山の木々を避けつつ飛ぶ。 現在、僕は玲於奈の住んでいるさざなみ寮に向かっていた。なんのことはない、違う環境に置かれた妹がちょっと心配だから、しばらくは通ってやろうと言う兄心だ。 しかし、美人が多いから、変な下心があると思われるのは癪だなあ。 まあ、それはともかくとして。 さざなみ寮までは、僕の家からバスでしばらく行ってから、山を四つか五つほど越えれば行ける。 ほぼ人の手が入っていない山なので、誰かが入っていることも少ない。 なので、僕は空を飛んで向かえるわけだ。流石に高度を上げたら誰かに見られるかもしれないので、密集している木を避けながら低空飛行していくことになる。 ぶつかりそうになる……な〜んてことはない。幻想郷での弾幕地獄に比べれば、自分からは動かない木を避けながらそれなりのスピードで飛ぶくらい楽勝である。 まるでリアルシューティングゲームのようで、これはこれで楽しい。 時折、ギリギリ掠めるようにわざと飛んだりして…… 「ん?」 「うぉぉおおおおぅっっっ!?」 そして、突然目の前に現れた影に、慌てて方向転換。 無理な制動をかけたせいで、体がびきびき言いながらも、そばの大樹にぶつかってなんとかストップ。 「……っっつぅ〜〜」 痛い。が、我慢。 痛みが引くのを少しだけ待って、倒れた体を起こす。 しっかし、なんだなんだ? 猪でも出たか? 猪鍋にして一杯やるぞコノヤロウ。 「お〜、空を飛んでいたのだ」 「……えっと、その猫耳は」 しかし、予想に反して立っていたのは猫を連れた小さな女の子、猫耳猫しっぽ付き。 えっと、この化け猫チックな子は。 「そうそう、さざなみ寮の美緒ちゃん、だっけか」 「そうなのだ。そーゆーアンタは、玲於奈のお兄ちゃんだったね」 うむ、と鷹揚に頷いてみせる。 「土樹良也だ。まあ、好きに呼んでくれ」 「んじゃ、りょーやで」 「……平仮名で読んでいないか?」 いや、アクセント的に。 「ん? 細かいことを気にするななのだ」 「いいけど。ってか、君は何でここに?」 さざなみ寮からは、山二つは離れているところだけど。 「ここら辺を縄張りにしている猫たちと遊びに来たのだ」 「……危なくないか?」 「別に。ここらは危ないやつもいないし」 いや、いるだろ。猪とかはいないとしても、毒蛇とか。 ……まあ、妖怪の血が入っているっぽいこの子には確かに心配は無用なのかもしれないが。 しかし、その割には霊力はあんまり感じないなあ。隠しているだけかもしれないけど。 「それよりさ。さっきはどうやって飛んでたの?」 「どうやって、って。こう」 疑問に答えるため、空を飛んでみせる。 「へー。それも魔法?」 「いや、これは天然」 いつの間にか飛べるようになっていたんだよね。霊力を強くすると早くなるから、そういうオカルトパワーで飛んでいるのは間違いないのだが。 「へー、へー!」 「ん?」 「かっくいーのだ!」 ……まあ、空を飛ぶのに憧れるのはわかる。 「でも、あれ? 美緒ちゃんは飛べないの?」 僕はてっきり飛べるもんだと思っていたが。 「飛べない」 「ん〜〜、飛べると思うけどなあ」 だって、橙と同じ種族だと思うし。そうでなくても、人外にとって空を飛ぶのは基本……だと思うんだが、幻想郷外の人外ってあんまり会ったことないからわからん。 「じゃあ、どうやったら飛べるの?」 「えっと……えっと。その〜、なんといいますか」 具体的にどうやって飛んでいるかと聞かれても困る。 『どうやったら手を上げることが出来るのでしょうか?』と聞かれたら『手を上げれば上がる』としか答えられない感じ。 要するに『飛べば飛べる』のであって、人に説明できるような類のものじゃない。魔法なら説明可能だけど……ここら辺が技術と能力の差だ。 「飛べ、話はそれからだ」 「……なにを言っているのかわかんない」 まあ、そうだろうなあ。 「いや、悪い。僕にもどうやったらいいのかってわからないんだ」 「役に立たないのだ」 ひ、一言でバッサリとまあ。 「……あ〜、僕はもう行くぞ。危ないようなら付いていってやるけど」 「別に平気なのだ」 「あっそう。じゃあ、またな」 美緒ちゃんに別れを告げ、再び飛行開始。 今度は、木を蹴って飛んだりして、プチ忍者気分。 ハッハッハ! 「やっぱ楽しそうなのだ」 そんな声が、後ろから聞こえた気がした。 「とうちゃーっく、っと」 周りに人家がないというのはいいことだ。 最後まで空を飛んで、さざなみ寮の庭に着地。 「…………」 「…………」 と、庭でバスケボール片手に向かい合っていた二人が、僕を見ている。……そんなに見んなよう。 「よう、玲於奈」 「お兄ちゃん……今、どこから来たの」 「空から。あ、あんまり高くは飛んでないから、誰かに見られたって事はないと思う」 安心だ、と言ってやると、玲於奈はなんか、落ち込んだ。……なんで? 「ち、知佳ちゃんやリスティで慣れたと思ったけど。突然だとびっくりしますね」 「……えーと、君は、あー」 そうそう、この寮の住人の一人で。確か玲於奈の先輩の……某さん。 「ごめん、名前なんだっけ?」 「あ、岡本みなみです」 そうそう、岡本さん。 いや、流石にね、一度にたくさんの人に会ったから、全員の名前は覚え切れませんでした。 変な力を持っている人は大体覚えたんだけどなあ。インパクトが強かったから。 「バスケ? いいね」 「はい。玲於奈ちゃん、すっごく早く動くんで、私も本気でいけます」 「流石に岡本先輩に本気で来られたら全然敵いませんよー」 ってことは、岡本さんはバスケ部かなにかかな? 玲於奈は基本的に体を動かすことに関しては万能で、大抵のスポーツで部活やっている連中顔負けの動きをする。 その玲於奈が敵わないって事は、本職の、それも一流のプレイヤーなんだろうな。 「で、お兄ちゃんなんで来たの?」 冷たい目で玲於奈が睨んでくる。う……やっぱり、事前に連絡入れた方が良かったか。 でもなあ、絶対に『来ないでいい』って言うしなあ。 「その、ち、近くまで来たから、ちょっと様子を見に」 「お兄ちゃんの家って、ここから二時間はかかるんだけど?」 「あ、それは大丈夫。山を空飛んで越えれば三十分弱で着くから」 これなら、幻想郷に行く方が遠い。まあ、あんまり空を飛びすぎるのもどうかと思うけど、いいのだ。 「そ、空を飛んで……じゃなくてっ! それって、絶対に近くに来たからってわけじゃないでしょ!」 「ん〜、まあ、一応、兄として妹が健全な生活を送っているか、様子を見に」 「っ!」 あ、玲於奈が怯んだように顔を背けた。 「ねえ、岡本さん。どうかな? 先輩として、ウチの妹は」 「えっと、そうですね。とても元気ですし、よく食べるし、笑うし。問題ないと思いますよ。学校でも、部活、頑張っているそうですし」 「そっかー。ありがとう。……ってことらしいが、玲於奈? お前、自分ではどう思ってる?」 問い直すと、玲於奈は顔を上げて、ガーっ、と手を振り上げた。 「もう、どうでもいいでしょっ。いいから早く帰って!」 「……遠路はるばる来た兄を追い返すのか、お前は」 「殴るよっ!」 それはゴメンだ。こいつに本気で殴られでもしたら、繊細な僕は骨が折れちゃうかもしれん。 いや、一時間も経たず治るけどさ。 「まあ待て。この前はバタバタして、オーナーさんや管理人さんにちゃんと挨拶も出来なかったんだ。出来の悪い妹のこと、ちゃんと頼んでおかないと」 「それは前にお父さんとお母さんが言っていたから!」 「でも、お前になんかあったとき、一番に駆けつけられるのは僕だろ?」 うん、地理的な意味でね。だから、お父さんやお母さんからも、しっかり見てやれと命じられているのだ。 こいつの場合、物理的な障害なら大抵自分でぶっ飛ばせるけど、でも精神的にはまだまだ子供だからなあ。 や、それは僕が大学進学する前までのイメージなんだけどね。でも、見る限り今でも大して成長していない。 「ってなわけで、挨拶くらいさせろ。したらすぐ帰るから」 「……本当にすぐ帰ってよねっ!」 妹のツンデレは全然萌えねぇなあ。デレがないのわかっているしなあ。 だからアレなんだよ。ゲームでも妹キャラはイマイチ…… 「おっと……。じゃあ、遠慮せずバスケの続きをやってくれ。それじゃあ」 さざなみ寮の玄関の方へ回るべく、玲於奈たちに背を向ける。 そうすると、岡本さんと再びバスケを始めたようで……まあ、寮の仲間と遊ぶくらいだから、別にそんなに心配はいらなそうだと思った。 んで、折りよく暇を持て余していたらしい管理人の耕介さんと、オーナーの愛さんと一緒にリビングで座ってお話をする。 「とりあえず、一応これ。持ってきたんで、皆さんで食べてください」 と、一応お土産に持ってきた近所のお菓子屋さんの最中セットを耕介さんに渡す。 「いや、悪いよ、こんなの」 「いえ、別に。この前は……その、色々騒がせちゃったみたいですし」 けっこう気にしていたのである。 ここんちにも、色々と変な人たちがいるのは理解したけど、わざわざ話すようなことでもなかったと思う。 「いや、あのくらいの騒動はいつものことだから、本当に気にしないでいいんだよ」 「いつものことですか……」 あれー? かなり騒々しかったと思うんだけど。 いや、女子寮で女の子ばかりなんだから、騒がしいのは当たり前なのか? むう、年頃の女の子の行動なんてわからないけど。 「でも、持って帰っても一人じゃ食えないですし。とりあえず、受け取ってください」 「うーん、それもそうか。じゃ、これでお茶でも淹れてくるよ。ちょっと待ってて」 と、耕介さんは台所へと立つ。 となると、残されたのは僕と愛さん。……むう、この人のほや〜っとした空気は、なんだろ、和む。 僕といくつも年は違わないと思うんだけど、お姉さんと言う雰囲気だ。 「で、その〜。玲於奈の様子はどうですかね? 元気そうにやっているように見えましたけど」 女の子の調子なんて、見るだけじゃわかりゃしないのだ。 その点、大人の女性である愛さんなら、僕の気付かないところにも気付くと思う。 「元気一杯ですよ。それに、優しい子だと思います」 「そ、そうですか?」 元気と言うところには同意するけれど、優しいというのは……。うーん、空手の訓練で傷だらけになっているイメージしかないから、優しいと言うのはどうだろう。 「ええ、本当に。それに、ほら、ここはちょっと変わった子達も多いんですけど、それも受け入れてくれましたし」 「いやあ、ここくらいの変っぷりで参っているようなら、まだまだ……」 フフフ……僕の苦労の一割でも味わうがいいぞ、妹よ。優しそうな人ばかりだから、一割どころか一分も理解できないだろうがなっ! 「それに、こんなに優しいお兄ちゃんもいますしね」 「……え?」 一瞬、自分のことを言われたとわからず、思わず自分を指差して確認。 「はいっ」 「あ、あの〜、別にそんなんじゃないですけど」 あ、なんか恥ずかしい。顔が赤くなってきる気がする。 や、やっぱり様子を見に来たりするんじゃなかった! ガラじゃないんだよ、こんなのっ! 「あれ? なんか仲良し?」 こ、耕介さんが戻ってきた! この、なんかほんわかした恥ずかしい空気をなんとかしてくださいっ! ……無論、僕はテレパシーなんぞ使えないので、この決死の訴えは届きはしない。 「はい、仲良しです」 「……そうなんですか」 うれしそうに同意した愛さんに、僕は力なくそう言うのが精一杯だった。 「ふーん。あ、日本茶でよかったかな?」 「あ、全然大丈夫です。僕、一番好きなの日本茶なんで」 「そう? 前、紅茶飲んでいたからそっちのがよかったかな、って思ったんだけど」 「お茶系は全般的に好きですから」 アルコールはもっと好きなんだけど……流石にそれは公言しない。 耕介さんが、多分お客用の湯飲みに緑茶を丁寧に注いでくれる。 ……あ、美味い。茶葉もけっこういいのを使ってくれたみたいだけど、淹れ方が美味い。 「このお茶、美味しいですね。淹れ方がいい」 「それはありがとう」 うーん、耕介さんって、見た目はデカくていかついにーちゃんなんだけど、すごいいい人だよなあ。 「まあ、とりあえずですね。お二人とも、うちの妹をよろしくお願いします」 頭を下げる。 二人が笑顔で頷いてくれるのを見て、僕はなんだか安心したのだった。 |
戻る? |