「……けっこういい家住んでるなぁ」

 本日は、こなたんちにお呼ばれした。
 というか、普通に遊びに来ただけだけど。

 たまたま、こなたと同じ格ゲーに嵌っていたので、じゃあ勝負しようってことになったのだ。
 別に僕の部屋でも良かったんだけど、流石に男の一人暮らしの部屋に、奴を上げるのは憚れた。

 なにもするつもりはないけど……ほら、いくらこなたが普通の女子じゃないとはいえ、女の子に見られると首を括りたくなるようなアイテムも、僕の部屋にはそこそこあるわけでしてね?

「……誰に言い訳しているんだ、僕は」

 嘆息して、インターフォンを押す。
 ややあって、男性の声が返ってきた。

『はい。どちらさまでしょうか」

 ……父親だろうか。

「えっと。こなたさんの友達で、土樹って言いますけど」
『こなたの?』

 しばらく沈黙があったかと思うと、インターフォンの向こうでなにかが壊れる音がした。

「ど、どうしたんですか!?」
『こなたの……恋人かぁ!? お父さんに内緒で男を作っていたのか、こなた!?』
「ち、違います。違いますよ!」

 僕は、ロリじゃないからっ!

『もぉ、お父さんなに言ってんのさ。あ、リョウ、いらっしゃい。上がってよ』
「……上がって大丈夫か? お前のお父さん、キレて僕を殺しにかからないか?」
『漫画の読み過ぎだってー』

 お前が言うなっ!

 ったく。本当に大丈夫なんだろうな、と思いながら、玄関に足を踏み入れる。

「いらっしゃーい」
「ああ、こんにちは」

 とりあえず、家に入って即襲撃されるということはなか……った?

「……なあ、こなた。あそこの角にいる」
「お父さんだよ。もう、しょうがないなぁ」

 こなたは呆れたように言うが、そのお父さんとやらが僕に向ける視線は、もうしょうがないというレベルではない。
 ……いやだからさ。娘が可愛いのはわかるけれども、僕は手を出す気なんて一ミリもないから。

「えっと、こんにちは」
「じー」

 無視かい。いや、もしかして気付かれていないとでも思っているのだろうか?

「もう、無視して私の部屋に行こう」
「いいけど。……本当に無視して大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫ー」

 その適当さが信用ならん。

 でもま、いいか。
 まさか、白昼堂々、殴りかかってきたりしないだろう。

 ……んで、こなたの部屋の前に案内された。

「ここが私の部屋」
「入る前に、一つだけ聞いておきたい」

 これは重大な問題だ。

「なに?」
「一応、女の子に対する幻想らしきものが、僕の中にはあるんだが……。入る前に、その幻想は捨てたほうが良いかな?」

 いや、ほらね。
 僕の部屋とどっこいどっこいの状況だとするならば、一応そういう風に脳にインプットしておかなきゃ、僕のイメージがぶっ壊れそうだし。

「さあ? わかんないよ。まあ、汚くはしていないけど」
「……よし、オーケー。僕の中で覚悟は完了した」
「なんの覚悟さ」

 いや、ほらね。こなたは、多分僕よりずっとランクが上のオタクであるからして(しかもエロゲー含)、部屋の状況は推して知るべし。
 散らかっていないのは、まあせめてもの慰めか。

「さぁ、いざっ」

 と、覚悟を決めてこなたの部屋に突貫しようとした、まさにそのとき、

「あれ? お姉ちゃん、お友達?」
「あー、ゆーちゃん……と、岩崎さんにひよりんも来てたの?」

 別の部屋の扉が開き、そこから顔を見せたのは、こなたよりさらに身長の低い女の子。

 妹? 小学生くらいか?

「……いや、待て待て」

 早とちりは禁物だ。
 彼女の部屋から高校生くらいの女の子がさらに二人顔をのぞかせている。『ゆーちゃん』とやらの友達だとするならば……もしや、彼女も高校生なのか?

「……こなた。念のため聞くが、彼女はいくつだ?」
「ゆーちゃんは高校一年生だよ」

 マイガッ!
 どーなってんだ、ここの家系は。

「え、えーと、あれ? ご、ごめんなさいっ」
「なにを勘違いしてるのか知らないけど、リョウは普通の友達だよー」
「あ、ああ。そうなんだ」

 ……もしかして、またしてもこなたの彼氏に見られた?
 別に嫌なわけじゃあないが、ちょっと過敏に反応しすぎじゃね?

「あー、こんちわ。土樹良也です」
「あ、はじめましてー。小早川ゆたかです」

 丁寧にお辞儀してくるゆたかちゃん。……こなたと苗字が違うのは、なにか複雑な家庭なのかね。

「あ、そーだ、ひよりん。今からリョウと例の格ゲーで対戦すんだけど、ひよりんもやる?」
「例の……って、アレっすか。やー、私はキャラ萌えだけなんで」

 うわ、言い切った。
 なるほど、あの『ひよりん』とやらも、僕やこなたと同じ人種か。

「そーお? じゃ、リョウやろうか」
「おう、ボコボコにしてやんよ」
「ふふ……かかってきなー」

 安い挑発だ。悪いが、今からするゲームに関しては、僕はけっこうな腕前だぞ。
 ……っと、その前に。

「ほいっ。あげる。ちょっと買いすぎちゃったから」

 持ってきたコンビニの袋から、いくつかのお菓子を見繕ってゆたかちゃんに渡す。
 手土産に持ってきたんだが、考えてみるとこなたと二人じゃあ多すぎる。

「え、えと」
「遠慮せず食ってくれ。お兄さんからのプレゼントだ」

 僕、ちょっと格好いいかも?

 なんて悦に浸っていると、こなたが抗議してきた。

「あー、リョウ! なにゆーちゃんを口説いてんのさ」
「お前は……。単に子供におやつをあげただけだろ?」

 あ。

「子供、ですか……」
「ああ、いやごめんっ。ちょっとした言葉の綾だって!」
「ゆたか……」

 ゆたかちゃんの後ろに立っていた長身で寡黙っぽい女の子が慰めている。
 いやー、失敗失敗。彼女、高校生なんだよねぇ。子供扱いは流石にまずかったか。

「もー、さっさと入るっ!」
「わかったよ。押すなって」

 こなたがぷんぷんしながら、僕の背中を押してくる。

 本当にごめんねーっ! と謝りながら、僕は無抵抗にこなたの部屋に入った。

























「むうっ!」

 僕の操る剣士キャラが、こなたの操る女武道家を切り刻む。
 コンボのカウントはどんどん上がっていき、ラストの超必でキメるっ! というところで、

「ここ!」

 こなたの指が、怪しげな動きを見せる。
 ゲージを使ったスーパーガードで、コンボから抜け出され、

「あっ、しまっ」
「ほい、ほい、ほい」

 逆に、こっちが超必を喰らってしまった。

 高らかに鳴る『K.O!』の音声。

「がーーっ! 負けたぁ!」
「ふふふ、私に勝とうなんて十年早いね」

 これで丁度十連敗。

「くっ、こなた。貴様、このゲーム……やりこんでるなっ!?」
「まぁねー」
「ちぇっ」

 袋を開けてあるポテトチップを食べる。
 コントローラが油で汚れないよう、一緒に置いてあるティッシュで指をぬぐった。

「お姉ちゃん、強いね」
「いやいや、リョウが弱いのだよ」

 ……んで。
 なぜか、この場にはゆたかちゃんとその友達たちもやってきていた。

 いやまあ、単にお菓子を一緒に食べるためなんだけどね。
 お菓子をもらうのが気が引けたみたいで、じゃあ一緒に食べるかってなって。

 いやぁ、しかし、お菓子効果はすげぇな。幻想郷でもそうだが、こんなボクでも女の子と仲良くなれる。

「うがーっ! ひよりん、交代っ」
「土樹さん、ひよりんやめて欲しいっス」

 いや、こなたのが写ったんだよ。文句ならこなたに言ってくれ。

 んで、ひよりんにコントローラを渡す。……ほぼ無抵抗で虐殺された。

「ううー。小早川さん。パスっス」
「ええー? 私やったことないよー」
「なら、岩崎さんやる? 初心者同士」

 疲れたのか、こなたも岩崎さんにコントローラを譲った。
 ……ああ、この二人はほのぼのしてていいなぁ。

「ま、こっちはこっちでダベってようか」
「はいっス。あの二人の世界を邪魔しちゃいけませんからねー」
「ひよりん。友達をそういう目で見るのはよくないなー」

 そういう目?
 そして、二人の世界……って、もしかして禁断の百合かっ!? た、確かに、なかなかこう、そっちの方向で考えると、いいカップルっぽいが。

「はい、リョウが考えたら犯罪だから」
「なんのことデスカ!?」

 ええい、勘の鋭いやつめ。
 こほん、と咳払いなんてして、誤魔化してみる。

「……あー、それよりこなたさんや」
「なにかな、リョウさんや」
「そういうお前は、恋人の一人くらいいないのかね」
「いないねー」

 うーん、確かに、このナリじゃあ需要は少ないだろうな。特定方面では大人気っぽいが、そこで大人気でも多分嬉しくないだろう。

「あれ? 土樹さんとセンパイが付き合ってるんじゃないんスか」
「あー、それは違うと最初に言っただろ」
「いや、誤魔化すための嘘かと」

 んな嘘つくほど暇じゃあない。

「じゃ、リョウは? 誰か付き合ってる人とか……」
「なんでコイバナになってるのかわからんが、いないよ」
「だよねー。女友達もほとんどいなさそうだし」
「お前、自分が女だって自覚ないのな」

 いやでも、女の知り合いなら大量にいるぞ。人間じゃないのとか人間っぽいけどやっぱり人間じゃないのとか。あとは人間だけど人間じゃない奴以上に人間離れしているのとか。

 ……我ながらロクな知り合いがいねぇ。

「でも、土樹さんはギャルゲーの主人公っぽいですよね」
「はい?」

 いきなりなにを言い出すのか、この眼鏡は。
 二十年生きてきて、そんな評価初めてなんだが。

「……具体的にどこらへんが?」
「なんていうか、ヘタレっぽいところッスかね」

 言ってくれるな、この眼鏡。

「あと、全般的にフツーに見えるのに、妙に変なところとかかな?」
「それッス!」
「それと優柔不断そうなとことか」

 嬉々として注釈を加えるこなた。てゆーか、僕ってそんな風に見られるのか。で、ヒロインは誰だ?

「……お前らえーかげんにせいよ」
「んー、でもなー。一つ足りないところが」
「聞きたくもないが、聞いてやろう」
「いやいや、ギャルゲの主人公っていったら、なにか特殊な能力とか持っているもんでしょう? ほら、剣の達人だったり魔法が使えたり超能力者だったり」
「そっスねぇ。でも、現実にそんな人いるわけないですし」

 …………あの、その。バッチ使えるんですが。

「あれ? 土樹さん、どうかしました?」
「いや、その、お前らね」

 もしかして、わかってて言ってるんだろうか? んなわけないけど。

「実は、僕は魔法が使えるのだ」
「はいはい、ワロスワロス」
「もしかしてそれはあれっスか。男は三十路まで純潔を守ると魔法が使えるようになるっていう……」

 嘘だと思うのは当たり前だけど、その返答はちょっと僕落ち込むぞ。

「ふん。信じないならそれでいいよ。魔法なんてバラしたらスキマがうるさいし」
「あ、そういう設定なんだ」
「スキマって、能力者機関かなにかスか」

 ああもう、こいつらは。
 まあ、僕も何も知らない状態でこんなこと言われたら、似たような反応するだろうけど。

「はいはい、言ってみただけ言ってみただけ。さて、こなた。もう一戦すっか」
「あいよー」

 ゆたかちゃんと岩崎さんの対戦は終わり、二人ともニコニコ話をしている。
 さて……次こそ、こいつを負かしてやるか。











 おまけ。

「……えっと、なにやっているんですか?」

 帰り際、壁に耳を当てて部屋の中の音を漏らさず聞こうとしていたこなたの父親の姿があったとかなんとか。



戻る?