「え? えっ!? お、お兄ちゃん!? え、えええええ!?」 空を飛んだ僕にビビったのか、玲於奈は百面相しながらわたわたと慌てている。 ……んー、驚くのは当たり前だけど、ちょっとは落ち着けよ。たかが空飛んでマッチ程度の火ぃ出しただけだろ。 「なんの騒ぎやー?」 あ、えーと、関西弁の――えーと、椎名さんだっけ? が騒ぎを聞きつけてやって来た。 「やー、うちの妹がちょいビビリ入りまして」 「おー、空飛んどる」 「ちょっとした特技です」 いつまでも玲於奈が正気を取り戻さないので、仕方なく着地する。 「HGS……じゃないね。どっちかって言うと、薫や耕介の力に近い感じかな」 興味深げに僕を見ていたリスティがそんな感想を漏らす。 ……っていうか、神咲さんとか耕介さんも妙な力を? そう言えば、あの幽霊っぽい人のことについて、神咲さんはなにか知っている様子だったけど。 「で、えいちじーえすって?」 「あれ? 知らない? こういう……」 リィィィ、とちょっと甲高い音がして、リスティの背中から虫の羽のようなものが生える。と、同時、テーブルの上に置いてあったリモコンが手も触れずにリスティの目の前に移動する。 「まあ、こういう人間のことさ。ボクや知佳がそう」 「へー」 じゃあ、さっき紅茶セットを受け止めた念動力はそういうことか。 「あんまり驚いていないね。あんたの妹は、それはいいリアクションをしてくれたんだが」 「今更、羽根が生えてたり念動力使う程度で驚けと言われても、正直困る」 だって、似たような連中はなんぼでもいるからねー。そりゃ、最初に空飛んでいる女の子を見たときは、それはそれは驚いたもんだけど。 「え、ええっと。とりあえず、玲於奈ちゃん。これでも飲んで落ち着いて」 「う、うん。ありがとう知佳さん」 知佳さんから受け取った紅茶を、こくこく、と飲む玲於奈。……あ〜あ、あんな熱いのを一気して大丈夫か? 「えーと、良也くんは一体?」 「あー、魔法使いです。アイアムウィザード」 「ほほー、魔法使いっていうのは始めて会ったなー」 椎名さん、まったく動じてない。HGSとかいう超能力者であるリスティや知佳さんがいるからか? にしても、玲於奈もこんな環境なんだったら、そこまで驚かなくてもいいのに。 紅茶を飲んで深呼吸している玲於奈は、自分を落ち着かせようと目を閉じている。 「おーい、玲於奈? 兄の凄さを少しは思い知ったか?」 尋ねると、玲於奈はくわっ、と目を開けて、僕の襟を掴み食って掛かってきた。 「ぐ、ぐぇ! く、苦しい……」 「お兄ちゃん!? 魔法使いって一体どういうこと!? いつの間にそんなファンタジーに? っていうか、なんでそんなの覚えているのよっ!?」 「ぐ、ぐるし……は、話すから、離せ」 「どうしてよ! なんかもう、色々信じられなくなってきたあぁぁぁぁーーー!!」 は、なせ……つーの。 ああ、もう、なんでうちの妹は、こんなに力が強いのかなあ。 「れ、玲於奈ちゃん。極まってる、極まってるからー」 「もうすぐ落ちるでー」 そう、そろそろ落ちそうです。っていうか、言葉だけじゃなくて体当たりで止めてください。 「お兄ちゃん! 黙ってないでなんとか言って!」 「は、なせ」 やれやれ、と肩を竦めたリスティが、玲於奈の肩を叩く。 「ほら、玲於奈。離してあげないと話せるものも話せないよ」 「……あ」 どさ、と僕はようやく解放され、ごほごほと咳をする。 も、もう少しで気絶するところだった。 「玲於奈、お前なあ!」 「ご、ごめんー」 なんだなんだ、とその騒ぎを聞きつけて、他の寮の人たちもやって来た。 やれやれ……煩くしちゃったかな。 「説明してっ!」 寮の皆さんが一堂に会したリビングで、玲於奈が僕にそんな要求を突きつけてきた。 「……ここで?」 その、あんまりよく知らない人がたくさんなので、僕的にはもうちょいゆっくり出来るところで玲於奈にだけ話したいかなぁ、って。 人前で喋るのは慣れているけど、今から話す内容は……なんていうか『それなんて中二病?』って聞きたくなる内容なんだけど。 「早くっ。もう、お兄ちゃんまでトンデモ世界のビックリ人間だったなんて!」 「トンデモ世界とはひどいなあ」 僕なんてまだまだ普通だっつーの。そんなことを言ったらオマエ、幻想郷じゃ三十分と持たないぞ。 っていうか、知佳さんとかリスティに失礼じゃね? 「ええと、話が見えないんだけど」 「お兄ちゃんが魔法使いなんですっ」 「はあ?」 おいおい、耕介さん呆気に取られているよ。 「それはアレか? 男が純潔を三十路まで守ったらなれるという伝説の……」 「……真雪さん、そーゆーのは子供のいる前では言わない方が良いかと」 美緒ちゃんなんて完全に意味わかってないぞありゃ。 神咲さんや岡本さんはちょっと顔を赤らめているし。あ、うちの玲於奈も。 「大体、僕はまだ二十一ですってば」 「で、童貞?」 「ノーコメントです」 なに、このセクハラ。 でも、女が男にしても全然罪には問われないんだよね。男女同権なんて嘘っぱちだ。 「えっと、魔法は魔法ですよ。ほら、メラ」 とかなんとか、多分日本で一番有名なRPGの呪文を真似て火の玉を作ってみる。 「おおー」 「バギ」 風を吹かせてみたり。 ……むう、しかし我ながら、竜冒険の呪文はちょっとアレだな。恥ずかしいな。わかりやすいけど。 「ありゃ、君もちょっと『特別』なんだ」 耕介さんがちょっと驚いたようにする。しかし、慣れてるな。全然驚いていない。 「いえ、別に特別というわけでも。っていうか、あんまり驚いていない耕介さんたちこそ、何者なんですか?」 聞くと、耕介さんはこほんと咳払い。 「じゃ、改めて、と。さざなみ寮管理人兼コック。兼、神咲一灯流霊剣使い……の修行を最近始めた、槙原耕介です」 「霊剣……?」 聞いたことのないフレーズ。……まあしかし、読んで字のごとく、特別な剣なんだろ、多分。 ああ、妖夢の持ってた楼観剣とかと似たようなノリかな。 とか思っていたら、耕介さんが『ちょっと待ってて』と言って出て行く。 「神咲一灯流正統伝承、神咲薫、です」 今度は、神咲さんがそう自己紹介する。あー、もう変な人が多いトコロだな。 「……その神咲一灯流って、なに?」 「ええと」 神咲さんは、はきはきした口調で説明してくれた。 まあ、ぶっちゃけて言うと、悪霊や妖怪を退治したりする流派、らしい。そーゆーの、こっちにもあるんだ。 僕が納得していると、耕介さんが二振りの刀を持って帰ってきた。 「それが霊剣ですか?」 「ああ。十六夜さん、御架月」 呼びかけると……僅かに露出した刀身から、光球が出てくる。それはすぐさま人の形を作って、 「良也様。はじめまして、十六夜、と申します」 「御架月と申します」 ……ええと、外国人風の、姉弟、かな? あ、女性の方、さっき見かけた幽霊だ、この人。 「ああ、つまり、その刀に憑いている魂、っていう感じですか」 「その通りです」 うん、こういうとき、ラノベとかゲームの設定を詰め込んだ脳は役に立つ。大体、割とありがちな感じだしな。ほら、テ○ルズのソーディ○ンとか。 「んで」 今度は美緒ちゃんが髪の毛をごそごそする。 ……どうしまっていたのか、髪の毛から猫の耳がぴょん、と出てきた。あと上着の裾から取り出したのは……尻尾。 「アタシはこーゆーのだが」 「……橙二号か」 「ちぇん?」 「僕の知り合いに似たような子がいるんで」 「そーなの? 美緒ちゃんの言葉に、コクリとうなずく。 「あと知佳とリスティについては聞いたみたいだし。これで、一応うちの『特別』系は全員かな」 「耕介さん、一ついいでしょうか?」 「なに?」 どんどんと紹介された異能の人たち。とりあえず、一言、 「ここはなんてビックリハウス?」 「いやあ、おれも最初は驚いたけどね。付き合ってみるといい子たちだよ」 「はあ、それはなんとなくわかりますが。しかし、それにしても変な人率高すぎでしょう」 「っていうか」 玲於奈が立ち上がって、僕に迫ってくる。なんか怒っているような、さびしがっているような、微妙な表情。 「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんも、ちゃんと説明して」 「いや、単に魔法使いってだけ……」 「んっ!?」 怖い顔しなくても。わーってるよ、ちゃんと話すって。……話すのは、やっぱり恥ずかしいけどさ。 そして、さざなみ寮の皆さんの前で、僕が魔法使いになった経緯を話した。 事故で冥界に行ったこと、そのあと冥界を出た先にあった幻想郷というところに自力で通うようになったこと。 その後、ファンタジーの王道である『魔法』がなんか使えそうだったので勉強してみたこと。あ、あと変な能力があることは伏せた。なにせ名前が格好悪いから。 異変とか、向こうで出会ったトンデモ人類&妖怪に関しては、まともに説明しようとするとコミックなら二十巻、ラノベなら八冊、同人ゲームなら五本はかかる大長編になりそうだったので自重した。 一通り話し終えて、茶を飲んでふぅ〜。 「以上です。詳しいことは別紙参照」 と、そこで黙って聞いていた皆さんが、おお〜と騒ぎ始めた。 「なんや、一大スペクタルやなぁ」 「っていうか、よく生きていましたね、土樹さん」 椎名さんと、えっと、岡本さんだ。 「いやあ、岡本さんの言うとおり、なんで僕五体満足なんでしょ? 改めて考えてみると、我ながら何べん死んだことやら」 「し、死?」 「ちょいと不老不死なもんで」 またまたぁ、と岡本さんは信じていない様子。 いやまあ、生粋のオカルトっ子だった東風谷も最初は信じていなかったくらいだし、仕方ないか。死んでから生き返る実演はしたくないしねえ。 そういや、蓬莱の薬エピソードは話してないけど……どうせ信じてもらえないし、いいか。 「幻想郷、ですか」 「あれ? 神咲さん知っているの?」 「ええと、名前程度ですが。人里から離れた辺境の地に妖怪たちが住まう隠れ里のようなところがある、と聞いたことがあります。文献など殆ど残っていないので、御伽噺だと思っていました」 「ああ〜、それはスキマの尽力の結果かもねえ」 「スキマ?」 なんでもない、と手を振る。 あの理不尽な妖怪については説明しようにも難しい。大体、噂をすればなんとやらで、ここに出てきたら嫌じゃないか。 「ふーん」 「なに、リスティ?」 気付くと、リスティが後ろに立ってこっちを見ていた。 ……おお、なんか瞳の奥あたりがチリチリする。やな感じなので、シャットアウッ。 「わっ」 「おお、ごめん」 なんか、こう……どう表現したら良いんだろう? リスティの頭から僕の頭に見えない糸というか電流というか、そんなようなものが流れてたので、『壁』で防いじゃった。 「びっくりした。なに、それ?」 「ええと、壁作ってるだけ。もしくは結界でもいいけど」 「ったく、これだから非科学的な連中は」 ……お前さん、さっき見せた羽根が科学的とでも言うつもりかね? 「みんなー、良也は、とりあえず嘘はついてないみたいだよ。面倒で全部は話していないみたいだけど」 「待て」 嫌な予感がして、リスティの肩を掴む。 「なに?」 「……今さっき、なにをしたのかお兄さんに話してみろ」 「テレパシー、って聞いたことないかな? さっきのは意識の表層をさらっただけなんだから、そう騒がない」 いや、心を読まれて平気な人間なんてそういないと思うけど!? ……うう、邪な考えはやめとこう。あのチリチリってやつ、防げないことないけど、常時気を張るのもヤだし。 「あー、本当なのね。えらくB級の話だったなあ」 「あ、真雪さんの言うことに全面賛成ッス」 「つーか、死に掛けて新しい力を手に入れるって、安易過ぎないか?」 うむ。よくあるパターンだとかスキマは言っていたが、僕としてはもうちょっとドラマティックな展開がよかった。 ほらほら、ボーイミーツガールものとか。 っていうか、ヒロインが欲しかった、ヒロインが。 「それも安易だろ」 「これは安易じゃなくて王道って言うんですよ」 てなことを話したら、全力で馬鹿にされた。真雪さん、厳しいなあ。 まあでも、とりあえず一通りは信じてもらえたらしい。やれやれ、本当耐性高い寮だこと。これは玲於奈、かなり苦労しているんじゃ…… と思って、なんか話している最中ずっとぽかんとしていた我が妹を見てみると、ぷるぷると震えていた。泣いているようにも見える。 「お兄ちゃん……」 「あれ? 玲於奈、どした?」 「なんで話してくれなかったの?」 割と真剣な問いかけだった。下手な答え方をしたら、キレてぶん殴られるかもしれん。ここは慎重に答えねば。 「や、話しても信じてもらえるかわかんなかったし。さっき真雪さんも言っていたけど、ちょっと陳腐すぎる話だったからなあ」 「そ、それだけ?」 「そんだけ」 爺ちゃんは前提知識があったから、楽に説明できたけどね。いやはや、話し疲れた。 「その、秘密をバラしたら刺客に追われるとかそーゆーのじゃなくて?」 「お前も十分漫画の読みすぎだな……別に、無差別にバラしでもしない限り、そういうことはないと思う。つーか面倒だったし、なんとなく忘れてた」 あっはっはー、と笑うと玲於奈が拳を握った。あ、ヤバいかも。 「馬鹿っ!」 「痛い!」 咄嗟に力を入れた腹筋に、玲於奈の拳がめり込む。……ぐ、ぐはっ、僕の軟弱な腹筋じゃ防ぎきれねぇ。 「っていうか、お前は護身道に鞍替えしたんだろ……」 何故に正拳突き…… 「まだこっちの方が慣れているからねっ! もう、お兄ちゃん、ちゃんとお父さんとお母さんにも話しとくんだよ。秘密なんていけないんだから」 「あーい。また帰ったときにでもなー」 や、時機を見て話すつもりではあったんだけどね。玲於奈の不興を買っちゃったか。 拗ねて顔を背ける玲於奈。……うーん、こいつは昔っから喧嘩となると、こうだ。暴力はやめろ、暴力は。腹筋痛いぞー 「耕介さん、こんな妹ですけど、今後ともよろしくお願いします」 「あ、うん。それは任せて」 ああ、やっぱいい人だなあ、この人の笑顔は安らぐなあ。 っていうか、男同士だからだね、きっと。女の子はアレだ、見た目が可愛いのは色々と凶暴だったり危険だったりする奴が多すぎる。僕の防衛本能が、異性に対して油断してはならぬと警告を発しているんだよね。 「さて、話を聞いていたらいい時間になっちゃったな……。みんな、おやつにフルーツゼリーが冷えているけど、飲み物はなにがいい?」 みんなが口々に紅茶やら珈琲やらココアやらを頼む。 ……大変だなあ、耕介さん。 とりあえず、僕もこっそり珈琲をリクエストしておいた。 んで、その日は、耕介さん作の美味しいゼリーを皆さんと一緒に頂いて帰った。神咲さんとかリスティにいろんな話を聞けてよかったと思う。 外の世界にも不思議はいっぱいなんだなぁ……。 勿論、玲於奈のことについても耕介さんや、オーナーの愛さんに聞いた。どうやら、最初はおどおどしていたけど、今では元気一杯らしい。 よきかなよきかな。 ……さて、でも、たまには様子を見に来てやろうかな。 |
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