僕の操る剣士風のキャラが、こなたの操る拳法家に一方的に蹂躙されていく。 「ちょ、おまっ!?」 「あ、ちぇっ。ミスっちゃった」 コントローラーを目にも留まらぬ速さで動かしているこなたは、コンボから逃れて倒れ伏す僕のキャラを見て残念そうに呟く。が、直ぐ様ダメ押しとばかりに起き攻め。僕は為す術もなく負けてしまった。 泉家はこなたの部屋。そこで、僕とこなたは格ゲーに興じていた。 「もうちょい手加減しろ!」 「ふふん、勝負の世界は厳しいのだよ」 「くぅ……」 得意げに胸を張るこなたに、なにも言えない。ていうか、こなたは持ちキャラ以外を使う、というルールでやっているので、実はもう十分すぎるほど手加減されているんだけど。 「っと、そろそろかがみ達が来る時間だねー。そろそろ終わりにしよっか」 「げ、もうそんな時間か」 時計を見ると……うげ、二時間くらい延々とバトルしていたのか。 ちなみにその間、僕が勝てたのはたったの二回だけ。しかも殆ど偶然に一撃必殺技が決まっただけの、到底勝ちとは言えない勝利だった。 くっそ……僕も格闘ゲームはそれなりに得意なのに、こなたは『それなり』なんてレベルじゃないな。 こなたは、ゲーム機とテレビの電源を消して立ち上がる。 「しかしさあ……今更だけど、僕が参加してもいいのか? すげえ場違いな気がしてならないんだけど」 「私含め、みんな慣れてないんだから仕方ないじゃーん。色々教えて欲しいしさあ」 「教えて欲しいって……別に好きにやれば良いと思うぞ? あー、でもこなたは体小さいから、気を付けたほうがいいかもな」 「ん? 喧嘩売ってる?」 しゅっ、しゅっ、とシャドーボクシングをするこなたの顔は笑っている。別に本気じゃないんだろう。 「いや、喧嘩売ってるとかじゃなくてな。事実は事実だろ」 「事実でも、口に出しちゃったら戦争だろうがー」 ふざけて繰り出されたこなたの拳を掌で受ける。……痛っ!? 地味に痛い! 勢いは大したことないくせに、しっかり腰が入ったいいパンチだこれ!? 「いや、待ったこなた。実はちょっと本気で怒ってるだろ?」 「べっつにー」 しばらくやって満足したのか、こなたは拳を引っ込める。 「ところでさ」 「あん?」 くひひ、とこなたは口元を抑えてちょっと笑った。 「今のって、知らない人が聞いたら誤解するような会話じゃなかった?」 「……阿呆め」 エロゲーのやりすぎだ。 さて、今日の予定は酒盛りである。 ……いや、ちょっと語弊があるな。 うーん、事の発端はだ。大学に入ってしばらくして、こなたたち大学一年生も、付き合いで飲み会に誘われることが多くなったことだ。 しかし、真面目……十八禁ゲームを買い漁るこなたを除いて真面目な高校生だった彼女たちは、酒の飲み方なんてわからない。少し飲んでみたはいいが、美味しいとは全く思えなかった。 しかし、大学生、社会人と、これからお酒を飲む機会は増えるだろう。昨今は無理矢理呑ませようとする嫌な人間も少ないのだけど、どうせなら美味しく呑めるようになりたい。 そんな話になったらしい。 んで、丁度取材旅行で父親がおらず、下宿している女の子も友達の家に泊まりに行ったため、人のいない泉宅でいっちょ呑んでみるか、とこういう次第なわけであった。 それに何故か、今日発売のゲームを一緒にやる約束をしていた僕も巻き込まれてしまったわけで。 ……こなた曰く、酒飲みの先達に教授して欲しいとかなんとか言ってたが、まあ残り物の処理とついで以外の何物でもなかろう。 「んじゃ、ちゃっちゃと準備しよ」 「へいへい」 こなたが、エプロンを付けてキッチンに立つ。つまみを作るためだ。 意外、と言っては失礼かもしれないが、中々様になっていた。 「こなた、お前料理できたんだな」 「む、そりゃそうだよ。これでも、うちのご飯は大体私が作ってるんだから」 「ほー、偉いもんだ」 「そう言うリョウはどうなのさ。手伝ってくれるのはありがたいけど」 「……まあ、自炊してるし。酒のつまみは、作らされることも多いからな」 博麗神社で宴会があった場合、十中八九僕も何品か料理をつくることになる。あっちはコンロじゃなくて竈なので勝手が違うが、味付けまでが変わるわけではない。 「へー、んじゃリョウのお手並み拝見と行こうかな」 「……あんま期待はするなよ」 こなたに断って冷蔵庫を開ける。こっちに来る前にスーパーで買ってきた食材を取り出した。今日出かける直前にメールで知らされたので、適当に買ってきたやつだ。 一緒にしまってある、こなたが事前に金を集めて買ってきた酒のラインナップを見る。 麦酒、チューハイ、ワインは赤と白、そして小瓶サイズの甘そうなリキュールがいくつかと割る用のオレンジジュースとか。 あくまで酒に慣れ親しもう、という趣旨の会なので、一つ一つはそんなに量はない。……が、これちゃんぽんになるぞ、大丈夫か? 「なに作るの?」 「そうだな……まあ、簡単に長芋の千切りと小松菜のおひたし、豆腐は……冷奴でいいか。後、刺身買ってきてあるから、切っとくか」 「うわー、本気で簡単な……しかも、日本酒に合うのばっかじゃない」 「そりゃなあ。人様の台所を使いこなす自信はないし」 ちなみに、こなたが日本酒を買っていないというので、僕のオススメを買ってきた。そんなに高いのじゃないが、結構美味い酒だ。 「そう言うこなたはなに作るんだ?」 「んー、適当にちょこちょこ摘めるのを。ま、そんなにたくさん作る気はないよ。お菓子もあるし。それに、食べ過ぎは太るし」 「そりゃそうか……」 よくよく考えると、幻想郷の連中みたく、成人男性の倍くらい食うやつばっかりじゃないんだよな。いかん、ちょっと僕の買ってきた量は過剰だったかも知れない。酒も一升瓶だし。 ……まあいいか。余ったら、こなたのお父さんにでもプレゼントしよう。 「でも、つまみなしで呑むとすぐ回るぞ」 「それもそうだけどさー。女の子としては気になるところなのだよ」 「ふーん。そんなもんか」 「そんなもん」 「嘘つけ。お前がそんなん気にするか」 「そんな……ひどい。リョウ、これでも私、女の子なんだよ?」 うるうると目を潤ませて、心底傷ついた風にこなたが僕を見つめる。 「…………」 「…………」 「……とっとと準備するぞ」 「はーい」 無駄な時間を過ごした…… 「こんにちはー。こなた、来たわよー」 っと、この声はかがみだ。 「あ、リョウ出迎えてあげて。私、これだけ運んじゃうから」 ワインの瓶二本と、スナック菓子の袋を三個持ったこなたが言う。はいはい、と頷いて、僕は玄関に向かった。 玄関で待っていたのは、かがみ、つかさちゃん、高良さんの三人組。こなたを含めた四人は、高校の時からよくつるんでいて、大学に進学してもちょくちょく集まっているらしい。 「はい、お待っとさん。準備できてるから、部屋に来てくれってさ」 「あ、えっと、土樹さんこんにちは」 「先に来ていたんですか?」 「ちょっとこなたと新作のゲームやってた」 同じ大学の先輩後輩であるかがみと、たまに柊さんちの神社に参拝に行くので顔見知りのつかさちゃんはにこやかに挨拶してくれる。 逆に、接点が少ない高良さんは、どう接していいのか戸惑っている様子。 ……流石にここは年上から声かけるべきか。 「こんにちは、高良さん。お久し振り」 「あ、お、お久し振りです」 ぺこ、と頭を下げる高良さんは実に礼儀正しい。なんであのこなたと友達やってるのか不思議なくらいだ。 いや、こなたはこなたで、ちゃんと良識は持っているのだけど……十八禁ゲームを高校の時からやっている以外は。 「? 高良さん、それは?」 高良さんは、買い物袋を下げていた。はて、食べ物飲み物諸々はこなたと僕で用意するって話がついていたはずだが。 「あ、コンビニで牛乳を買ってきたんです。なんでも、お酒を飲む前に牛乳を飲むと、胃に膜が作られて酔いにくくなるとか」 「へえ〜、ゆきちゃん準備いいねー」 「助かるわね」 と、柊姉妹はしきりに感心している様子。 今まで本格的に飲んだことのない子ばっかりだという話だから、ナイスアシストといったところか。 「みんなー、まだー?」 玄関先で話していて待ちくたびれたのか、部屋の方からこなたの声がした。 「すぐ行く―」 玄関で靴を脱ぐ一行を待って、僕は一緒に階段を登る。 僕が先頭を歩き、後に続くのは三人の女の子。 ……今更だけど、やっぱり場違いじゃないかなあ? うわー、なんか緊張してきた。 「んじゃまあ、グラスも行き渡ったところで、乾杯といこうか−」 ホストのこなたがグラスを掲げる。ちなみに、『冒険だ―』とか言いながら麦酒を注いでた。 その他三人も乾杯の準備に入る。ちなみに、かがみがカシスオレンジ、つかさちゃんがカルピスサワー、高良さんが白ワイン。 僕? 僕はまあ、最初は無難に麦酒で。……しかし、僕が呑まないと、僕が持ってきたこの日本酒、誰にも呑まれず終わっちゃいそうだな。 「私たちも大学生になったし、いっちょ呑んでみよっかーで始まったこの企画。最初は居酒屋予定だったのに、却下されたという悲しい経緯もありましたが……」 「そりゃ、あんたじゃお店でお酒飲めないでしょうが」 「うう〜、ちゃんと二十歳になったら身分証明できるし、そんときゃかがみん一緒に行こうねぇえ」 ちなみに、こなたの『二十歳になったら』は、『もっと大きくなったら』という意味であって、決して未成年がアルコールを摂取しているという意味では……いや、苦しいか? 「じゃ、大人の階段登る私たちはシンデレラってことで。乾杯!」 「お前、ジャス○ックには気を付けろよ……」 グラスを打ち鳴らし、ぐびぐび麦酒を煽る。 そんな呑み慣れている僕はともかくとして、女子達はなんかおっかなびっくり口に含んでいた。……こなたもそこまで無鉄砲じゃなかったか。 「うえー、苦っ!」 「いきなり麦酒なんて飲むからよ。あーあ、ちゃんと全部飲みなさいよ? 勿体無い」 そして、案の定というか、一番苦戦しているのは麦酒に挑戦したこなただった。……まあ、慣れるまでは苦いよな。 「土樹さんすごいですねー。もう半分も」 「いや、こんくらいは少し慣れればね。こなた、喉越しだ、麦酒は喉越しを味わえ」 一気にグラスの半分を呑んだ僕に、つかさちゃんがびっくりしてる。調子に乗って、僕はこなたに偉そうに言ってみた。 「オッサン臭くない?」 「お、オッサンちゃうわ!」 び、微妙に気にしていることを。僕の部屋には、麦酒の缶と日本酒の一升瓶が山と積まれているからな……そろそろ捨てないといけないのだけど。でも、晩酌とかしてると日々溜まっていくからな…… い、いや。平日でも明日のことを気にしないで呑めるのは若さの特権ってやつじゃないだろうか? うん、そうに違いない。 「なんか妙に傷ついてるね」 「ん、んなこたないぞ」 これでも、肉体年齢は二十歳でストップしてるしな! 「まあ、こなた。無理して呑むことないぞ。そんくらい、僕が呑んでやれるし」 「そんなこと言って、リョウ。間接キス狙うなんて、いやらしい」 ふひひ、と笑うこなた。……こいつは、変なからかい方を覚えてきやがったな。まるで『本気』を感じさせない絶妙な距離感で発言しているので、勘違いのしようはまったくないが。 「はいはい、言ってろ。……んっく」 麦酒の残りを飲み干して、お皿の上に並べられたフライドポテトを食べる。冷凍を揚げたものだが、中々美味い。 「こなた、これどこの製品だ?」 「ん、これはねー」 などと話しつつ、僕は早速自分で持ってきた日本酒の瓶を開ける。 麦酒は後一本しかないし、他のお酒も量は少ない。僕が飲むとすぐなくなっちゃいそうだし、僕は専らこっちをやることにしよう。 「日本酒ですか」 「ああ。かがみ、呑んだことは?」 「家でお神酒を少しだけ」 そっか、神社ともなればそういうのもあるか。 「ってことはつかさちゃんも?」 「えへへ、私は少し舐めただけで真っ赤になっちゃって。あんまり飲ませてもらったことないんです」 ……うお、本当だ。コップ一杯のカルピスサワーを半分も呑んでないのに、もう顔が赤く染まりつつある。 弱えー。女の子ってこんなもんだっけ? いかんせん、僕の知っている女は、樽ごといっても平気そうな連中ばかりだから参考値にならん。 「双子なのにねえ」 「そういえばそうだ」 アルコールの分解能力は双子で差が出来るものなのだろうか? 二人は性格と髪型以外クリソツなので、てっきり一卵性双生児だと思っていたが、実は二卵性だったとか? 「みゆきさんは平気そうだね」 「あまり飲んだことはないのですが……けっこう美味しいですね」 お、ワインって結構度が強いのに、もう一杯目を飲み干そうとしてる。案外、高良さんは酒豪なのかも。 「んじゃ、こっちもいってみる?」 僕は一升瓶を高良さんに向けてみる。高良さんは少し悩んでからコップを向けて、 「じゃあ、少しだけ」 と、照れくさそうに笑った。 さて、宴が始まって約一時間が経過した。 それぞれの様子を確認してみよう。 まず僕。 流石に普通の(ココ重要)女の子との飲み会。いつものように『アル中で死んでも生き返るから問題ない!』なんて勢いで呑むつもりはさらっさらなかったので、全然余裕。 まあ、酒に強いことがアピールになるかは知らんが、先達として日本酒の一升瓶を六、七割ほど空けた。 ……よく考えたら、幻想郷に行く前と比べると恐ろしく酒に強くなってるな。これで余裕て。 んで、一番酒に弱そうなつかさちゃん。 彼女は自分が弱いことを自覚しているのか、最初のカルピスサワーだけ頑張って飲んだ後はソフトドリンクに切り替え。つまみをちょこちょこ食べつつ、みんなの様子を観察していた。 よって、彼女も殆ど素面だ。 高良さんは……圧巻というかなんというか。 ワイン一本分は軽く空けて、他の酒もちびちび味見してる。間違いなく、こんなかで僕を除けば一番強い。いや、今だって顔色は全然変わってないので僕より強いかも知れない。 ……意外、でもないか。 こなたは……まあ、こいつ、意外と自分を知っているので、うまいこと飲んでいた。身体が小さいってことは単純にアルコール分解の能力が低いってことなのだが、ほろ酔い程度に済ませている。うまいもんだ。 ……んで、何気に一番やばいのが、かがみだったりする。 まだ吐いたりするほどじゃないとは思うが、あんまり舌が回ってない。 「ほらほら、かがみ。お酒ばっか呑んでないでさ。これでも食べなよ」 「駄目っ、駄目だってば」 それというのも、つまみを殆ど食べていないせいだ。 なぜかは知らないけれど、かがみは申し訳程度にスナックを摘んだ程度で、殆ど食べていない。飲むペースもそんなに早くはなかったけど、胃の中がほぼ空っぽの状態で飲んでればキツいだろう。牛乳だって気休め程度だろうし。 「もー、自信作なのになあ」 自分が勧めた料理を断られて、こなたは憮然としてそれを口に運ぶ。 「だって、だって仕方ないじゃない……」 んで、かがみは、酔ったせいかなんか感情的になってる。微妙に涙目になって、ぐっ、とコップに残ったリキュールを飲んだ。 「太るんだもん、もう限界なんだもん!」 んで、一言、吐き捨てるように言った。アルコールのせいか、普段の理性的な振る舞いの面影はない。 「……えー」 僕以外の一同にとっては、彼女が体重を気にしていることは周知の事実だったらしく、やれやれといった風に苦笑している。 ……僕にどう反応しろと? そりゃあ、僕はデリカシーのない男だと思うが、男にこんなことを知られたくないだろうくらいには思い至る。 知らないふり? いやぁ、流石に記憶が飛ぶほど酔いつぶれてはいないだろうなあ。 「リョウ、なにか一言」 「僕に振るか!?」 そして、僕と同じくデリカシーという言葉からは微妙に縁遠いこなたが無茶振りをしてきた。 え、ええー? 僕は聞かなかったことにして、酒に逃げたいんだけど。 「……んー」 かがみの姿を観察する。 服の下がどうなっているかは知らないが、別にあんまり……っていうか、全然太ってないように見えるんだけど。 「気にする必要は全くない……と思います」 「そうそう、かがみんは全然太ってないよー」 ああ、こいつ、僕からこの言葉を引きずり出したかったのか。自分で言っても、単なる女友達の慰めになっちゃうから。 ……でも、それって逆効果な気もしなくはない。 「そう?」 「うんうん」 頷くと、かがみは顔を伏せてすんすん泣いた。 「嘘だァ」 うっわ、泣き上戸だ、この子。 「じゃあ、お酒はそろそろやめなさい。意外とカロリー高いぞ、アルコールは」 これ以上のアルコールの摂取は危険と見た。彼女の乙女の尊厳を守るためにも、ここは酒を取り上げるべきだろう。 グラスにまたリキュール(甘い)を注ごうとするかがみから、瓶を取り上げる。小瓶だけど、度数高いからな……せめて割って飲んでくれ。 「仲間外れはやだぁ」 ぷっ、なんだこの萌えキャラは。 ……いやいや、落ち着けー。かがみは単に酔ってるだけだ。 「こんなにかがみが素直になるなんて……これがお酒の魔力」 「阿呆言ってないで水飲ませろ、水」 まあ…… うん。 個人的には、今回の飲み会は大成功だったんじゃないだろうか。 次の日、かがみから『昨日のことは忘れてください!』メールが飛んで来て、 僕はどう返信したものか、途方にくれるのだった。 |
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