「今日は、ありがとうございました」

 頭を下げるかがみさんに、いやいや、と手を振る。

「いや、別に大したこっちゃないし」
「でも、私一人だと入れなかったと思うし……」
「そんなことないって。ここのセキュリティ、だだ甘だからさ……」

 と、礼を言ってくるかがみさんに、真実を告げる。

 現在、大学の正門を出たところ。受験生であるかがみさんは、偶然にも志望校はうちの法学部で……ひょんなところからそれが判明したため、大学案内をしたのだ。
 まあ、土曜で人はいないので、好き勝手に案内した。うちは、一応土曜は食堂も開いているので、我が大学の食堂の味を堪能してもらったり。

 まあ、受験前のモチベーションを上げるには、適当な方法だろう。

 駅まで並んで歩きながら、近況を聞いてみる。

「勉強の方はどう? うちは、法学だけちょっと偏差値高めだけど」
「はい。順調だと思います。なんとか、この前の模擬試験でA判定取れましたし」

 そりゃ凄い。この大学、まあ、普通か普通よりちょっと上くらいの国立なのだが、法学だけは頭ひとつ飛び抜けているのに。
 ……頭いいなあ。まあ、僕も高校の頃は狙えなくも無い位置にいたけど……結局、今の学部に妥協した。別に、なにをやりたいってのもなかったしな、当時は。

 並んで歩きつつ、勉強の話に終止する。時折、ラノベの話も交えて。しかし、流石に勉強しなければいけないので、読む量は減っているらしかった。

「そういえば、こなたのやつはどこに進学するの? 僕、何度か聞いたけどはぐらかされてさ」
「ええと、私も知らないんですけど……」

 マジか。あいつ、学校の友達にまで隠してるんだ。
 ……代アニとか? まさかね。

「というか、あいつまだ決めてないんじゃないかと」
「この時期に?」
「勉強している様子もありませんし」

 うわぁい。なんたるぐうたら受験生。僕も……僕はどうだったかな。英語の一点突破でそこそこいけたから、ロクにやってなかったような……

 ま、まあひとそれぞれってことで……って、

「ん?」

 ポケットに入れてある携帯電話がブブブ、と振動する。

「メール? 珍しい」
「あ、私もだ」

 かがみさんも同様にメールが来たみたいで、二人同時に二つ折りの携帯電話を開く。
 花の女子高生であるかがみさんはともかくとして、僕にメールが来るなんて珍しい……。大抵の奴は、PCからメッセで話しかけてきて、携帯なんぞ使うことないのに……って、差出人、泉こなた?

 なんだなんだ。あいつ、噂されたのに気付いたのか。どんだけ地獄耳……

『やっほう。かがみをちゃんとエスコートしてるー? リョウ、この後デートとかすんの(=ω=.)?』

 って、おい!

「余計なお世話だ」

 ぼそりとあらぬ方向にツッコミを入れて、パチンと若干強目に携帯を閉じる
 隣のかがみさんを伺ってみると……あーあ、顔赤くして。同じようなメールだな、間違いなく。……しかし、すごくからかいやすそう。

「な、なんです?」
「んにゃ」

 肩をすくめて誤魔化す。
 半年くらいの僕なら、彼女と同じようにドギマギしているところだが……幻想郷で物騒な乙女(おつおんな)に関わってから、そこら辺の感性は見事に鍛え上げられたゼ。

「こなたから?」
「……はい」
「あいつ、勉強してんのかな」
「今度、勉強会はする予定ですけど……」

 宿題を写すだけでしょうね、とかがみさんは疲れたように言う。

 ええい、駄目駄目だな。塾の連中を思い出すぞ。あいつら、手を抜くことにかけては労力を惜しまないからな。そーゆー連中にやる気を起こさせるのも、講師たる僕の役目なのだが……正直、机をひっくり返したくなったこともある。

 その後も、他愛の無い会話を交わしながら、駅まで到着する。
 ついで、ってことで、駅前の本屋で、僕が受験生時代に使った参考書とかを紹介したりしてみた。ついでに、自販機でジュースを奢った。……べ、別に、こなたに毒されたわけじゃないんだからね! 実際、なーもなかったしっ!


 いやまあ、甘酸っぱい展開を欠片も妄想しなかったと聞かれれば、そりゃ、否定できなかったりできたりできなかったり……ごめんなさい、一応僕も男なんです。万に一つの可能性を夢見るくらい、許してくれい。
























 その日の夜。こなたとメッセンジャーで会話した。

『Ryo:……ってか、この時期まで死亡が決まってないってヤバいだろ』
『konakona:いや〜、いちおー絞ってあんだけどね? あと、その誤字はわざとか』
『Ryo:ミス。ごめ。……で、その絞ってるって言う志望聞かせてみ?』
『konakona:いやん、女の子の秘密を探ろうだなんて、スケベー』
『Ryo:…………………………………』
『konakona:ゴメン。そだなー、秋葉に近いし、明治か東大?』
『Ryo:是非頑張ってくれ』
『konakona:でもなー、私が今更頑張ってもなー。あ、さっきのは冗談だよ念のため』
『Ryo:なにを言うか。偏差値50以下から東大に受かって綺麗な彼女をゲットした人間もいるんだぞ。あと、冗談はわかってる』
『konakona:……なつかしーね、その漫画』
『Ryo:いや、それはそれとして、なんとかなるって。うちの塾でだって、三年の後半から追い上げる奴なんてざらだし。これはマジな』
『konakona:あれ? そういや、塾の講師なんだっけ』
『Ryo:ああ』
『konakona:ちぇー、だから口うるさいんだ』
『Ryo:親はなんも言わんの?』
『konakona:おとーさんはなんにもー。お母さんはもういないしねえ』
『Ryo:だっけか。悪い』
『konakona:いやいや、へーきへーき。時にリョウ、来週の日曜とか暇?』
『Ryo:別にいつもどおりだが』
『konakona:んじゃ、遊ぼ遊ぼ。新しい格ゲー手に入ったんだ』
『Ryo:またお前は……別に僕は構わないけど、言い訳にすんなよ?』

 なんか、そーゆーことになった。



























「……というわけで、何故かこの勉強会に参加させてもらうことになりました。何故か」

 んで、ホイホイと来てみたら……なぜか、当日はかがみさんの言っていた勉強会その日だったらしい。
 『先生役げっとだぜー。いやー、みゆきさんにいつも頼り切りも悪いしねえ』といけしゃあしゃあと言ってのけたこなたは、とりあえずチョップ入れといた。

「うう〜、いいじゃんいいじゃん。女子高生だよ、じょしこーせー。萌えない?」
「ノーコメ」

 まあ、不機嫌なポーズは取っているのだが、
 ……ヤバイ。弾みとは言え、なんつーおいしいポジションに来たんだ僕って奴は。

「こんにちは土樹さんー」
「はい、こんにちは」

 ああ、つかさちゃんだ。なんつーか、癒しの雰囲気。
 あとは、苦笑いしているかがみさんと、しょっぱなからやる気をなくしているこなた。あと一人……

「ええと、初めまして。土樹良也です」
「初めまして。高良みゆきと申します」

 眼鏡をかけた、おっとりお嬢様系。
 うわ〜、本当に現実にいるんだ、こんな絵に描いたようなヒト。

「ふふふ……うちの最終兵器みゆきさんに、流石のリョウもたじたじな様子」
「へ、兵器ですか」

 苦笑いな高良さん。……まあいいけどさ。

「まあ、みんな勉強しててくれ。なにか聞きたいことがあれば聞いてくれればいいからさ」

 こなたのどうも趣味が男向けな萌えに偏っている本棚から、適当に一冊引き抜いてそう言う。
 ……まさかここで講義をするわけにもいかんし。大体、全員見たところレベルが違うっぽいし、聞かれたら答えるくらいでいいだろう。

「うん、じゃ、遠慮なく聞くね。……あ、そいやリョウってなに教えられんの?」
「うちの塾は小さいから、基本なんでも教えてるけど……。英語、国語、古文辺りの文系科目が得意。つーか、こう見えても英語教師志望だぞ」
「え、マジで?」
「……いや、前期入院して留年決定したから、単位に余裕があるんだよ。だから、とりあえず免許だけ」

 春辺りから、僕の人生は色んな意味で一変した。教職なんて道が見えたのも、そのせいかもしれない。
 ……いや、あんま関係ないけどさ。

「でも、英語得意なんだ。いいな〜。ったく、こんな毛唐の言葉、覚えるだけ無駄だよねえ」
『……一応、英語は国際語なんだから、覚えておいて損はないと思うぞ。多分、数学なんかよりずっと』

 英語で話す。おおっ!? と、こなたがびっくりして引き気味になる。

『あ……上手なんですね。凄く綺麗な発音です』
『そういう高良さんこそ。英会話とかやってる?』
『お恥ずかしながら。嗜み程度ですが』

 英語で話す僕と高良さんを、異次元の生き物みたいに見てくるこなた。ぽけー、とつかさちゃんの方はまるきりわかっていない様子でぼんやりしている。

「うう〜、出来るところをアピールしようとしてぇ〜」
「……なにを人聞きの悪い。英語なんて、話して聞いてナンボだ。まあ、ヒヤリングだけじゃ受験は厳しいけど」

 第一、そんな難しい単語使ってないぞ……。

「でも、いいですね、英語しゃべれるって。海外旅行とか楽そうだし。私も、英語は得意なんですけど、喋るとなるとちょっと……」
「まあ、慣れだから、こんなのは」

 かがみさんの、ちょっと尊敬の目に、照れる。
 ううむ、本当にそんな気はなかったのに、もっと喋れるところをアピールしたくなってきたぜ。

 ……仕方がない。女の子の前でいいカッコしたいのは男なら誰だって同じだって。ねえ?

「な〜んで、リョウがそんなの覚えてんのさ〜」
「な……んで?」
「ん? なにか秘密あり? もしかして帰国子女とか?」

 僕の僅かな動揺をついて、こなたが攻勢をしかけてくる。
 ……いや、言えない! これは絶対に言えない!

「ち、違うけど……。僕も親の教育方針で、ちょっと英会話習ってただけだって」

 なんとか誤魔化す。

 ありし日のこと。
 我が家にスーパーファミ○ンが来て、お父さんと一緒にス○Uや餓狼○説にハマっていた頃の話である。
 あのオヤヂは言ったのだ。『海外でストリートファイトをするためには、やっぱり英語くらい話せないとな』と。

 そして、英会話教室に僕と、ついでに妹を放り込んだ。
 それだけなら、ちょっと喋れるくらいで済んだのだろうが……僕は、とある理由で、非常に熱心に勉強した。

 なぜかって? 当時、異世界召喚系の話に、僕はのめり込んでいたのだ。レイアー○とか。
 しかし、一つ納得が行かないことがあった。常々思っていたものだ。日本でも無い異世界で、なんで日本語が通じる? 色々ご都合主義な理屈を付けているのもあるが……異世界で使われているのは『英語』に決まっているだろう、と。
 そして、自分が異世界に行った時のために、英語を必死で覚えた。

「ぐおぉぉぉ!?」

 思い出すだけで恥ずかしすぎる理由であった! 実際今でも思い出すと頭を抱えて喚いてしまうわっ!

「……リョウ、なんか危ない人みたいだよー」
「はぁ、はぁ……こなた、深くは聞くな」
「あ、うん。わかった」

 うわ、こなた以外の三人はドン引きだー。

「ご、ご病気ですか?」
「そう。持病の中二病が……」

 高良さんが心配そうに聞いてきたので、努めて明るく答える。

「中……?」
「あ、いや、なんでもない」

 くっ、こなたの友達だからてっきり――! あ、でもかがみさんは分かっている様子。呆れたようにこっち見てる。で、その妹さんは知らない……か。

 偏ってんなあ……。









 そんな感じで、最初こそアレだったが……まあ、それ以後は特筆すべきこともなく、勉強会は済んだ。
 高良さんとアドレス交換したのが一番の収穫だった。

 ……まあ、アドレス名で、またミスったけどな。『miko』と『maid』が入ってるアドレスだし……そろそろ変えよう。



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