うちの玲於奈が高校に進学した。 とまあ、それだけなら取り立てて騒ぎ立てるほどのことでもないのだが、アイツ県外の高校を受けやがった。当然、親元から離れて暮らすことになる。 それと言うのも、奴が空手から護身道という武術に鞍替えしたことに端を発する。なんでも、玲於奈が受けた風芽丘学園の護身道部はかなりの強豪らしい。 風芽丘学園があるのは僕の住んでいる街から二つ市を挟んだところにある海鳴市という街。 なんで大学に行く前にこんな遠くまで来たんだ。っていうか、偶然とはいえ僕の住んでいるところから近過ぎる。 そんなことを母さんに聞いてみると『良くん、愛されているわねえ』とかなんとかわけのわからない返答。 ほんっと、うちの家族は変な奴ばかりだ。僕を除いて。 ちなみに、流石に腕っ節は立つとはいえ高校生の女の一人暮らしというのはうちの親も承知せず、海鳴市にある女子寮に住むことにしたそうな。 で、折角近所に住んでいるから、ということで、奴が入学してから一週間ほど経ったとある休日。ちょいと様子を見に来たんだけど、 「けっこういいところだなあ」 玲於奈が住んでいる寮、『さざなみ寮』を前に、そんな感想を抱く。 事前に調べたところ、自然保護区に指定されているらしい緑溢れる立地。 その分、街中までは遠いけれど、目の前の寮は小奇麗な外見で、住み心地は良さそうだ。 ちなみに、自然に囲まれているだけあって、僕が飛んできても誰かに見咎められる心配は少ない。なので、本来なら電車に乗ってバスに乗って、としなければ辿り着けないけど、山向こうから飛んできた。 ……そうすると、僕んちから僅か二十分ほどで到着できるあたり、近いにも程がある。 「しかし、ちょっと早すぎたかな」 玲於奈と約束した時間は一時過ぎ。まだ十二時前だ。中途半端な時間に目が覚めて、することもないので来たんだけど……まだ普通ならお昼ご飯を食べている頃だよな。 後で携帯で連絡を取ってみようかな。 「……ふむ」 女子寮の前で時間を潰す、というのも世間体が悪い。散歩でもしようか。 幸いにも遊歩道とかもあるみたいなので、適当なところに入ってみる。 「おお〜」 幻想郷みたいな原生林ではないけれど、それでも十分以上に豊かな自然に思わず声が出る。 ここならジョギングとかするのも楽しそうだ。玲於奈みたいな武術家とかにとってはかなり良い環境なのかもしれない。 ……とかなんとか思っていると、道のど真ん中に猫がいるのを発見した。 「お」 腰を落とし、手招きする。 野良猫だと、この時点で寄ってくる奴と寄ってこない奴に二分されるんだけど、こいつは前者だったらしい。 最初は少し警戒していたものの、一度撫でるとニャーニャーと鳴きながら額をこすりつけてきた。 「よしよし、可愛いなお前」 飼い猫だろうか。トラジマの見事な毛並みは丁寧に手入れされているように見える。 しばらく、そうやって猫を愛でていると、ちょっと遠くから声が聞こえてきた。 「小虎ー、小虎ー? どこにいるのー」 僕が撫でていたトラジマ猫がぴくんと耳を震わせ、声の主の方に走り出す。 なんだなんだ、と追いかけてみると、小学校くらいの女の子の胸に猫が飛び込んだところだった。 「あ、小虎、こんなとこにいたの」 「ニャー」 あの子が飼い主なのかな? と思ってぼけーっと突っ立っていると、その女の子がすごい目つきでこちらを睨んできた。 「……誰?」 「え? あ、そのー」 「こーすけ! こーすけ! 不審人物!」 誰が不審人物ですか!? と突っ込む前に、その声に反応してか、デカイ男が出てきた。 「どうした美緒? 小虎見つかったのか……って」 デカイ。本当にデカイ。 僕だって平均よりは身長高いはずなんだけど、それより頭一つ分くらいはデカイ。この人は百八十を余裕で越えている。百九十はあるかもしれない。 そのデカイ男の人に、美緒と呼ばれた少女はすがりつき、相変わらずこちらを睨んでくる。 「えっと。君は誰かな?」 「あ、その……土樹良也って言います」 「土樹? ああ、今日来る玲於奈ちゃんのお兄ちゃんってのは君かい?」 コクコク、と頷く。 その男性は得心がいったように頷き、自己紹介をしてくれた。 「おれは槙原耕介。玲於奈ちゃんが住んでいる女子寮の管理人兼コックを勤めている」 女子寮で男が管理人? いいのか、オイ。……なんて思わなくもなかったけど。 いかつい背丈にも関わらず、すごく人好きのする笑顔だし。あの人見知り激しそうな美緒って女の子がこれでもかというほど懐いているみたいだし。 そんな、悪い人じゃないんだろうなあ、と僕は思った。 ……後で考えてみると、同類――そう、苦労人っぽいところを、この時点でなんとなく察していたのかもしれない。 立ち話もなんだから、ということで、さざなみ寮の中に案内された。 ちょうどこれから昼食らしく、良い匂いがしていた。 十時過ぎくらいに、ちょっと遅めの朝ご飯を食べてきたので、昼は抜きにする予定だったのだけど……あまりに美味しそうな匂いに、無節操な腹の虫が鳴ってしまった。 それを、耕介さんに聞かれ、もしよければ、と昼食の席に一緒に座らせてもらうことになったのだけれど、 「あ、あの。いただきます」 女性ばかりのテーブルで、かなりカチンコチンになりながら手を合わせた。 「お兄ちゃん。あんまり変なことしないでよ。私が恥ずかしいんだから」 隣に座る玲於奈がそんなことを言う。高校生になって少しは大人になったかと思いきや、この寮で再会した玲於奈はそんな様子は微塵もない。 どうにも、こいつは小学生あたりで成長が止まったんじゃないかと思う。武道やっているくせに、身長低いし…… 「なんだよ、変なことって」 久方ぶりに会った妹のいつもの態度になんとか冷静さを取り戻すも、こいつの危惧もわからなくはない。僕にもうちょっと行動力があれば『変なこと』をしていたかもしれない。 なにせ、ここの寮。美人ばっかりなのである。 自己紹介されたところによると、耕介さんの従姉である愛さん。仁村さん姉妹の姉、真雪さんと知佳さん。神咲さんに、美緒ちゃん。椎名さんに岡本さん。あとリスティっていう外人の子。 若干名、守備範囲外が含まれているが、基本的に全員、平均を遥かに凌駕している。 幻想郷で美人には慣れたと思ったけど、外の世界……こっち側で会うとやっぱりちょっと違うな。あっちは……あっちだし。 「美人に囲まれて緊張しているか? 少年」 「……ええ、まあそんなところです。あと、もう少年っていう年でもないんですが」 この中で最年長の真雪さんがからかってくる。 もしかしたら、馴染んでいない僕を気遣ってくれたのかもしれないけれど、もう成人している男に『少年』はないと思う。確かに、ちょっと童顔かもしれないが。 「ああ、そうだっけ。なんだ、二十歳くらい?」 「二十一です。まあ、一年ダブったせいで、今年大学三年ですけど」 「お、わたしと同じか。いや、わたしもタブってて去年やっと卒業したんだ」 いや、僕のは怪我による不可抗力なんですが。 とかなんとか、真雪さんがうまいこと誘導してくれたおかげで、なんとかいつもの調子を取り戻せた。 耕介さんが作ったという三種のパスタとサラダも美味しいし、自然に言葉が弾む。 勿論、普段からここに住んでいる人たちの話の方がずっと自然な感じなのだけれど……初めて食卓を共にした僕でもこんなに楽しいのだから、きっと玲於奈はいいところを選んだんだろう。 「な、なに、お兄ちゃん」 「なんでも」 妹が良い環境にいることは素直に喜ばしい。食事は美味しいし、一緒に住んでいる人たちも良い人だ。 しかし、楽しい時間も終わる。 みんなが食事を終え、耕介さんが片付けを始めた。 とりあえず、玲於奈の部屋に行こうと立ち上がると、妙な声が聞こえた。 「お兄ちゃん。手伝うよ」 「お、ありがとう知佳。じゃ、お皿を運んでもらおうかな」 ……はい? 「お兄ちゃん、って」 あの二人――耕介さんと知佳さん、聞く限り兄妹じゃないよな? 苗字違うし。 「もしかして、耕介さんって真雪さんとご結婚なさっているんですか?」 「あ、いやいや、違う違う」 耕介さんが手を振った。その後を知佳さんが続ける。 「えっと、わたしがお兄ちゃんを『お兄ちゃん』って呼ぶのは単なる愛称で……」 「そうそう」 愛称って。……若干、犯罪の香りがするぞ。 「ほら、お兄ちゃん。早く」 「あ、引っ張るなよ」 で、こっちは真性妹である玲於奈が僕の手を引っ張る。 ま、まあいいか。妬ましいけど、羨ましいけど。……ってか、あんな美少女にお兄ちゃんって呼ばれているとか、耕介さんどんだけ勝ち組? 「ちょっと、お兄ちゃん!」 「わ、わかったわかった! 引っ張るな腕がもげるっ」 力強過ぎるんだよお前は! 「へえ、マスターキーはそんな風にしたんだ」 「うん」 玲於奈ととりとめもない話をしていたら、この部屋のマスターキーの話になった。 本来、マスターキーを預かるべき管理人の耕介さんは男性。いくらなんでも問題がある。 そこで、最初は部屋の住人がマスターキーを持っておいて、耕介さんを信用できると判断したら預ける、という形を取っているらしい。 玲於奈は、つい昨日、預けることにしたとか。 ……割と人見知りするうちの妹を篭絡するとは、耕介さんってやはりかなりの男だな。 「んー、まあ僕もあの人はいい人だと思うけど」 「うん。本当、いい人だよ。ご飯は美味しいし」 「お前はそっちがメインだろ。この大食いめ」 実家にいるときから、男の僕の倍くらいはぺろりと平らげていたからな。 「岡本先輩ほどじゃない。っていうか、お兄ちゃんが食べなさ過ぎるの」 「……それはどうだろう」 玲於奈の一つ上だという岡本さん、彼女の健啖っぷりは圧倒的だったなあ。なんで、あの馬鹿デカイ耕介さんより食っているんだ。 「そういえばさ。聞きたかったんだけど、なんで空手から護身道に方向転換したんだ? 折角全国二位にまでなったのに」 「んー。護身道ってさ、短い棍と投げ技を使う武術なんだけどね。お母さんに習ってて武器にも興味あったし、打撃系は覚えたから、次は投げかなぁって」 「それだけ?」 「それだけ」 こいつの強くなりたいって気持ちはかなりのもんだなぁ。っていうか、現時点でかなり強いだろうに。 「まあ、明心館の本部道場も近くにあるし、空手も続けるよ」 「……呆れたもんだな。もうちょっとこう、女の子らしいこともしないのか?」 「余計なお世話。お兄ちゃんこそ、彼女の一人でも作ったら?」 「それこそ余計なお世話だ。彼氏を作ってからモノを言え」 まあ、こいつに恋人が出来るなんて欠片も思っていないが。 兄の贔屓目抜きにして、見た目は悪くはないはずなんだが、いかんせんちょっと趣味がバイオレンス過ぎる。 「護身道ねえ。風芽丘ってそんな強いのか?」 「うん。なにせ、部長が県下で無敵の『秒殺女王』だしね。本当、強くなるにはとてもいい環境だよ」 ……物騒な渾名だな。 「まあ、それ抜きにしても……こっちに来て世界が広がったしね」 「はあ?」 「ううん、なんでもない。世の中には不思議なことがあるなあ、ってこと」 不思議なこと……ね。 言っておくが妹。体験した不思議なことの量と質に関しては、僕は日本で五指に入るぞ多分。 ほら、今も窓の外に…… 「あれ?」 「どうしたの、お兄ちゃん」 「いや……なんか窓の外に、金髪の女の人が飛んでた」 うん、明らかに宙に浮いていたよな? 移動の仕方がふよふよしてたし。一階とは言え、窓の上の方を通っていたし。 「え゛!?」 「なあ、玲於奈。もしかしてここ、変な霊とか出るのか?」 「な、ないないっ、そんなことないよっ」 「いや、でも」 「気のせいじゃない? お兄ちゃん、漫画の読みすぎ!」 ……やけに必死になって否定するな。幽霊とかこいつ駄目だっけ? むう、しかし、さっきのはどう考えても見間違いとかじゃない。妹の住んでいる寮に悪霊でも住んでいたらことだ。 まあ、弱い霊なら僕でもなんとかなるだろう。 「ちょっと見てくる」 「あ、ちょっとお兄ちゃん!」 玲於奈が引き止めようとするが、無視して部屋から出る。 とりあえず、表に回ってから、霊力の痕跡を追って……よし。 「お兄ちゃんってばっ」 「玲於奈、怖いなら部屋で待ってればいいぞ」 「怖いんじゃなくて……ああもう! 薫さん、薫さーん!」 薫さん……って神咲さんだっけ? なんで呼びに行ってんだろ。 まあいい。とりあえず、庭に出よう。 「……えっと、ここら辺かな?」 んで、件の女性がいた辺りに着く。 ちょっと集中して、霊力の残り香を……ああ、やっぱり幽霊かなにかじゃん。妙な霊気が残っているぞ。 でもまあ、邪悪な感じはしない。地縛霊とかじゃないっぽい。 さて……そうすると、無視してもいいんだけど、気になる。 霊気は二階のほうに上がっているな……。 「んー」 誰かの部屋だと、調べることも出来ない。……しゃーないか。多分、害はないだろ。 玄関に戻ってみると、神咲さんが難しい顔をして立っていた。隣には玲於奈もいる。 「土樹さん。妙な女性を見たという話ですが……」 「ああ、はい。金髪の、外国人風の人でしたね。巫女っぽい格好をしていましたけど」 「その、あれは少なくとも悪いものではないので、気にしないで頂けると助かります」 む、まあ僕もそう思うんだけど、そう言うってことは心当たりがあるのか? 「それならそれでいいんですけど、あの人がなにか知っているんですか?」 「いやその……」 「お兄ちゃん。そんなことはいいから、部屋に戻ろう」 ……なにか隠し事をされている気がするなあ。いいけどさ。わざわざ女性の秘密を暴き立てる趣味はないよ、僕には。 「んー、まあいいです。気にしないことにします」 「ありがとうございます」 なんだかなー。 ある種の予感を感じ始めているんですが。 玲於奈の部屋に戻って、もう一度ひょい、と窓の外を見てみると……今度は美緒ちゃんがいた。 「お兄ちゃん、どうしたの?」 「あの、玲於奈」 「ん?」 見ると、美緒ちゃんの周りには猫が大量に寄ってきている。明らかに野良と思われる猫も含めてだ。 僕とてキャットマスターを自称するほど猫には好かれる性質だが、しかし野良となるとどうしても人に慣れない奴もいる。 しかし、あの子の周りに集まっている猫の量はちょっと尋常じゃないぞ。 「あの美緒ちゃんって子、なんであんなに猫に好かれているんだ?」 「さ、さあ? 昔から、ここら辺の猫には好かれているそうだけど?」 「ふーん」 好かれているってレベルじゃない。明らかに意思疎通しているように見えるんだけど。 「そ、そうだ。私、喉が乾いたから、リビングに行ってお茶をもらわない?」 「おーう」 なんだか逃げるようにして玲於奈が部屋から出て行く。それに、僕は付いていった。 ……さてはて、あの隠し事の苦手な妹は、何を隠そうとしているのかね。 「あれ? 玲於奈ちゃん」 「知佳さん。お茶、もらいますねー」 片付けを終えて、手を拭いていた知佳さんと鉢合わせ。 「うん。あ、土樹さんは何を飲みますか?」 「……酒」 「え?」 「あ、いや、なんでもない。なにがあるのかな?」 つい本音が漏れてしまった。やばいやばい。 「んー、うちはみんな好みが違うので。珈琲に紅茶に緑茶、牛乳、ジュースってところでしょうか」 「玲於奈は……割となんでも飲んでいたな」 特に好きな飲み物はなかった気がする。強いて言えば、珈琲は苦手だったっけ。 「うん。お兄ちゃんが飲みたいのでいいよ」 「じゃあ、紅茶で」 博麗神社で緑茶は散々飲んでいるので、たまには紅茶もいい。 「あ、紅茶好きなんですか?」 「前まではあんまり飲んだことなかったんだけど、知り合いの家に行くといつも飲まされるからけっこう好きになった」 無論、紅魔館の話である。あそこはたまに珈琲も出るけど、基本的に紅茶かワインだからな。ワインの比率が高いのはご愛嬌。 「わたしも紅茶党なんですよ。淹れるので、待っててください」 とか言って見せる笑顔は……なんつーの? お兄ちゃんとか呼ばれている耕介さんシネと言わざるを得ないものだったり。 「じゃあ、お願いしようかな」 「はい」 「知佳。ボクにも」 テレビを見ていたリスティがそう言う。 「もう」 それに、知佳ちゃんは苦笑しつつも『りょーかい』と答えた。……仲はいいんだよな、多分。 「リスティ。隣いいかな?」 「どうぞ」 「ほら、お兄ちゃんこっち」 玲於奈が手招きする。……まあ、テレビなんて別に見たいとは思わないけど、別にいいか。 よっこらせ、と座ると、リスティが話しかけてきた。 「君が玲於奈の兄貴ねえ。言っちゃなんだけど、似てないよね」 「……よく言われる」 顔もあんまり似てないけど、なにより性格と腕っ節が違う。 「でも、あの知佳さんと真雪さんの姉妹も、あんまり似てない気がするけど?」 「違いない」 と、リスティは笑った。 なんだ、最初は冷たい印象だったけど、意外と笑う子なんだな。 ……って、あれ? 「はい、紅茶入ったよー」 「あ、ありがとう、知佳さん」 玲於奈が知佳さんからお盆を受け取っている。 ……うん、やっぱりそうだ。 「そのピアス、お揃い?」 なにやら、知佳さんとリスティはお揃いのピアスを付けている。まあ、仲のいい女友達なら別に不思議じゃない、のか? 「へ? あ、いや」 「まあ、そんなところかな。ほら知佳、恥ずかしがらない」 ? まあいいか。 「そ、そんなの気が付くなんてお兄ちゃんらしくないよっ! ほら、お茶!」 そして何故に動揺している我が妹よ。武術家にあるまじき足元の不確かさ……って、あぶねえ! 「あっ」 あ、じゃない。 玲於奈は足を踏み外し、知佳さんから受け取ったお盆を投げてしまう。 その上に載っているのは三人分のカップとポット。 ……当然、ポットの中には熱々の紅茶が入っているわけで。それが僕の頭にぶちかかろうとしているわけで、 「か、風……!」「止まって!」 思わず魔法で防ごうとしてしまった僕を、誰が責められよう。 術式とかかなり省略気味で発動した魔法は、意図に違わず横向きの突風を巻き起こし、 「……あれ?」 しかし、そんな風にも関わらず、紅茶セットは宙に縫い止められたままであった。 ……はて、そういえば、さっき知佳さんが『止まって』とか言っていたよな? しばし、部屋の中に沈黙が落ちる。知佳さんは『やってもーた』という顔で、リスティはちょっと驚いた感じ。僕は……多分、ぽかんとしているんだろうなあ。 で、玲於奈はこう、顔を引き攣らせていた。 「あの、今」 「えーと」 かちゃかちゃと知佳さんの手の中に移動する紅茶セットも気になるっちゃ気になる(念動力か?)が、それよりもまず妹の疑問の視線に答えなくてはなるまい。 「……スキマー?」 声をかけるが、あの胡散臭い奴は出てこない。……バラしてもいいのか? まあ、家族にはそのうち話すつもりだったけど。 「こほん。玲於奈」 知佳さんも普通の人間じゃないっぽいし、まあいいだろ。 「実は兄ちゃんな、魔法使いになっちゃったんだ」 軽く空を飛んで、小さな種火を生み出してみせる。 「え、」 えええええええ! と、玲於奈のでかい声が、さざなみ寮に響き渡った。 |
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