その日、夜に耕介から電話がかかってきた。 「は? パーティー? 明後日?」 『うん……なんか知んないけど、うちに凄い量の食材が集まっちゃってさ。それで、良ければ良也もどうかな?』 神咲さんの実家から野菜、耕介が六万円分の魚介をくじで当てて、そして真雪さんが行きつけの焼肉屋で肉の塊をもらった、と話してくれる。 そんで、丁度真雪さんとゆうひが、仕事でお祝い(真雪さんが画集、ゆうひは何時の間にやらCDを出す身分になっていた)があるので、知り合いを集めてパーティーをやるらしい。 あ、ついでに玲於奈もこの前の護身道の大会でいいところまで行ったらしいが、こっちは友達と別の集まりがあるそうな。 「そりゃ、誘ってくれるのはありがたいけど」 『ていうか、みんなの友達って言うと女の子ばかりだろ?』 「……流石に肩身が狭いか」 『いやはや。慣れはしたけど、な。御架月と二人だけっていうのはちょっと。なんで、参加してくれると俺はとても助かる』 「まあ、暇だからいいけど」 連休の始めの景気付けには丁度いいや。 「あ、なんか手土産とか持っていった方がいいか?」 『うーん、正直、食材の方は余るほどあるけど』 「たくさん食うのがいるじゃないか。持ってくよ、なにか」 『ま、大丈夫か』 「大丈夫大丈夫」 さて……そうすると、なにがいいか。明後日というのは割と都合がいい。幻想郷に行って、珍しい食材でも持ってってやろう。 ……と、すると、 「耕介。朱鷺とか食ってみたくない?」 『……は? 朱鷺? 鳥の?』 「ああ、鍋にすると、見た目はアレだが意外と美味……」 言おうとして、はたと気が付いた。 幻想郷ではありふれまくった食材だから忘れていたが、こっちでは絶滅寸前の鳥類。……流石に外に持ち出すのはヤバい気がする。 万が一、第三者に知れたら面倒臭い。 「や、やっぱ今のなし。そうだな……猪の丸焼きなんて食ってみたくない?」 『……さっきからお前は何を言っているんだ』 んー、これも多すぎるか。 そうだな…… 「んじゃ、酒と果物でも持っていくよ。いい桃を持っているヤツがいるんだ」 『桃かあ。ちょっと季節には早いけど、いいな』 「酒も楽しみにしとけ。天上の酒だ」 楽しみにしとくよ、と耕介が言って、詳しい時間を聞く。 ――さて、どうやって天子からちょろまかそうかな。 どっさりの桃と、やたら高級っぽい瓶に詰まった酒を手に、さざなみ寮までやってきた。言うまでもなく、天子からかっぱらっ……もとい、交渉の末譲ってもらった天界の桃&天界の酒である。 まあ、正確には天界の外に出した時点で『天界の』じゃなくなっているんだが、まあいいだろう。食べた人に妙な力が付いたら面倒だし。 いつものようにこちらへは飛んできたのだが、今日は知らない人もたくさん来るみたいなので、さざなみ寮からちょっと離れたところに着地する。 「ん?」 周りを木に囲まれた遊歩道に着地すると……ちょっと離れたところに、人が立っているのが見えた。 あ、危ない。背を向けていなかったら、確実に目撃されていた。 「……あの人も、パーティーの参加者かな」 だとするなら、あの奇っ怪な寮の住人の知り合い。気にするほどのことでもなかったかもしれん。 ……なんて思っていると、道の向こうから二人連れが歩いてきた。 なんとなーく、その片方は見覚えのある風体。よくよく目を凝らしてみると、以前旧校舎で会った相川くんだ。隣は……やたら背の高い女の子? ……あ、あっちはバッチリ僕の着地を目撃していたらしい。なんか女の子の方、すごいびっくりしてる。 まいったな、と頬をかいていると、後ろから足音。 「Hello,良也。飛んできてるの、良く見えたよ」 「……リスティ。知佳ちゃんも、こんにちは」 「はは……こんにちは。リスティもたまに飛んでますけど、誰かに見られたら厄介ですから。気をつけてくださいー」 さざなみ寮の超能力ガールズだった。やれやれ……こっちにも見られていたか。ちょっと気を抜きすぎていたかな。だって、連休なんだモン。つい浮かれ気分で。 「あ、唯子ちゃんと……確か、相川くん、だったかな」 向こうからやってくる二人を見て、知佳ちゃんが小さく声を上げる。 ああ、知り合いだったのか。確か、学校は違ってたはずなんだけどな。 「あの二人も参加者ってことでいいのかな?」 「ええと、はい。……でも、あっちの女性はちょっと見たことないです。この辺は私有地なので、観光客とかじゃないと思うんですが」 と、僕たちに背を向けている方の女性を見て知佳ちゃんが言う。っていうか、私有地? マジで? 「迷子じゃないの?」 「リスティ……。いくらなんでも、こんなところまで迷ってくることはないと思うよ?」 「どうだろうね。そういう方向音痴もいるんじゃない?」 とかなんとか話している知佳ちゃんとリスティ。……しかし、なんかあの人、大分ふらついてるな。大丈夫か―― 「って、ああ!」 って、思った瞬間に、女性は倒れた。 相川くんと連れの女の子は慌ててダッシュするけど、到底間に合わない。 ……危ない倒れ方じゃなかったけど、倒れること自体が事だ。僕も走り出す。 「あの、だ、大丈夫ですか?」 相川くんが肩を揺さぶるが、反応がないっぽい。 「どう?」 「あ、良也さん。……ええと、反応がありません。体温も低いし……」 「し、しんいちろ、救急車呼ぼっか!?」 背の高い女の子が慌てた様子で携帯を取り出す。 ……ええい、外傷がないから病気か? 僕の乏しい知識じゃラチがあかん。やっぱ病院だ。 「いや、それより耕介に車を出してもらおう。その方が早い。知佳、見てあげて」 「うん」 リスティが、人目も憚らず羽根を出してすっ飛んで行く。その間に、知佳ちゃんは手首を取ったり口元に手を当てたりして様子を確認している。 ……す、すごいな。なんか堂に入ってる。 「脈と呼吸は正常……っと。なんだろ、貧血かな?」 「ち、知佳ちゃん。その人、大丈夫そう?」 「あ、唯子ちゃん。うん、断言はできないけど、多分平気だと思う。念のため病院で見てもらった方がいいけど」 安心させるように言う知佳ちゃんに、女の子もほっと胸を撫で下ろしている。 ……怪我なら回復の魔法で応急処置くらいは出来るんだけどなあ。こん中で一番年上なのに、情けない。 「とりあえず、車の入れる道まで運ばないと……」 「あ、僕が運ぼうか?」 仕事が見つかったのでとりあえず手を上げてみる。しかし、知佳ちゃんはうーん、と悩んで。 「考えにくいですけど、揺らすとマズイ症状かも。わたしが運びますね」 キィィ、と甲高い音がして、倒れた女性の身体が少しだけ宙に浮く。 ……念動ってやっぱり便利だな。 少しだけ情けない気持ちになりながら、僕は知佳ちゃんにスゴスゴ付いていく。 「あの〜」 「あ、はいはい?」 相川くんと一緒に来た女の子が話しかけてくる。……ホントに背が高いな、僕と同じか……いや、微妙に彼女の方が高い。相川くんと並べると、彼が可哀想になるくらいだ。 「初めまして。しんいちろの知り合いですよね? 鷹城唯子です」 「あ、ああ。挨拶が遅れまして。土樹良也です」 「土樹……って、玲於奈ちゃんのお兄さん?」 「あ、玲於奈とも知り合いですか」 「はい。可愛い後輩です。わたしも護身道部なので」 ご、護身道部か。強いんだろうな……体格って、やっぱりすごい武器だし。 「えっと……鷹城さん? それは、どうもうちの妹がお世話になっています。どうですか、玲於奈は」 「頑張ってますよー。この前の大会だと、わたしとも当たったんですが、始めて一年とは思えないくらい強くなってます」 ……まあ、あいつは勉強と身長と胸と引換に運動神経と武術のセンスには恵まれてるからなあ。中学時代の空手の経験もあるし、護身道って割と高校から始める人も多かったと思うので、割といいところまでいけるんだろう。 その才能の半分でもいいから、この兄にもあればよかったのに。 「お兄さんはなにをなさっているんですか?」 「普通の大学生」 「普通って。……さっき空を飛んでいましたよね。いや、最近はそーゆー人も多いにゃーって思ってましたけど」 わ、忘れていなかったか。 「魔法使いです」 「おお、まほー」 「あれ? 良也さんは祓師ってヤツじゃ」 前、春原さんのところで会った相川くんは首を捻る。それに、僕は『あー、違う違う』と手を振って、 「幽霊相手も出来なくないけど、本業は魔法使い。……本業っていうのもどうかと思うけど」 こういう時はクラスと言うべきか? いや、やっぱ駄目だな。クラス(笑)なんて、どこのラノベ設定だ。 「……まあ、気にしなくていいよ。そんな分け方、大して役に立たないし」 「そ、そんなもんですか?」 「そんなもん。多分」 面倒臭くなって説明を投げている感は否めないが。……あ、前歩いている知佳ちゃんが、少し笑ってる。 「知佳!」 「あ、お兄ちゃん」 林道の向こうの方から耕介が走ってくる。 「大丈夫か、その人」 「あ、うん。多分……軽く見た感じだと、貧血辺りかなって」 「わかった。じゃあ、とりあえずすぐに病院に連れて行こう。向こうに車置いてるから……ああ、一人くらい、見てた人に付いてきてもらった方がいいかな」 「あ、じゃあ俺が」 相川くんが手をあげる。……で、出遅れた。 耕介は、うんと頷いて、車はあっち、と指差す。 「じゃ、知佳と良也と……そっちの子は、寮に行ってて。パーティーは、なんだったら先に始めちゃっててもいいから」 「や、まだ時間あるし」 割と早めに来たので、大丈夫だと思う。 「そうか? まあ、遅れるようなら始めててくれ。そんじゃ」 手を上げて、耕介と付き添いの相川くんを見送る。 知佳ちゃんも、ひとまず車のところまで女の人を連れて行くため付いていった。 ……………… 「じゃ、行こっか」 「はいー」 なんとなく、あまり良く知らない女の子と一緒で若干緊張する僕であった。 ……しかし、あの女性。なんとなーく、人間っぽくなかったような、そうでもなかったような。 そんなこんなで、さざなみ寮に到着して。見知った顔に安心しつつ、耕介達の帰りを待つ。 然程時間もかからず帰ってきたが、何故か倒れた女性も一緒に来たりして。 ……んで、その雪という女性は、自分は記憶喪失だとか言い始めた。 『ええええーー!?』 皆さん叫ぶ。勿論、僕も叫んでいる。 「き、記憶喪失って、あの記憶喪失ですか?」 「初めて見たー」 普通、初めてだと思います。 ……というか、女の子がたくさんいすぎて、誰が誰だかわかんない。半分くらいは、初対面の人だし。 名前も一応聞いたけど、ちゃんと覚えてるかな……自信ない。 そうして、あれよあれよという間に、雪さんも是非宴会に参加してくれ、という話になった。 ……あー、良い人なんだよな、ここんちの人たちは。集まってる友達たちも歓迎ムード。 と、そこへ今日の主賓であるゆうひと真雪さんが帰ってきた。 「ただいまー。愛さん、愛さーん」 「はいはい、なんでしょ、ゆうひちゃん」 「これ、拾ったんやけど、なんやろこれ」 と、ゆうひが差し出したのは…… え、えっと? 丸くて白い、饅頭みたいな身体に……あれは羽か? あと、手足っぽいなにかが付いている、マスコットっぽい生物……。いや、生物? ぬいぐるみじゃなくて? 「きゅー」 鳴いた。生き物か。 ……いやいや、待て待て僕。その判断は早計だ。ほら、押すとなんか音が鳴るぬいぐるみって売ってるじゃん。 「ゆ、ゆうひ……なんだ、これ?」 「いやー、学校帰りにな。ぽてーん、って落っこちてたんや。んで、放っておくのもなにかなー、って拾ってきた」 「そ、そうか」 不思議なものに耐性のある耕介もどう対応しているか迷っている様子。 そこへ、愛さんが割って入って、生き物(?)の様子をみる。……ああ、そういえば獣医志望だっけ、愛さんは。 「あらら……元気が無いみたいね」 元気があるとかないとかゆー問題ではないような 「あ、あのっ。すみません」 雪さんが声を張り上げる。 慌てた様子で、ゆうひの腕の中に入る生物に駆け寄り…… 「氷那!?」 「きゅー!」 雪さんが名前(?)を呼ぶと、生物はぴくりと反応し、意外と素早い動きで飛んで…… 「って、飛んだぁ!?」 思わずツッコミを入れた。あの体型で、なにをどうやったら飛べるんだよ!? ペンギンみたく、羽根はあるけど飛べないー、みたいなんだと思っていたのに。 しかし、そんな僕のツッコミも届かず、一人と一匹は情熱的な抱擁を交わし、再会を喜び合う。 「あ、君のお友達やったんか」 「いや、軽いな、ゆうひ」 しかし、こいつだけではない。見ると、集まったみんなはこの感動的(か?)な再会に『よかったよかった』と頷いている。 「皆さん……『あの生き物がなんなのか』という方向には言及されないんですね」 えっと、確か……井上さん。玲於奈の友達だっていう彼女だけが、困った顔で常識的なツッコミを入れてくれる。 うん、君みたいに常識を忘れない人って、僕は好きだぞー 「このメンツで、常識非常識って……それは今更じゃない? ねえ、一人驚いていた非常識筆頭の良也」 「……なんのことやら。っていうか、お前が言うなリスティ。誰が筆頭だ……」 僕は極めて常識的な人間だぞ。少なくとも、あの謎生物に対して驚かない人たちよりも。 ていうかあれ……妖怪? いや、妖精? 新種の生物……にしては既存の生態系から外れすぎだろ。 「……神咲さん?」 「ええと、悪い感じはしないので大丈夫だとは思いますが」 こっちの霊障には、神咲さんが詳しい。尋ねてみると、困った顔でそう答えてくれた。 ……ま、ならいいか。 「それじゃ、雪さんと氷那ちゃんの再会のお祝いも兼ねて……皆さん、お庭にでましょうか」 はーい、と愛さんの宣言に、みんな元気に答えるのだった。 「ほい、良也。麦酒」 「お、あんがと。……って、スーパードラ○か。○ビスはないのか、エ○スは」 「あれ、他のより高いんだぞ」 耕介が投げ寄越してくれた冷え冷えの缶のラベルを見て、ちょっと残念に思う。 ま、別にそこまでこだわりがあるわけでもないんだけどねー。 「はい、真雪さん」 「やー、あたしはそれより、お前の持ってきてくれたあの酒が気になっているんだけど」 酒類を集めてあるところに置いた瓶を見て、真雪さんの目の色が変わっている…… 「はは……まあ、後で呑みましょう。あれ、美味いですよ。本当に」 「っていうか、なに、あの綺麗な瓶。中身は日本酒なのか?」 「ええ。多分、製法的には一応日本酒なんじゃないかな……。妙なのが混ぜられているかも知れませんけどね」 「そ、そうか。なんか不安になる言い方だが」 「大丈夫ですって」 多分。一応、今まで呑んで体調を崩したり、異界の住人になったりはしなかった。 「まあ、それはそうと、ひとまずは麦酒で」 「とりあえず麦酒って、どこぞのサラリーマンじゃねえんだからさ」 とか文句を言いつつも、真雪さんは缶を受け取る。 文句を言っていても、キンキンに冷えた麦酒の美味さには勝てないんだろう。しかし、欲を言えばもうちょっと気温が高ければなあ……。食べ始めたら気にならないだろうけど、今日はちょっと肌寒い。 「それじゃあ、皆さん飲み物は行き渡りましたかー? じゃあ、本日は護身道部、千堂瞳さん、鷹城唯子さん、井上ななかさん、土樹玲於奈さんの大会での健闘――」 「ゆうひちゃんのCMソング三曲目決定と真雪さんの仕事の成功、」 「雪さんと氷那ちゃんの再会」 「そして、今日の素敵な出会いをお祝いしましてーー」 相川くんと愛さんのコンビが、事前に打ち合わせていた様子で挨拶を並べる。……その間に、ぷしゅ、とプルタブを開け、僅かに泡が出てくる様子にグビビと涎を飲み込み、 『乾杯!』 『かんぱーーーいっ』 主に黄色い声が、大きな庭に響き渡った。同時に、近くの人間とコップを打ち鳴らす甲高い音も響く。 「乾杯」 「ほい、乾杯乾杯」 僕も、耕介と真雪さん、あとついでに近くにいた知佳ちゃんとも乾杯する。……知佳ちゃんは、当たり前だけどジュースだ。 そうして、ぐい、と一気に缶の中身を半分くらい飲み干して…… 「くぅ〜〜〜! 青空の下で呑む酒は、また格別だねぇ!」 「まったくですね」 如何にも美味そうにそう叫んだ真雪さんに心から同意する。 「あ〜、そこな少女たちー。君たちも呑まない?」 「おねーちゃん! 未成年にお酒を勧めない!」 「まあまあ、知佳ちゃん、いいじゃないか」 「良也さんまで!」 ぷりぷりと怒っている知佳ちゃん。ふむぅ、この少女に酒の美味さをわからせるにはどうすればいいのか。 ……呑ませるか。 あ、いや、確かあんまり身体が丈夫じゃないんだっけ? 真雪さんも勧めないし……それはやめとこう。しかし、酒を呑むのが大人組の一部だけってのも、なんだ。ぶっちゃけ、呑みきれなさそう。 「いまどき、高校生でお酒なんてふつーだよ、ふつー」 「そーそー」 ねー、と真雪さんと頷き合う。こういうとき、やけにこの人とは気が合うんだ。 しかし、そこで耕介から待ったがかかった。 「あの、確かに俺も学生の時からやってましたけど、無理には勧めない方が」 「ちっ、いい子ちゃんめ。まーいい、お前はツマミを持って来い、ツマミ」 「了解しました」 唯々諾々と料理のところに向かい、皿に盛っていく耕介。 ……パシリが板についとる。なんか、すごい親近感。 「……向こうじゃ、ああいうのは僕の役目だもんなあ」 「ん? なんか言った?」 「なんでも無いっス」 しかし、女所帯に男が一人だと、どこもあんなものなのかも知れない。 この宴会の男女比はいくつだったかな、と思いを馳せつつ、耕介の持ってきた料理を口に運ぶ。 「あ、美味い」 「お、そりゃ嬉しいな。それは自信作なんだ」 いいなあ、料理が出来るって。 「ほら、耕介。料理ご苦労さん」 「ありがとな」 僕の持ってきた桃がカットされていたので、ほれ、と小皿に移して渡した。 ぱく、と食べた耕介の目がカッと開かれる。 「な、なんだこの桃。めちゃくちゃ美味しいぞ!?」 「そりゃそうだ」 天界の桃だもんねえ。 「お、どれどれ。……うお、本当に美味いな。知佳ー、知佳ー! これ食ってみ!」 真雪さんが知佳ちゃんを呼び寄せ、食べさせる。 騒ぎを聞きつけ、宴会に来ていたみんなが我先にと桃に手を伸ばし……あ、っという間になくなった。 ……みんなが喜んでくれたのは嬉しいけど、あの、僕食ってないんスけどー。 「こんにちは」 「あ、綺堂さん。こんにちは」 ちぇ、ちぇ、と桃を食えなかったことを隅っこのほうで拗ねつつ、一人麦酒を傾けていると、同じく少し喧騒から離れてきた綺堂さんが話しかけてきた。 「桃、美味しかったですよ。良也さんが持ってきたそうで」 「……僕は食べれなかったんだけどね」 「ふふ」 笑われたー! なにこの男そのくらいでいじけてんの? ばっかじゃね? って感じに笑われたー! いや、完全に僕の被害妄想だってのは分かっているけれども! ちっ、いいもんね。また今度、天界にこそーり侵入して桃狩りしてやる。腹いっぱい食ってやる。例え天人に止められよーとも。 「この前のワイン、また持ってきたんです。よければ呑みますか」 と、わざわざ持ってきてくれたらしいワインのグラスを差し出してくれる。 「ああ、それじゃありがたく――」 いや、そうだ。 あのワインがやたら美味しかったので、今回持ってきた酒はそれに対抗するって意味もあるんだった。 「いただくけど、ついでに綺堂さんにも僕の持ってきたお酒をご馳走しよう」 「? ええ、ありがたくいただきます」 「日本酒って平気?」 「ええと……人並みに。うちの先祖はヨーロッパ系で、家ではワインを良く呑みますけど……日本の土に馴染んじゃったので」 あ、好きそうだ。目の奥が光ったのを、僕は見逃さない。 ならばちょうどいい。ちょっと待ってて、と告げて僕はテーブルに並んでいるコップの一つを手にとり、酒類のコーナーへ。 「って、耕介、真雪さん! なにがぶがぶ呑んでんだ!」 行ってみると、僕の持ってきた天界の酒を耕介と真雪さんが嬉々としてコップに注いでいた。 いや、呑むのはいいけど、ペース早っ。 「おー、良也。これ美味いよ。どこのお酒?」 「さっきの桃といい、まるでこの世のモノとは思えん美味さだ。どこで買った、ん?」 「真雪さん、あてずっぽうだろうけど正解。天界の酒です」 「……天国?」 「あー、似たようなもんです。僕、そっちにちょっとコネがあるんで」 もらっていきますよー、と、半分くらいになった酒瓶から、酒を注ぐ。 途端に濃厚で芳醇な匂いが薫り立つ。……相変わらず美味そうだ。 後ろの方で『なんじゃそら!』という声が聞こえた気もしたが、まあいいだろう。説明するのも面倒だし、どう説明したものかさっぱりわからない……というか、そもそも僕だって理解していない。 「おまたせ」 「いえ、それほど待っていませんよ」 「そう? まあ、これをどうぞ」 コップを渡す。交換のように、真っ赤なワインの入ったグラスを受け取る。 ワイングラスに口をつけて一口。舐めるように呑むと、前に呑んだのと同じ甘めで飲み易い味が広がった。 ……美味い。 綺堂さんの方も、僕の持ってきた酒を一口口に含み、目を閉じてゆっくりと味わって呑み込む。 「……美味しい」 「そりゃなにより。こっちもとても美味しかった」 「それは良かったです」 後ろで『おお、このワイン、すっげ美味いぞ!』『ほ、本当だ!』と、今度はワインに目を付けたらしき真雪さんと耕介の声。 「……あっちの二人も気に入ってるみたい」 「ですね。喜んでもらえて嬉しいです。あの、玄関のところにもう何本か置いてあるので、よければどうぞー」 綺堂さんがそう二人に言うと、いそいそと耕介が玄関に向かった。……うーむ、なんだかなあ。 「それじゃ。わたしはこれで」 「あ、うん。それじゃまたね、綺堂さん」 「はい」 そうして、綺堂さんは友達らしき輪の中に入った。 ……さて、次はどうするか。 焼きたての肉の匂いに釣られて、僕は焼き台のところに来た。 こちらでは、知佳ちゃんと……ええと、のの……のの、野々々村さん……いや、『の』が多い。 うーん、野々村さんだ、野々村さん。鷹城さんとは真逆で背のちびっちゃい子。うちの玲於奈も大概背が低いが、更に拳一個分くらい低い。 そーゆー子がちょこまか動いているのは、なんとなく微笑ましいもんだ。 「あれ? えーと、玲於奈ちゃんのお兄さんの」 「ああ、良也です」 「野々村小鳥です。初めまして……えと、良也さん? で、いいですか」 「いやまあ、好きに呼んでください。野々村さん」 呼ばれ方など、今更気にならない。まあ、土樹だと、ここは玲於奈の方が知り合い多いのでややこしいから、名前の方がベターだが。 「なんか美味しそうだったんで来たんですけど……もらえます?」 「あ、この辺が食べ頃ですよー」 肉と野菜が交互に刺された串を渡してくれた。 「ありがと。……ん、んまい」 どうしてこう、炭火で焼く肉って美味いんだろう。ご飯が欲しくなる。 白米はないっぽいので、仕方なく麦酒をぐびっとな。 「ぷはぁ!」 「……あ、なんかおとーさんっぽい」 親父臭いとな? 失敬な……いやまあ、否定しようとしても、今の仕草からして否定し切れないところではあるんだけど。 「……あ、火力弱いよ」 「ああ、本当だ」 ふとコンロが全体的に火力不足になっているのを見つけてしまう。 焼き台の世話って、無闇に経験があるから気になっちゃうのだ。 「炭、炭……」 「ああ、僕がやるよ。慣れてるから……。串もなさそうだから、野々村さんと知佳ちゃんはそっちお願い」 山と積まれた肉と野菜は、串に刺して焼くんだろう。下拵えがまだ終わっていなかったと見える。……まあ、主力の耕介が、雪さんの病院で外していたもんな。 「あ、じゃあお願いします」 「良也さん、すみませんー」 二人の声を受け、うん、と頷いた。 バーベキューコンロの金網の高さを調節して、隙間から近くに置いてあったダンボールの炭を入れる。 ……火力が戻るの、暫く掛かるな。 「めんどくせ。ファイヤー」 指先から炎を出して、炭を燃やす燃やす燃やす。 約十秒ほどの火魔法の照射で、炭火がいい感じになった。 うむ、やはり野外だと便利だ、魔法……って、あ゛、 「あの、面倒臭いの一言でそれはどうかと」 「はは……」 そういや、ここは外の世界でしたね。 知佳ちゃんが微妙な笑顔で、野々村さんがびっくりした様子で、それぞれ見てる。 し、仕方ないんだって。あまりにも向こうとやってることが一緒だったからついつい。 見ると、さっきの様子を目撃していた何人かは、やっぱりちょっと驚いてる。まあ、大騒ぎになっていないところを見ると、やはりここに集まっている方々にとっては珍しいことではないんだろう。 コンロの金網の高さを調節しつつ、そんなことを思った。 その後はなんだかんだでカラオケタイムが入った。僕も歌わされた……が、アニソンは流石に自重した。 歌い終わった辺りで雪さんがいないなあ、と記憶喪失な彼女のことを探してみたら、何時の間に探しに行ったのか、相川くんが連れてきた。 ……うん、まあ初めての人ばかりで緊張しているんだろう。それを幹事の責任感からか、相川くんがフォローと。 それだけならいいんだけど、カラオケの曲目を雪さんに見せている彼には、なんとなーくナチュラルボーン女たらしの空気が…… あれが真のリア充と言うものか、と、別段嫉妬するわけでもなく感心してみていると、玲於奈が近付いてきた。 「お疲れ様、お兄ちゃん」 「おお、妹。そういや、なんも言ってなかったな……大会、おめでとさん」 「ありがと」 玲於奈は随分食べたようで、大食いのこいつにしては今持っているのはジュースらしきグラスだけ。 まあ僕も、いつもより多めに食べて満腹なので麦酒だけだけど。 くぴ、と一口呑む。 雪さんが曲を選び終わったのか、なんかしっとりした雰囲気のメロディが流れ始めた。 同時に、意外……なわけでもないが、綺麗で優しい歌声が響く。 聞き入りながら、隣の玲於奈に話しかけた。 「お前は歌わないの?」 「……お兄ちゃん、わたしが音痴だって知ってるでしょ」 「いやー、別に気にすること無いと思うけどな」 そう、こいつは音痴だ。声自体は釘○風味で悪くないと思うんだが、音程の外し方が奇跡的だ。 「いいじゃん、いいネタで。ほら」 「嫌だってば」 とか言いながら、ちらちらマイクを見る。……歌う事自体は好きなんだよな、こいつ お、丁度雪さんの歌が終わった。みんなの拍手が終わったところで、ゆうひが声をあげる。 「はいはーい、次に歌いたい少年少女は誰やー?」 「はーい、玲於奈が歌うそうですー」 「お兄ちゃんーーー!?」 叫び声を上げる玲於奈の背中を押す。渋々押されるがままになる玲於奈だが、抵抗しない辺りやはり歌いたいのだ。 「おー、玲於奈ちゃんかー。曲はなにが良い?」 「え、えーと」 「ジャイアンの歌」 僕がリクエストすると、玲於奈の裏拳が鳩尾に決まった。……ぐふぅん。 ……ま、歌い始めた玲於奈は楽しそうだったので(下手だけど)、まあ良しとしよう。 「……うー、ちょっと呑み過ぎたか」 日も段々と落ちてきて。食べ物もあらかた食べ切ったので、宴会はお開きとなった。 片付けだけはなんとか気合で手伝ったけど……うーむ、呑み過ぎで少しふらふらする。 「はー、さむさむ……。五月とは思えないくらい寒いですねー」 「そーだねー」 手を擦り合わせる岡本さんに同意する。今日は、なんかすごい冷え込んでいる。 ……とか言いつつ、微妙に気温を調節して、過ごしやすくしているんだけどねー。 さざなみ寮のリビングで、お茶をいただく。あっつーいお茶が美味い。 ……しかし、流石にこの人数だと……この寮の広いリビングでも、ちと手狭だな。 「ん?」 ふと……本当に突然、遠くで何かデカイ霊力が蠢くのを感じた。 「……どうしたの、二人とも」 相川くんが、綺堂さんと春原さんに尋ねている。……あー、二人も気づいたか。山の方だ。なんかいる。 二人は、相川くんに誤魔化すように笑って、さり気なく僕の方に視線をやってくる。 僕は肩をすくめて『なんだろね』という意思を表明。 ……まあ、なるようにな―― 「雪さん?」 なにか、雪さんの身体からすごい霊力が放射され……山の方の気配が動きを止めた。 同時、雪さんがふらついて……相川くんがそれを抱きとめた。 「……ふむ」 人間っぽくないなあ、と初めに感じた直感は間違いじゃなかったっぽい。 ……なんだろね、山の方のアレと、敵対でもしているんだろうか。 想像だけはいくらでも出来るけど、正味のところどうしたらいいかわかんない。彼女自身は、悪い感じはしないので、山のほうが悪者か。……いや、決めつけるのは早いけど。 「……眠」 しかし、酒が入ってる僕は、そんな複雑なことは考えられない。というか、眠くなってきた。 ……まあ、こっちの専門家がいるんだから、僕があれこれない知恵を搾り出すより、そっちの方がいいだろう。 「お兄ちゃん、空き部屋のマスターキー!」 「ああ!」 雪さんを寝かせるべく、知佳ちゃんと耕介が動く。運ぶのは……相川くんか。背は低めだけど、男の子だねえ。 ……しかし、僕も寝たいんだけど。マジ眠い。 「あれ? お兄ちゃん?」 「う……む」 玲於奈が話しかけてくるけど、まともに答えられない。 「眠いの? 寝るんだったら、わたしの部屋使っていいからそっち行ったら?」 う〜〜、情けない。この年で、自分の限界をあっさり超えちゃうとは。料理も酒も美味かったもんなあ…… 玲於奈に、礼を言いつつ、リビングからそっと撤退する。 「ああ、良也さん」 「……神咲さん」 玲於奈の部屋に向かう途中、神咲さん十六夜さんに遭遇した。台所にいたのかな…… 「……良也さん、先程の、感じましたか?」 「あー、勘違いじゃなければ、山の方?」 「はい。今の所、動く気配がないですが……後で、現場を見に行ってみようと思います」 「……気を、つけてねー」 僕も付いていった方がいいかな? と思ったが、普段でも足手まといになりかねないのに、今この体調だと絶対無理だ。 「なんか、手伝えることが、あったら……。言って。……じゃ、僕、寝る」 「ね、眠そうですね。じゃ、じゃあお休みなさい」 「おやすみなさいませ」 神咲さんと、十六夜さんに手を振って、歩く。 うぉう。ふらふらする……吐いたりしないよな? 流石に、玲於奈のベッドで寝ゲロをしたら、半殺しじゃ済まない気がする……。 だ、大丈夫……大丈夫……多分。 |
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