし。あ、でも部活の顧問やらされるかな、もしかして。

『で、だ。今日電話したのは他でもない。ちょっと頼みたいことがあってね』
「へ?」

 ……またぞろ、オカルト関連の変な話だろうか?
 ちょっと身構えながら話を聞くと、こういうことだった。

 今度、高宮さんはイギリスに出張するらしい。仕事半分、懇意にしている友人に会いに行くのが半分だそうだ。
 それはいいのだが、その友人というのが英国の議員さんで、どうも近年、周りがきな臭くなっている。自分にも影響が及ばないとは限らない。自前のボディガードとして、僕をご指名だとか。

「いやいやいやいや。おかしくないですか。そういうの、本職の人がいるでしょう。僕が付いて行った所で、足手まといになるだけじゃないですか」

 もしかしてこの爺さん、僕が不老不死だということに気がついて肉壁として使おうという腹じゃないだろうな。
 本当に危ないのなら吝かではないのだが、あんまりこの体質は広めたくないんだけど。

『それはそうだ。普通のボディガードなら、私はいくらでも用意できる。
 しかしね、イギリスは廃れたとは言え今でも魔術大国だ。実際にその友人も呪いなんかの被害に遭ったことがあるとか。
 ……私も、あちらには少々敵が多くてね。お願いできないだろうか』

 魔術大国て……そりゃそうだろうけどさ。今時、争いごとに魔術を飛び交わすことがそんなにあるもんなのか? 日本の呪術だって呪いなんかには相当強いけど、この前滅多にこういうことはないって言ってたじゃん。

 ということを聞いてみると、向こうで争いごとに魔術が飛び交うのは賄賂が飛び交う程度には有り触れた出来事だとか。殆どが『おまじない』程度が関の山なのだが、実害のある呪いの類をかけられる可能性も日本よりぐっと高い。
 近代化と高度経済成長で、政治の世界から魔術が遠ざかって久しい日本より危険度は段違いだそうだ。

 ……翻って、民間の退魔師などのレベルは世界でも抜きん出ているというところが、なんともかんとも。
 そういえば、神咲さんところが民間最大手とか言ってたっけ?

『神咲と知り合いなのか。あそこは、人同士の争いには絶対に手を貸さないが、霊障となると頼りになる一門だな』
「そうなんですか」

 ……あれ? 神咲の薫さんは次期当主とか言っていなかったっけ?
 もしかして、凄いお嬢様?

『まあ、そういうわけだ。お願いできないだろうか。無論、報酬は用意する』
「……えーと」

 マズイ、非常に魅力的だ。なにせ、新生活を始めるに当って、色々と物入りだし。

「その、あの、よろしくお願いします」

 ……金に釣られてホイホイ付いて行く僕は、もしかしてダメ人間なのでしょうか。




























 イギリスはヒースロー空港。半日くらいかけて辿り着いた異国の施設の空気は、やはり日本とどこか違っていた。まずもって、交わされる会話が全部英語だ。

「っうぁ〜〜」

 伸びをする。
 席自体は、高宮さんのお供ということもあってファーストクラス。隣近所全てSPの人に囲まれてのフライトだった。
 座り心地はいいし、食事なんかも美味かったのだけれど、流石に半日以上座りっぱなしは肩がこる。ちなみに、流石にアルコールは断った。高宮さんは呑んでいいと言ってくれたが、一応仕事で来ているわけだし。

「はは。こんなに長距離のフライトは初めてかい」
「いや、飛行機自体、実は初めてです。家族旅行も修学旅行も国内ばっかりでしたし」

 高宮さんに笑われる。
 そう言う高宮さんの方は、流石に慣れているといった感じで普段と変わった様子はない。

「でも、僕はなにもしなくていいんでしょうか……皆さん、忙しそうにしているんですが」
「そうは言ってもね。君も自分で言っていただろう。普段の警備に、良也くんは足手まといだよ」

 SPの皆さんは僕と高宮さんの周りに陣取って辺りを警戒している。ちょっと話をしたSPの近藤さん曰く、移動中は最も警戒しないといけないんだとか。
 そんなわけで、空港の中の移動にもすごく気を使っているんだろうが……はっきり言って、僕は一緒に守られている感じだ。

「君には君の役割というものがある。もし、なにか呪いなんかが飛んできたら、是非頑張ってくれ」
「はあ……」

 ……呪いの類は、僕の能力の範囲内には届かないんだけどなあ。つまり、することが本気でない。いや、側にいるだけでそこらのお守りよりはよっぽど役には立つのだが。
 でも、やっぱ居心地悪い。

「というわけで、普段は私についていてくれるだけでいい。若者と話をするのもなかなか楽しいしね。君にとってもいい社会勉強になるだろう」
「そうですか」
「ああ。折角だから私が参加するパーティーにも出席してもらおう。そういえば、英語は大丈夫だね? 英国の人と会うことになるが……」
「……僕、英語教師になるんですけど」
「はっはっは、そういえばそうだ」

 英会話の先生がイギリス人だったおかげで、イギリス英語は大丈夫だった。

「とりあえず、まずはホテルだ。アルバートとの約束もある。早く向かおう」

 そう言って、歩き始める高宮さんにすごすご付いて行く。

 ……よし、役に立たないかもしれないが。周囲に悪い気配がないか気を付けておこう。無駄になるだろうけど、あんまり気を抜いているのもなんだ。
 しかし、そうしていると、なんだか学生時代、いきなり学校にテロリストが攻め込んできたらどうしよう、と考えていた頃を思い出して身悶えしたくなる。

「? どうしたんだ、良也くん」

 うわっ!? やべ、ぼーっとしてたら足が遅くなってた。
 後ろを警戒していた近藤さんに言われ、僕は慌てて謝ってから早足で高宮さんに追いつく。

 ……うう、下手の考えはやめとこう。




































 ホテルに来てからも、僕は役に立たなかった。
 僕が一生のうちに何度泊まれるだろうか、という高級ホテルの一室。上下左右と向かいの部屋も抑えてあり、SPの皆さんは数人を残してそちらのチェックに行っている。

 こ、こんなドラマみたいな展開が、まさか目の前で繰り広げられるとは。そして、その展開をぼーっと見守るしかない僕の役立たずさよ。

「高宮様。クリステラ議員がご到着になられたそうです」
「ああ、わかった」

 ……クリステラ議員。
 高宮さんの友人であり、彼のパーティーに参加するのが今回の訪英の目的の一つだそうだ。

 プライベートでも仲がいいので、今夜、議員が主催するパーティーの前に話すというのは、聞いていた。

 ……英国の議員さんか。ちょっと緊張する。
 高宮さんにもらった(あとで返すといっても聞いてくれなかった)スーツとネクタイが崩れていないかをチェックする。
 内ポケットに入っているスペルカードは……うん、目立たないな。

 まあ、僕が話すこともないだろうけど。一応ね。

 待つことしばし、SPに案内されてやってきたのは、いかにも英国紳士という風情の男性だった。

「やあ、誠司。久し振りだな」
「アルバート、元気そうでなによりだ」

 二人は固く握手し合って再会を喜び合う。

「それに不破……いや、今は高町だったか、君も久し振りだ。またボディガードを頼むよ」
「どうも。あと高宮さん、俺は今回でしばらくボディガードは休業の予定なんですよ。今度、嫁さんに子供が生まれるんでね」

 そして、クリステラ議員と一緒に来たアジア系の男性――名前からして日本人か――にも、高宮さんはにこやかに話しかける。

「子供か! それはおめでとう。あんなに可愛い奥さんといい、君は果報者だな」
「ありがとうございます」

 ええと……クリステラ議員のボディガード、かな? 話から察するに、そういうのの本職さんらしい。
 ……んん?

「ところで誠司、後ろの彼は? 君のガードにしては若いが」
「ああ、二人にも紹介しておこう」

 あれ? 僕に水を向けられた?

 突然言われて固まっていると、高宮さんがさっさと僕を前に出し紹介する。

「今回の訪英に当たって、魔術関連のガードのため来てもらった土樹良也くんだ。彼はこう見えて凄腕の魔術師でね」

 凄腕じゃない、凄腕じゃないから! というセリフも出てこない。緊張で。

「ほう、それは凄い。こちらでも、その手のことを本当の意味で任せられる人間は少なくてね。いっそ全部なくなってしまえば、面倒もなくなるのだが、そうもいかない。しっかりと誠司を守ってやってくれ」
「は、はい……全力を尽くします」
「英語も達者だ。士郎、君も見習ったほうがいいんじゃないか?」
「悪かったな。どうせ俺の英語は下手ですよ」

 軽口を叩きながら、ボディガードの人が僕に握手を求めてくる。

「高町士郎だ。よろしく」
「土樹良也です」

 こっちの人は、割と普通に見えるので僕も緊張はしない。しっかりと手を握った。
 ……しかし、あれー?

「? 俺の顔になにか付いているかな」

 付いているわけじゃない。けど、この人の顔、どっかで見たような気がしてならないのだ。
 ええと、どこだっけ? うーん……あ、

「ええと、間違ってたらすみません。日本の海鳴市で、喫茶店の店員やってませんでした?」

 聞くと、高町さんはきょとんとする。やっぱりこんな商売をしている人が、喫茶店で働いているわけがなかった。聞かなきゃよかったー、と後悔していると、

「なんで知ってるのかな?」
「って、やっぱりですか!? 翠屋ですよね」
「ああ。もしかして、うちのお客さん? ……思い出した。そういえば、以前大きい人と一緒に来た人だ」

 そう、そんときは耕介と一緒だった。耕介のタッパのお陰で記憶に残っていたらしい。

「あの店は妻が店長でね。……しかし、そうか。こりゃまた、奇妙な縁だな」

 ははは、と笑う高町さん。
 ……うん、すごい偶然だ。

「なんだ、士郎と知り合いだったのか」
「丁度いい。良也くん。私とアルバートはこれから話があるから、高町くんと少し話でもしていてくれ」
「了解。アル、大丈夫だとは思うが、なにかあればすぐに呼んでくれ」

 このホテルは豪華で、一つの部屋がいくつにも区切られている。一部屋の中に何部屋もある……って言い難いな。まあ、そんな感じだ。
 ふたりきりで話をするらしく、二人は扉を開けて奥の方へと言った。

「と、なると暇だな。良也、だったか。高宮さんのお言葉に甘えて、話でもしようか」
「ええ、よろしくお願いします」


























 高町さんとの話は随分と弾んだ。
 英語が苦手だと言っていたあの人は、周囲に外国人しかいない中、久しぶりに日本語を話せて気楽だったらしい。

 高町さんは、家族のことをよく話してくれた。息子の恭也くん(翠屋の手伝いをしているところを見たことがある)、娘の美由希ちゃん、そして最愛の奥さんである桃子さん。
 特に、桃子さんへのデレっぷりは凄まじかった。ああいうのが惚気というのか、と僕は思い知った気分だ。
 わざわざ写メまで見せてくれて。かなり美人……というか、可愛い人だった。もげろ。

 恭也くんと美由希ちゃんを産んだにしては若い人だと思ったら、どうも高町さんは再婚だそうだ。まあ、深いところまで聞くのは憚られたので、それ以上は聞かなかった。

「それじゃあ、また夜のパーティーでな。誠司」
「ああ、アルバート。楽しみにしているよ」

 ホテルのエレベーターのところまでクリステラ議員を見送りに来た。クリステラ議員と高宮さんはにこやかに挨拶を交わしている。

「良也もまた夜にな。日本に帰ったら連絡してくれ」
「はい。是非」

 僕も僕で、短時間で割と仲良くなった高町さんと挨拶をした。
 既に携帯の番号も交換している。また今度、翠屋のシュークリームを買いがてら、挨拶しに行くとしよう。玲於奈や耕介と一緒に行ってもいいかもしれない。

「うん、それじゃ――」
「なに!? どうした!」

 エレベーターが到着するかどうか、というタイミング。
 控えていた高宮さんのSPが耳に手を当てて何事かを怒鳴った。

 ……確か、トランシーバーで連絡を取り合っているんだったか。

 突然の出来事に、棒立ちしたままそんなことを思い出している僕と違い、高町さんは直ぐ様動いていた。

「アル! 伏せてろ! なにがありました?」
「ホテルの階段から、不審人物が強行突破してきましたっ。男一人、白人でガタイのいいやつです」
「そ、それってあんな感じの?」

 と、僕はなんとか口を動かして、廊下の向こうから歩いてくるスーツの男を指さした。

「%&)(”$%=!!”〜〜〜〜〜!!!」

 男は訳のわからないことを叫んで、懐から黒光りする――ゲェ!? 拳銃!

「た、高宮さん!」

 慌てて僕は高宮さんを庇うべく動き出す。……遅かった。報告を受けていたSPさんがとっくにその態勢に入っていた。
 どうするか、と僕が一瞬悩んでいると、なにか黒い影のようなものが凄まじい速度で男に突っ込んでいく。

「AAAAAAA!!」

 奇声を上げ、男が引き金を引こうとしたその瞬間、影は男の元に辿り着き、拳銃を持った右手を跳ね上げた。

 ドンッ!

 身が縮まるような音が響き、天井に穴が穿たれる。

「ふっ!」

 影は高町さんだった。
 いつの間にか手に持っていた刀――短いから脇差……いや、たぶん小太刀だ――の柄を相手の鳩尾に叩き込み、勢いのまま投げ飛ばす。
 床にしたたかに体を打ち付けた男の腕を糸のようなもので縛り付け、警戒を続ける。

 目も眩むような早業だった。特に最初の、男に突っ込んでいった速度。人間に出せる速度じゃなかったぞ……

「失礼、高町さん。報告によると、男は単独犯だそうです。現地の警察と連携して周辺を洗いますが、これ以上の襲撃はないかと」
「そうですか」

 報告を受け、高町さんがようやく警戒を解く。

「……済まない、アルバート。こちらの手落ちだ」
「いや、襲いかかってきたのは、おそらく私の政敵だろう。むしろ謝るのはこちらの方だ」

 後ろで何かを話しているクリステラ議員と高宮さんの声が遠い。……僕は一体いつからドラマの中の世界に迷い込んだんだろう、なんて、

「よっ、良也。漏らしてないか?」
「って、そんなわけないでしょうが!」

 そんな風に呆けていた僕に、高町さんが気軽に話しかけてくる。
 ……しまった。心配かけてしまった。

「まあ、魔術師だとか何とか言っても、こういう経験はないんだろ? なら仕方ないさ。動こうとしただけで大したもんだ」

 前、栞ちゃんが誘拐された時に拳銃をぶっぱされたことがある。あの経験が生きたんだろう。

 しかし、これは認識を変えないといけない。
 僕が今まで住んでいたのは和風ファンタジーの世界。そしてこのイギリスで味わうのはハードボイルドの世界だ。……よし、オーケー。どちらも同じ非日常、応用次第でなんとでもなる。なんとかなっちゃう自分に、今更疑問など抱かない。思えば遠くに来たものだ。

「それより高町さん、なんですかあの出鱈目な動きは。あいつに向かって行く時、目が付いて行かないくらいの速さでしたよ」
「へえ? 見えたのか」

 高町さんが少し感心したように眉を動かす。
 ……まあ、僕の場合、音速超過で飛び回る天狗とかそれに追随する白黒とかを日常的に見ているからな。

「俺の、ちょっとした裏技さ。これ以上は企業秘密だ」
「う、裏技?」
「おう。まあ、俺んところに入門するって言うなら教えてやってもいいが」

 高町さんは僕を上から下までじろじろ見る。

「……才能はなさそうだな」
「ほっといてください」

 そんなことは言われなくてもわかっている。




























 夜。クリステラ議員の主催するパーティーへ向かう車の中で、僕はSPの近藤さんと話していた。

「高町さんな。あの人は、ある意味うちらの業界じゃ伝説的な人だよ」
「で、伝説?」
「ああ。二本の刀とワイヤー、投げナイフっていう武器で、どんな要人警護もこなす達人ってな」

 ……サムライだ。しかし二本? 小太刀持ってたから……小太刀二刀? 回転剣舞六連とか使うの?

「真似しようとは思わないし、真似はできないけどな。今時、日本刀ってのは流石に」
「あの、拳銃もどうかと思いますが」

 日本ではどちらも銃刀法違反だ。イギリスでは……どうなんだろう、こちらの法律には詳しくないけど。

「……あれはエアガンだよ」

 なんという建前社会。

「っと、もうすぐ到着だな。土樹、高宮様は君を側に置いておくつもりみたいだ。大学卒業したばかりの君に言うのは心苦しいけど、高宮様をよろしく」
「はい」

 真面目に答える。
 ついさっき、固まって動けなかったのは痛恨のミスだ。そりゃ本職の人が庇ってくれていたから、高宮さんは無事だったろうが……ああいうとき、体を張るべきは命の無限ストックを持つ僕であるべきだろう。

 痛いの嫌だけど。ほんっとーに嫌だけど。……やっぱ誰か代わってくれないかな。でも、動かなかったらきっと後悔するだろうし。いやでも……

「ほら着いたぞ。車から出る瞬間は気を付けないと」
「あ、はいっ」

 悩んでいるうちに、会場であるお屋敷に到着してしまった。
 ……まあ、ぼちぼちと頑張ろう。

























 クリステラ議員の講演が終了した。

 演説は短くまとめられており、門外漢である僕にもよくわかった。医療関係の政策についてで、クリステラ議員がそれに熱を入れているのかがよくわかった。
 聞く限り、世界中のみんなのためになる政策だし、是非ともうまく行って欲しい。

「良也くんには退屈だったかな?」
「いや、そんなこと。とてもいい政策だと思いました」

 僕にもそれくらいわかる。ちゃんと新聞とネットのニュースと、後2chのまとめサイトには目を通しているのだ。

「確かに、アルバートの目指すものが形になれば、世界はもう少し住みよい世界になるだろう。
 しかしね、どんな政策にも穴はある。そして、既存の形を変える以上、敵も作るものだ。覚えておきなさい」
「はあ」

 生返事になる。

 しかし、高宮さんは特に気にせずに挨拶回りを再開した。

 会う人会う人どこそこの会社の社長、どこぞの議員、一番凄いので某国の王子様なんてのもいた。
 社会勉強、と高宮さんは言っていたが……これって、僕に一生縁のない社会なんじゃなかろうか? という疑問が拭い切れない。軽く挨拶をするだけで気疲れがすごいぞ……

「ん?」

 この会場には大人ばかりでなく、参加した人たちの子女もいる。
 んで、その一人らしき金髪の女の子がこちらに駆け寄ってきた。

「高宮のおじさま、こんばんは」
「おお、フィアッセか。こんばんは。大きくなったな。もう立派なレディだ」
「ありがとうございます」

 ……なにこのかわいい生き物。金髪美少女なんて二次元の世界でしか生息は許されていないんだぞう。そうでなけりゃ人外だ。
 くそっ、紳士を自負する僕の鋼鉄の自制心に罅を入れかねない子だな、この子は。

「ああ、フィアッセ。誠司と一緒にいたのか」

 そんな風に僕が戦慄していると、この会場の主役であるクリステラ議員が、高町さんを伴って現れた。

「パパ!」

 そして、フィアッセちゃんは、クリステラ議員に抱きつく。……そうか、娘なのかあ。

「アルバート、楽しませてもらっているよ」
「それはよかった」
「ところで、今度の政策だが……」

 普通に歓談するかと思ったら、この二人はまた難しい話を始めた。

 どうしたものかなー、と視線を彷徨わせると、真下でじーっと僕を見ているフィアッセちゃんと目が合った。

「おじさん、誰?」
「お、おじ」

 いや、いいさ。所詮、このくらいの年頃の子から見れば、僕だっておじさんだ。

「ええと、"お兄さん"は良也って言って、あっちの高宮さんのボディガード……見習い、みたいなもん」
「へえ〜」

 あかん、なんかキラキラした目を向けられている。

「士郎と一緒だね」

 フィアッセちゃんは、後ろの高町さんににこーっと笑いかけた。

「ああ。フィアッセ。おんなじだよ」

 高町さんが苦笑して言う。

「じゃあ良也さん、高宮のおじさまのこと、お願いします」
「う、うん」

 どうしよう……これは頑張らないといけなくなったぞ。

「そうだフィアッセ。恭也と美由希が会いたがってたぞ。今度の休みには、きっと遊びに来てくれよ」
「うん」

 家族ぐるみの付き合いらしい。

「士郎さん」
「うん?」

 そして、またしても現れる金髪美少女。なんだこれは、もしかして僕の性癖に燦然と輝くロリの称号を植えつけようとするクリステラ議員か高宮さん辺りの陰謀か。

「エリスじゃないか。どうかしたのかい」
「ええと、クリステラのおじさんとお話、いい?」
「うーん、今は仕事の話をしているから無理だけど、その後なら。どうしたんだい?」
「ええと、これ! クリステラ議員に届けてください、ってお願いされて……」

 と、エリスと呼ばれた子が差し出したのはぬいぐるみ。
 それを見て、高町さんの目が細くなる。

「……エリス、それ見せてくれ」
「え、う、うん」

 半ば奪い取るように、高町さんはぬいぐるみを手に取る。ぎゅ、と感触を確かめると、おもむろに短刀を取り出してぬいぐるみの腹を掻っ捌いた。
 って、えええええーーーーー!? そんなことしたら、お子様方のトラウマにならないかい!?

 なんて、高町さんの行動に驚いていると、

「……爆弾だ!」

 ぬいぐるみから出てきたのは"いかにも"な外見の爆弾――!?!?

 高町さんの声に、ぎょっとしたクリステラ議員と高宮さんが振り向く。

「全員伏せてろ! 俺はこれを外に!」

 それだけを残して、高町さんは風になった。例の馬鹿げた速度の移動だ。
 ちらっと見えた液晶表示は十五。……十五秒、それだけあれば、高町さんのあの速度なら十分外に出て人気のないところに捨てることも出来る。

 ……が、

「くっ!」

 無意識に目で追っていた高町さんの影が、不意に止まる。

 そう、ここはパーティー会場。人やテーブルが多すぎて、一直線には進めない。人にぶつかっては余計に時間をロスする。
 ……間の悪いことに、入り口まで人が大量に詰まっていた。

 僕は、迷いも一瞬、すぐに飛んでいた。時間加速も遠慮なく使う。ここは一分一秒を争う展開だ。

「どけっ!」

 高町さんが怒鳴りながら、群衆を掻き分けようとしているが、これじゃ到底間に合わない。よしんば外に出れても、屋敷の至近で爆発する。

 ……空を飛べる僕は、人混みの上空を飛んで高町さんに呼びかけた。

「高町さんっ、パス!!!!!」

 高町さんはすぐに気付く。そして、一瞬の迷いの後、僕のところに爆弾を投げた。

 流石というか、高町さんほどではなくても高速で移動している僕のところへ狙い違わずぬいぐるみに包まれた爆弾が届く。
 振動で爆発する、ということはない。そりゃ運び人に小さな女の子を使っているんだから当たり前だ。

 見えた残り時間はあと五。

「うおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 玄関は詰まってる! でも、上の方に窓があらぁ!

 閉まっている窓を、僕は爆弾を庇いつつ体当たりで突破する。

 夜の空に、僕は飛び出した。

「よし――」

 このまま捨て……駄目だぁ! 下の方に警備の人がたくさんいるぅっ!
 う、上に持っていくしかねえ!

 一瞬の判断で、僕は真上へ真上へと進む。
 ……残り一秒!

 妙に引き伸ばされた感覚の中で、僕はとあるシーンを思い出していた。
 ……そういえば、こういう展開がダ○の大冒険であったなあ。竜騎将バラン! 僕に力を貸し――







 その時、屋敷の上空で炸裂した爆発は、妙に綺麗だったと、後で聞いた。



















「良也、か?」
「うぁ……たかま、ちさん?」

 あの後。

 すごく運良く、屋敷の庭の草むらに落ちた僕は、呼びかける声になんとか返事をした。

「い、生きていたのか! 待ってろ、すぐ医者を……」
「ま、待ったぁ」

 ぐえ、喉が、喉がやばい。

「な、なんだ?」

 僕の必死さに気付いてくれたのか、高町さんが立ち止まる。

「お、ねがいですから、医者は……勘弁。す、すぐに……治ります……か、ら」

 そう、至近距離の爆発で死んだ僕は、ただ今絶賛再生中であった。
 爆発って怖いね。衝撃と熱波のせいで、火傷と怪我のダブルパンチですよ。なんとか四肢と頭は胴体にくっついているからマシだけど、内臓がいくつか吹っ飛んだ。

「治るって……」
「……信、じられなきゃ……僕の様子を……見てください」

 ただの勘だが、高町さんは信用できる。

 光の粒子となって、あるべき姿に戻ろうとしている様子を見ても、言い触らしたりはしないだろう。

「まあ……ちょっとした……体質で、す。三、四時……間くらいで、完治、すると思います……って、あ。喉治った」
「そ、そうか……」

 『魔術師ってのはこんなことも出来るのか』とすごく感心した様子の高町さん。

「ああっと。一応、あんまり他の人に話したりしないで欲しいんですが」
「わかった。命の恩人の頼みだ。家族にも話さない。墓の中まで持って行こう」
「そ、そこまで大げさなことじゃ」

 いや、大げさなことなのか?

「って、命の恩人ってなんですか」
「そりゃそうだろう? あのままだと俺は死……よくて半死半生だ。礼を言わせてくれ」
「そんな。たまたまですって」

 照れ臭い。というか、僕一人じゃぬいぐるみに爆弾が仕込まれているなんて気付きもしなかった。やはりこれは高町さんのお手柄だろう。

「ああ、そうそう。爆弾を仕掛けた犯人は捕まえた。今は周囲を警戒しているところだ。……ここには誰も近付かないよう手配しておく」
「ありがとうございます」

 そうして、高町さんが去っていく。

 ――はっ!?

「し、しまった! 服、高町さん、僕に服を――!」

 爆発でスーツのほとんどが吹っ飛んでいる。つまり、その、僕はあられもない姿なわけで。

 既に行ってしまった高町さんに声は届かず、あまり騒いで回復中の僕に気付かれるわけにもいかず……




 再生後、周りに生えていた葉っぱで要所を武装した僕が、フィアッセちゃんと遭遇して一悶着あったのだが、それはまた別のお話ってことにしておいて欲しい。つーか忘れろ、僕。









 後日、翠屋でまさかのシュークリーム食べ放題をご馳走してもらった。
 僕は大いに満足し、イギリスでの忌まわしい記憶を消し去った。ついでに、一緒に連れてった玲於奈が口元にクリームを付けて事情を知らないまま、『お兄ちゃんもたまには役に立つのね』とコメントしたことを追記しておこう。



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