趣味、神社仏閣巡り。
 と、書くと誤解を受けそうな気がするが、僕はいつの間にかその手の施設を歩き回るようになっていた。

 もちろん、気が向いたときだけ。基本的に僕は引き篭もりなのだ。ちょっとした運動不足解消のための散歩くらいなもの。
 普段は東風谷が巫女をしている守矢神社に行くのが主なんだけど、それ以外にも近所にあるんだったら行ってみたりもする。

 ……で、今日来たここは、初めての場所。

「うーん」

 鳥居をくぐって中に入って、僕はちょっと唸る。

 いや、分かっている。博麗神社や守矢神社みたいな規格外を比べること自体が間違っているってことくらい。
 でも、僕の認識だと、神社と言うものは霊力に満ち溢れた清浄……いや、清浄かどうかはともかく所謂霊場というやつなのだ。

 でも、ここはそれほどではない。確かに他所の普通の土地に比べると全然上だけど、先の二つの神社とは比べるべくもない力しか感じない。

 ……まあ、これが普通なんだよな。
 さて、賽銭でも入れて……

「えっと、もうちょっと強くなれますように」

 とりあえず、命の危険をしなくてすむ程度を希望。

 で、ガラガラを鳴らして。……んー、お守り、どうしようかな。ここのは、それほど効果を期待できそうにないけど……いや、霊力の多寡で効力が決まるってのも、お守り的に違う気がするし。

「……うーん、まあ品揃えを見るだけでも」

 売り場はちゃんとある。別に、無人の神社と言うわけではないらしい。
 ここからは顔が良く見えないが、紅白の巫女服を着た女の子が売り子をやっているようだ。……うむ、ここの神社の点数に六十ポイントを加算しておこう。無論、百点満点中。

「すみませーん」
「はい?」

 お、しかもかなり可愛い。とりあえず、もう百ポイントほど加算……って、あれ?

「えっと、確かこなたの友達の」
「そういう君は、えっと」

 い、一度会っただけだから名前が思い出せない! ああ、えっと、最初は『か』で始まるんだ、確か。かぐら? かずら? かなみ?

 ああ、全部アニメかゲームのキャラだしっ。

 た、確か苗字は柊だったはずだ。

「えっと……柊さん」
「かがみでいいですよ。つかさと紛らわしいし」
「そうそう、ラノベ好きのかがみさん」
「そういうあなたは、土樹さんですよね」

 うんうん、思い出した。
 妹は『ちゃん』って感じだけど、しっかりしているっぽいこの娘は『さん』て感じだな。

「参拝に来てくれたんですか?」
「まあ、趣味ってわけじゃないけど。ちょっと神社とかは気になるからね」
「……まさか巫女萌えーとか」
「こなたも相当なもんだけど、君もけっこうアレだよね」

 愛読書がフルメタな時点でわかっていたけどねっ。
 最近の高校生はこういう子ばっかりか? 塾で教えている連中は……う、うーん、否定できない。大丈夫か、この国。むしろ未来は明るいのか?

 オタク趣味で世界平和、とか。

「わ、私はオタクじゃありませんよっ。こなたとは違います」
「どの口が言うんだか……。オタクじゃない女の子はラノベはそんなに詳しくありません」
「うう〜」

 反論したいんだろうけど、以前会ったときの会話からして、相当ディープな彼女は、なにも言えないんだろう。

「でも、そんな気にしなくても。僕も好きだし、同好の士?」
「うう、はい」

 しぶしぶと頷くかがみさん。はっはっは。ようやく認めたなこのツンデレめ。

「そういえば、最近どんなの読んでる?」
「今ですと、ああ、この前アニメ化した作品で……」

 アニメの方は見ていないんですけどね、とかがみさんは前置きして、僕もタイトルは知っている小説を熱く語ってくれる。
 そいつは見たことないけど、アニメのほうは見たなぁ……。ヒロインの声優が釘○だってことと、木刀持ってたのが印象的だった。

「アニメのほうは僕見たよ。原作のほうはノータッチだけど」
「じゃあ、小説のほうも見てくださいよ。面白いですから」

 ふむ、アニメは割と面白かったし……原作も読むかね。

「そうだなぁ。何巻?」
「本編九巻、外伝二巻の十一冊です」
「うわ、割りとある」

 一冊五百円として……五千五百円? 読むのにもそれなりに時間かかるし……

「貸しましょうか?」
「いや、まだほとんど会ったこともないのに……。借りるわけにもいかないだろ」
「そうですか……」

 うわ、ワクワクした顔。こなたはラノベは食わず嫌いだし、他にラノベ読むような高校生女子もあんまりいないだろうし……もしや、趣味を同じくする人に飢えているのか。
 気持ちはわかるけれども。

「そうだな、それじゃあ借りてみようかな。とりあえず、一巻か二巻でいいよ。持って帰るの大変だし、それで続き読むかどうか判断するから」

 色々と、暇つぶしのネタは欲しかったところだし。

「本当ですか? じゃあ、持ってきますね」

 と、かがみさんが立つか立たないか、というところで、

「おーい、かがみー? 交代する時間だよーん」

 あ、今度はまた別の女の人。
 お姉さん……かな? 微妙に似ている美人だし。

 こっちは多分僕と同じくらいの年齢。巫女服着用済み。……イイねっ!

「あれ? お客さん?」

 その柊姉は僕を見て営業用だと思われるスマイルを浮かべる。

「なにを御入用ですかー。今、一番の売れ筋はこの学業成就の……」
「ちょっと、まつり姉さん。……すみません、土樹さん」
「ああ、いや、別にいいけど」

 なんて会話をすると、かがみさん姉は僕をじーっと観察してから、意地悪い笑みを浮かべた。

「うひょ。なになに、かがみの彼氏?」
「違うわよ。ちょっとした知り合い」
「隠すな隠すな。じゃ、私は三十分ほど引っ込んでいるから、店番よろしくねー」

 と、かがみさん姉は去っていく。……と、思いきや、顔だけ見せて、

「後で報告しろよ?」
「もういいからっ!」

 で、まつりさんとやらが完全に引っ込んだ後、かがみさんと僕の間には妙な沈黙が落ちる。
 うーむ、ついさっきまではそんなこと全然意識してなかったんだけどねぇ。あの姉さん、余計なことをしてくれるな。

「あ、あの。小説、持ってきますね」
「よろしくー」

 今時の女子高生なのに、こういう話には慣れていないのか、微妙に照れている様子でかがみさんがいそいそと母屋に戻っていく。いや、もちろん僕も慣れていないんですけどね?

「ふむ……。しかし」

 考えてみたら、何気にすごいよなぁ。何故、塾生でもない女子高生と知り合ってんだろう、僕。しかも、どう考えても特Aクラスの美少女。
 ……幻想郷での交友関係といい、僕ってば今、人生における女運を全部使い切っているんじゃないだろうか。
 幻想郷のは、性格的にどうかと思うけど。

「あ、土樹さん。持ってきました」
「ありがとう。さっきのお姉さんに、なにか言われたりしなかった?」
「大丈夫です。ちゃんと否定しておきますんで」

 ……否定するのかぁ。いや、わかっているよ。こんな大学生のオタク相手に、そういう話のネタにされたくないくらい。別に、僕も女子高生と付き合いたいー、なんて願望は(ちょっとしか)ないし。

 でもねえ、なんとなく寂しいじゃん? いいけどさ。

「さてと、じゃあこれ借りる代わりに、また今度僕もお勧めのやつ持ってくるよ。『狼と香○料』なんてどうかな」
「あ、それ読んでみたいです」
「よしきた。……あー、そうそう。紙とペン貸して」
「? はあ」

 流石に売店なだけあって、そのくらいのものはすぐ出てきた。

 受け取った紙片に、さらさらと文字列を記入する。

「これ、僕のPCのメアド。メッセンジャーもそれで繋がるから。あと、下のは携帯のメアドと番号ね」
「はあ。……って」

 かがみさんが、顔を引き攣らせる。……なんだ?

「その、メールアドレスに『miko』とか『maid』とかいう単語が見えるんですが」

 し、しまったぁああああ!? い、いつもの感覚で、やっちまった!?

「き、気にしない!」
「でも、これって……」
「こういうこともあるっ」
「……すごくオタクっぽいんですが」
「オタクで悪いかー! 君もそうだろう!」
「んなっ!? 私は違いますよ!」

 喧々囂々。
 ……この娘、なかなか楽しい娘かもしれない。

 しかし……失敗したなぁ。



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